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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・2学期】
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鉄は熱いうちに打て、悪い子は早く罰せよ。(冬馬動乱編その11)

 久しぶりの天夢高校の校門の前。

 来たのは去年の天夢祭以来だから、あれから大体一年くらいだったんだなーと懐かしい。

 君恋の制服で来ている私や未羽のスカートは男子校の制服の中では特に目立ち、昼休み時間であることもあって教室の窓から覗かれるくらい注目されている。


「せ、生徒会室にご案内しますね!」


 蘭くんが案内してくれたのは、職員室から離れた位置にある1階の一室だ。部屋は君恋生徒会よりも少し狭いくらいなのだそう。資料室あわせて2部屋を占領しているうち(君恋)が広すぎるだけな気もする。


「し、失礼します、ただいま戻りましたー」

「お姉様ぁ!葉月は寂しゅうございましたっ!」

「は!な!れ!ろ!ってもう数十回は言ってるだろ迷惑女!!お前の耳はふし穴か?!それともお前の頭の中身がゼリーで状況を理解できないのか!?」

「あなたの命令に唯々諾々と従うお馬鹿ではないというだけですわ!」


 蘭くんが生徒会室のドアを開けた瞬間、どこの時代に遡ったのか訊きたくなるような言葉と共に葉月にタックルをかまされ、ふらついたところですかさず解放された。


「ほらほら、三枝さんも太陽くんも。天夢の一年生には二人のいつも通りが喧嘩に見えるからやめよう?ね?」


 早速いつも通りのやり取りを始めた妹分と弟を俊くんが間に入って止めてくれる。さすが気遣いスーパーマン俊くん。仲裁のタイミングも手慣れたもんだね。

 二人の世話を俊くんに任せておくに進むと、笑顔の雹くんが出迎えてくれた。初対面時を思うとこれまた感慨深い。


「雪!よく来たな!」

「雹くんも。やっぱりこっちにいると皇帝の威厳があるねー。君恋にいる時のあのぷるぷる具合とは大違い!」

「雪、お前ここに俺に喧嘩売りに来たんじゃねーだろーな?あぁ?」

「ぜーんぜん。勉強しに来ましたとも」


 にっこりと笑って即答すると、雹くんはあっけなく毒気を抜かれる。

 ふふっ、他愛もない!


「雪さんは雹相手だと優位に立てるようになりましたね。冬馬くん相手の余裕のなさとは大違いです。ね?雪さん?」


 にやにや笑う雨くんは雹くんと違ってとても手強い……!


「雨くんと雹くんの家での関係性が見えるわね」


 誰にも見えないようにポケットの中に突っ込んだ手でレコーダーの録音ボタンを押しているだろう未羽が呟くと、雨くんは笑顔で軽く横に頭を振る。


「雹の方が俺より頭いいですよ」

「学力的にはねー。でも雹が雨の手のひらで転がされてる感はあるよね?」


 斉くんがにんまりすると雹くんはぶすっとして席に座り直した。

 否定しない辺りを見ると自覚してるんだなぁ。なんだかんだ弟に優しいお兄ちゃんなんだろうな。


 機嫌を損ねた雹くんを雨くんがあやしていると、鮫島くんが未羽に軽く笑いかけた。


「未羽さん、久しぶりだな」

「鮫ちゃんもねー。元気そうで何より」

「鮫島先輩が優しく笑ってる……!それにさ、鮫ちゃ――」

「月、そこ突っ込むと今度部活の時に結人にボロボロにされると思うからやめといたほうがいいよー?」

「そ、そうしときますっ」


 斉くんのギリギリのタイミングでの忠告に、鮫島くんに睨まれた卯飼くんが壊れた古い人形のように何度も頷いている。

 


「太陽、こっちはどう?レベル高い?」

「それなり。君恋よりは上」

「余裕ですね」


 編入中の太陽たちはもちろん天夢高校の制服を着ているのだが、男性陣は去年同様、攻略対象者の誰も彼も違和感なく似合っている。

 問題の祥子や葉月は、そろってグラマーさんなのだが、こめちゃんよりは浮かない程度でまとまっている。


「こいつの頭おかしいですよ!なんでどの科目も余裕そうなんですか?俺の友達のこっちの首席のやつ、一日目からこいつにこてんぱんにやられてたし、教師すら唸らされてましたよ?!頭いいとは思ってたけどこれほどなんて!ずるいです!」

