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アナザーワールド  作者: 新倉 砂鉄
8/21

第8話

「今、この肉体とワシは一心同体。この肉体が壊れてしまえばワシも滅びてしまう。お前が何者かは知らんが、この肉体を壊そうとするのならば抵抗せざるをえない・・・・。今この時に、ワシがこの肉体を操る為にこうして魔力を使うだけでもまた数年はここから出られなくなる。その時間が惜しい。それに相当の力の持ち主と見るが、お前の身の為じゃ。ワシにはかなわん。やめておくことじゃな・・・。」

この時、胸にめり込んでいた魔人の右腕はジャイロの、いや、アゼザルの手によって既に抜かれていた。魔人の美しい顔がじわじわと怒りに満ちていく。が、しばらくすると、どういうわけか反撃をすることもなく、怒りに満ち溢れた形相を留めたまま魔人がピクリとも動かなくなってしまったのだ。そして、そんな魔人の体に異変が見られ始めた。

それはなんと、足元から蝋の様に融け始め、まるで重油の様にドス黒く粘り気のある水溜りが出来ると、そこに吸い込まれるように足元から上へと徐々にドロドロと融けて行き、最期にはドス黒い水溜り状になってしまったのだ。そして、ジャイロの体を操るアゼザルは自分の足元に広がるドス黒いそれに警戒をしたのか、一歩、二歩、と後ろへ下がる。

魔法陣の外ではギザがイラ立ちと不安を隠せない様子で見守る中、突然、頭の中に声が聞こえてきた。

「ラズバクト・・・・我に力を貸せ。お前の息子の中に潜む者を出してやる。それには、この地面に描かれている文字が邪魔だ。お前の魔力が邪魔をして、どうにもこうにもうまく力が出せん。我に協力する気があるのならばなんとかしろ。それから約束だ・・・・。これがうまくいったら我を自由にしろ。いいな?分かったらさっさとやれ。」

それは、重油の様なドス黒い液状になった魔人の声だった。ギザにとって、地面に描かれている図形や文字を消し去ることぐらいは容易なことなのだが、それを行なう事によって結界は解かれてしまう。その瞬間、もし魔人に裏切られてとしたら・・・・が、そんな事を考えている時間は無い。呪文を唱え、両手の掌同士を合わせると、片膝を付き、赤く光るその両手を地面に叩きつけた。

ギザの首筋に太い血管が浮かび上がる中、直径十メートル程の円、そしてその中に描かれている図形や文字が赤色に光ると、地面を伝いシュルシュルと音を立てながらギザの両手にどんどんと図形や文字が吸い込まれていく。そして、それが終わる頃、魔人が動きを見せた。

アゼザルの操るジャイロの足元にべっとりとまとわり付くと、まるで蔓が木を伝い天を目指すよう、螺旋状に巻き付きジャイロの体を昇っていく。そしてその先端がジャイロの顔へと近づくと、いくつかに枝分かれをし、口、鼻の穴、耳の穴へと入り込む。

ジュルッ・・・ジュルジュル・・・

足元に広がっていた黒い水溜りは無くなり、それが全てジャイロの体内に入り込んだ。

ピクリとも動かないジャイロ。それをじっと見つめるギザ。彼には見えているのだろうか・・・・ジャイロの体内で何が起きているのか。そしてそんな光景がしばらく続いたその時、魔人の声がまた頭の中に響いてきた。

「喰われた・・・・しかし捕らえたぞ・・・・・。用意しておけ。ただしラズバクト、我には関係の無い事だが、そこでは戦わないほうがいい。異界に連れて行け。そのほうがお前にとって有利なはずだ。ぐっ・・・・最早、我もこれまでか・・・・。さぁ、いくぞ。」

ここで魔人の声がプツリと消え、なぜか苦笑いをするギザ。

「はぁ?異界に連れて行けってか?ったく、俺の年を考えて言ってんのか?あいつは・・・・。でも仕方ない。五分、いや・・・三分だ。残りの魔力を考えて異界には三分しか入れねぇ。そこで決着をつけなければ・・・・。」

