第9話
アゼザルのその表情からは何も窺えないが、ガブリエルを無視してそのまま追い抜くということはまず考えられないだろう。
じわりじわりと距離が縮まってゆく。二百メートル、百メートル・・・・その時、アゼザルが突然、姿を消した。一体、何が起こるというのか・・・・?
アゼザルが姿を消して数秒が経過した頃、凄まじい爆音が鳴り響き、突然ガブリエルの右翼が黒い炎に包まれ消し飛んでしまったのだ。そして、その直後、ガブリエルの口や鼻、耳の穴から大量の小さな黒い蟲達がキュルキュルと音を立てながら滝のように溢れ出し、あっという間にガブリエルの体を小さな蟲達が包み込んだのだ。
異様な音を立てながらガブリエルの体を貪り喰っている。ジタバタと暴れ、全身に纏わり付く蟲を払おうとするガブリエルだが、次第にその動きは鈍くなり、やがては蟲に喰われるがままピクリとも動かなくなってしまった。そして、全ての肉を食い尽くしたのか、蟲達の動きが止ると、アゼザルが姿を現したのだ。
「うまかったか・・・・?」
突如、姿を現したアゼザルが一言ボソリと呟くと、身に纏っている黒装束の胸元の辺りを少しだけ開いた。すると、ガブリエルを喰らっていた、何千、何万、という無数の黒い蟲達がアゼザルの胸元へと吸い込まれるように消えていったのだ。見渡せば、そこにはガブリエルの姿はなく、肉片の欠片すら残っていなかった。
余裕綽綽といったところか、アゼザルは何事もなかったかのように、飛立って行ってしまった・・・・が、しかし、それから間もなくすると、アゼザルが動きを止めた。なぜだ?しかも、そのアゼザルの様子がおかしい。辺りをキョロキョロと見回しているではないか。
「おとなしくしてれば良いものを・・・・。」
ボソリと呟くアゼザル。
そして、静かに佇むアゼザルの背後にはなんと、今まで存在しなかった、在るはずもない赤茶色の古びたレンガ造りの壁があったのだ。
これはもしや・・・・・・。
すると突然、アゼザルの背後に現れたレンガ造りの壁から怪奇な腕がジュルジュルッと伸びてきて、アゼザルの片腕を掴み、更に、同じような腕が幾つも壁から出現すると、もう片方の腕、そして両足を掴み、壁の方へと引っ張り寄せ、貼り付け状態になってしまったアゼザル。
「何者かは知らんが、俺に喧嘩を売ってきたのは間違いだな。」
何処からともなく声が聞こえる。この声は・・・・・・?
そう、ガブリエルだ。遥か後方から近づいて来るアゼザルに気付いていたらしい。その後、念のため広域に亘りクリエイティブ・ワールド(創造の世界)を創っていたのだ。
相手に気付かれぬよう、元の世界とまったく同じ景色を創り上げ、そこに自分の幻影を飛ばしていたのだ。そして、壁から出現した怪奇な腕に押さえつけられ、張り付け状態になっているアゼザルは抵抗する事無くそのままじっとしていると、ボソリと口を開いたのだ。
「もしやとは思ったが、何時ぞやの小僧か・・・・・。」
すると、その言葉に反応したのか、ガブリエルがアゼザルの前に姿を現すと、腕を組みながら、貼り付けになっているアゼザルの姿を不思議そうにしばらく眺め、
「以前、何処かで会ったような口振りだが・・・俺は知らん。助かりたいが為にそう言っているのかはわからんが・・・・・」
そう、ガブリエルが言うと、突然アゼザルが口を挟んできた。
「ルシファーは・・・・見つかったか?」
「な、何?なぜそれを・・・・・?」
「だからさっき言ったろう・・・・・?覚えていないか?ワシを。まぁ、姿はちと違うがな。」
そう言いながら、アゼザルは押さえ付けられている両腕、両足の部分を無数の小さな蟲に変化させ、そこから脱出すると全身を徐々に小さな蟲へと変化させたのだ。が、その瞬間なぜかガブリエルはニヤリと笑ったのだ。
何万という数の小さな蟲達が一斉に襲いかかってくる。しかしガブリエルは腕を組んだまま目を閉じると、そこから動こうとはしない。キュルキュルという音がだんだん近づいて来る。
「耳障りな音だな・・・・。」
唇を少し動かす程度に、小さな声で呟くと、ガブリエルはゆっくりと目を開けた。
すると、どうだろう・・・。周りを見渡せば風景は一変していて、緑豊かな大地を見下ろしていた遥か上空ではなく、そこは高さ三メートル、広さ、十七平方メートルほどの、壁面が薄い灰色の立方体の中に居たのだ。そして目の前にはあの蟲達は居ない。一体、ガブリエルは何を創造したのだろうか?
