二度あることは三度ある。だから二度目は起こさせない。
「雪、さっき湾内が言ってたことって何?またゲーム関係か」
「……本当に敏い人って困るなぁ!」
ぐずぐずしてても仕方がないとようやく思い直って、立ち上がったところで冬馬に訊かれ、ぐっと詰まる。
わずかに息をつくと、冬馬は「話して?」と促してくる。それが全く拒否を許さないものだったので仕方なしに自白すると、冬馬は今度こそ不愉快そうに眉間にしわを寄せた。
「なんだそれ胸糞悪い」
「その気持ちはありがたいけど、そんな顔したら皺が取れなくなっちゃうよ」
「俺の顔に皺がつこうがどうでもいいよ。あ、ゲームとしてはまずいのかな、それなら余計したくなる」
「こらこら」
心底このゲーム補正を嫌っているのか、冗談とも本気ともつかない調子で言ってくるのでそれだけは止める。そんなことになったらこの学校内外問わずたくさんの人が泣いてしまう。そしてきっと私が理不尽な怨みを買う。一部の女の子たちからの面倒を被るのはこりごりだ。
「ここが現実だからそんなのありえない――と言えないのが辛いな」
「うん、秋斗のことがあった以上、弥生くんに起こってもおかしくない」
「雪、どうするつもり?」
「それを話そうと思って。そんなの絶対見過ごせないからね」
神様頼りじゃダメなんだ。この世界の神様酷く残酷で容赦がないから、自力で動くしかない。
祥子とおそらく未羽が待つ部屋に行こうとすると、冬馬が当然のように後についてくる。
「冬馬?」
「俺も行く」
「えぇー……。冬馬を巻き込むのは気が進まない」
「嫌そうな顔しない。もう十分役割があるのにこれ以上巻き込まれるも何もないだろ?雪がまた危ないことに頭を突っ込みそうになってるのに俺がそれを知らないまま放置されるのは御免だ。無理矢理でも着いていくぞ?」
「じょ、女子更衣室で話してやる……」
無様な抵抗をしてみると、ふぅん、と冬馬の目が細められた。
「どうせあとで横田が教えてくるのに無駄な抵抗じゃないか?こういう点では俺と横田の意見は一致してるからな」
くぅ。そういえば未羽と冬馬は通じてるんだった。未羽は利用できるものは全て利用していく方針の超現実主義者だからなぁ。
二人が手を組むもこういう時に面倒だ。
「わ、分かったよ。とりあえずみんなをみんなにもう大丈夫って伝えて、それから話し合おう」
俊くんたちに話は終わったことと先に帰ることを告げてから生徒会室を出て、例の秘密まで向かうと、冬馬は私の傍で辺りを見回して感心したように呟いた。
「こんなところがあったんだな……」
「昔よく未羽と二人でご飯食べてたんだよ。ほら、離れたところにあるから誰も気づかなくて聞かれたくない話をする時に便利なの」
「なんで二年も過ごして気づかなかったんだろうな」
未羽曰く、ここいはゲームで予定されていない部屋らしく、ゲームの関係者には「気づかれにくい」構造になっているんじゃないかということだった。「未羽もゲーム関係者じゃないの」と突っ込んだ所、「私の君恋観察愛に勝るものはない!」と押し切られたのでこの仮説が正しいか、真相は闇の中だ。
ただ、あの会長すら気づかないで済んでいるという驚異が事実としてある。
未羽の仮定が正しいかはともかく、ゲーム関係者が気づかなかったからこその幸いだ。
もし会長にばれていたら?そんなの決まっている――
お互いに思ったことは同じらしく、そして私たちも恋人同士で同じ場所にいるという事実も併せて思い出して、ぶんっと音がするくらい同時に首を背けた。
何を想像してるんだ私は!