渋い顔でギザがそう言うと、ゆっくり目を閉じ、深く息を吸い込むと、肺に溜めた空気を少しずつ吐きながら小さく呟くように呪文を唱え始めたのだ。

そんなギザが呪文が唱え終わる頃、マネキンのようにピクリとも動かなかったジャイロの体に突如、異変が見えた。

薄い皮膚の下に張り巡らされている血管が稲妻のように全身に浮かび上がると、白く濁った瞳を見開いたまま上を向き、大きな口を開け唾液をビチャビチャと垂らしながら激しく首を左右に振り始めたのだ。そしてその口からは微かに黒い煙のようなものが出ているのが見える。

ドンッ・・・・

突然、何かを叩いた様な音が鳴り響いた。ギザだ。ギザが両手の掌を地面に叩きつけたのだ。そして瞑っていた瞳を開けると、その瞳は朱色に変わっていた。ギザの魔力が絶頂に達したのだ。

メコメコッ・・・・

ギザの目の前の地面が盛り上がる。何かを地面から出そうとでもしているのか?更に力を込めるギザ。そしてそれは徐々に土を捲り上げ、姿を現し始めたのだ。

見るからにどうやら石製の物らしいが・・・・

「早くしろ・・・・・ラズバクト。そ、そろそろ限界だ・・・。」

そんな時、また魔人の声が頭の中に響いてきた。が、その声で一瞬、集中力が切れたのか、地面から1メートル弱くらい顔を出していた巨大な石製の何かが地面の中に沈んで行く。

「くそっ・・・しゃ・・・喋り・・・掛けんじゃ・・・ねぇよぉぉぉぉっ。」

ギザの怒声と共に、彼の周りの地面が陥没すると、先程地面に沈みかけていた石製の何かが勢いよく地面を突き破り、姿を現したのだ。

「はぁ・・・はぁ・・・またこいつを出すはめになるとは・・・。二十年・・・振りか。異界へ通ずる扉・・・・・カオスの門。」

それは、四メートルを優に超える物々しい石製の巨大な門で、見たことも無いような巨大な植物や蔓があちこちに巻きついている。

「はぁ・・・はぁ・・・思った以上に魔力を使っちまったぜ。歳だな、俺も・・・。三分持たねぇ・・・な。これじゃ・・・・。」

肩を大きく上下させ、息を切らしながらギザがそう言い、門に絡み付いている大蛇のような蔓を右手の手刀で切断すると、その蔓がまるで生き物のように奇声を上げ暴れだし、その切断した断面からは紫色の液体がドバドバと流れ落ちた。

「おぇっ・・・いつ見ても気持ち悪ぃな。」

目を逸らし、ギザがそんな事を呟いていると、大きな地響きと引き換えに静寂が訪れた。

どうやら、なぞの巨大な植物は息絶えたらしい。

そんな中、それを切り裂くように轟音を奏でながら扉がゆっくり開きだした。そして、完全に扉が開くと、唾液を撒き散らしながら首を左右に振り続けるジャイロに向かい、

「準備は整った!いつでもいいぞ!」

と、言わんばかりにギザが視線を送り、軽く頷くと、ジャイロの激しく揺れる首がピタリと止まり、そのままカオスの門の方へとゆっくり歩き出したのだ。

「こんな・・・ことをして唯で・・・・済むと思うな・・・・よ。」

ジャイロの中に居るアゼザルの声だろうか・・・?