上下左右の薄い灰色の壁面をよく見てみると、あちらこちらにさっきの蟲達がびっちりとくっついているではないか。
そう、この周りを取り囲んでいる薄い灰色の壁は鉄。そして、そこにびっちりと吸い付くようにくっついている黒い蟲達を磁石に変えてしまったのだ。
これぞクリエイティブ・ワールド。頭の中で創造した事が実現化する・・・。
「この黒い蟲・・・。そうかぁ。思い出したぞ。確か、アゼザルという名のヤツだったな。しかし残念だったな、せっかく思い出してもらったのに身動き一つさえ出来ないなんて・・・・。」
ガブリエルが終始、腕を組みブツブツ言いながら、次の行動に移ろうとしたその時、ガブリエルの背後から、不気味な声が聞こえてきたのだ。
「実に残念だ。せっかく思い出してもらったのに。もうちょっと遊んでいたかったのだが、ちとばかり急いでいるものでな。しかしお前さんのおかげで怒りが更に込み上げてきたわい。この空間・・・あの時に似ている。あぁ・・・憎きラズバクト。さぁ、もう終わりにしようじゃないか・・・。」
とても冷たく、低い声が、それほど広くはない鉄製の部屋の中に響き渡ると、周りの鉄製の壁面がドロドロと熔け始めたのだ。そしてそれに対しガブリエルは、組んでいた腕を初めて解くと、指をパチンッと鳴らした。
すると、またまた周りの風景が瞬時に一変し、今度は限りなく続く真っ白な世界へと一変した。
限りなく続く真っ白い空間の至る所には青や黒、赤、様々な色の扉が幾つも有り、その設置されている扉は場所、間隔に規則性は見られない。
そんな空間にただ腕を組み、じっと一人佇むガブリエル。ピクリとも動かない。そして、アゼザルの姿はまだ見受けられない。
風も無く音も無い・・・・そんな静寂な時がしばし流れると、腕を組み、威風堂々と立っているガブリエルの目から、ドス黒く、ネバネバした液体が溢れ出してきた。そして、それが鼻や口、耳からも出てくると、突然ボンッ・・・という激しい爆音と共にガブリエルの体が粉々に砕け散り吹っ飛んでしまった・・・が、真っ白い床にあちらこちらと散乱している吹っ飛んだ肉片をよく見てみると、石の破片が散乱していただけだったのだ。要するに、アゼザルはガブリエルの創造したガブリエルの石像を破壊したにすぎない。そして、粉々に吹っ飛んだガブリエルの石像の中からなんと、アゼザルが姿を現したのだ。
「久しぶりじゃ・・・こんなに体を動かす機会は・・・。ワシに用事がなければ百年でも二百年でも付き合ってやりたいのだがなぁ・・・。しかしそうもいかんのでのぅ。それに、油断は禁物。これで一度、痛い目にあったからな。そろそろワシの本当の姿を見せるとするか・・・・。光栄に思うがいい・・・・。」
アゼザルがゆっくりとした口調でそう言うと、腰の辺りで結んである紐をスルリと解き、木の枝のような細い両腕で身に纏う黒い布をバサリと大きく広げたのだ。
今までアゼザルの身に纏う黒い布の下を見た者は居るのだろうか?
