丘の上のスナイパー
日が落ちてどれほど時間が経過しただろうか。
月はなく、塗りつぶしたような闇が、隣を歩いているミハイルの姿さえ朧げにしていた。二人は敵の発見を防ぐ為、ガロンによる照明すら避けていた。
僕らがいるのは、山の途中だった。情報部は切立った崖をもつこの小さな山の下に敵の新兵装を中心とした隊がいるという見解だった。草木が生えてないせいか、見た目もやや低いので丘と言ったほうがいいのかもしれない。雰囲気的にはエアーズロックが近いといえるだろう。
「配置まではもう少しか」
「マダ オレタチ ダケ」
心優しいサンダリア隊長は捨て駒扱いの2人小隊のこともきちんと待ってくれるらしい。ARが指し示す目的地までは若干の距離がある。
「カンソー ソロソロ スルカ?」
「いや、もう少し粘っておこう。ここ一番でガロンが切れました、じゃ格好がつかない。作戦開始と同時でもいいくらいだ」
「コウリツ イイ。ダイジョウブ オモウ」
2.5世代もどきから、ちゃんとした第3世代ガロン兵装になったことで、換装体の効率や動作性は見違えるほど良くなった。捨て駒扱いとはいえ、装備をアップグレードしてくれた上官には少し感謝してやっても良いのかもしれない。
だが、軍の再編成は結局のところ間に合わず、第15奴隷部隊の欠員が補充されずにサンダリア隊長の指揮下に入るという形に落ち着いた。
ーーこちらサンダリア、聞こえますかぁ?聞こえたら応答してくださいーー
換装体を使わないということはARが使えないことと同意義である。従ってどうしても無線等による通信手段になってしまう。
ーー第15奴隷小隊 ハヤトです。目的地には到着しましたーー
ーー了解。では換装体を起動して待機してください。作戦開始はARから出すねぇーー
ーーサーイエッサーー
一応聞き取れるがノイズがひどい。ほとんど砂嵐である。複数の電波が交錯していたりするのだろうか。それとも磁場が地球と違って強いとかが関係しているのだろうか。
「換装体起動しろだとさ」
「ワカッタ」
「「【換装体起動】」」
不快感がせり上がってきていた第2世代の換装機と異なり、第3世代はその辺のパフォーマンスにも改良が加えられているらしい。ユーザー目線のアップデートは非常に好感が持てる。
「やっぱ全然違うな」
「ハラショー。ハヤイ ラク キモチイイ」
「気持ちいいっていうとなんか変な感じするけど、本当に同感だよ。前のやつがどれだけ酷かったかがよくわかるね」
「マエノ モドル ムリ」
「ああ、待遇改善も含めてな。全てはこの作戦の成否にかかっている。気を引き締めて行こう」
「モチ」
僕ら、第15奴隷小隊の作戦は簡単だ。丘の上にいる敵の狙撃手を抑えるというのが第1の目的で、第2目標として、崖を降り陽動本隊に合流する。
それが達成不能で撤退したとしても、狙撃部隊が暗闇に乗じて他に奇襲してくる部隊がいると警戒してくれればその分崖下の部隊が目的を達成しやすいだろう。勿論成功するに越したことはない。
約五時間前マリンは、僕たち陽動部隊のミーティングに招かれていた。亡命する意思が固いことや情報の正確性を評価されたためだ。実際に交戦した経緯もあり、完全に信じることはできないものの、敵の新型に関する情報を唯一持っているということを天秤にかけて、一度話を聞くのはありだという判断だ。
「銅剣ー第5世代型ガロン兵装ーの使い手は現状3人です。そのうち今出撃可能なのは1人だけだと考えられます」
「なんでそう思うのぉ?」
「銅剣は先ずは第5世代と言いつつも、まだ完璧ではありません。ガロンの変換効率もですけど、集団行動が難しいのです」
「理由を聞いていいかなぁ?」
依然として腕を縛られてはいるものの、ミハイルのベルトではなく痛みは少なそうな縄に変わっていた。それに、クッションのついた椅子に座っていることから、それなりの扱いを受けているのだろう。
受け答えはサンダリア隊長のみではあるものの、マリンが無事であることを見て内心ほっとしたのは正直なところだ。直ぐに殺されて、僕らの待遇改善がされない可能性も十分あった。
「そもそも使い手になるためには私のように改造を施されなければなりません。先にも述べたとおり銅剣を扱えるレベルの成功は先日の時点で最大3人。昨日の戦闘においてハヤトさん達が遭遇した一人と水源を占領した一人は再び調整に入ったため、出撃は難しいと思います」
「辻褄はあってそうだねぇ」
