私たちの戦いはここからだ。
訊いてしまった理由は自分でも分からない。こんなこと訊いてどうするんだって言われたらそれまでだ。
予定では例の計画の決行日は明日。つまり弥生くんのエンドを回避することができるかどうかは明日にかかっている。
前回はどうすることもできなかったゲームを補正することはできるのか、予想通りに事が運ぶのか。未確定なことだらけでうまくいく保証なんてどこにもない。なのに機会は一度きり。たかが高校、されど高校――一人の人生が変わるんだ。
らしくもなく緊張しているのかな、私。
「ごめん、今のなしで」
「もしそうなら、僕は回避できるよう全力を尽くすよ」
俊くんは、不思議な発言をした私に対して何らも突っ込もうともせずに答えてきてくれた。
そのせいで、きっと、魔が差した。
「……もし本当に私がある程度の未来を予測できて、それが起こることが分かっていたら。俊くんは協力してくれる?」
普通だったら「何言ってるの?」と笑い飛ばされても仕方がないところのはずなのに、俊くんはまたもや至って真面目に答えてくれた。
「うん。教えて欲しい」
この世界であった大事な友達は、何の事情を聞いていないのに迷わず頷き、その後は急かすこともなく、ただ私の方を見て私の言葉の続きを待っている。
正直なところ、俊くんか来てくれたらありがたい。今回の事情を分かっているのは私たちの他に三枝くんと祥子だけ。太陽が事情を知らなくともその場で対応できるスペックを持っていることを踏まえるとしても、女子が多い。弥生くんを襲う相手の人数が分からない今、奇襲作戦を取るつもりであっても不安要素は尽きない。
例えば相手が凶器を持っていたら?
例えば葉月が人質に取られたら?
葉月じゃなくて祥子や未羽、それから私だって、そのおそれは十分ある。そして今までの不運への巻き込まれ方ゲーム補正を見ても私に何か来る可能性は否定しきれない。
私に何かあったときに一番危ないのは冬馬だ。夏の様子を聞くに冬馬を止められる人が必要だ。だけど、それは後輩では出来ない。
俊くんには東堂先輩たちのように無理矢理物理的に止める力はないけれど、冬馬の精神状態を支えるという意味では間違いなく一番の存在だ。
だけどそのために俊くんを危険に晒すということも出来ない。しなくていいのなら巻き込みたくない。
そもそも、おそらく起こるであろうことを予測できることをどうやって説明すればいいんだろう。
彼にもゲームのことを話すべきか。いや、普通信じてもらえないし、信じてもらえるような人であるとしても、知っている人は最少限度に抑えるべきだし。
私が内心で葛藤を続けていると、俊くんがとんとん、と肩を叩いてきた。
「雪さん、僕を信じてくれないかな?」
「え?」
「僕、別にどういう経緯でそれが分かったっていいんだ。雪さんに超能力とか予知能力があろうとなかろうと、それをネタに雪さんを売ろうなんて気は全くないよ」
「俊くんが私を売るとかそういうことは考えてないよ。でもこんな夢物語みたいな――」
「それより、僕の大事な友達が危険な目に遭うって分かってるのに何もさせてもらえない方が嫌だ。――ねぇ雪さん。雪さんは秋斗くんが転校する時、教えてくれなかったよね?」
言いかけた言葉を遮るなんて俊くんらしくないことをして、私が補正しきれなかったエンドを迎えた彼の名前を出してきたことは偶然か、それとも必然か。私には分からない。
「僕、もし秋斗くんの転校がもう少し早く分かっていたら、きっと秋斗くんのためにもっと色々出来たかなってたまに思うんだ」
「ごめん……」
「あ、雪さんを責めてるんじゃないよ、秋斗くん自身が嫌がったんだから」
慌てて手を振った後、俊くんは俯いて花壇を見つめる。
「いなくなるかもしれないことを避けられたのなら、僕はきっとそうした。転校のこと、秋斗くんを説得してやめてもらおうとしたと思う。それでやめてくれなくても、僕の中で彼の意思が固いことを確かめて自分の中で納得したかった。僕はもうこんな後悔はしたくないんだ」
「僕の勝手だけどね?」と俊くんが苦笑して、それからその琥珀色の瞳に力をこめて私を見た。
「事情は訊かないよ。何があるのか、僕が何をすべきなのか教えてくれれば十分。雪さん、お願い。教えて?」
翌日、私と未羽と冬馬、そして俊くんは新幹線で東京に向かっていた。
新幹線代やら東京での移動代やらをバイトもしていないしがない学生の身でどうやって捻出するか悩んでいたのだが、未羽が、「東京のお父さんにどうしても会いたい、送り迎えしなくていい。社会勉強のために電車で行きたい。できれば雪たちと!」などと実家で「たまたま」呟いたのを「偶然」お母さんに聞かれたらしく、あっという間に準備された。当然のように私たちの分まで。
「令嬢チート怖い……」
「なーに言ってんのよ、使えるもんは使っとかないと人生損でしょ!」