低く、不気味な声が放たれると、カオスの門の中に限りなく広がる闇に向かい大きな口を開け、勢いよく黒いガス状のようなものを口から吐き出したのだ。

どんどんと黒いガス状の様な気体が門の中へと吸い込まれる中、一瞬、黒い塊が右側へ反れ、地面に落ちた。

そこに目をやると、体の大半が喰いちぎられ、変わり果てた魔人が地面に転がっていたのだ。

「ラズバクト・・・・我はもう・・・・駄目だ。体を再生させるほどの魔力も残っておらぬ。時を待ち、力を回復させるのみ。さぁ、約束だ。我を自由・・・に・・・・。」

最早、虫の息といったところか、掠れた声で魔人がそう言うと、最後の力を振り絞ったのか、ボロボロになった体を小さな蛇に変化させ、ギザの前を通り、体をくねらせ岩場の方へと・・・・

だが、地面を這い蹲り、無惨にも変わり果てたそれの頭上にはギザの右足が振り上げられていた。

グチャッ・・・・・

ギザがニヤリと笑った。

「蠍だ・・・。そんな姿のお前を殺そうとは思わん。さぁ、行け。」

足元に居た蠍を踏み潰し、ギザがそう言うと、蛇に姿を変えた魔人は逃げるように岩場の影の方へと姿を消したのだ。

そして、ちょうどその頃、ジャイロの口から勢いよく放たれていた黒いガス状のようなものがその勢いを弱め、微かに口から漏れる程度になっていた。そして、次第に黒いガス状の色が青色に変わってゆく。

「おっとっと。こいつまで出すわけにはいかん。こいつはジャイロの魂だからな・・・。」

黒から青色の変わり目の部分を手刀で切断し、ふわふわと空気中を漂う青色のガス状のようなものを傷つけぬようやさしく手に取り、それをジャイロの口の中に戻すと、ジャイロはそのまま倒れてしまった。

地面に横たわる我が子をしばらく見つめ、軽く微笑むとゆっくり視線をカオスの門へと移すギザ。

先ほどの魔人との戦いで、過去に一度だけ入ったことのあるカオスの門・・・・・。無限に広がる闇。いったいそこはどんな処なのだろうか・・・・?

重い足取りでギザが歩き出すと、門の前でその歩みを止め、ゆっくり腰を下ろした。

「さてと・・・しばらくの間この肉体からおさらばだな・・・・。」

門を正面に座り込んだギザがボソッと呟くと、両手で印を結び、深く息を吸い込むと、ゆっくりと少しずつ息を吐き始めた。

そして、肺に溜めた空気を全て吐き出し終えると、ギザの体がピクリとも動かなくなってしまった。

「まずは成功。しかしまずいな。これじゃマジで三分も持たねぇ・・・。」

ん・・・・?ギザの口が動いていないのに声が聞こえる。一体この声は何処から?

ふと上を見上げれば、そこにはギザがもう一人。しかも、そんな両者の間には緑色に光る細い糸が繋がっている。

そう・・・・。幽体離脱をしたのだ。どうやら生身の肉体では入れないらしい。が、よくよく考えてみたら、わざわざこんな事をしてまで中に入らなくても、アゼザルだけを中に閉じ込め、永遠に出さなければいいのでは・・・・?

しかし、それは無理なのだ。いや、無理というより、恐ろしくて出来ないと言った方が正しいだろう。

なぜなら、カオスの門の中に広がる闇の世界は神が唯一、手を加えていない世界、秩序の無い世界なのだから。

簡単に言うと、この世界では、神のルールを無視して何でも出来てしまう。キルや、ガブリエルのクリエイティブ・ワールドと同じように。

従って、アゼザルを閉じ込めてしまうと、いずれはそれに気付き、何を仕出かすかわからない。

そしてなぜ、ギザは長くこの世界にいられないのか・・・・?

答えは秩序がないから・・・。この世界で、当たり前という言葉は通用しないからである。

右足を前に一歩踏み出して、左足を前方にある右足の隣に添えると、前に一歩進んだことになる。当たり前の事だが、この世界ではこれが成り立たない。これらを成り立たせる為に魔力で全ての動き、行動を調整するのだ。よって、単純な動きでも魔力を消費する為、膨大な量の魔力を要するのだ。そして、この中で魔力を使い果たしてしまうと、二度と戻れなくなってしまう。