「昨日の今日で新しく使い手が増えているとは考えにくいですし、増えたとしてもそんなすぐには出撃不可能です。懸念があるとしたら、ハヤトさん達が遭遇した方が余裕を残していたため、まだ何処かに待機している可能性があることくらいですね。まあ考えにくいと思いますけど」
サンダリア隊長はそこまで聞いてマグカップに手を伸ばした。湯気を立てているカップにはコーヒーのような黒い液体が入っていた。
静かにマグカップを持ち上げると、ゆったりとした動きで口にまで運んでいった。香りを楽しむかのように一度止まると、口をつけ、カップを傾けた。啜る音はするはずもなく、カップの外に液体が溢れることもない。
なんとなく、そんなサンダリア隊長が飲む様子をじっくり見てしまった。カップの飲み物を飲む動作一つでも、なんとなく惹きつけられてしまうような上品さがあった。
「で、集団行動が難しいっていうのにどう繋がるの?」
「はい。銅剣は電磁砲であることが理由です。チャージに30秒弱必要であるにも関わらず、その間に特殊なガロンを撒き散らすため、周囲の仲間と通信が取れなくなるのです」
「ガロンを電気エネルギーに交換する時に干渉作用があるっていうのは聞いたことあるけど、それが強化された感じかなぁ?」
「詳しくはわからないのですが」
完全ではないものの、マリンは肯定を示した。
「さらに固定化していないガロン全般に対しても干渉するため、ガロンを射出するという構造をしている兵装は誤射を防ぐ意味でもチームから外されていました」
「干渉ってのは完全に使えなくなるのぉ?」
「そういうわけではないのですが、フレンドリーファイアの可能性は段違いに上がります」
再びカップに口をつけた。コーヒーらしき液体の残量はだいぶ少なくなっていた。ほうっと息を息をはいた。
「なるほどねぇ。近距離から一気に叩けばいいってことね」
「火力そのものは高いのですが、小回りは効きません。最終的な目標は数を揃えて面制圧らしいのですが、運用データが欲しいらしく実戦投入に踏み切ったようです。」
「どこも似たような課題を抱えているんだねぇ。世辞辛い。とりあえず、弱点はわかったよ。あとはこっちで考えるねぇ」
そういうと液体の残ったカップをそのままにして席を立った。意見聴取は終了のようだ。
「アクアマリンさん。協力に感謝するよ」
僕らは部屋を後にした。
それほど遠くない位置からの発砲音で僕は我に返った。あたりをつけて潜んでいた場所はかなりいい線だったらしい。
【命令 第15奴隷小隊は目標の確認を】
【了解】
ARには、サンダリア隊のボーテスという人物が割り出した弾道予測の結果が付属で送信されている。音のした方角と、予測線が交差する部分に敵の小隊がいるはずだ。
「イクゾ」
案の定、二人の狙撃手と警戒する銃を持った射手が目に入った。マリンの情報通りだった。
「狙撃手が複数いて射手もいるから、確定だね」
「ドコカニ フロント 2 カ」
「射手はソナーを持ってるらしいし、近接手に邪魔される前に狙撃手2人を叩くのが良さそうだね」
「シャシュ ツヨイ キヲツケル」
「ほんと厄介だよ。射撃戦では勝てないけれど、精一杯応援するよ」
【目標 目視完了 攻撃を開始します】
【牽制射撃をされている 攻撃急げ】
どうやら本隊の戦闘は激化しているらしい。戦闘音に混じって爆発音や怒声が聞こえてくるようになってきた。今こそ僕らの出番だ。
「アワセロ」
「頼むぜ」
近づけるギリギリの影から軽く合図を出して飛び出したのは、ミハイルだった。驚く射手の横をすり抜け手前側にいる狙撃手へと肉薄する。
「ちぃ」
気づいた狙撃手は飛んで距離を置き、辛うじてブレードの範囲から逃れる。駆けっこなら、助走がある分ミハイルの方が有利だ。
接近にこそ気づかなかったものの素早く反応した射手が"ソナー"を放ちつつ、ミハイルに牽制をする。
「そこだ!」
僕の居場所はもう割れた。だが、作戦通りだ。戦況が描いたように動いたことに内心ほくそ笑みつつ、突撃銃をフルオートで飛ばす。
「くらえええええええええええ」
「"シールド"」
居場所は割れてしまったので、敵のシールドによって容易に防がれてしまう。だが、射手は標的をミハイルから僕に切り替えたようで、銃口をこちらに向けてきた。
放たれたガロン弾はまっすぐに向かってくる。岩陰に隠れてやり過ごす。体勢を立て直しつつ、岩の陰から応戦する。
ここを抑えればミハイルもだいぶ楽なはず。
勿論、弾幕では負けている。それは、こちらの突撃銃のスペックが劣っている訳ではなく、単純に僕の腕前の問題だ。
ジリ貧ではあるが、長期戦に持ち込みたいこちらとしては望むところだ。ミハイルが帰ってこれば逆転も十分可能だ。