未羽様は欠片も良心が痛まないのか、平然とパックのオレンジジュースを飲んで大あくびをしている。
「お、お父さんにはちゃんと会っていく、のよね?」
「うん。まぁ帰り際に少しね。だから帰るの遅めになるわ、ごめん」
「謝るとこじゃないでしょ!それが主目的ってことになってるんだから!明日土曜だし問題ない。俊くんも、巻き込んじゃってごめんね?」
「ううん。いいんだ。僕が無理言ったのに話してくれてありがとう」
あの後、私は今後起こるであろうことを俊くんに伝えた。
俊くんはそれを聞いて一も二もなく、一緒に行く、と言ってくれた。なぜこんなことが分かるのか、なども説明しようとしたのに、いつもの笑顔を浮かべ、そっと口元に人差し指をあてて「約束だから事情は訊かない。だから言わなくていいよ?あと謝らないでね?」と言ってくれた。
先回りして色々封じられたので、代わりに「俊くん、惚れます。」と言ったところ、「感謝してくれるなら間違ってもそのセリフを冬馬くんの前で言わないでね?」と焦ったように返された。
「確認なんだけどな。確か湾内たちが自由行動時間で川の側を通るのって1時くらい、なんだよな?」
「うん。祥子からはそういう連絡が来てるよ。念のために10時には東京に到着できるようにこの時間に向かってるけど」
現在時刻は8時。私は6時に起床したが、未羽は何時だったのだろう?さっきから何度も欠伸を繰り返していてすごく眠そうだ。
「珍しいね。こういう時は徹夜でも早起きでも余裕だろうに」
「もう一週間くらい2時間しか寝てないんだもん」
「はぁ?!なにそれ、不眠症?」
「違うわよ。どうやったら戦略としてうまくいくか真剣に考えてたの。絶対変更不能のはずのゲームエンドに挑戦するのよ?私たちの目論見に気づいてこの世界が私たちを事故で殺す可能性だって十分あるのよ?ゲームに負けないベストの手段を検討してたら毎日過ぎていったのよ」
「あ、そうだ未羽、俊くんは『ゲーム』の意味を分かってないから」
ゲームという言葉を連呼しても俊くんが不思議そうな顔をしてないのは、試合とか勝負、とかそういう意味で使っていると思っているからだ。
「……はぁ?!話してないの?」
「俊くんがいいって言ってくれたから」
「でもそれじゃあなんで私たちがこういう風に動けるかわかんないでしょ?」
「うん。でも雪さんたちの言うことだし、信じればいいって思ってるんだ」
俊くんが微笑むと未羽が向かいの俊くんをじっと見つめ、口を開いた。
「俊くん……私、実はね……未来が見えるの」
未羽は、ゲームのことは言わないつもり?
「未羽さんの方だったんだ?やっぱり予知能力が?」
「うん、ばれちゃったからには仕方ない。俊くんの未来も見てあげるわ」
最初は隠し通すつもりなのか?と冬馬と一緒に見守っていたが、未羽が目を瞑りうんにゃらうんにゃら唱え始めた時点で冬馬が呆れ顔をした。
「横田お前……」
「ずばり!!」
カッ!と目を見開いた未羽様のお告げが下った。
「将来、こめちゃんの義弟として一生お守りをさせられる!!」
「えぇ?!」
「可哀想に。こめちゃんに子供が産まれたりしたら言葉通りの子守にこめちゃんの見張りと海月先輩からの重圧は3倍以上に……!そして疲労と精神的苦労のあまり日々やつれていくのよ。今までの苦労が生ぬるく感じるくらいそれはもう疲弊してね」
未羽のお告げ(仮)に俊くんがみるみるうちに青ざめていく。
いやそれ、予言というか誰でも予想出来る確定的未来だから。
「そうならないためにも、この横田未羽様のありがたいお告げパート2、どうやったら二人のお守りを避けられるかの続きを聞くべきだわ」
「そ、そうだね……で、続きは?」
「そうね、友達特典で30%OFF、5000円でいいわ」
「え。」
「俊、それ典型的な悪徳商法だぞ……」
未羽がにひにひ笑い、俊くんはがっくりと肩を落とした。俊くんだってバカじゃないからこういうのに引っかかりやすいタイプじゃないけど、恐らくそれで済ますには余りにも彼は苦労しすぎた。
「こめちゃん関連のことだとね……分かっていてもどうしても……!」
「俺が話すよ。これ以上横田に遊ばれたくないだろ?俺が雪から聞いたくらいの話なら着くまでに話し終えられるから」
冬馬が向かいの俊くんに話す間、私は未羽を小突いた。
「なんで善良な俊くんを苛めてんのよ?」
「えー……落ち着かないんだもん」
だからって俊くん苛めていいことにはならないだろうに。
「それにしても未羽が不安って珍しいね」
未羽が真面目な顔でふぅと大きく息を吐いた。
「予想が外れてるかもしれない、そうしたらもう私たちは動けない」
「そうじゃないことを祈るばかりよ……」
緊張と恐怖で昂ぶる感情を抑えるべく、大きくため息をついてそれから静かに考えに耽った。