「行く・・・・か。」

ボソリと一言そう呟くと、黒色の瞳を朱色に変え、カオスの門の中の暗闇に消えて行ったギザ。

すると、何も見えない暗闇の奥底からアゼザルの声が響いてきた。

「どういうつもりだか知らんが、この中ならワシに勝てるとでも思ったか?見縊られたものよ・・・。確かにこの中での動作は難しかったがラズバクト・・・・お前が来る間に全て把握し、いつも通りに動けるようになった。そしてこの闇・・・・。ワシからお前はよく見えるが、お前からは見えんじゃろう?ワシが何処にいるのかが。しかも、ワシはもう完全体。お前のツレを喰らったと同時に魔力も頂いたのだ。おかけでこの通り。礼を言うぞ・・・。」

「はっはっはっはっはっ・・・。」

すると、暗闇の中にギザの笑い声がこだました。

「アゼザル・・・・だったな?ほんの短時間で動けるようになったのは認めてやるが、そんな事では俺に勝てん。そしてこんな闇も何の意味もない・・・・。」

ギザがそう言うと、パチンッと手を叩いた。

すると、暗闇だった空間が、突然、無限に広がる真っ白い空間に変わり、アゼザルの周りに幾つもの鏡が立ち並んでいたのだ。そして、その全ての鏡の中にギザが映っている。

「驚いたか?時間が無いんでこれで決めさせてもらうぜ・・・・。」

鏡の中に映る全てのギザが、中央にいるアゼザルに向けて右手を翳した。バチバチと音を鳴らし、右手にエネルギーが集まってゆく。が、アゼザルも黙って見ているわけがない。

黒装束で身を覆い、微かに窺えるその顔は闇。目も口も無い。そんなアゼザルが袖から細い腕を出すと、人差し指の長い爪で何かをピンッと弾いた。

蟲だ。小さな油虫のような生き物がアゼザルの指に弾かれ正面の鏡に向かい飛んで行く。が、なぜかその正面の鏡に映っているギザがニヤリと笑った。

そして、ギザが映る正面の鏡にアゼザルの弾いた蟲が当たる瞬間、ギザが映っていたはずの鏡の中が瞬く間にアゼザルに替わった。

一瞬にしてギザからアゼザルに映り替わった鏡に蟲が当たると、小さな爆発が起きた。

すると、どうだろう・・・・。

己が映り込む鏡に仕掛けた出来事が、実体であるアゼザルの正面でも同様の爆発が起き、アゼザルは激しい炎に身を包まれてしまった。

「迂闊に攻撃を仕掛けないほうがいいぜ・・・・。同じ攻撃が自分に帰ってくるんだからな。まぁ、もう二度と攻撃を仕掛けることもできんが・・・これで終わりだ・・・。」

幾つもの鏡に取り囲まれ、その中央で燃え上がるアゼザルに向かい、四方八方からバチバチと青白く光るエネルギー弾が放たれた。

「人間ごときが小癪なまねを・・・・・。」

アゼザルが全身を包む炎を一瞬で消し去ると、黒装束で身を覆った胸元を一瞬、両手でバサリと広げたのだ。

「どうなっても知らんぞ・・・。」

アゼザルが黒装束の胸元を広げ、一言そういい終える頃、ギザの放ったエネルギー弾がすぐそこまで迫って来ていた。

「今さら遅いわ・・・粉々に散れ。」

ギザのその言葉と同時に眩いばかりの閃光が走り、それに少し遅れ、物凄い爆音と衝撃波が全てを呑み込んだ。

「お・・・、終わった・・・。」

「・・・・・・・ん?」

「ん?」

「な、なんだ・・・あ、あれは・・・?」

全て消し飛んだはずの真っ白い空間にギザが見た光景とは一体?

「初めてじゃわい・・・ほんの一部とはいえ・・・ワシの本当の姿を見せたのは・・・・。」

わずかに窺えるその顔は闇・・・。そして、黒装束で身を覆い、広げた胸元の部分も闇。実体というものはないのか・・・・?

