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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・2学期】
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喉元過ぎまで飲み下す。(修学旅行編その3―2日目)


 ふて寝して迎えた二日目の今日は、大阪の名所を巡る自由行動日になっていた。

 班行動だから、班の男子三人は一緒だし、「あっけみさーん!」と飛び跳ねんばかりの元凶美少年を初めとした天夢のみんなも一緒だ。天夢高校側も同じ時刻に同じ個所を回るように予定を組んだようだからくっつくことになる。


「……一時的な記憶喪失を誘発するためには強い衝撃を脳に与えればいいってどこかで読んだ気がする……みんなの頭に大きなレンガを落とせばいいのかな……それともここは美玲先輩お手製の特製健康ジュースを宅配してもらって――」

「雪、それ一歩間違えなくても殺人よ」


 昨日のダメージが回復していない私の気分は曇天どころの騒ぎではない。台風並みの大荒れだ。



「一晩全員の記憶が消えるようにって呪ってみたんだけどね」

「効くと思ってたわけ?脳外科を受診したら?」

「現実逃避に決まってるでしょ。無理だからこそ現実味のある方法を考えていていたわけ。今の私にはこの状況は耐えられない……!」

「そうよね、だって久々の全員大集合だもんね。私も今日は見るものが多すぎて目を回しそう。気絶して超美味しいシーンを見逃したらなんて考えたら耐えられないわ」

「悩みの次元と同じにしないでくれる?」

「確かに、私の悩みのスケールの大きさは半端じゃないのは認めるわ。全国の乙女たちがこぞって没頭し続けたあのゲームなのだもの……!」

「未羽とは会話が成り立たないと再確認できたのが今日の収穫になりそう……」

「そうお?それはよかったわー」

「何の話をしてるの?」


 未羽と電波のやり取りをしているんじゃないかと思うくらいキャッチボールの出来ない会話をしていていると、内容を知る由もない俊くんがにこにこ笑ってこっちに向かってきた。


「ほら、俊くんもああ言ってるし、みんな普通じゃない。呪いが効いたんじゃないの?」

「そんなわけあるもんですか。じゃあさっきから遊くんがちらっと私の胸元に目を走らせるのはどういう理由!?」

「野口、ちょっといいか?」

「ひぃ!今のは悪かったって!上林最近こえーよ!目が本気だもん!」


 かつてない全速力で冬馬から離れた遊くんが、気まずそうに頭を掻いた。


「でも聞いちゃったもんを聞かなかったことにすることはできねーしっ!大体そんなに気にしなくてもいーだろ雪ちゃん!」

「乙女心が分からないから言えるんだよ……!」

「そ、そーだよなぁ!図太そうな雪ちゃんにも乙女心ってもんが――」

「雪ちゃんって女子だったんだよねぇ。いやいや外見はどう見ても女子なんだけど普段あまりにも男らし――ごほん、男勝り――じゃなくて、男より出来過ぎてて女子じゃない感じも――」


 斉くんの発言を受けた私が、丸めたガイドブック思いっきり斉くんの頭をひっ叩くのと、明美が後ろから遊くんを蹴り倒すのが同時だった。


「いった!ひどいな雪ちゃん!」

「一連の出来事で私の心がずたずたに傷つけられたので、これは正当防衛にあたると思います。なんなら足りないくらいだと思います」

「うんうん、それでいいんじゃない?」

「は?」

「いやー開き直ってもらった方が雪ちゃんっぽくていいんじゃないかなって僕は思ったりしたわけ。ほら、せっかくの修学旅行でしょ?」


 私に怒られてもへらへらと掴みどころなく笑う斉くんは、特に昨日の風呂場での会話を気にしている風でもない。


「遊くんもさ、俺がフォローしてあげないと寒い空気が流れるくらいの下手くそ度合だけど、こーゆー空気にしたかったんじゃないの?」


 斉くんに言われて「どーせ俺は下手くそだよっ」とそっぽを向いた遊くんも、そんな様子を苦笑して見ている雹くんや俊くんも、誰も彼も、私が昨日ふて寝して出てこなかったことに気を遣ってくれたようだ。