【警告__
まあ、そうくるよな。警告音に反応し、振り返ればレイピアのような剣を持った男が接近していた。あと二歩もあれば向こうの間合いだ。
対応が早い。
こっちの意図が時間稼ぎであることは向こうもわかっているのか、出し惜しみをせずに近接手を差し向けてきた。もう一人はミハイルの方だろう。
当たっても大したダメージはないだろうが、牽制がてらガロン弾をばら撒く。
「しぃぃぃ」
相手は攻撃をものともせずに、レイピアを突き立ててきた。シールドすらも張ってこないのは余裕の現れか。
勿論回避できるわけもなく、僕は身じろぎをすることで致命傷を避けるものの、脇腹を大きく抉られてしまった。
ブシュウウウウウウウウウウウウ
ガス漏れのような音と共にガロンの漏れ、ARの警告がダメージを受けたことをけたたましく通知する。
ガロンの残量もこれだけで大きく減るのは本当に不味い。
しかも、ピンチはまだ続いているのだ。
相手は踏み込んだ足を浮かせず、体ごと前へ接近。剣先で大きな円を描くことで剣を相手の視線から外し、
接近しつつも次の攻撃への布石をうつ。
後ろ足を大きく引き寄せ、腰を落として必殺の一撃を放った。
くそっ近すぎる。
突撃銃をぶっ放しても、間に合わないっっっ
「【起爆】」
バシュッッッッッッッ
寄られるのは承知の上だ、だから僕はもう片方の銃の弾を起爆した
「な!?」
突然地面が爆発したため、レイピア使いは踏ん張りが聞かず、うまく踏み込めなかった。それでも負けじと僕を睨みつけ、できる限り僕の方へとレイピアを向けようとする。
ガキッッッッ
相手のレイピアはカスリもせず、岩に傷をつけた。外れる攻撃には目もくれず、僕はここぞとばかりに突撃銃の引き金を強く引いた。
この距離なら外さない!!
レイピア使いの悔しそうな顔と、巻き上げられた砂埃が僕の目に入った。
「”シールド”」
【警告 敵接近】
声と音は同時に聞こえた。そして少し遅れて、僕の突撃銃の射撃音も。
ズダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
ああくそ、上手くいかない。
弾丸は敵の射手によって防がれてしまった。近接手とやりあって視線を外している間に、寄られていたのか。
距離をとって見てみれば、レイピア使いは殆どノーダメージ。射手に関しては言わずもがなだ。足元を起爆したとはいえ、小威力がかすった程度じゃそんなもんか。
1対2という状況、しかもどちらも完全に格上だ。奇襲は流され、頼みのトラップも使った以上どう考えても勝てるはずがない。
まして、こっちは脇腹に一撃食らっている。戦況を覆すことはできないだろうな。
向こうからしたら、僕を倒す絶好のチャンスになっているだろう。
しかし、相手はすぐに引き下がった。
「撤退だ」
「了解」
そう言って射手とレイピア使いは僕と距離を大きく開き主戦場たる崖から離れていった。追うかどうか悩む前に彼らは闇夜に消えてしまった。
クエスチョンマークが浮かぶ僕のARに短いメッセージが届いた。
【にんむ かんりょう】
「天才かよ」
ミハイルという人間は本当に有能らしい。
ほっとした僕は気休め程度に脇腹を手で押さえた。こんなのでガロンの流出は止まらないが、だからと言って換装体を解く訳にもいかない。
【いしゅ と レイピア は てったい。そっちは?】
【そげきしゅ 2 たおした。ふろんと にげた】
守るべき狙撃手を討伐されたから、撤退したってところか。
【ごうりゅう しよう】
【わかった】
合流を提案すると、ミハイルはあっさり了承した。
辺りは暗くどこにいるか全くわからないが|AR【仮想現実】上はそれほど距離が離れていない様子だった。崖下からは敵の銅剣の派手な射撃音も聞こえる。一刻も早い合流が急がれるだろう。
「【再構成】」
その前にトラップ用に消していた分の突撃銃を作り直した。決してガロンに余裕がある訳では無いのだが、無いよりはずっとましだ。
特にぶっつけ本番で行った銃身なしの起爆の弱さは想像を絶するものだった。たらればの話をするのは野暮だが、もっと威力があったならば勝機もあったのかもしれない。
それこそこの二人を抑える役目がミハイルだったらどういう風に戦ったんだろうか。近接手を退け、狙撃手2人を倒した彼なら。
振り返ってみれば、初めはミハイルと長い付き合いになるとは思っていなかった。
「ワタシィノ ナマァエワ Михаила Георгиевана Корниловдес デス」