そんな謎に包まれたアゼザルの胸元から、それはそれは巨大な一枚の翼が出現し、アゼザルの体を包み込んでいるではないか。

「ま、まいったなぁ・・・・全然効いてない?もう、魔力もほとんど残ってねぇし。って事は・・・・もう、あの手しか残ってねぇな。すまねぇ・・・。ソフィア、タリア、それからジャイロ。もう戻れないかもしれん。とりあえずやるだけやってみるか。」

この時のギザの瞳は、朱色から黒色に変わっていた。ほとんどの魔力を使い果たしたという証である。が、そんな事を気にする様子も見せず、静かに目を閉じ、もう一度手をパチンッと叩き目を開けると、無限に続く真っ白い空間から一変し、暗闇の世界に変わったのだ。そして、その暗闇に赤く浮かび上がる6個の魔法陣。

それは、アゼザルを中心とし、上下、左右、前後、まるで立方体の壁面に魔法陣が浮かび上がってる感じだ。

「異界で良かったぜ。本来なら魔法陣を出すだけでもかなりの魔力を消費するんだが、ここでは想像すれば出来ちまう。おっと・・・お喋りしてる時間は無いんだったな。」

ギザがそう言うと、右手を左胸の辺りに当て、左手を丹田の辺りに当てると、呪文を唱え始めたのだ。

その頃、アゼザルは六つの魔法陣に囲まれながら、胸から飛び出している大きな翼を仕舞い込み、身に纏う黒装束を全て脱ぎ捨てようとしていた。

そしてその様子を見ながらギザは、

「どうなっても・・・・知らんぞ・・・。」

と、アゼザルが放ったその言葉が今更ながら脳裏を駆け巡っていた。

焦る気持ちを抑え、術に集中するギザ。次第に黒色の瞳が朱色に変わってゆく。

魔力は残っていないはずなのに・・・一体なぜ・・・・?

「魔力最高潮。最早、お前を倒すことは出来ずとも、その強大な力を弱めることは出来る。喰らえっ・・・六法退化術!!」

こうしてアゼザルは、ギザの術により退化させられたのだ。最下層部でもS級、又は、それを凌ぐ力を下層部のC級クラスまでに。

そしてなぜギザは最後にあんな力を・・・・・?

異界の外。つまり元の世界でカオスの門の前に座り込むギザの肉体。最初の姿とは打って変わって、まるで別人だった。真っ黒い髪と、顎に蓄えた髭が白髪に変わり、皮膚は乾涸びて痩せこけ、口から血を流していたのだ。

最後の最後に生命エネルギーを燃やし、それを魔力に変えたのだろう・・・。

そして、ジャイロは・・・・。

偉大な父親を亡くし、一度は家に戻るものの、「修行へ行く」と言い出し、また家を飛び出して行ってしまった。

そして、それから数年が経ち、突如、砂の都にその姿を現すと、アレキサンドラ王の目の前で知恵と力を兼ね備えた悪魔を召喚し、巨大なピラミッドを建てて見せたのだ。

そして、あれから約4600年後の今日、モロクとの戦いで、なぜかは分からないが元の姿と力を手にしたアゼザルは、身に纏う黒装束を靡かせ宙に浮かび上がると、ある場所へと飛び立って行ってしまったのだ。

その、ある場所とは・・・・・・?

そう、エジプトだ。

我が身に術をかけ、数千年もの間、恥辱にまみれた時を過ごさせた憎きラズバクト家の末裔を探しに・・・・。

「ラズバクト・・・。残り少ない余生を楽しんでおくんだな。ウッシャシャッシャッ。」


その頃、ガブリエルは・・・・・・

数時間に亘り、キルが持つ知識と技、全てを習得したガブリエル。その力は、死神であるキルを上回るものだった。

「すばらしい。最早、私の力など足元にも及ばない・・・・。しかし、よくもまぁこの短時間で。ちょっと嫉妬しちゃうなぁ、その神の力・・・。」

キルが少し不貞腐れた顔でそう言うと、ガブリエルは、腰まで伸びている長い銀髪をかき上げながら、

「神の力だけではない。センスだよ・・・・殺しのセンス。だろ?キル、お前は仕事として何億、何百億の人間をあの世へ送ったかもしれんが、センスがない。芸がない。それに比べ俺は、如何にして苦痛を与えるか、如何にして恐怖を与えるか、それらを考慮して殺してきた。そして、二度と同じ殺し方はしない。それがクリエイティブ・ワールドにもでてるだろ?」

