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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・2学期】
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致命傷の功名。(修学旅行編その7―2日目)

お砂糖がばがば系のR15です。ご注意を。

 気分だけは見つかれば即命を落とす某スパイになりきって心臓を痛くさせながら、ふんわりした敷物の上を慎重に歩み進む。

 未羽のメモによればこの時間の見回りが一番厳しいのはこの三階だ。天夢高校が合同になってくれているおかげでかえって二階との境が手薄になっているらしいから、その階段まではスムーズに行けた――が、私は某クモ英雄でもないから決まりきった階段や廊下を歩くことになる。

 となればある程度の人間と遭遇することが避けられるはずもない。


「そこにいるのは相田か?」


 草むら……ではなく、階段の下から学年主任が飛び出してきた!


「あ、先生こんばんは」

「消灯時間は過ぎてるだろう?どうしたんだ、廊下に出て」

「あー……」


 ここは普段の優等生っぷりを発揮して押しきるしかないな。私の日ごろの所業なら悪くても厳重注意に落としこめるはず。


「すみません、どうしてもお腹が痛くてっ!部屋のトイレが使用中で、廊下の端のところのを利用させてもらおうと思いまして!先生、ちょっと会話してる余裕がないんでトイレ行かせてもらっていいですか!?」


 男性教員に女子のトイレ事情は聞きづらい。そこに加わる優等生補正。「相田さんが先生の言いつけを破るわけがない」という暗黙の信頼感だ。

 良心の呵責や多少の羞恥心など、この際些細なもの……!

 案の定、「そうか、まだ中日だからな。体調は整えとけよ?」とだけ言われて見逃された。私の優等生ぷりも伊達じゃない!


 トイレのすぐ脇のホテルの階段を一気にかけ降り、ぱっと見渡して万が一のために隠れられるようなところを探す。


 二階だって見回りルートに入ってるし、ここを見回るのは、一番風紀に厳しいとされる|眼鏡おばちゃん先生だということだから油断は大敵だ。


 幸いにして、私にはアテがあった。二階の自動販売機の設置されている小さな休憩スペースのテーブル。人が隠れるなんて普通は思わない場所といえば――、脚の短いテーブルの下!備えあれば憂いなし!この下なのだよ!さぁいざゆかん!


 先生が来た時に備えて潜りこんだところで、物理的に動けなくなった。


「え?あれ?」


 頭が入ったところで体がつかえた。妙な引っかかり具合で胸が苦しい。前にも後ろにも進めない。

ばかな!黙視ならば十分いけるスペースがあったはず!


 そして気づいた。

 喜ぶべきか、悲しむべきか。前世の私は美玲先輩には及ばないながらも貧乳だった。隠密行動は任せとけ!と言わんばかりにどんな隙間も入れる壁女だった。

 だがしかし。現世はこめちゃんや祥子のような山女(グラマー)さんではないものの、それなりに胸がある。前世とは比べてはいけない。肩幅でもお腹でもなく胸でつかえるという経験したことのない出来事を想定にいれてなかった。迂闊だった。


 上半身のあたりでつかえ、足は出たまま。まさに、頭隠して尻隠さず。


 このままだと、先生どころか同級生に見つかっても生き恥をかく!と焦って頭を抜こうとしたせいで思いっきり頭をぶつけてしまい一瞬視界に白い光が走った。視界に閃光が飛ぶってどれだけ勢いよくぶつけたんだろ、公式とか大事な情報が一気に飛んだ気がする。涙目になるほど痛いのに頭を抱えられないというのは地味に辛い。


 ガンバレ、私、喉元過ぎれば熱さを忘れる。痛みだって一過性だもん!