大きく広げた胸元には、やはり顔同様、実体はなく、見るもの全てを吸い込んでしまいそうな漆黒の闇が広がっていた。
一体これから何が起きるというのか・・・・?
しかし、アゼザルにまだ何の変化もない。と、その時、不規則にあちらこちらと設置されている無数の扉の中の一つがギィーッと歯切れの悪い音と共に開きだした。
すると、なんとそこからガブリエルが現れたのだ。そして、その赤い扉から現れたガブリエルが物凄い勢いでアゼザルに接近し、右腕を振り上げ殴りかかろうとしたその瞬間、アゼザルの胸元の闇から銀色の太いしっぽの様なものがいきなり飛び出してきて、ガブリエルの顔面に一撃を喰らわしたのだ。
一瞬で顔面は陥没し、物凄い衝撃音と共にガブリエルは吹っ飛び、先ほど出てきた赤い扉に激突すると、扉諸共ガブリエルの体はバラバラになってしまった。が、これもよく見ると、先ほどと同様、ガブリエルの石像を破壊したにすぎなかった。
そんな中、今度は空中に浮いている黒い扉が開いたかと思うと、そこからまたガブリエルがニヤニヤと笑いながら現れ、更に床に設置されている緑の扉が開いた。
またガブリエルだ。しかも、今度はそこから二人も。これでこの空間に三人のガブリエルが居ることになる。本物か?それともまた動く石像か?
「何をするんだか知らねぇが早くしろよ。」
一人のガブリエルが言った。
「優しいだろ?俺は・・・・。」
二人目のガブリエルが言った。
三人目は鼻をほじりながらただ見ているだけ。
異様な静寂が見守る中、アゼザルの懐の闇の中から銀色の肌の右腕がゆっくりと出現し、次に左足、左腕、右足、順にどんどんと姿が現れてきた。ガブリエルは攻撃することもなく、ただそれをじっと見ているだけだ。そして、顔が現れ、最後に一歩踏み出し、翼が現れると、中身が空になった黒い布がバサリと、静かに真っ白い地面へと落ちたのだ。
「待たせたな・・・・。」
相変わらずの低い声が静かな空間に響き渡る。
今までのアゼザルの姿とはまるで別人。全身は銀色の肌で、翼は左右に二枚ずつの計四枚。そして顔は二つあり、前後に一つずつ。その表情は、基本となる正面の顔は至って普通。その場その場で表情が変わるのだろう。そして裏についているもう一つの顔は怒りに満ち溢れていて、とにかく物凄い形相だ。
「この姿になったのは過去に一度だけじゃ。うまく力の加減が出来ればいいのだが・・・・。さぁ、もう準備はいいぞ。」
アゼザルがそう言うと、三人のうちの一人のガブリエルがアゼザルの方へゆっくりと歩み寄る。そして、アゼザルの目の前で立ち止まると、自分より少し背の高いアゼザルの顔を見上げ、
「遠慮はいらん。思いっきり攻撃してみろ。」
と、とんでもないことを口にしたガブリエル。それに対し、アゼザルは右腕を上げ、ガブリエルの額の辺りでその腕を止めると、軽く鼻で笑い、人差し指でピンッと弾いた。と、同時に、物凄い衝撃と爆風が吹き荒れ、ガブリエルの体は粉々に砕け散ってしまった。
