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棄てられ姫は誰にも愛されない  作者: 鷺森薫
アインホルン王国編
9/70

9.顔合わせ

北の塔の管理担当が決定して一月足らずで、顔合わせが行われる旨の通知が届けられた。

日時と迎えの馬車をよこすとだけ書かれていたため、当然のごとく王宮内で行われるものと思い込んでいたウィノラだったが、迎えの馬車が王宮とは反対方向に走り出したので驚き、一瞬拐かしという言葉が頭を過り青ざめた。

ふー、とひとつ息を吐いて、冷静に状況を考えてみる。これはシュルツ侯爵家の紋付きの豪奢な馬車であり、そんな大掛かりな拐かしはないと結論付け、ほっとため息をついた。

しかし、何故王宮内で行わないのだろうか、暫し考えこんでいたが、ふと窓のカーテンをそっと開けてみると、シュルツ侯爵邸がある王都東地区へ向かっている様には思えない。


「おひとりでおいでください」


召喚状には確かにそう記してあったが、ウィノラは不安で胸の鼓動が大きくなるのを感じた。両手をギュッと握り合わせ、大きく深呼吸する。


馬車が止まり、ガタンという音と共に扉が開いたので恐る恐る立ち上がり、降りようとすると、サッとエスコートの手が差し伸べられた。

驚いて見上げると、そこにはこんな時でもやたら美しく見えるシュルツ卿の顔があった。


「シュルツ卿、お出迎えありがとうございます」

怖い思いをしたのだから、文句のひとつでもいいたいところだが、染み付いた礼儀作法はそれを許さない。

「ところで、こちらはどちらですの」


時と場合によっては、かなり間抜けな質問ではあるが、今は1番の確認事項である。


「ご心配になられたのですね。

 失礼いたしました。

 ここは我が家の別邸です」


「別邸」

頭の中で、いろいろと思わしくない想像が行き来して、シュルツ卿から目をそらす。

まさか、


その様子を見てシュルツ卿が笑い出した。

「そういった類の別邸ではありませんよ。

 打ち合わせや鍛錬で使っているのです。

 私は本邸よりこちらにいる事が多いのですよ」


「まぁ、そうなのですね」

そういった類、なるものを想像していた事を否定もせず素直に頷いた挙句、いつもの機知に富んだ会話どころか、鸚鵡返ししかしていない事に気付く。


やたら調子が狂うのは

やはりシュルツ卿の爽やかなのか、

飄々としているのか、

何かわからない

所謂、魅力とかいう物のせいなのかしら。

確かに「貴公子」然とした容貌、物腰だけど

美形には免疫力があるから。

やはり、あの声よね。

あの声は魔物だわ。

「水の貴公子」改め、「声の魔物」


自らの声フェチには蓋をして、勝手にシュルツ卿の二つ名を改名したウィノラであった。


「こちらへどうぞ。

皆さん、もうお揃いになっていますから」


堂々最後の登場ですか。

今日は失敗ばかり。

「声の魔物」に惑わされないようにしなくては!

いつもの才女ぶりはどこへやら、勝手にシュルツ卿に惑わされるウィノラであった。


案内された邸の奥のこじんまりとした居間には、顔合わせの面々がそれぞれ長テーブルを挟んで座っていた。


「お待たせしました」


全員が一斉に立ち上がる。

事前に顔触れを知らされていなかったウィノラは驚愕した。

「何処の精鋭部隊ですか、」

声に出したつもりはなかったが、シュルツ卿がチラッと横目で見て微笑んだ。

「皆さん、どうぞお座りください」

全員が着席したのを確認し、シュルツ卿が続けて挨拶を始める。


「今日はお忙しいところ、顔合わせに参加いただきありがとうございます。

ここにいる全員で北の塔に課せられた重大任務を遂行していきましょう」


重大任務?