「大体、今更だろう。俺らは、最初からあの君恋の会長とそこのまいこさんの熱いキスを見せつけられたところから始まったんだからな」

「あぁ……」


 鮫島くんの冷静な指摘にみんなが思わず頷き、こめちゃんだけが「あわわあの時はごめんなさいっ」と小さくなる。持ち歩けそうな豆柴サイズだな、こめちゃん。


「それに普段から雨が細々と詳細に垂れ流してくるし」

「え、待ったそれどういうこと!?まさか私たちのこと逐一三人に報告してるんじゃ――」

「俺たちの幸せをおすそ分けしようと思ってるだけですよー」

「……あああああああめえええええ!」


 明美が顔中真っ赤にして叫ぶ声が、閑静なホテル前の庭に響きわたる。

 明美さん明美さん、結果的にあなたが一番目立ってるから。


「まぁ、だからなんていうのかな?あんまり気にしすぎなくていいからね?雪さん。事故だから」


 俊くんのにっこり笑顔がとどめで、拗ねていることが馬鹿らしくなってきた。長々と引きずって駄々こねても仕方がないか。


「気にしてくれて、ありがとう。私もあのことを記憶から完全消去して地獄の窯の底にでも鎮めておくことにするよ」

「雪ちゃん、雪ちゃん、地獄の窯の蓋って開くことあるの~?」

「こめちゃん、それは突っ込んではダメですわ」


 決めた!忘れる忘れる忘れる!人間は忘れる生き物だもん。あれよ、勉強とかの知識は絶えずやらない限りいつでも簡単に抜けていくんだから、それと同じように、思いださなければ抜け落ちるはず。きっと。


「全て丸く収まってよかったわねー」

「誰のせいだと思ってんのよバカ未羽っ!!元凶はあんたでしょ!今日の昼は奢ってね!」

「えぇいやよぉ。叫んだのは雪だしー」

「じゃあ、遅くなったけど、移動するか」



 当事者として口出しを控えていたらしい冬馬の号令を皮切りに、遠巻きに眺める未練がましい女子生徒を除いた全員が出発済みのホテルの庭から自由行動に移ることになった。


 かの有名な城の見学をしたり、日本史好きこめちゃんの希望で聖徳太子が建立したと言われるかの寺などの文化的施設を見学したりと修学旅行らしい午前行程を終え、そろそろ昼ご飯にするか、と散策している最中のことだった。

 ぱん!とベニヤ板の砕けるような軽い音が聞こえる。


「何、この音?」

「弓……の音かな?」

「……流鏑馬だ」


 隣を歩いていた冬馬がじっと右前方の様子を見ていた。遠くの方なので馬も人も小さくしか見えないが、途中に的が置いてあってスタート地点から終わりのところまでが馬の足の高さの辺りの高さの柵で囲われている。その中を馬が走ってきて、乗っていた人が矢を放つと的が割れる。あまりにスムーズな一連の動きに目を離せない。


「うわぁ、かっこいいねぇ!」

「うん!」


 遠目なのに通りすがりの私たちが目を奪われてしまうくらいの迫力があった。


「あんちゃん、いい体しとるねぇ」


 次々と走り出す馬たちをつい見続けてしまったせいだろう。

 唐突に声をかけられて振り返ると、鮫島くんと冬馬の肩辺りを掴んだおじちゃんがにこぉと笑いかけた。


「なんや熱心に見とるさかい、えらい気にいっとんのかな思てな。関東の人?」

「修学旅行でここに来てて、たまたま見かけたんですけど面白そうだなと思って」

「馬、綺麗ですね。なんでこんなに熱心に練習されているんですか?」

「祭りがあるさかいな。……ちぃとばかしうたしたろか?」

「え、いいんですか?」


 ノリのいいおじちゃんと鮫島くんたちの話が弾み、おじちゃんが他の人たちに確認を取った後、本当に二人が少しだけ体験させてもらえることになる。本来ここは体験施設ではないし、もうすぐ祭りがある関係でそんなことさせる余裕はないらしいのだが、なぜか許可が通ってしまった。