「はいはい・・・・そうですか。」

自慢げにガブリエルが言うと、キルは呆れながらも仕方なく頷いた。そしてその直後、突然キルの頭の中に声が響いてきたのだ。

「キル・・・・。」

「・・・・・ん?」

「私だ。ミカエルだ。」

「やぁ、ミカエルじゃないか。こっちは順調だよ。どうしたんだい?」

どうやら、キルに問いかけているのは、大天使長ミカエルのようだ。

「ガブリエルをエジプトに向かわせろ。」

「・・・・・?状況がわからないなぁ。一体、どういうことだい?」

「ルシファーの目的がそこにあるかもしれんのだよ・・・。」

「あぁ・・・例の魔術師の事かい?」

「そうだ。恐らく、地球上で最強の魔術師だろう。名前は・・・・・サラ・ラズバクト。女だ。」

「なるほどね・・・・・。ルシファーより先に見つけてガブリエルに護衛させればいいってわけね?でもさ、それがもし失敗したら?だったら先に、僕がサラって女を殺そうか?そうすればサタンを召喚できる人間は居なくなるわけだし・・・・・。」

「愚か者め!我々神族同様、人間も神に創られた子。そんな事をすれば神の怒りに触れ、地獄へ行くことになるぞ。とにかく急いで向かわせろ。」

こうしてキルは、ミカエルの指示通りガブリエルにエジプトへ向かい、サラ・ラズバクトという魔術師を捜し、護衛するよう命じたのだ。しかし、サラ・ラズバクトを目的とする者はルシファーだけではない。あのアゼザルも捜しているのだ。

もし、ガブリエルが先に見つけたとしても、ルシファーはおろか、未知なる力を持つアゼザルにさえ勝てないかもしれない。そんな二体の悪魔が最悪のタイミングで出会い、手を組まれたとしたら・・・・・?

「じゃ、そんなわけでよろしく頼んだよガブリエル。僕はこの辺で・・・・。」

面倒くさそうにしているガブリエルに対し、あっさりとキルがそう言うと、身に纏う黒いマントで全身を覆い、天界へと消えようとしたその時、

「今の君は確実に強い・・・・。数時間前の君とは比べ物にならないくらい。そして、この僕よりもね。ここだけの話なんだけど、ルシファーさ、クリエイティブ・ワールド(創造の世界)だけでどうにかなっちゃうかも。いや、逆に、アブソルート・ワールド(絶対的世界)は使わないでほしい。まぁ、さっきも説明した通り、あれを使うと大変なことになってしまうからね・・・・。まぁ、つまり僕が言いたいのは自信を持って行けば大丈夫ってことだよ。じゃ、今度こそこの辺で・・・・幸運を祈る・・・・・。」

と、だけ言い残し、キルは黒いマントで身を覆いスーッと消えてしまったのだ。

「はぁーっ。面倒くせぇ。こんな事になるんだったら地獄に落ちてたほうがましだったかも。」

一人残されたガブリエルはそんな事をブツブツ言いながら巨大な翼を広げエジプトの方へと飛びたって行ったのだ。


その頃天界では・・・・・

一人、玉座に座り、俯いたまま何かをじっと考えるミカエル。そして、下界から天界へと戻ってきたキルがそんなミカエルに歩み寄ってきた。

「ただいま。久しぶりに疲れたよ・・・・。」

「ご苦労・・・・。」

俯いたままミカエルがそう答えると、何とも言えぬ間が空いたのだ。そして、しばらくそんな間が続くと、キルが俯いたミカエルの顔を覗き込むようにしゃがみ込み、口を開いたのだ。

「何にも聞かないの・・・・?」

すると、ミカエルは、また俯いたままこう返したのだ。

「何をだ・・・・?」

また間が空いた。

「いや、ほら、ガブリエルはどうだった・・・・とか?」

「見てたよ。ここから。」

「あ、そ、そう。」

「それよりこれを見ろ。」

ミカエルが急にボソリとそう呟き、足元に広がる綿菓子のような真っ白い雲の様な物を両手で掻き分けると、その隙間から下界が覗いて見えた。そして、そこに映し出されていた映像には、エジプトに向かい、大空を羽ばたいているガブリエル。一体、ミカエルは何を訴えたいのだろうか?