閑職で魔法図書読み放題に惹かれて仕官したウィノラには寝耳に水だ。

「声の魔物」で惑わされた頭が少し回りだす。どう考えても、この顔触れでただ塔を管理するなんて有り得ない。


「まずは私からご挨拶致します。

管理官のノア・シュルツです。

前職は魔法師団です。全ての管理と責任は私が負いますが、皆さんのお力なしにこの重大任務は為し得ません。どうぞ宜しくお願い致します」


さらっとその美声で、カッコいい事言うのは反則です。シュルツ卿。

またしても「声の魔物」に惑わされるウィノラである。


「次は管理副官 ウィノラ・エックハルト伯爵令嬢ですね」


いえいえ、シュルツ卿、重大任務が何かも聞かされていないのに、内容ある事話せるわけがないでしょう。

どうにか、培った礼儀作法で困惑を押し隠し立ち上がる。

「副官のウィノラ・エックハルトです。

管理官が背負う全ての管理と責任を分かち合いたいと思います。宜しくお願い致します」


鸚鵡返し作戦成功!

と思ったら、シュルツ卿が忍び笑いしてるじゃないですか。

頬が赤らんできました。

知らんふりをして着席すると、隣席の有名な方が立ち上がり挨拶を始めた。


「私はトーマン・ユングです。前職は国王陛下の侍従でございました。」


貴方を知らない国民はいません。

侍従とはいえ子爵位を持つ、宰相に次ぐアルベアト王の側近ユング様。

心の中で突っ込んではみるものの、何故ユング様がここにいるのか、いやむしろ自分がここに並んで座っている事態に困惑が深まるばかりのウィノラである。


「皆さまとお力を合わせ、この重責を必ず果たす所存です。」


出ました。重責。

シュルツ卿が重大任務と言い、ユング様が重責と言う、何をどう考えてもこれは相当な

厄介事に足を踏み入れてしまったようだ。


ユング様の挨拶が終わり、次はまたもや有名人が続く。


「ファティマ・ベックでございます。先日までアインホルン公爵さまの侍女を仰せつかっておりました。」


先の王弟孫バルデマー・アインホルン公爵は今年12になり、乳母役の侍女ファティマは事実上はお役御免となる時期であった。

しかし、両親を早く亡くしたバルデマーはファティマを母と慕っており、侍女としてでもとかなり慰留したものの、ファティマの辞意は固く、泣く泣く手離したらしい、とは父エックハルト伯爵情報である。


ファティマ・ベックの功績はこれだけでなく、バルデマーの前にはかのアルベアト王の乳母役侍女であった。


「乳母の中の乳母」

それがファティマの二つ名である。


ファティマの姿を確認した時点で、頭を過った嫌な予感は今や確信となった。

本来、閑職を望んでいる訳では無いが、魔法研究を志すウィノラである。

御門違いのいざこざに巻き込まれるのは、本意ではない。


どうしたものかと思案しているうちに

次の挨拶が始まっていた。


「カイ・クラウゼでございます。

先日まで王妃様付侍女を仰せつかっておりました。」


ここまで来ると、否定の余地さえ無く、もう覚悟を決めるしかないとウィノラは思った。

王宮で行わず秘密裏に行われた顔合わせ。

今更、辞意が認められる訳もない。

何の経験もない一介の伯爵令嬢である自分に何を求められているのかはわからないが、

求められる何かがあるのなら精一杯努めるしかない。

シュルツ卿はそんなウィノラをじっと見つめていた。


料理人のコッホの挨拶が終わると、今日は参加していない下働きの2人の紹介があり、最後にシュルツ卿が締めた。


「本日は顔合わせのみとなりますが、ご存知の通りこの件は極秘事項となりますので、

くれぐれも口外なされませんよう。」


頷く面々に更に続けた。


「本日はこれで解散です。御足労ありがとうございました。各自準備を進めていただき、北の塔でお会いしましょう。」


それぞれが迎えの馬車に乗り込み始めると、シュルツ卿がウィノラに声を掛けた。


「エックハルト伯爵令嬢は今暫くお待ちください。少しお話しがあります」


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