 

「……雪。頭隠して尻隠さず……というか頭しか隠してないけど、何やってんの?」

「………想定外のところで引っかかりまして。大変恐縮なのですが、お手を貸していただけないでしょうか……」


 ようやく動けるくらいに回復して抜け出そうと見苦しくもがき始めたときに、一番見られたくない人に見られた。






 事情を説明し、冬馬に手伝ってもらってなんとか脱出してからも冬馬はずっと後ろを向いて肩を震わせていた。私が脱出しきっても冬馬の笑いの虫は収まらない。

 

「……そこまで笑うならいっそ思いっきり笑ってよ」

「ぷっ、あははははははっ!!はははははははっはーはーはー……腹痛い……!!苦しい……!」


 笑えと言ったのは私だがそこまで笑うか普通?というぐらい笑われてむくれる。

 まぁでもちょっと気まずい空気が解消されたからよしとしなければ。致命傷になりかねない傷だけど、最低限の功名にはなった、と信じたい。


「あー……苦しかった。あ、まずいな。ここだとそろそろ風紀担当が来る。雪、こっち」


 手を引かれて向かったのは、非常階段だった。冬馬は先に階段を昇り、背中を向けたまま説明してくれる。


「ここから二、三階分上がると天夢高校の管轄だからな。先生の見回りは来ないんだ」

「あんなに隠れ場所を探していたというのにまさかこんなに簡単な方法があったなんて……!」


 恥ずかしさで歯をギリギリ言わせながら、四階と五階の間のところで止まり冬馬の腕に湿布を貼る。

 

「説明しようと思ったのに雪、先に電話切っただろ」

「冬馬がこっち(三階)に来るって言うと思ったから」


 私たち女子の手首とは違う、男の子の手首を片手で支え、無理に使ってしまったせいで熱を持ったそこを軽く撫で、湿布を丁寧に貼る。 


「貼れたよ、もうあんな無茶はしないでね?わざわざ消灯時間後にごめん。じゃあおやすみ」

「待って」


 気まずい雰囲気も多少緩和したことだし、役目は果たしただろう!

 速攻で帰ろうとしたら今度こそ手首を掴まれ返され、見事に捕まった。


「雪、なんで昼、俺から目を逸らしてたの?」

「……逸らしてなんかないよ」

「嘘だ。今朝は仕方ないとしても、流鏑馬やった後くらいから、俺のこと見ようとしないし、俺と二人だけで話そうともしないだろ?わざわざ雹まで巻き込んだりしたり、らしくない」


 やっぱりこの人は誤魔化せないなぁ。どうしよう。


「何?俺何かした?何に怒ってるの?」

「怒ってなんかない!」


 くるりと振り返って顔を上げると、冬馬がほうっと息を吐く。


「……やっとちゃんとこっち見た」


 この人の目を見ちゃいけなかったんだ。この烏の濡れ羽色の目が合ったが最後、メドゥーサ並みの確率で今の私の動きは止まってしまうと分かっていたのに、今日の私は失敗ばかりだ。


「なぁ雪。言ってくれない?俺、雪の気持ち読み取れるつもりだったけど、今回は分からないんだ。正直困ってる。ちゃんと話して。改善点があるならちゃんと直すから」


 腰を引き寄せられて、よりその距離が近づく。

 昼から落ち着いてくれない心臓は既に全力疾走を始めているし、こんなに近い距離じゃ雹くんのアドバイスの深呼吸もできない。呼吸が浅くなって思考が鈍くなる。


「雪?」


 あぁもうだめだ、我慢できない。


 冬馬の頬に手を当てて、背伸びをして自分からそっと唇を重ねる。

 直ぐに離れたけれど、冬馬が驚いたように目をまん丸にしているのが分かる。


 冬馬がフリーズしている今だ!言い切れ、私!


「………あの。ほ、惚れ直したの」

「……は?」

「流鏑馬やってた時の真剣な顔の冬馬見てたら、よくわかんないけどいつものドキドキよりずっときゅうって胸の奥が苦しくなって。ふ、二人だけでいるとおかしくなりそうだったから、雹くんにもいてもらったの」


 さっき女子としてどうかという姿まで見られたところ。女、相田雪!これ以上かく恥はない!