「攻略対象者補正かな。おじちゃんまで魅了するって怖い」

「その文字面で想像した絵が恐ろしすぎて寒気がしたわ」


 未羽がうえーとゲテモノを食べたときの様な顔をして舌を出した。


「まぁそりゃ、補正力って怖いなって思うけどさ」

「違うわよ。めくるめく世界の方」


 ようやく未羽の言っている意味が分かった。そちら(ボーイズラブ)の世界ということだ。

 すぐにその発想に至る時点で未羽の頭が腐ってるだけだと思う。百歩譲ってもおじちゃんとではないよ。


「未羽なら君恋攻略対象者関係ならなんでもいけるのかと思ってた。意外」


 未羽はそこできりりと真面目に顔を引き締め、私を正面から見つめた。


「私はスチルになる美しい人たちしか断じて認めない。ちなみにそっち専門じゃないからおっちゃんが美少年になるような補正もかからないわ」

「そんな大真面目な顔で語らないで。大体、お腹が出た豪快な禿げ頭のおっちゃんをどうやったら美化できるのよ。出来る方の脳内を知りたいわ」



 未羽とくだらない会話をした後、簡単な説明を受けて帰ってきた冬馬のブレザーと荷物を預かりにいく。

 ちなみに、未羽から口笛を吹かれたのは華麗に無視だ。私のスルー検定は一級まで昇級済みなんだから。


「冬馬、流鏑馬の経験ってあるの?」

「乗馬と弓はそれぞれあるけど、流鏑馬は初めて。多分、全然感覚が違うんだろうな」


 冬馬が初体験のことにわくわくしているのが分かって微笑ましい。冬馬が浮かれているのって結構レアだもんなぁ。


「じゃ、頑張ってね」

「うん、ありがとう」






 挑戦回数の三回のうち、最初の一射は、当然のように二人とも外した。的の近くに射ることすらできずに、馬があっという間に走り抜けていく。


「あれ、馬の上かなり揺れてるからな。上体を起こして矢を放ててるだけで尊敬する」


 隣で見ていた雹くんが素直に呟いた。


「やったことあるの?」

「いや、腹の下に力入れるってコツを掴むのだって時間かかるらしいって聞いたことがあるだけ」


 さっき大人の人たちがやっていた時は、それほど苦労もせずに的に当てているように見えたけれど、乗馬も的当てもあれだけスムーズやっていた二人がかすりもしないんだから、それがどれだけ難しいかを窺わせる。



「行きます」


 冬馬、鮫島くんの順で走った二回目は、一回目よりも断然見られる感じになっていた。

 体の軸がきちんと馬の上で安定している。でも、矢を射るタイミングがずれて的には当たらず、あぁー残念やなあ!という大きな声が周りから聞こえる。


 最初は、迷惑そうな顔をしていた大人もいたが、いつの間にか、やるじゃないか、と見守ってくれる雰囲気が出来あがってきていた。それに、こころなし、女性ギャラリーは増えている。いつものことながら、抜群の対女性吸引力だ。


 当人たちは、段々増してきた周囲の声援や黄色い声が聞こえないかのような涼しい顔で汗を拭ってから、最後の機会に挑み始めた。


 まずは鮫島くんからだ。筋肉質で黒めの肌が日に当たって汗ばんでいるのが、とても色っぽい。彼が馬に乗った姿は、制服を着ているのに、戦国時代からタイムスリップしたのかと訊きたくなるほどとてもよく似合っている。

 鮫島くんは攻略対象者じゃないけれど、サブキャラとして設定されていたという話の通り、かなりのレベルで容姿が整っている。その彼が腕まくりをして、しかも彼が一番似合う武家系統の種目に挑んでいるんだから似合わないわけがない。