「あっらぁ?二人は想像通りのことはしないのぉ?」
ちょうどその時、目と口を糸のように細めてにまにまする未羽と、気まずそうに照れている祥子が入り口のところにいた。
「俺が存在に気づけないってどんだけ気配隠すのが得意なんだよ……」
冬馬が呆然としているが、冬馬がぼーっとしていたわけじゃないと思う。私たちの会話を未羽は盗聴、祥子は脅威の聴力で遠くから聞いていただけで近くにはいなかったはずだから。
「未羽っ!いたんだったらさっさと入ってきてよ!」
「えぇー。お邪魔したら悪いかなぁ?とか思って?」
「邪魔じゃない!邪魔じゃないからっ!」
「そーお?上林くんもそろそろ我慢の限界よねぇ?」
「横田!」
「け、喧嘩してる場合じゃないですよ、先輩方!神無月くんのことでしょう?」
祥子がストップをかける役目となるなんて世も末だと思ったのか、未羽も暴走を辞めて真面目な顔になる。
「師匠が主人公ダブルキャストだってことは横田先輩から聞きました。そうだとすると……神無月くんにはペナルティーとしてのバッドエンドが起こります」
祥子が一瞬の躊躇いの後、私を見て言い切った。
「ゲームでの弥生くんのバッドエンドってどうなってるの?」
「ゲームでは、主人公が他の攻略対象者と付き合ったことを知って打ちのめされます。主人公への失恋で大切な友達や幼馴染や先輩を失い、やさぐれていきます。生徒会にも来なくなって、ある日乱闘事件を起こして相手の生徒を半死半生の目を合わせてしまって退学処分になるんです」
「……無茶苦茶だな」
祥子の話に冬馬の顔を歪み、私の顔は無意識に強張った。そんな私の様子に気付いたのか、祥子は申し訳なさそうに頭を垂れた。
「……すみません。彼のタイプは分かっていたので主人公の私が一定以上近寄らなければ大丈夫だと思ってたんで言ってなかったんです。まさか師匠が今回も主人公だとは……」
「それはもう悔やんでも仕方ないから。祥子のせいじゃないよ。弥生くんが退学するような目に追い込んだのは私」
沈痛な表情になる私に、祥子は「待って下さい!」と続ける。
「さっきはゲームの話をしましたが、今の状況、ゲームとは色々違うんです!ゲームでの神無月くんも友情やら尊敬やらとの狭間で苦悩するんですが、もっと意地悪に主人公に迫るんです」
「意地悪?」
「うーんと、例えが……あ。例えば、師匠が着けてるネックレスを見たとしたら」
しゃりん、と音をさせて冬馬からもらった例のネックレスを取り出す。
「これ?」
「はい。気を引きたいだためにそれを取って、『返して欲しければ君自身が僕のところに来て?』みたいな攻め方するんです」
「それは是非ともプレイしたかった……!」
未羽が突然一人で萌え悶え、机の上に覆いかぶさってじたばたし始める。祥子は初めて見る未羽のオタク具合に一瞬呆気にとられたが、未羽の手を取って「分かります」と共感し始めた。
そりゃそうか。よく考えれば二人ともやり込み過ぎて内容を覚えてしまうくらいの重度のオタクだった。
「――ごほん。なので、ゲームと現実の彼の性格は全く違うんです。今回のだって……神無月くん個別ルートの通り、りゃ、略奪愛で、周りとの関係が気まずくなるのは変わらないんですけど、あんなに綺麗に振ってくださいとか、上林先輩が戻ってこいって言うことはないんです。だからエンドだって起こらないかも……」
「それはないよ湾内さん」
悶えていたところからようやく現実に返ってきたらしい未羽ははっきりと言い切った。
「現に去年それを期待してた私は痛い目に遭ってるからね。ゲームのエンドは起こるよ、必ず」
「そんな……!じゃあ神無月くんは――」
「いや、祥子も未羽も諦めるのはまだ早い」
祥子が打ちのめされた顔を驚きに染め、私の方を向いた。
「確かに状況は酷いけれど、それだけ詳細な情報があればもしかしたら救いようがあるかもしれない。」
「でもエンドは起こるんですよね?!」
「うん」
考えていたことがある。これまで私はこうしたバッドエンドを避けることばかり考えていた。つまり、好意をもたれない、持たせない方向だ。
でも発想を変えてみたらどうなるだろう?