「冬馬、会ったときよりずっと体つきもしっかりしたし……なんていうの……その、お、大人の男の人に見えた。わ、私、いつもあの人にぎゅっとされてるんだなとか思っちゃったら頭の中沸騰しそうになって。優しくていつでも想ってくれる、私の大好きな人はこういう人なんだってすごく客観的に見てしまった気がして、あの。改善点とか冬馬に不満とかじゃなくて私自身の問題で避けてたの。気持ちを持て余しちゃっただけ」


 呆然とした様子の彼の寝間着と思しきシャツの端を握って俯く。


「……その、ごめん」

「……なんで謝るの?」

「う……恥ずかしくてたまらなくて避けただけで。それ全部、私が一方的に混乱してやったことで、冬馬は何も悪くなかったから、だから――」

「雪」

「ん?」


 見上げた途端、背中に回された腕と後頭部に添えられた手に強く引き寄せられて再び唇が重なる。

 今度は彼からで、いつもならすぐに唇を離してお互いにちょっと照れて、お互い笑いあうだけで終わるはずのそれは、今日は違った。

 一度わずかに唇を離した彼は艶っぽい目でこっちを見つめて小さく囁いた。


「今だけでいいからさ、ちょっと羞恥心をどっかに置いてきて」


 それからもう一度その形のいい唇を近づけられて、誘うように唇を舐められ、一気に心臓が痛くなる。


 羞恥心を忘れろ自分!


 呪文のように頭で繰り返してから冬馬のシャツをきゅっと握り、恐る恐るわずかに口を開けば、彼の舌が入ってくる。


 どうすればいいのか分からなくて奥で縮めていた舌を優しく舐められてほだされる。

 腔内を好きにされているのに、それは全然嫌じゃなくて、ただ熱いと思う。

 舌を吸われて動揺して、小さく声が漏れると彼が私を抱く腕に力が籠る。


 優しいのに、熱い時間はそう長くなかった。

 帰巣本能の強い私の羞恥心はキスが終わった途端にあっという間に戻ってきた。


 はぁとようやく口が離れたときにつぅと唾液が伝ってしまったのがたまらなく恥ずかしい。

 すぐにそれを手で拭こうとしたのにそれすら許してくれなくて、きつく抱きしめられた。


「…なんでぶつけてくれないの」

「…な、何を?」

「気持ち」

「ぶ、ぶつけられたら苦労しない!どう表していいか分かんなかったの!」


 締めつけられた力の強さに余計に呼吸がしづらくなる。


「俺、どうしてか分からないまま避けられて困ったんだからな?」

「ごめん」

「……雹が全然違うって分かってても嫉妬したんだからな?」

「ごめん!」

「それがそんな……」

「そんなって言う!?私にとってはすごく大変だったんだよ!?」

「否定したいんじゃなくて……あぁもう!そんな、俺にとって嬉しくて仕方ない理由で気まずくなってたなんてって思ったんだ」


 ぎゅうと更に強く抱きしめられて彼がいつもどれだけ手加減して抱きしめてくれているか分かった。あと、酸素不足の金魚の気持ちも分かった。


「と、冬馬。苦しい……」


 言えば離してくれるけれど、唇を奪われる。ただ重ねるだけじゃなくて自然に舌を差し入れて来る。私自身は困ったように口をわずかに開くだけなのに勝手を分かっているように苦しいくらいに求められる。

 今日の冬馬は激しい。でも乱暴じゃない。ただ愛しいという感情に溢れていて、それでいて欲情を煽るような、そんなキス。

 理性が飛び、戻ってきた羞恥心が無理矢理引きはがされる。

 歯列も上あごも舐められれば自分のものとは到底思えない声も漏れるし体の奥に熱が灯る。

 自分が自分じゃないみたいなそんな感覚が少し怖くて冬馬に回した手で彼のシャツを握って彼に寄り添う。

 こんなに激しいキスを続けざまにされたのは初めてだ。


 ようやく離した濡れた彼の唇も、こちらに向けて来る真っ黒な瞳もすごく艶っぽくて、熱に浮かされているみたい。口から漏れた唾液を拭うこともできないくらい腰砕けになる私が情けないけれど、代わりに拭ってくれるその指の動きすら艶めかしくてぞくぞくする。