キルは不思議に思い、ミカエルの顔をチラッと窺うと、顎を横に振り、「もっと後ろを見てみろ」という素振りを見せた。

それは遥か後ろに、何者かがガブリエルを追うように同じ方角へと飛んでいたのだ。

「何者だい・・・?見覚えがあるような・・・ないような?」

「アゼザルだ。なぜだか分からんが元の姿に戻ってしまっている。」

ため息をつき、深刻そうな表情でミカエルが言う。それに対し、キルは表情を変えることなく、険しい表情のままのミカエルに近づきこう言ったのだ。

「心配ないよ。大丈夫。今のガブリエルならアゼザルといえども簡単に・・・・・」

キルが自信たっぷりという様子で語り始めると、急にミカエルが怒声を上げた。

「黙れっ。キル・・・お前は知らんのだよ。一つ聞くが、サタン以前の地獄の支配者は誰だ?」

「ベヘモド・・・・だろ?」

「不正解。確かに支配権は持っていたが、絶対支配者ではなかった。もっともっと深い闇の奥底でベヘモドを操っていたのが、あのアゼザルだ。とは言っても、それを知ったのはつい最近だがな。お前も昔、ミスターブレインに聞いた事があるだろ?アゼザルは無の中から生まれた謎の悪魔だと・・・・。だが、それからアゼザルを調べ続けたミスターブレインからの情報でその事実が分かった。」

「ルシファーにアゼザル・・・・ま、まずいね・・・それ。」

そんな中、下界では謎の悪魔、アゼザルが自分の後方に居るとも知らず、ゆっくりと、やる気のない様子で遥か彼方のエジプトへと大きな翼を羽ばたかせているガブリエル。それに対し、アゼザルは、前方に居るガブリエルに気付いているのか、それともラズバクト家の末裔、サラ・ラズバクトに一刻も早く復習を果たすためか、物凄いスピードで移動している。そして、ガブリエルとアゼザルの距離がどんどんと縮まってゆく。

すると、急にガブリエルがその動きを止めた。気付いたのか?アゼザルに。

だが、ガブリエルの視線は後ろではなく、自分の真下に広がる、森林地帯に注がれていた。遥か上空からじっと見下ろし、細く尖った耳がピクピクと動いている。一体、何を見て、何を聞いているのだろうか・・・・?

その視線の先を追い続けてみると、薄暗く、異様な湿気が漂う深い森の中、若い男が同年代と見られる女に馬乗りになり、右拳を、女の顔面に何度も叩きつけている。そして、左手にはキラリと不気味な光を放つ鋭利な刃物が・・・・。

ゴツッ・・ゴツッ・・拳が顔面をとらえる音に交じり、泣き叫ぶ声が森の木々に反射し、こだまする。が、次第に、その声は聞こえなくなり、骨と骨がぶつかり合う音だけが響いていた。そして、男は息を切らせながら1分程度、手を休めると持っていた刃物で女の胸を一突き・・・・。

そんな光景を遥か上空からじっと見ていたガブリエル。

「甘い・・・・な。」

ニヤリと笑い、一言そう言うとガブリエルは飛び去って行ったのだ。

そして、ちょうどその頃、アゼザルはガブリエルの後方、約三キロメートルほどの所まで逼って来ていたのだ。このままでは確実に追いつかれてしまう。だが、ガブリエルは一向にペースを上げようとはしない。

そしてその時がついに来た・・・・・。

アゼザルの視界に小さくではあるが、ガブリエルの姿を捉えたのだ。しかし、ガブリエルはまったく気付かない様子。まずい・・・このままでは・・・・・。


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