 こんな貴重なシーンが降って湧いたわけだから、「今晩枕の下にいれる写真ゲットー!!」とかにひにひしながら言ってくる君恋ストーカーがきっと生えてくるはず――――


 そう思って辺りを見渡しても例の彼女はおらず、同じ場所で、冴えない表情のままぼんやりとカメラを構えていた。


 あれ。どうしたんだろう。未羽のことだから「実は今日の添い寝の写真をどれにするか悩んでた。てへ」とか言いそうな気もするけれど、あれほど元気がなくて、ふざけてない未羽なんて未羽らしくない。


 もしかして、鮫島くんと何かあったのかな。


 未羽は以前「鮫ちゃんは人としては好きだけど一人の男性としてはなんとも思ってない」とはっきり言っていたけど、今はどうなんだろう。その後どうなったかはそういえば聞いていなかったな。



 未羽の横顔を眺めている間にも、鮫島くんは走りだしていた。

 たかったかったかったかっというリズミカルな馬の走る音に合わせて、ひゅっと矢を放つ。当たったかと思われた矢は、ほんのわずかにそれ、地面に落ちていった。


「あぁー!!」

「惜しいですわっ!!」


 走りを止めた鮫島くんは少し悔しそうに、それでも充実した顔で馬を降りると、馬を貸してくれた方に挨拶をしに行った。


「あ、次は冬馬くんだよ~」

「雪、よそ見してる場合じゃないよ!」

「そ、そうだね」


 こめちゃんと明美に言われてスタートラインに立つ冬馬に目を戻すと、本当に彼は体つきが変わったんだなぁ、としみじみ思ってしまった。


 最初に会ったときは骨格がそれほどしっかりしてなくて、細身の秋斗と似た感じもあったのに、十七歳に近づいている今は身長も伸びて、しっかりした体つきになっている。

 鮫島くんや東堂先輩みたいな筋肉質でムキムキに見えないのは筋肉がしなやかについているからなのかな。色が白いから黒髪黒目とのコントラストで余計に王子様っぽく見えるのかもなぁ。なんて、どこか他人事のように感じてしまうのは、今の彼が雑念を全て振り払って極度の集中状態にあるのが分かるからかもしれない。


 黒髪が汗で濡れていているのも気にせず、馬を走らせた冬馬が、きりりと弓を引き絞る。


 ほんの一瞬のことなのに、それがワンショットワンショット抜き出て見えるんだから不思議だ。


 そして、一瞬のち、ばり、と軽いベニヤ板の割れる音が響いた。


「当たった!」

「すげ!」


 大当たりとはいかないが、端っこのところをかすめたのか、一部を粉砕している。


 たかたかたかたか、と馬の歩みを緩やかに止めた冬馬は、ふぅ、とようやく大きく息を吐いて、馬を降りてからその首元をぽんぽん、と叩いて、なにか係の人と話している。

 その後、遠くから私に向けて手を振ったのが分かった。


「雪、かっこよかったね!」

「さっすが雪ちゃんの彼氏様!いよっ、もて男ー」

「上林さん、俺にそれ少し分けてっ!」

「雪?おーい雪さん」

「どうした、雪、固まってるぞ」



 あれ。どうして、頬が熱いんだろう。走ってもいないし叫んでもいないはずなのに、運動した後のように心臓がばくばくと音をたてている。

 彼がこっちに向かってくるのが分かって、つい預かったブレザーを抱き締めれば、彼の香りが広がって余計に苦しい。今ならアスリート並の心拍数を叩き出せるかもってほどだ。


 あの、ドキドキ以上に胸が苦しくて、それでいてずっとこの感覚を味わえたらいいのに、と思ってしまうような甘くて鈍い痛み。

 痛いのに、痛くない――この感覚を私は知ってる。ちょうど去年の十二月、初めて一緒に出掛けたときに感じた気がする。


 どうしよう、これきっと、あれだ。

 


 惚れ直したってやつだ。


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