エンドを避けられないのなら、エンドを起こしてしまえばいい。そしてエンドの状況を迎えたその場で――
「エンド自体を修正する」
「そんなこと…できるんですか…?」
「やるしかない。今度こそゲームに完全勝利する」
私が宣言すると冬馬が難しい顔をする。
「やれることがあれば当然やるけど、ゲームのイベントって今までも全部起こってるよな?事後対応になっているのは認めざるを得ないだろ?それをどうやって対策するんだ?」
「祥子の言った話を聞いて思ったの。神無月くんのエンドが自暴自棄になった末の乱闘事件なら、対応できることは二つ。一つは彼を前向きにさせて自暴自棄にさせないこと。もう一つは乱闘事件そのものを起こさせない……乱闘事件の現場で弥生君を止める」
「そんなこと、可能か?」
「……可能か不可能かで言えば可能ね」
いぶかしむ冬馬に対し、援軍を出したのはゲームマスター未羽様だ。
未羽が私の案を具体化するように話し始めた。
「私、夏に雪が川で流されてから、今まで起こったイベントをまとめて法則性を見ていたんだけど、分かったことがあるわ。まず、イベントは必ず起こる。必ずよ。避けようがない。無理に避けようとしても時期や方法が異なるだけで起こる。次に一度起こったイベントはその成否や時期にかかわらず終わったものとしてカウントされる」
「……ということは。神無月のバッドエンドイベントを起こさせた上で、あいつが暴力を振るわないようにしたまま終わらせれば、退学処分は免れられるってことか。…それなら新田のバッドエンドである転校よりも防ぎようがあるかもしれないな」
「流石頭脳派ね、上林くん。理解の早さは助かるわ」
「祥子分かってる?」
「は、はい。大丈夫、なはずです。多分!」
「次に行くわよ。これは私が君恋の大ファンであり編集者の頭を読んだ上での推測だけど。多分そのイベントは一年合宿で起こるんじゃない?」
「なんで分かるんです?!」
未羽の意図は大体読めたので、さすがにこれだけだとついてこられていない残りの二人に説明することにする。
「祥子、一年合宿で確か、主人公が数人の男の子に絡まれてそれを攻略対象者が防ごうとする乱闘イベントがあったわよね?主人公が突き飛ばされて川に落ちるやつ」
「はい。川の近くで起こるやつですね」
「あと、神無月くんが中学の優等生だったせいで中学時代の同級生に絡まれるってイベントもあったわよね?」
「はい」
私の質問でさすがの冬馬がはっとしたように祥子を見た。
「湾内。お前ら一年合宿どこ行くことになってる?」
「東京横浜で、メンバーは生徒会とあと弓道部の山崎くんと茶道部の三人です」
「東京って確か、神無月くんが中学の時にいたところよね?」
今度こそ祥子も目を見開いた。彼女も想像できたらしいが補足のためにも続ける。
「さっきの未羽の話からすれば、もう川落ちは起こらない。なぜなら私が既にやっているから。でも、神無月くんが絡まれるイベントは残ってる。ならそれを暴力事件変えるゲーム補正が働く可能性は大いにある。そして、それが起こる場所は――」
「一年合宿で川の近くを通る時!!」
「そう。ほら、予想は出来た」
ぱっと顔を明るくした祥子がすぐにその愛らしい顔を曇らせる。
「でも……」
「補正は待つものじゃなくて起こすもの。祥子、多分A県からあえて東京にしたんでしょ?」
「はい。ゲーム通りだとイベントが起こりそうだったので」
「そこに川近くを通るのはある?しかも落ちそうなくらい近くを通る場面は?」
「…ないです、ね」
「なら、今から自由行動時間にその予定を組み入れて?あえて川の近くを通ってそこでイベントを起こさせる。自由行動日は確か――」
「来週の金曜日です」
「でしょ?その日は創立記念日で君恋高校休みだから、予め場所が分かってたら行ける」
「も、もしかしたら……」
「そう。勝率は十分にある」
本当のところを言えば、そんなにうまくいくかは分からない。すべては運にかかっている。けれど、もしかしたらという希望の光はまだ消えていない。私はもう諦めない。
「希望は見えたな」
「私!みんなに話してみます!!三枝くんも協力してくれるはずですから!」
「うん、そうして。じゃあ次は具体的にどうするかを考えましょ?」
こうして神無月くんのバッドエンド補正を補正するための作戦会議は続けられた。