「ずるくねーよ。日頃の努力次第だろ」


 太陽を指さして私に苦情をつけたのは卯飼くんだ。


「太陽は別次元だから一緒にしない方がいいと思う。僕たちは結構苦労してるよ」

「……弥生に同意」

「太陽。あんた、その様子だとこっちで余裕こいて周りに喧嘩売っているんでしょ?性格きついんだからセーブかけないとダメだよ?」


 太陽は、味方がいないことを気にせず肩をすくめて反論した。


「確かに俺自身は、簡単とは言わねーけど別にそんなに苦労するほどでもねーって感じだよ。だけどさ、こいつのお守りも俺にかかってるんだから、実質的な負担は同じだろ」


 太陽に指さされた祥子はというと、生徒会室の机の上で呪怨の亡霊のように這いつくばっていた。


「し、祥子ー……?」

「んん、師匠の声……?し、ししょお〜!!!」


 濁った瞳を宙に彷徨わせて私を発見した祥子は、葉月が左腕に絡みついたままの私の腰あたりに縋り付いた。その様子はB級映画のゾンビが人を襲う様にそっくりだ。


「あ、あたし無理です〜。これ以上何も頭に入りません〜」


 容量の悪さがぴか一の祥子は、全力投球であたっているはずの君恋の進度ですら苦戦している子だ。君恋よりも進度も難度も上のここでの苦労は察せられる。


「葉月は大丈夫なの?」

「はい!もちろんですわ!お姉様!」

「……葉月、今日は、だろう」

「今日の残りは文系科目なの?」

「……はい。現代文と世界史です」


 葉月は文系科目については太陽と張り合えるレベルでずば抜けて出来るから、元気いっぱいに頷くのも分かる。


「……昨日は理系科目しかなくて、湾内と並んでゾンビ化してましたよ」

「葉月は過去は振り返らない女ですの!」


 キリッと目を輝かせているけど、どうなんだ、それは。


「葉月はなんとかなってるとしても祥子はダメみたいだね」

「同じクラスに入れられた同じ学校からの編入生のはずなのに、初日のテストで太陽が全科目満点取って、湾内は全部赤点取ったって話は当人たちから聞く前に聞こえてきましたから。二人の差が激しすぎて1組で騒ぎになってたらしくって」

「それは凄まじいな。去年とは違う意味で君恋のやつらって色んな意味で変わってるって思うぜ」


 雹くんが呆然として見守る美少女を、太陽が諦念と哀れみを籠めた目で見た。


「ごめん、ねーちゃん。さっきの努力って言葉を訂正する。個人の努力ではどうにもならない脳みその差がある。俺はいいかげんそれを悟った」

「酷いー酷いよー相田くんー!」

「事実だろ。真実と言ってもいい」

「助けてくれてもいいのに〜」

「助けてやってんだろ?!開始5分もついていけてないお前が指名された時は全部俺のノート見させてんじゃねーか!授業前後で要点を押さえて説明しててこれ以上どうしろってんだよ」

「そ、そうなんだけどさぁ。めげずにやってるんだからちょっと慰めてくれても……」

「甘ったれたやつにかける言葉はねーよ」


 太陽の涙ぐましい努力のほどは祥子が一番よく分かっているらしく、祥子の声の勢いが格段に落ちた。

 太陽の指摘は事実だし、まさしく正論なのだけど、それを踏まえても言い方はきつい。


 この子、怒っていたり機嫌が悪かったりすると格段に口調がきつくなるものなー。

 そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなのか、それとも何か原因があるのか知らないが、ちょっと諫めた方がいい気がする。

 

「たいよ――」

「お前さ、女の子にそれはねーんじゃねーの?」


 いつものように私が窘めてセーブをかけようとした時だ。冗談とか遊びとかじゃない、太陽と同じくらいきつい声が私よりも先に太陽を制した。


「もっと優しくしてやるのが普通だろ?お前厳しすぎんだよ」


 祥子を庇うように前に立ち、太陽を睨みつける卯飼くんに、祥子が驚いたように頭を上げ、逆に太陽は冷たい目を卯飼くんに向けた。


「なんだよ。卯飼、お前だったらこいつの致命的な出来なさをなんとか出来るっての?」

「優しくちゃんと教えてやる。俺なら祥子ちゃんを馬鹿にもしない」

「……湾内は自他共に認めるバカだと思うぞ?」

「五月くん!そこは突っ込んじゃだめだよ!卯飼くんがかっこよく決めてるんだから」


 俊くん!実は否定しない君もなかなか酷いよ!