地球から拉致された初日、彼はそんな自己紹介をしていた気がする。唯一知っていたと思われる日本語は、僕たち日本人でさえ聞き取るのが難しい訛り方をしていた。
「え?」
「ナマァエ メィ・ハァ・イィー、ルァ」
癖の強い発音は辛うじて自分の名前を言おうとしているのだと分かった。
「ナイステゥーミーテゥー」
同室の青年ーもう名前は忘れてしまったがーは下手な英語で話しかけ、握手をしようとした。しかし、ミハイルは驚いた表情をして一歩下がった。
そして、同室の青年へ怪訝な顔を向けていた。
ずっとそうしていたわけではない。怪訝な顔を向けられた青年もムッとした表情になった。何が何だか分からないのにいきなり嫌そうな顔を向けられれば、誰だって不快にもなる。
「イズヴィニーチェ!!」
その様子を見たミハイルは慌てて何かをいった。雰囲気としては誤っているようにも、怒っているようにも見えた。
「が、頑張って言葉を覚えようね!」
「そうだよ。そのうち分かるようになるって!」
「僕らも一生懸命教えるし」
「ほらほら、早速今から頑張っていこう!」
拉致された不安と恐怖に覚える僕たちは、団結することによってそれを乗り越えようとしていたのかもしれない。
僕とを除くタコ部屋の4人は口々にミハイル励ました。
臆病な僕は、外国人にどうやって声かけたらいいかわからずに輪から一歩下がったところで曖昧な表情を浮かべていた。
いや、今思えば違ったと思う。本当は僕も一緒になってパンダを見たかったんだと思う。
だから次第に離れていった彼らを責めることはできない。
クソ上官の暴力と暴言を受ける日々に、最初こそ反抗的な態度を見せていたものの、別の牢で死者が出たあたりから様子は変わった。
「なあ、俺たち帰れるのか?」
「わからない」
「痛ぶって何が楽しいんだよ」
「こんなところにいるのは嫌だよぉ。死にたくない」
2ヶ月も経てば、高校生ー大人ではない僕らの心は疲弊し衰弱するのは当然と言えば当然だった。
むしろ2ヶ月も良く持ったものだ。その頃にもなればミハイルに言葉を教える物好きなんて誰もいなかった。
そしてタコ部屋の6人、いや拉致された人間達の中で、最も出来の悪かった僕は4人のストレスのはけ口になっていた。
クソ上官に特に指導を受けていた僕は牢の中でもアドバイスを受けていたと言えるのかもしれない。
いつも暴力を受けていた僕は、負のスパイラルに陥っていたとでも言えばいいのか、恐怖は僕の行動を縛り、恐れは行動を妨げた。訓練は一層散々になった。
そんな日々にも変化は訪れる。
僕らが拉致されて3ヶ月が経過した頃だろうか、実戦投入ということでタコ部屋から次々に「配置」されていった。
この部屋だって例外ではない。
少しずつ人数が減っていき、出来損ないの僕とコミュニケーションに難があるミハイルの二人部屋になったのは5ヶ月が経過した頃だった。
「おやすみ」
「・・・・。」
二人部屋になって僕は初めてミハイルに声をかけた。僕に人の心が残っていたからなのか、アドバイスをするルームメイトがいなくなったから寂しくなったのか、それは定かではない。
でも、僕は声をかけた。
当然返事なんて帰ってこなかった。僕はその日もいつものように、明日から少なくても部屋のなかでは怯えなくて済むことに安堵しながら眠った。
「おはよう」
「・・・・・。」
次の日も、訓練用の換装体を起動しつつ挨拶をしてみた。ミハイルはこっちをチラリともしなかった。弱い日本人がすり寄ってきたとでも思っていたのだろう。
早足に近接戦闘訓練室に消えていった。
がっかりはしなかった。そんな暇があれば少しでも的に当てられるように訓練をすべきだったからだ。
だから、決定的な何かがあったわけじゃない。
本当にいつの間にか、ミハイルは僕の挨拶に返事をするように、そして夜の時間に日本語の練習を始めるようになっていた。
引き換えというわけではないが、戦闘能力が高かったミハイルは僕にアドバイスをしてくれるようになった。勿論本当の意味だ。
ミハイルが日本語で意思疎通するのに不便がなくなるまで、それほど時間は必要ではなかった。こう言うと部屋を出ていった4人は何をしていたんだと思わなくはない。
だが、僕は知ってる。
最初の2ヶ月間だけじゃなくて、その後もずっと隠れて日本語の練習をしていたことを。読み書きを習得しようとしていたことを。彼がここまで日本語ができるようになったのは、僕のおかげでも、出ていった4人のおかげでもない。
彼が頑張ったんだ。
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