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幼な妻の剣と盾  作者: 雪見桜
番外編
13/13

家族の絆・後(sideリルハ)



「行っちまったな」




馬車の去った方向を眺め続ける私にライル様が声をかけてくる。

「はい」と答えながら、それ以上言葉が出てこなかったのは様々な感情が混ざって上手く頭の中がまとまらなかったからだ。


7年ぶりに会った私の大事な家族。

3人いるお兄様の中で最も歳が近かったレイお兄様は、昔から穏やかで優しく人を褒めることがとても上手な方だった。

いつでも私と目線を合わせて笑ってくれるレイお兄様が大好きで、シモニアにいた頃はぴったりとひっついていた記憶がある。


そんなよく知っていたはずのお兄様の、その温かな雰囲気は少しも変わらない。

けれど、私が知るレイお兄様よりもずっと逞しく凛ともしていた。

懐かしさと寂しさと驚きと嬉しさと……そんな多くの感情が一度に駆け巡って、それが沈黙に繋がったのだ。



『頑張ったね、リルハ』


頭の中では今もレイお兄様の言葉がこだまする。

ありがとうという気持ちと、まだまだこれからという気持ちと、やっぱり私の頭には色々な思いが混ざり合ってせわしない。


けれど、「よし」と私は一声落として深呼吸した。

少し感傷に浸ってしまっていたけれど、今の私は前向きなのだ。

いつまでも寂しい気持ちを引きずるわけにもいかない。

だって、やりたいことがまだまだ山ほどあるのだから。



「ライル様。レイお兄様やシモニアの皆を温かく迎えて下さってありがとうございました! 皆すごく楽しそうでした」


「礼を言われるようなことじゃないけどな。ま、久しぶりに会えて良かったな」


「はいっ」



私達の方も相変わらず。

ライル様に大事に守られながら、支えられながら、幸せに生きている。


お役に立ちたいと言いながらやっぱり相変わらずお世話になることの方が多い日々。

けれど、私の信じる剣と盾は今もしっかりと胸の中であり続けている。

私は私なりに為せることをしようと、その信念だけは一時もぶれていない。

だから私もニッと笑い返しライル様の服の裾を掴む。


そうすればライル様は「お」と短く声を上げてからからと笑った。



「ソウヤ、今日は確か急ぎの政務なかったな」


「はい、今日明日は何をせずとも大丈夫な量です」


「いや、さすがに明日は仕事しなきゃ駄目だろう。でも分かった。今日はもう休むからお前達も下がって良いぞ」


「はっ」


「あ、ソウヤ兄様も皆さんもありがとうございました! 今日はゆっくり休んでくださいね」


「ありがとうございます、奥方様」



そんな会話を交わして、私達はお互いに笑い合う。

辺りに人の気配が消えれば私の頭に置かれていたライル様の手が、今度はライル様の服を掴んでいた私の手へと回った。



「ったく、相変わらず聡いなお前は。こと俺の事に関しては特に」


「えへへ、そうですよー! 当然です」


「はいはい、んな胸張らんで良いっての」



指を絡めるように繋がれた手。

少し強く私を引っ張って先導してくれるライル様。

軽口を言いながら自然に与えられるようになったこんな触れ合いがとても嬉しい。

今もまだドキドキ心臓はうるさく鳴りながら、私はこうして毎日のように恋をする。