「なるほど・・・・。凄まじいパワーだ。一応、ダイヤモンドと同じ強度にしたんだけどなぁ。一撃でこのザマか。だがそのパワーだけじゃ俺には勝てねぇぞ・・・・。そしてアゼザル、お前がそこから動こうとしなければ何も始まらない。本物の俺を見つけない限り、そして、俺を殺さない限り、お前は永遠にこの世界から出られない。まぁ、そんな事を言っておいて俺もいつまでもお前と遊んでいるわけにはいかないんでな。そこでだ。一つヒントをやろう・・・・。赤だ。赤い扉の中に本物の俺がいる。しかし赤い扉と言っても、それだけで50はあるからな。確立は五十分の一ってわけだ。頑張って探すんだな。あっ・・・それと、言い忘れた事がもう一つ。一度、扉に入り、外へ出ると、全ての扉の配置がランダムに換わるシステムになっているので注意したまえ。それに、一度入った扉を壊していってもまた再生するぞ。同じ扉に入ってしまえばそれだけ時間と労力の無駄になる。それでは頑張りたまえ・・・・アゼザル君。」
何処からともなくガブリエルの声が真っ白い空間に響き渡ると、今までそこに居た二人のガブリエルはまるで風化するように、足元から徐々に崩れ落ち最後には白い砂の山になってしまった。
「ワシとゲームをやるつもりか・・・・。些か面倒なことになったな。しかし、まぁ、これもまた一興。少しくらい付き合ってやるか。さてと、どれどれ・・・・・。」
未知数の力を持つアゼザルが辺りを見回しゆっくりと動き出した。そして、右手の方に在る一番近い赤い扉に歩み寄りながら、ドアノブに手を伸ばすことなく、人差し指をクイッと曲げると、ギーッと音を立て扉が開いた。が、その扉の中は真っ暗で何も見えない。しかし、そんな事を気にする様子も見せず、アゼザルが中に入ると、フワーッと、まるで水銀灯に電源を入れたかのようにゆっくりと灯りが点いた。そして、その部屋の中が全て見廻せるほどに明るくなると、開けっ放しだった後ろのドアが突然バタンッと閉まり、先ほど点いたばかりの明かりが不規則に点滅を始めた。まるで暗闇の中で、カメラのフラッシュをパシャパシャと焚いている感じだ。
漆黒の闇と一瞬の眩い光が交互に襲いかかる。
そんな中、その一瞬の光に合わせ、部屋の奥のほうから、体中が腐敗した化け物が近づいて来る。一瞬光った時にしか見えないので、近づいてくるスピードが異様に速く感じる。が、アゼザルは近づいて来るそれを気にする様子をみせず、一端立ち止まり、辺りを見回している。
「ここでは・・・・なさそうだな。」
アゼザルがボソリと呟いたその時、化け物がいつの間にか目の前に・・・・。
すると、アゼザルは小さな虫を払うかのように右手を軽く振るうと、すぐ目の前に居る化け物の顔面に直撃し、首が?ぎ取れ、地面に転げ落ちてしまい、その首が地面で二、三回バウンドして止まると、フワァーッとまた部屋に明るさが戻った。
「あーあ。今、オリに触っただろ。今、触ったよな?お前。オリに。オリに触ったら最後。もう、この部屋から出られないぞ、お前。でもオリ、悪くない。お前から触って来たんだから。」
明るさを取り戻した真っ白い空間に何処からか声が聞こえる。が、ガブリエルの声ではない。一体、誰が喋っているのだ?
声のする方に目をやると、地面に転がっている、先ほど?ぎ取れた顔が口をパクパクと動かし喋っている。そして、後ろに在るはずの赤い扉が消え、全てが真っ白い壁になっていた。
「なるほど・・・・。そういう事か。なかなか面白い。しかし、ここから出られないとなると、さすがのワシもお手上げじゃ・・・どうする事も出来ん。」
消えた扉の方を見つめながらアゼザルがそう言うと、大きな翼を小さくたたみ、腰を下ろし座り込んでしまった。が・・・おかしい。アゼザルのその潔さもおかしいが、ガブリエルの声が聞こえてこない。いつものガブリエルならここで何らかの行動を起こすはずなのだが何も無い。どういうことだ?この部屋の外で何かが起こっているのか?
