伝えるは秘めるよりかたし。(冬馬動乱編その6)
若干内容がR15かもしれません
「刺激が強かったねー……。さすが雨くん」
「全く何なんだよ、あいつ……そんなに経験あるのが自慢なのかよ?!むしろあいつがやってたことは悪いんじゃないのか?」
ベンチで、買ってきたホットドッグを食べながら苦笑する私の隣で文句を言う冬馬の顔はまだ赤い。
いいね、冬馬、それくらいウブでいてくれた方が私は嬉しいよ。私じゃ雨くんの過激さにはついていけないもの。
……まぁ、じゃあ明美がついていけているというのかというと、どちらかと言えば振り回されている感じはするけど、それは地上三階くらいの高さの棚に上げておく。
「そんなにいじけなくていいじゃん。からかわれたのが悔しいの?」
「……まぁね。実際俺には経験値がないからなにもかもがぎこちないし」
ぎこちない?経験値がない?路上ならぬ動物園キスまでこなしてイケメンスマイルを浮かべてたのはどこの誰だ?
「ない方がいいって今自分で言ってたのに」
「でもああいうことの上手さって経験って言うだろ?ああいう風に見られると、お前だと彼女を満足させられてないぞって暗に言われたようで悔しい」
ん?なんかお互いの認識に相違がある気がする。
「ちょーっと待って?私、今のとこ、そ、そういうことに関して全然嫌な思いしてないよ?不満足とかないし!」
「今はな?そんな経験が物言うようなことしてないから。……でもこれから先は、そうもいかないだろ」
冬馬がそこで言い淀む。
うーむ。こういう繊細な話題をする場ではないけれど、大分自信を失っているようだからちゃんと言っておいてあげなければ。
満足するかどうかは私と冬馬の問題で、周りの経験値や早さなんて関係ないってことは精神的な歳の功で知っている。ここはこの精神的お姉さんが助けてあげようじゃないか!
「嫌じゃないって言ったのになぁ。なんでそんなに上手さにこだわるの?」
「だって、雪がそーゆーことに消極的なのは、前世の時にその、あまりいいと思わなかったからだろ?」
こっちを向いていない冬馬の耳が赤い。マヨネーズがこぼれ出そうなくらいには彼の手の中のサンドイッチが圧迫されている。
「あー……うん、まぁ、そう、なのかな。あまりよく分からないけど。というのも前も言ったけど感覚は残ってな――」
「あああああ!いい!言わなくていい!それ、想像しただけでイライラ最高潮になるんだ。あの話聞いた後」
不愉快そうに頭を振る冬馬。
「男の子って気になるもの、なのかな?そのー……技術的に上手いとか下手とか、経験だとか」
「そりゃあ……相手が無理してたり、演技してたりするの知ったら多分基本的に自信喪失する生き物だし。それになにより俺自身が雪を傷つけたくない。嫌がられたくない」
その辺の男の子たちの自尊心や感覚が分からないのは、私がそっちの話題に疎いからなのか、それとも淡泊だからなのか、どっちだろう。どっちも同じようなものか。
ひとまず、このまま放置はいけない。最近なぜか精神的に余裕のない冬馬がどんどん負のループに入っちゃってるもの。
「ねー、冬馬」
「何?」
顔を逸らす冬馬の顔を覗き込んで目が合ってから続ける。
「冬馬ってさ、恋愛的な意味で異性を好きになったのって私が初めてだって前言ってくれたよね?」
「うん」
「それね、それだけですごく嬉しいんだよ?」
なんの話だ?というように冬馬が怪訝な顔をする。
「お互い恋愛初心者のようなものなのに、冬馬は私のためにいっぱい考えてくれる。大切にしてくれようって試行錯誤して、自分の欲求も我慢してくれたりする。それは付き合う回数が多いか少ないかじゃなくてどのくらい想ってくれてるか、によるわけでしょ?――確かに私、そーゆーことに抵抗あるよ。でも相手が本当にすごく好きで大切な人だったら、だから、冬馬が相手だったら違うのかなって思ってきたの」
「好きは好きでも想いの強さでどう感じるか違うってこと?でもこういうのは生理的な感情だろ?」
「んーまぁね。でも女子って頭で恋する生き物だから、そういうの、気持ち次第でどうにでもなるって前世時代に本で読んだことがあるよ。私にとっては、雨くんみたいに慣れててなんでもリードしてくれる人よりも、不器用ながらゆっくりと一緒に手探りしていく人の方が安心する。それに、私の方が冬馬に色々な初めてを教えてあげられるってことも、私にとっては幸せなことなんだ。ほら、冬馬さっき、こんなに世界が鮮やかだったなんてって言ってくれてたじゃない?」
「あぁ、うん」
「それはね、すごく嬉しかったんだ。冬馬は、これまでずーっと一人で頑張ってきた人でしょ?だからね、恋人としての私に頼ってくれたり甘えてくれたりするのが嬉しいし、そういうことが許されるんだって教えてあげられるのはもっと嬉しくて幸せなことだって思う」
柔らかく冬馬に笑うが、冬馬は半分納得、半分不満と言った顔のまま。
えぇい!言いにくいけど、ここまで言っておかないときっと冬馬は納得しない!頑固なとこあるもんなぁ、冬馬。
覚悟を決めて言ってみる。
「だからだと思うんだ。私、そっちのことは苦手なはずなのに、その……前、別に不快に感じなかった」
「どういう意味?」
あぁ、言いにくい……いや、女、相田雪、齢16歳!ここで屈っせば女が廃る!