 彼のなにかしらのメーターを振り切らせてしまったのは間違いない。それほど不安にさせてしまったんだろうか。


 尋ねたいのに、今まで強く吸われた舌はびりびりとした刺激が残って思うように動いてくれない。まるで毒に触れてしまったみたいだ。なんて嗜好性の高い毒なんだろう。


「あ……の……と、冬馬……?」

「あ、今見上げるのなしな。熱っぽい目で見られたら本気で抑え利かなくなる。今ここでとんでもないことをしでかさないようにしてる俺の理性は紙一枚でもってるようなもんだからこれは比喩でも冗談でもないから。もう少し俺に余裕が出るまではすぐには見られないかも」


 しがみついたままぼんやりした頭で黙考していると、冬馬がこっちの顔を見ないままに耳元で背筋がぞくっとするほど甘い声で言ってくる。


「今日、そんなに不安だったの?」

「不安とかじゃない。昨日あれだけ刺激しておいて、こっちが我慢してたらいきなり目も合わせてくれなくて、それで実は惚れ直しました、とか。なんだよ、煽ってんの。俺の理性どこまですり減らせば気が済むの」

「そ、その。やっぱり、昨日の会話は高校生男子には刺激の強いものでしたでしょうか……?」

「雪を好きになってそろそろ二年になるかってくらいの俺がどれだけ我慢してると思ってる?触りたいに決まってんだろ。でもそんなことしたら止まらないから、その手前で我慢してるんだよ。それなのに雪の方が触りたいのに恥ずかしくてできないとか……。恥ずかしがってる雪は可愛いからいいんだけど、でも、それでもあんなこと聞かされて我慢できると思う?それをどれだけの思いで俺が今日抑え込んでたか分かる?」


 畳みかけるような冬馬の言葉だけで自然発火できそうだ。頭の中で謎の焼死体となって翌朝発見される自分が浮かんだ。


「わ、分かりませんごめんなさい!」

「何度だって想像した。……俺にこれ言われて雪は気持ち悪い?軽蔑する?」


 何を言われているかぐらいは分かるが不快感はない。だって私にセーブをかけるのは「現実的な怖さ」であってそういうことに対する「嫌悪」じゃないということは分かったから。そうじゃなきゃ彼に今みたいなことをされて我慢できるわけがない。


「そんなこと思わないよ。……現実的な問題からは前と同じで怖いと思ってるけど」

「そこは気持ち悪いって言ってくれるくらいの危機感を持ってくれたら嬉しかった……」

「え、答え間違えた!?」

「いや、全然間違いじゃないよ。少なくとも俺にとっては」


 そう言ってから一度ため息をついた冬馬はようやく私を解放した。


「湿布わざわざありがとう。今日はもう部屋に戻りな?俺もこれ以上雪に触れてたら何しでかすか分かんないから」

「えっと……。冬馬は?」

「俺はもうちょっと落ち着いてから戻る。…今度から俺を信用しすぎないで。特に二人だけの時は」

「え、そんな」


 おそらくひどく不安そうな顔をしたせいだろう、冬馬がふっと笑って頭を撫でてくれた。


「精神的に頼るなとは言ってないよ。だけど身体的に触れられた時のセーブがかけにくくなってる。……俺だって男だから」

「分かってるよ!今日そう思ったからこその気まずさだったわけで!」

「そうって言うのは?」

「大人の男の人、っぽいなぁと」

「そこで発想を止めないで。俺に襲われるかもって危機意識は持っておいて。元大学生ならもっと危機感あるもんかと思ってたんだけどなぁ……」

「平身低頭で謝罪いたします」


 熱い頬のまま勢いよく頭を下げると冬馬が苦笑した気配がした。


「ま、傷つけるつもりはないから、無理矢理とかそういうことはないって保証する。ただ無防備すぎないようにってことだけ忘れないで。おやすみ」


 

 最後に頭を軽く撫でられて、私はその場を後にした。



 非常階段を踏み外さずにちゃんと部屋に帰れたのは奇跡だった。



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