そして、この後、そのなぞが明らかになる。
先ほど座り込んでしまったアゼザルの姿が何処にもない。この真っ白い部屋に居るのは腐敗した化け物の体と、?ぎ取れた顔が無残にも転がっているだけ。
・・・・・ん?いや、それだけではない。よく見てみると、真っ白い床に浮かび上がるように、黒い小さな何かが動き回っている。
ゴキブリだ。ゴキブリがちょこまかと歩き回っているではないか。
そう。この部屋に入る前、アゼザルの足元からゴキブリやその他の小さな大量の虫達がボトボトと落ちていたのだ。そして、その虫達がそれぞれ一体のアゼザルになると五十ある赤い扉へとそれぞれが入っていったのだ。よって、この部屋に居たアゼザルはその中の一体にすぎない。つまり、全てのアゼザルがダミーであり、本物である。と、言うことは、ガブリエルの言っていた事が本当ならば、残りの四十九の部屋に入ったアゼザル達の中の一体は今頃ガブリエルと戦っているということになる。
そして、これから神の力を持つ者と、未知数の力を持つ謎の悪魔との究極の戦いが始まろうとしていた。
そこは一番奥の赤い扉だった。その前には緑や黒、青、白、様々な色の扉が密集していて、非常に見つけにくい場所にあった。アゼザルはその、様々な色の扉を一つ一つかわし、ゆっくりと赤い扉へと近づく。
「ん・・・どうやらワシが一番最後らしいな。どれどれ他のワシは・・・?ウッシャシャシャ。ハズレらしいな。と、言う事はこの扉の中にワシのオモチャが居るというわけか・・・。」
体をくねらせ、不適な笑みを浮かべながらアゼザルが人差し指をクイッと曲げると赤い扉がゆっくりと開いた。
「ようこそ・・・・さぁ、遠慮なく入りたまえ。」
ガブリエルの声が聞こえてきた。が、アゼザルはなかなか入ろうとはしない。
「どうした?遠慮はいらんと言っただろ?それとも怖いのか?俺が・・・。」
アゼザルはボーッと立っている。そして、そんな光景がしばらく続くと、アゼザルが一人でブツブツと喋り始めた。
「お前はまだ必要ない・・・・。」
「いや、俺様と替われ・・・。」
なんだ・・・?アゼザルは誰かと会話を交わしているようだが?
「ワシで充分だと言っているじゃないか。」
「いや、俺は我慢ならねぇ。誰だ・・・?そんな事を言っておいて人間にやられた奴は?」
「あれは油断しただけじゃ。ワシがちょいと力を出せば・・・・」
「黙れ。それが油断だと言ってんだよ。そもそも俺様を出さない事態で油断してるんだよ。」
「ワシも見縊られたものよ・・・・まぁ、仕方が無い。ワシも少し休むとするか。しかし、あんまり暴れすぎるなよ・・・・。」
「はっはっは。さぁ交代だ・・・・。」
どうやらアゼザルは自分の顔の裏についている別の顔と会話を交わしていたようだ。そして、その会話が終わると、ギリギリと音をたて、首の皮膚がゴムのように捩れると、首が180度回転し、物凄い形相の顔が現れた。
「何千年ぶりか?さてと、青二才のガキと遊んでやるか。」
翼を大きく広げ、伸びのような素振りを見せると、アゼザルはゆっくりと赤い扉の中へと入って行ったのだ。そして、アゼザルが一歩一歩足を踏み出すたびにボトボトと、見たことがないような小さい蟲達が足元から落ちては、ちょこまかと地面を這い蹲っている。
「ようこそ・・・スウィートルームへ。早速だが、ルームサービスはいかがかな?」
アゼザルが部屋の中に入ると、赤い扉が勝手にバタンッと閉まり、他の四十九の部屋と同じように、その扉がスゥーッと消えた。更に部屋中を見回してみると、真っ白い空間のその中央に、半透明の立方体が四つ程フワフワと浮かんでいる。そして、その立方体の中には、ガブリエルのものだと思われる目、鼻、口が映し出されていた。すると、その立方体に映し出されている口が笑みを浮かべる様に嫌らしく開いたその時、アゼザルの顔のすぐ右側に奇妙な空間の裂け目が出来た。
