2100年、冬
橋の下にマッチの火が灯る。
西暦2100年12月。冬の夕方、曇り空。もうすぐ21世紀が終わろうとしている。
ここは東京から少々離れたところに位置する地方都市、H県S市。県庁所在地だが人口は50万人ほどの中堅都市だ。整備された交通網に落ち着いた雰囲気の建造物群。電線の類は地中に埋設され、電力は地下から、通信は近距離無線が建物をつなぐ。そんなよくある地方のまち。
街路に標識や看板はあまりない。人々は子供の頃はアイウェアで、手術可能な年齢になれば視聴覚神経へのインプラントで情報を取得できるようになる。電源は道路や建物から無線で供給され、標識や案内板は視界にスーパーインポーズされる。法定標識は強制表示、案内板はオンデマンド。広告も好みによって自動表示・除外できる。そのため街の景観はシンプルだ。21世紀中頃まで見られた、看板や立て札だらけの雑然とした町並みはここにはない。
行き交う人々の靴音がアスファルトに響く。誰もが急ぎ足で、誰もが少し俯きがちに視覚にインサートされた電子の世界に没頭している。
雑踏の喧騒から少しはずれた橋脚。中くらいの河川にかかるその橋は、堤防に挟まれて静かに流れる川の流れをまたいで暗がりを作っている。
そ の堤防の下に小学生か中学生くらいの小さな女の子がいた。誰も見ていない橋の下でうつむく少女。ポケットから取り出したのはマッチ箱。一本取り出して腕を小さく動かすと、その手元に小さな明かりが灯った。
その少しだけ暖かい光の中には、中年を少々過ぎた女性の姿がぼんやり浮かんでいた。
でも堤防の下のそんな小さな光なんて誰も気にしない。堤防を歩く人もいくらかはいたが、皆足早に通り過ぎていく。
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少女の名前はリン。12才、ちょっと小柄な中学1年生。半年ほど前に養母を亡くして現在は児童養護施設で暮らしている。
リンには両親も親戚もいない。彼女を出産したのは当時まだ10代の少女で、父親も分からず親にも頼れず途方に暮れた末に、産まれたばかりのリンを繁華街片隅の人通りのほぼ無い路地裏に置き去りにした。比較的温暖な土地柄とは言え年度末のまだ寒い時期、しばらく息はあったが衰弱した赤子はもう泣き声すら上げられない。誰がみても助かりそうには無かった。
そこに偶然通りかかったのが後にリンの養母となる桜庭燈子・当時50才。路地裏に用事など無かったのだが、虫の知らせというか、ふと路地裏から何か音が聞こえたような気がして向かってみればぐったりした赤子を見つけてしまった。
慌てた燈子はすぐに赤ん坊を抱き上げて病院に駆け込み、奇跡的にリンは命をとりとめた。救急の医師は助かりそうになかった新生児が生き延びた事に首をひねるばかりだったが事実は認めるしかなかった。
その後警察により遺棄事件とされ両親の捜索もされたが結局何も発見できず、退院後は一旦乳児院に入りそこで便宜的にリンという仮の名前を付けられた。拾われた時に鈴のマークの入ったバスタオルにくるまれていたからだ。約1年後、未熟児だった身体になんとか問題が無くなったと認められると正式に燈子の養子となり、改めて「桜庭鈴」と名付けられた。