辿り着くのはいつもライル様の私室で、部屋の中央に位置する大きなソファがライル様の定位置だ。

どかりと音を立てて深く座ったライル様。

手を引かれて私もまた自分の定位置に腰を下ろした。

そう、ライル様の膝の上に。


途端にぐるりと包むように腕を回され、カチリと固まるのもいつものこと。

ライル様が「おいおい」と呆れたように笑うまでがセットだ。



「中々慣れねえなあ、リルも」


「あははは、じょ、条件反射ってやつです」


「ま、意識してくれてんのがあからさまに分かって俺は嬉しいがな」


「う、うう……恥ずかしいものは恥ずかしいんですもん」



と、そんないつまでたっても動揺しまくりの私に分かっていながらグッと腕の力を強めるライル様は絶対に確信犯だ。

基本的にいつも大人なライル様だけど、時々こうして意地悪をしてくる。

何だか悔しくなってムッとした顔で見上げれば、とどめとばかりに額にライル様の唇が落ちた。



「ず、ずずずずずるいですっ、そういうの、ずるいっ」


「ははは、何だそれ。可愛い奥方愛でてるだけだろうが」


「そ、そういうこと言って動揺してる私を見て楽しんでますよね!?」


「まあな、可愛いし」


「……うう、最近のライル様はそういうことさらっと言ってしまうから心臓もたないです」


「そりゃ嬉しい限りで」



恋愛に関しても、全く勝てる気がしないこの頃。

人生経験の差はこんなところにまで影響してしまうものなのだろうか?

翻弄され続けている事実に、そんなことを密かに考え込んでしまっている。


両想いになって2年。

それだけ経てばもっと何事もさらりとできるだろうと私はどうやら勘違いしていたらしい。

2年経ってもドキドキするのは変わらないし、緊張するのも変わらないし、想いが募るのも止む気配がない。いつだって片想いの頃と変わらず必死だ。


と、完全に恋愛脳になりかけていた私。

けれど一通りの会話が終わった後やっと我に返る。




「あの、それでライル様」


「ん、ああ。そうだな、悪い気遣わせて。お前にどうしても言いたかったことがあってな」


「はい」



私の声のトーンが変わったことにライル様も素早く気付いてくれる。

私の体に回る腕の力を緩まって、話し合いの体制をとった。


ライル様が何かを言いたそうにしていることに気付いたのはついさっき。

その視線だけで分かるようになったのは、ずっとずっとライル様を見続けてきたおかげかもしれない。

特にライル様と思いが通じるようになったあの頃から、私はライル様のわずかな表情の変化に気付けるようになっていた。

憧れで手が届かないと思っていた頃には見えずに、同じ人間なのだと理解した後見えるようになったもの。

それは私にとっても大事なものなのだ。

私が一番に守りたいと思っている、ライル様の素の心だから。




「あー……、あのな」



自分のこととなると途端に上手く言葉に出せなくなるライル様の、こんな不器用な面が愛おしい。

じっとしたまま待てば、大きく息を吸い込んで彼は声をあげた。



「悪かった、お前に甘えっぱなしで」


「え?」


「お前、色々言われてただろう。俺達の間に子供ができないことであちこちから。シモニアにまで心配かけさせてどうしようもねえな本当。矛先がお前に行くって分かってたのに、ここまでずるずる引き延ばして本当すまなかった」