まるで、何も書いていない純白の紙にスゥーッと縦に鋭利なナイフで切れ目を入れた感じだ。そして、その空間の裂け目から勢いよくガブリエルの左腕が飛び出してきた。
その拳はアゼザルの顔面を確実に捉え、物凄い衝撃音と共にアゼザルのその大きな体が吹っ飛んだ。
それを受け止めるべく、吹っ飛んだ先の真っ白い壁面には、また新たな空間の切れ目が現れ、それが開いた傷口のようにパックリ開くと、アゼザルの体はそこに飲み込まれるように入ってしまったのだ。
再び訪れた静寂・・・だがそれは嵐の前の静けさに過ぎなかった。今度は高さ六メートル程の所にある天井がパクリと口を開き、そこからガチガチに凍りついたアゼザルが物凄い勢いで飛び出してきた。
当然ながらその結果は儚いもので、地面へと叩きつけられたその衝撃で、凍りついたアゼザルの体は粉々に砕け散った。
すると、部屋の中央に浮かぶ四つの立方体に映し出されていた、それぞれの目や鼻といったパーツの映像がパシュッと消え、個々に浮かんでいた立方体がゆっくりと移動し、合体すると、半透明の大きな画面が作られた。
なにも映らないそこに、突如、浮かび上がる様に映し出されたのは目を覆いたくなるような気味の悪い映像だった。
画面いっぱいに現れたドクロ・・・・それに纏わりつく大量の蛆。
そして、この静かな空間に口をカクカクと鳴らしながらそいつが
「当、サービスはお気に召されたかな?」
と、不気味な声を放つ。
「なかなか・・・いいじゃないか・・・。」
しばしの静寂な時が流れると、何処からともなくアゼザルの声が聞こえてきた。
「ガブリエル・・・・だったな?少なからずともチップを渡したつもりだがどうじゃ?それでは満足いかぬか・・・・?」
アゼザルの放った言葉が異様にも真っ白い空間に響き渡ると、ガブリエルが創った完璧なはずのこの空間が徐々に乱れ始めたのだ。
この空間の中央に浮かぶテレビ画面のような大きな立方体に一瞬、ノイズが走った。
一見、見逃してしまいそうな一瞬の些細な乱れから始まり、それは大きな波へと変わっていく事になる。
中央に浮かぶ大きな画面にもう一度ノイズが走ると、画面の端から一匹の黒い蟲が映り込み、ドクロが映っているその中をちょこまかと歩き始めた。
キュルキュルキュル・・・・
何処からともなく聞き覚えのある音が聞こえ、画面の中のありとあらゆる方向から、種類、形は異なるが黒く小さい蟲達が現れてあっという間にドクロを埋め尽くし、画面の中は真っ黒に染まってしまった。が、その画面の中からグチャグチャッ・・・と、音が聞こえる。まるで、何かをすり潰している様な音だ。そして、その耳障りな異音がしばらく続くと、さっきまで真っ黒に染まっていたはずの画面だったが徐々に、埋め尽くされたはずのドクロの姿が見え始めてきた。
一体どういうことだ?
なんと、画面の中のドクロが大きな口を開けて蟲達を喰っているではないか。恐らくガブリエルが抵抗しているのであろう・・・・。しかし、喰っても喰っても、次から次へと蟲が湧いてくる。
そして、ガブリエルの抵抗も虚しく、画面の中は黒く小さい無数の悪魔達に徐々に侵蝕され、蟲達の身動きがとれない程にぎっしりと画面中を埋め尽くすと、その中だけのはずの蟲達が画面の外へと滝のように溢れ出してきたのだ。
止めどなく溢れ出す黒い滝が作り上げた、純白の床に広がる何万という蟲の異様なドス黒い池・・・その中央部がモコモコッと盛り上がり、そこから何者かが徐々に姿を現した。
体中にびっしりと隙間なく蟲達が這っている為、それがアゼザルなのかガブリエルなのか、それともその他の何者なのかは分からない。
すると、そのドス黒い蟲の池の中央に佇む何者かが、大きな口を開けると、体中を這いずり回る蟲達が、自らその口の中へ消えて行き、更に、足元に広がる何万という蟲達もその体を伝い口の中へと。