「あのね。こ、この前一回だけ、その、特別なキスした、でしょう?前世の時はあれすらもそれほど、その、快感という意味ではいいと思ってなかったのに、違ったの。だからえっと、き、気持ちいいな……って思ったの」
まさに、ぽかんと言った体で口を開けて固まる冬馬を横目に早口で続ける。
「そ、それは!冬馬が元々器用で何でもやりこなしちゃうこともあると思うけど、それだけじゃなくて、冬馬が私をすごく思いやってくれるって分かったから嬉しかったからなの。それに私が、冬馬のことが好きで好きでたまらないから、だからきっと幸せだって思ったの。それから……冬馬が私と一緒にいることを、そういう触れ合いを本当に幸せだって思って笑ってくれてて。私がこういう表情にさせてあげられたんだって思ったら余計に……」
まとまらない。伝えたいことはいっぱいあるのに。言葉にするのは難しい。
「だから……つまりその何が言いたいかというとですね。そういうのは、技術とか経験っていうよりかは――」
頑張って先を続けようとしたら、突然、冬馬が立ち上がった。
「冬馬?」
心配になって立ち上がろうとすると、逆に上から肩を押さえられてベンチに戻された。そして、一息に言われた。
「分かった。雪がどう感じ始めたか、なんでそう感じてくれたか分かったから。――だから本当に頼む。もう今それ以上言わないで。昼で、こんなに周りに人がいるのに色々堪えられなくなりそうで」
真っ赤な顔を隠せないままに一度目を閉じて、はぁ、とため息をついてから、その真っ黒な美しい目を向ける。
「それ以上は俺に何されてもいいって思ってから言って」
「はい!すみませんっ!」
冬馬は上体を起こし、自らを落ち着かせるように背中を向けてゴミ箱の前まで歩いて行って立ったままサンドイッチを食べていたけど、なかなか落ち着かないのか戻ってこない。
伝えたいことは伝わったみたいで安心すると同時に、こんなことをこんな場所で言ってしまった自分にじわじわ恥ずかしくなり、ちまちまと残りのホットドッグを齧る。
昼日中の家族連れも多い動物園のベンチで、全く私は何を!
これはあれか、熱中症だな!うん!
いやでも。この冬馬の様子だと、冬馬の家に遊びに行っている時だったら余計いけなかったのかもしれない。だったら正解、かな?
ひたすらホットドッグを食んでいると、ようやく冬馬が隣に戻ってきた。顔は耳まで赤いままだ。
「と、冬馬ー?」
「何?」
気だるげな返事をされてうっと言葉に詰まる。
「……その。こんなとこで話すことじゃなかったとは思うけど……流れでつい。ごめんね」
「……いや、雪がそんなに嫌がってなかったことは分かってたけど、そうやってちゃんと言われると刺激が強かっただけで。ありがとう」
「も、もし、だよ?」
「ん?」
「今の話、ここじゃなくて、冬馬の部屋で言ってたら?」
「了承と捉えていい?って訊くよ」
訊く余裕はあったか、とほっと息をつくと、冬馬が近づいてきて、「理性が残ってればね」という囁き声と同時に唇のすぐ側を生温かい柔らかい感触が通り過ぎる。
こ、こ、こ、これは!
「こっこっこっ!」
「ぷっ。雪が鶏になってる」
「こっ、これっ、ま、前、祭りでも…!」
「今度はケチャップ。わざとやってるのかと思った」
「や、やってない!!」
「そ?わざとやってくれてもいいけどね。それとももうされるの嫌?」
嫌?――答えは決まっている。
冬馬と同じくらい真っ赤になったままブンブンと首を横に振った。




