1-01-10 変わらないもの (上)
投稿が遅れましてすみません。
また、この話は上下に分割します。
リュウが負った傷は完全に塞がったが、周囲には戦いの痕が残っている。
異形は跡形もなく消えてしまったので、その全てはリュウの血なのだが。
すぐにでも修学棟に向かうべきだが、これを放置するわけにもいかない。
なにより、今のリュウの格好は血塗れのホラー状態。
所々が破れた制服を脱ぎ捨て、一旦自宅に戻るリュウだった。
再度自宅から出てきたリュウは、シャツだけを着替えて、水を汲んできていた。
ジャケットは替えがないので、後で再支給を申請しなければならない。
「はあ、まったく……」
愚痴をこぼしつつ、ボロボロの制服を雑巾代わりにして、水をかけ血を拭っていく。
戦闘中にあちこち動き回らなかったことがせめてもの救いだ。
掃除を終えて時刻を確認すると、8時35分。
朝礼の開始まで5分を切っていた。
「休む暇もないな……」
そう呟き、修学棟へと全力疾走を始めた。
リュウは自宅から修学棟までの1200mを3分で走破した。
どうにか間に合いそうなので、歩いて息を整えながら3-3の教室へ向かう。
いつもどおり後方から教室に入ると、頬杖をついてこちらを見ていたリゼと目が合った。
普段なら彼女達より先に来ているから、珍しい光景だ。
その奥に座っているユイは前を向いたままで、こちらを見てはいなかった。
「よう……?」
自席に近づきながら声をかけたリュウだったが、途中で止まってしまった。
リゼが一瞬ミヤビに目配せしたと思ったら、ミヤビが立ち上がって近づいてきたのだ。
どうした、と訊く間もなく、ミヤビは何食わぬ顔でリュウの机を蹴り飛ばす。
前の幕板を蹴ったので倒れはしないが、1m以上は後ろにずらされた。
修学棟で使われている机は前と横が塞がれており、一人では動かすのに苦労するくらいには重い。
だが、それを一蹴りで動かしたことに驚きはない。
ミヤビの脚力は身をもって知っているから。
「……何をやってる?」
そのため、冷静にその行動の意味を訊ねた。
「いーからいーから。 そのまま座っとけ」
ミヤビは怒った様子でもなく、いつもと変わらない口調だった。
「ユイと話をしてからな」
「まあまあ、話は後でいーだろ?」
朝の件をユイに弁明したかったのだが、ミヤビがそれを遮るように移動した。
同時に肩に手を置かれ、座るよう圧がかかる。
「おい、本当になんなんだ? お前ら」
ミヤビが単独でこんなことをするとは思えない。
なのでミヤビの向こう、座ったままのリゼに文句を言った。
リゼはちらりとリュウを見て答える。
「話は今じゃなくてもいいでしょ? もう『時間がない』みたいだし」
リゼの言葉は、一部が不自然に強調されていた。
時間がない。
ユイとの通話を切る前、同じことを言ったような気がする。
その言われた張本人は、未だにこちらを見ようともしない。
3人で示し合わせて、話を聞かなかったことへの意趣返しをしようとしているのか?
リゼ・ミヤビと言い争ったとしても、いつもならユイはリュウの味方の立場をとってくれる。
そんなユイがへそを曲げたとなると――
「……厄介だな」
ついつい本音が出てしまうが、それがミヤビに聞こえたらしく、ぺしっと軽く頬を叩かれてしまった。
顔の向きをずらされたことで、前の席の大地恵里と目が合った。
メグリは心配そうな表情を浮かべている。
リュウ達の普段のやりとりを知らないメグリには、険悪な状態に見えているのだろう。
リュウがどうしたものかと考えていると、間もなく教室前方のドアから、担任の男性教師が入ってきた。
「うん? カガミ、なんでそんなとこに?」
リュウの机の位置が大きくずれていることに、さすがにすぐ気付いたらしい。
「ついにハブられたのか?」
その一言で、教室中から笑い声が上がる。
「いえ。 彼には少し反省をしてもらっているだけです」
リゼの返答は、騒がしい教室でもよく通った。
その一言で、笑いが収まる。
「そうか。 スズカ、カガミ、早く座れ。 朝礼始めるぞ」
「あーい」
「……はい」
教師は特に掘り下げる気もないようで、話を切り上げた。
ミヤビとリュウは呼びかけに応じて、それぞれの席に着いた。
朝礼が終わり、教師が出て行った。
1限の講義が始まるまで、10分ほど時間がある。
リュウがユイ達と話をしようとすると、先に席を立ったリゼから声がかかる。
「ほら、さっさと行くわよ」
「なに?」
意表を突かれて聞き返してしまったリュウに構わず、リゼはリュウの襟元を掴んで教室から連れ出そうとしている。
「ぐずぐずしない」
「おいおいおい……」
リゼの力に逆らわないように椅子から立ち上がる。
そのまま、引っ張られながら教室を出た。
「ほれ、来い」
「……ん」