そして明らかになったその正体とは・・・・アゼザルだ。
全ての蟲達をその体内に納め、大きな口を一度閉じ、今度は小さめに口を開けると、嫌味にも聞こえるゲップが部屋中にこだました。一瞬のうちに凄まじい悪臭が立ち込める。
カチッ・・・・カチッ・・・・。
何だ?今度は何かを擦り合わせている様な音が聞こえる。ガブリエルが何かを仕掛けようとでもしているのだろうか?だが、それは違っていた。アゼザルが右手の親指と中指の薄汚れた長い爪を擦り合わせている。そして、その擦り合わせている爪の先からバチバチと火花が飛び散り始めたのだ。
アゼザルがニヤリと笑い、もう一度爪を擦り合わせたその瞬間、悪臭を放ちながら漂う先程のゲップに、指先から飛び散る青色の火花が引火すると、見たことがない、それは、人間界には存在し得ない色と熱の炎が一瞬で広がった。
黒色の中に、少々緑みがかかった炎が真っ白い空間を包み込む。
あまりの凄まじい熱気で歪む空間の中、蝋の様にただれ落ちる壁面を突き破りガブリエルが現れた・・・いや、正確に言うと、現れたというより、炙り出されたと言う方が正しいだろう。
のたうち回るガブリエル。そんな光景を見下ろしながらアゼザルは楽しそうに、嬉しそうに体をくねらせている。
「笑止。これこそ善美。小僧・・・・お前がどれほどの力を持っているかは知らんが、所詮は神の産物にすぎない。神の産物ということは・・・分かるな?どうあがいても神の力、そして、俺の様に想定外として無の中から生まれた者の力を超えることは出来ん。このまま儚く散るもいいが、もう一人の俺がお前の事を気に入っているようでな。まぁ、そういう俺も些か楽しい思いをさせてもらったので、今なら助けてやってもいいぞ。どうだ?ん?あまりにも苦しくて返事ができねぇか?」
黒い炎に包まれ、のたうち回るガブリエルを見下ろしながらアゼザルは言う。しかし、そんなアゼザルの言葉を耳にするほどガブリエルに余裕は無い。
皮膚は蝋の様に爛れ、体中からは、ボコボコと膨らんでは弾けて消える気泡があちこちに見られる。だが、ガブリエルの体は、それを再生しようと、損傷した部位をすぐさま修復する。
破壊されては修復し、このままでは永遠に終わらない。
痛みや苦しみを感じることの無いはずのガブリエルだが、顔を歪め、黒い炎に包まれながらドロドロに熔ける地面を転がり、のたうち回っている。
これが、かつて地獄に君臨していた者の魔力の力なのだろうか・・・・・?
そして、こんな状況の中、ガブリエルはどんな創造が出来るというのか?クリエイティブ・ワールドが使えない今、ガブリエルは一体何を考えているのだろうか・・・・?
「邪魔だ・・・この痛みが纏わりついて離れねぇ・・・。早く・・・早く創造しなければ・・・・違う世界を創らねば・・・・所詮、これが元人間の創造力なのか?これが限界なのか?この世に在る全ての万物を創造した神の力が俺の中に有るはずなのに・・・。神のみぞ知る力が・・・・。今頃、上では俺の様を見ながら嘲笑し、手を叩きながら謳歌しているんだろうな。キル達は・・・そうだ・・・そうに違いない。こんな殺人鬼に任せられる仕事じゃねぇもんな・・・。きっとこれは罰だ。本当は今頃、天が認めた戦士が旅を続けているんだ。いや・・・・もしかしたらルシファーが現れるという話自体が嘘かもしれない・・・。そして、今、俺が居るこの世界はキルが創ったクリエイティブ・ワールドの中で、永遠に終わらない物語の中で俺は生き、苦しみ続けるんだ・・・クソッ。俺を愚弄しやがって・・・ムカつく・・・ムカつく・・・ムカつく・・・・
上等・・・だ。もう終わりにしようぜ。俺自身との愚論も・・・・こんなクソッたれのゲームも・・・。ぶっ壊してやる・・・ぶっ殺してやる・・・・。」