そうして吐き出された言葉に私はやっとライル様の言いたいことを理解する。

ゆるゆるとうつむいていく彼は、きっとずっと気にしていたのだろう。


ライル様の年齢を考えれば一刻も早くお世継ぎが必要なのに、未だ気配のない私達。

期待の声は膨らんでいて、だからこそその件で方々から様々なことを言われているのは事実だ。

更に言うならば、2年前にライル様が蹴ったご側室問題がまた上がってきているのも本当のこと。

きっとこのタイミングでレイお兄様が来たのは、それも無関係じゃないだろう。


けれど、私達に子供ができないのは実のところ当然の話だ。

だって私達はまだそういった行為をしていない。

宿るはずがないのだ。


私は別にそれでも良いと思っていた。

私が大事なのはライル様の心だから。周りの声は確かに大事だけれど、ライル様の心を擦りきらせてまで優先させるものでもない。

幸い私はまだ若い。嫁いだのが早かったおかげで今やっと出産にちょうど良い年頃になったあたり。

焦ることはないと思っている。


けれど、ライル様にとっては良しとはならないのだろう。

自分の気持ちよりも、カタの領主としての自分を優先させてしまうような人だ。


きっとライル様は、“家族が増えることへの恐怖心”よりも“世継ぎのいない危機感”の方が大事だと感じている。

私に対してだって、いつまでも待たせているのは悪いとそう思っているだろう。



けれど、そういくら言い聞かせてもなおライル様にとって過去はそう簡単に乗り越えられるものではなかった。

些細な事で昔家族を喪った記憶に引きずられてしまうライル様を私は知っている。

新たに増えた家族がそうなるかもしれないという恐怖は、ライル様にとってはすごく身近なものだ。

実際に喪ったからこそ、絶対大丈夫なんて言葉の空虚さをライル様は理解している。

家族が増えるということは、それだけ喪う可能性も増すという事。

喪うかもしれないという恐怖を抱え続け、守り切れないかもしれないという恐怖を抱え続け、それでもなお子供が欲しいと思えるだけの強い覚悟が持てないと苦悩を明かしてくれたのはいつのことだったか。


いつだって領主として自分を律する強い人が、それでも越えられない壁。

どうするべきか答えが分かっているのに、それでも踏み出せない大きな一歩。

それが、ライル様にとっては許せないのだろう。

いつだって世継ぎの話題になると、その目はどこか陰る。


……なんて不器用な人なのだろうか。

その瞳を見る度に、私はそんなことを思う。

この2年で知るようになったライル様の一面は、こんなにも繊細で脆い。


ライル様のその心に辿り着くまで長い時間がかかった。

何年もかけて、大きな出来事もあって、そうやってようやく見せてくれたもの。


大事にしたいと、そう思う。

本人でさえ守れないものならば、私が守りたい。

他に出来ることが例えば何もなかったとしたって、それだけは譲りたくないのだ。




「ライル様、大丈夫。全然気にしてないんです、私。焦らなくて良いんですよ」


「だが」


「ライル様の中にある“子供が欲しい”って気持ちが強くなった時で良いんです。その時は私が何が何でもお守りしますから。子供も家族も、ライル様の心も。どんとお任せください」


「……リル」


「私はライル様が笑いたいときに笑って泣きたいときに泣ける場所でありたいんです。出来るならば、新しく宿る命だってライル様と一緒に心から笑って迎え入れてあげたい。そのためにどれだけ準備が必要でも時間が必要だって何も惜しむことはないんですよ」



ぎゅっとライル様の頭を包んで抱きしめる。

悩んで弱ったその顔を私に見せたがらないライル様。

けれど私を包むその腕の力強さで私は彼の心を理解する。



「……不思議な感覚でな。少しずつ、お前との間に家族が欲しいとそう思う気持ちが強くなっているんだ」


「はい」


「だが、それでもどうしても一歩が出ない。どんなに欲が膨らもうが、恐怖が萎んでくれる気配がねえんだよ」


「……はい」


「答えがずっと出なかった。こんな情けない俺が家族を望んでも、子供にとっては不幸じゃないのかと。だが、それでも思うんだ」


「……はいっ」



ぽつりぽつりと、ライル様は言葉を落としていく。

それはライル様の今の嘘偽りのない正直な気持ち。

けれど次の瞬間、そんなライル様は顔を上げて真っすぐと私の方を向いてくれた。




「リル。俺と一緒に守ってくれるか?」




その一言がライル様にとってどれほど勇気の必要な言葉だったのか分かる。

悩んで葛藤して、そうやって彼が見つけ出した答えだ。

だから、私から出て来る答えだって1つしかない。




「勿論です! 私だって家族なんですから」


「……本当、敵わねえわ」



不安を隠さず、それでもどこかすっきりとした顔のライル様に私も笑った。

こうして一つずつライル様が私に預けてくれるものが増えていく。

寄り添えるものが一つずつ、積み重なっていく。

その事実が嬉しい。


傍でほっとしたように笑って、力を抜くその姿を見ると、私はやっぱりたまらなく幸せになれるのだ。




「じゃ、励まないとな。しっかり」


「え、あ、は、はい」


「もう少し傍にいる時間増やさねえと。お前、今でさえガチガチだし」


「うっ」


「頑張って慣れろよ? 頼りにしてるから」


「が、がんばります。出来れば、お手柔らかに?」


「……ありがとう、リル」





少しずつ、少しずつ。

私達は夫婦になり、家族になっていく。


そんな私達のもとに新たな家族が誕生するのは、ちょうど1年後のことだった。











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