 三枝くんと俊くんがこそこそっと話しているのが辛うじて場を和ませるているけど、空気が重いのに変わりはなく、庇われている当人の祥子はというと、なぜ卯飼くんがこれほどまでに真剣に怒っているのか分からず困った顔をしている。

 そんな雰囲気の中、まるでゴキブリのようなかさこそとした動きで素早く祥子に近寄った未羽に耳元で何か囁かれたらしく、祥子は突然顔を青ざめさせた。


「あ、あの。卯飼くん、あたし、気にしてないよ?確かにあたし馬鹿だし、これぐらいいつも相田くんには言われてるし」

「それで祥子ちゃんは傷つかねーの?!あんな風に言われてよ!」

「それは慣れたっていうか……事実だから反論できないっていうか……」

「クラスでだってあいつ、祥子ちゃんに『お前は本当に脳みそミジンコレベルだな』とか『その理解力のなさが俺には地球一周しても理解出来ない』とか散々言ってんじゃん!」

「い、言われるくらいにはバカ丸出しだし、それにそのくらい言われても仕方ないくらいお世話になってるのもほんとだからさ……」

「でも、俺っ、祥子ちゃんがそういう風に言われるの我慢なんねーんだよ!それは俺が――」

「あああああ、いいの!あたしっ、『めげない、へこたれない、前向き人生!正義は必ず勝つ!』がモットーだって言ったでしょ?気にしてないからっ!」


 真正主人公である祥子が決定的な言葉を言われないように遮らなければ、卯飼くんも秋斗のようなエンドをたどった可能性が生まれるところだった。卯飼くんが何かを決意したような表情をしたのが未羽のアドバイスの直後だったことが幸いしたみたいだ。


 まるでGのような動きをしていたかは別にして、見事に本来(サポートキャラ)の仕事を果たした未羽がこっちに軽く目配せしているところを見るに、ゲームの場面でこういうシーンがあるのかもしれない。さすが君恋狂人未羽。プレイしていなくてもベストタイミングでナイスサポートキャラ力を発揮できるその眼力、おみそれしました!



 しかし、祥子が太陽を庇うせいで卯飼くんは余計に太陽を睨みつけ、祥子はそれを見て焦って余計に墓穴を掘る。太陽は暫く無言でそれらを聞いていたが、とうとう半眼で言い放った。


「いーんじゃねーの?」

「え?」

「わんこ、お前、卯飼に教えてもらえよ」

「いやでもっあたしは――」

「昼休みだっていつもお前のとこ来てべったりくっついてきてはそいつの言う『優しさ』とやらで頭撫でられたりしてるし、お前も嬉しそうにしてんじゃねーか。まんざらでもないだろ?」

「べ、べったりって……」

「俺に言わせればそんなのただの甘やかしだし、下心のある優しさだと思うけど、お前はそれがいいんだろ?多分勉強教えんのもそれぐらい優しくやってくれるぜ?」

「し、下心なんて言わないでよ!卯飼くんはあたしのこと思いやって声かけてくれてるんだから!」

「さっきから聞いてれば。誰のせいだと思ってんだよ。俺のことをそいつから庇う暇があったらお前自身が出来るようになれよ」

「ど、努力はしてるっ……!」

「成果出せなきゃ意味ねーんだよ。成果出るまでやって初めて努力って言えんだよ。お前、それだけやれてんのか?」

「そ、そんなの無理っ……」


 あ、太陽、あれ、自分でも引っ込みつかなくなってる。止めなきゃ。

 と私が気付いたときには遅かった。


「無理ならやめれば?お前の容姿なら何もかも自力で生きていかなくてもいけるだろ」

「……自力じゃないってどういう生き方があるの?」

「男に媚び売ってその場で庇ってもらう女子ってやつになれるんじゃねーの」


 あぁ、もう!太陽の馬鹿!言っていいことと悪いことがある!