教室の中では、ユイがミヤビの背に乗っていた。
ユイを背負ったミヤビがこちらへ向かってくる。
さっきまで無視していたというのに、彼女達もついてくるらしい。
「どこに行くんだ?」
ようやく首を解放されたリュウは、リゼの隣を歩きながら行先を問う。
「シャワー室に決まってるでしょ」
「この時間にか?」
シャワー室は修学棟1階にある、その名のとおりシャワーを浴びるための部屋。
運動した後に使うかどうかで、1限の前に使う者はいないだろう。
「……?」
自宅から走ってきたので、遠回しに汗の匂いを指摘されているのだろうか。
襟を鼻に近づけて確認していると、リゼが鼻で笑う。
「バカね。 あなた、血の匂いがしてるのよ。 ユイを放って何してたの?」
「血? 体に付いてたのは拭いたけどな」
彼女達に対して隠すつもりはないので、出血していたことを否定はしない。
それを聞いたリゼは、今度は声を出して笑った。
「誤魔化そうとしなかったのは褒めてあげるけど。 カマかけてるとは思わないの?」
「お前相手に嘘ついても意味ないからな」
もう指輪のことは伝えているのだから、異形のことも隠す必要はない。
ユイに近づけるのは危険だと思っただけだ。
「ってことは、血の匂いはしてないのか?」
「いや。 全然してるぞ」
階段を降りながらのリュウの問いに、ミヤビが即答した。
別にカマでもなんでもなかったらしい。
「でも、オレは近づくまでわかんなかったけど。 ソイツがこういうときのリュウは絶対に怪我してるって言うからさー」
ミヤビはリゼを指さして言う。
「あなたってしょっちゅう血を流してるイメージがあるのよね」
「この匂いも嗅ぎ慣れたよな」
誰のせいだよ、という文句は今は言わないでおく。
この3人組はリュウの超常的な治癒能力のことを知っている。
彼女達のリュウへの扱いが若干荒いのも、そのせいだ。
リュウの能力に最初に気付いたのは、当然ながら彼の両親だった。
両親と話し合い、リュウはその能力を大っぴらには見せないようにしている。
しかし、3人組と最初に出会った際に怪我をしたことで、バレてしまった。
それからよく行動を共にすることになり、今に至る。
彼女達なりに、これ以上広まらないように配慮はしてくれているらしい。
やり方はもう少し考えてほしいが。
「どうせ、傷は治るからって無茶してたんでしょ」
「……必要なことしかしてないけどな」
「無茶が必要な状況は普通じゃないから」
「……」
返す言葉がない。
リュウを黙らせたことで満足したのか、リゼが「そう言えば」と話題を変えた。
「私達以外はあなたに近づけないようにしたけど。 オオチがよっぽど鋭かったら、気付いたかもね」
「オオチか……」
一瞬だけ目が合ったメグリの顔は、確かに不安そうではあった。
しかし。
「ミヤビが机を蹴ったのに驚いただけじゃないか?」
「だといいけどね。 まあ、後で確認してあげる」
リュウが大怪我してたの気付いた?とでも訊くつもりだろうか。
「やめとけ。 お前はオオチに絡むな」
自分のことを棚に上げれば、彼女達3人もクラスに溶け込んでいるとはお世辞にも言えない。
そんなやつがいきなり意味不明な質問をしだしたら、ろくなことにならないだろう。
「そう? なら何もしないであげる」
「……そりゃどうも」
面倒を回避するため、何もしないことに対して感謝させられるリュウだった。
そんな話をしながら、一行はシャワー室の前までやってきた。
当然、部屋は男女で分けられており、リュウは男用に入る。
シャワー室は、脱衣所とシャワーユニットが一組となるように区切られ、その組が20個並ぶ。
各脱衣所の前にも仕切りがあり、中は見えないようになっている。
ミヤビの背中から降りたユイが、出入口に近い個室を"使用中"表示に変えた。
共用部分に備え付けのタオルをリゼから受け取ったところで、リュウが一言。
「いや、なんでお前らまでここにいるんだ?」
3人がリュウより先に男用に入っていった時点で指摘するべきだったかもしれない。
少しのためらいもなく、間違っていないと言わんばかりだったので、タイミングを逃してしまった。
「手分けすれば時短になるでしょ」
「この時間に使うヤツはいないって。 お前もさっきそう言っただろ」
「いやいや……」
短縮できるのは数秒だし、誰もいないから入っていいとはならないだろう。
「外はオレが見張っとくから。 早く浴びてこい」
「時間ないんだから」
シャワーを浴びるだけなのに、何を見張るのか。
そう言うより早くリゼが後ろに回り、背中を押してきた。
このままだと脱衣所まで入られそうなので、振り返って3人に向けて言う。
「すぐ上がるから、外で待ってろ」
素直に聞き入れたのかはわからないが、リゼは足を止め、小さく手を振るだけだった。