 そんなこと言われたら祥子の方だって腹が立つに決まってるのに!


「やめられるもんなら私もやめてるよっ」

「そうかよ。じゃあやめろよ。俺もいい加減お前のお守りはうんざりなんだから。こないだまで教えてやってたので十分償いはしただろ」

「……つ、償い……って、こないだの事件の時の……?」 

「あぁ」

「も、しかして、中間終わってから最近も教えてくれてたのも全部……それ?」

「当たり前だろ」

「こ、この編入期間も遅くまで勉強見てくれたり、家まで送ってくれたのも、義務だと思ってた……?」

「それ以外に何があるってんだよ?」


 太陽の冷たい肯定に祥子の目にみるみるうちに涙がたまっていく。

 

 それが零れ落ちる寸前で、真っ赤な顔の祥子が

「あ、あ、相田くんのばかっ!!!!」

と言って生徒会室を飛び出して行き、「祥子ちゃん!!」と卯飼くんが追いかけて飛び出していった。




「……ったく。なんなんだよ、ってぇ!五月っ!おまっ!」


 祥子が出ていって静まり返った教室の中で、太陽が吐き捨てた途端にその頭をひっ叩いたのは三枝くんだ。


「太陽ー。僕ほとほと呆れたよ。ヒートアップしすぎ、それから流石に鈍すぎ」

「はぁ?弥生までなにいっグェッ!」


 呆れ顔の弥生くんに続き、葉月が後ろから頭突きをかましたせいで太陽が前のめりになった。


「ほ!ん!と!に!あなたは大馬鹿ですわね!!」

「はぁ!?俺が馬鹿だと?!」

「えぇ!何度でも言いますわ!あなたは馬鹿です!!あなたほど鈍くて人の気持ちに鈍感な人は見たことありません!お姉様の弟とは思えませんわっ!!」

「いや、僕は逆にそこまで鈍いのは雪ちゃんの弟以外ないだろうと思う」

「俺もです」

「僕も」

「私も。以下同文」


 斉くんも雨くんも俊くんも未羽も後で吹っ飛ばす!!!



「雹くん」

「な、なんだよ」

「鍵のかかる空き教室ってある?」

「空き教室?そこ曲がって右行った角のとこに小さいコピー室があるけどよ。それなにに使う――」

「ちょっとの時間借り切っていい?」

「す、少しなら」

「よし、場所確保。――さて。太陽?」


 にこりと笑って私が近づくと、太陽が初めて恐怖で顔を青ざめさせた。


「ね、ねーちゃん?」

「なに?」

「あのさ、俺もちょっと言い方が悪かったと思わねーこともねーけどさ?でもそんな顔する必要ねーよな?」

「そうかなぁ?お姉ちゃんは姉としてきっちり弟の不始末の責任を取る必要があると思うの」

「ねーちゃんここ外だからな?な?勘弁してくれよ?」

「問答無用。さぁおいで、太陽。お仕置きだよ」

「嫌だぁ!弥生っ!助けろっ!」


 太陽が弥生くんに縋り付いた。あまりに幼い嫌がり方にみんなが呆然とする中、私は抵抗する太陽を引きずって出る。


「あ、その前に言っておかなきゃ」


 くるりと振り返って、凍りついたようになったままのみんなに向けて付け加える。


「可愛い弟の名誉のために、誰であっても覗き見及び盗聴を禁じます。ついてきた人には私がいかなる手段を持ってしても制裁を加えるので、誰も近づかないようにね。特にそこのゴキブリ並みの執着心を持ったカメラのお姉さん。じゃ、ごきげんよう」


 未羽あたりに向けて自分の渾身の笑顔を浮かべてから私はそこを出た。



 その後間もなく、天夢高校の教師すら唸らせるほどの優等生の悲鳴が学校中に響き渡り、泣いて飛び出していった祥子が何事かと慌てて戻ってきた、とお仕置きを終えて帰って来てから聞いた。


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