昨日の憧憬は今日の目標。(冬馬動乱編その3)
一年生組、俊くん、こめちゃんが口をぱっかりと開け、鮫島くんは絶句し、雹くんは驚きすぎて椅子から落ちた。
「ら、ら、蘭樺、お前言ってること……!」
「わ、分かってます!で、でも僕は相田先輩と笑ってお話できるだけで十分なんです!」
「今は、な?」
固まったままの私を引き寄せたまま、冬馬だけが驚かずに返している。
「お前が見かけよりずっと男だったってとこは認めてやるよ」
そんな冬馬を低い位置からきっと見返して蘭くんは言った。
「ぼ、僕は相田先輩の彼氏になろうなんてそんな野望はないです、き、気持ち言えたら十分なんです」
「へぇ?言っとくけど、お前が男である時点でそのうち好きな子は独占したくなるよ?俺、お前に手加減する気はないからな?」
「な、なら……」
冬馬の威圧を受けて、少し怯んだ様子だったはずの蘭くんはキッと冬馬を見返した。
「う、受けて、立ちます……!」
蘭くんが!あのオトメン筆頭男子が!!冬馬に喧嘩売っただと……!?
その渦中にいるのが私だということからは目を背けておく。
「マジか…。やっぱお前そーだったのか……!」
後ろからいつの間にか帰ってきたらしい太陽が呟いており、弥生くんは言葉も出せずに呆然としている。それに合流して来たらしい斉くんは逆に爆笑している。
「あっはははは!やっば!蘭、君すっげー面白くなってる!僕、今の君ならかなり好き!あの冬馬くんに挑戦するって言うなんてね!冬馬くんから雪ちゃん取るのはかなりキツイよー?はっはっははは!」
「な、な、な。なんで冬馬わかっ…?そういえば夏も…」
まともに言葉を発せないのに、敏い冬馬は私が言いたいことの察しがついたらしく、大きなため息をついた。
「あのさぁ雪。自分の彼女に好意向けてる男かどうかなんかすぐに気づくよ普通。雪が鈍すぎなだけ」
「なんか色々とすみません……」
「これに懲りたらもう少し警戒心を持ってほしい」
「努力します……」
「あ、相田先輩!」
目の前にいる美少女…いや美少女フェイスの美少年が急に男の子に見える。
「そ、その、こんな形になっちゃってすいません。上林先輩はこう仰ってますけど…そんなつもりは今ないので…その、これからも僕とお話してくれますか……?」
「それは構わないけど……むしろ会話くらいで止めてもらえると嬉しいかなぁ」
「はい、是非お話して下さいね!」
はにかんだ笑顔を見せるところは全然変わらないのに、中身は随分変わったなぁ、蘭くん。
と私が妙なところに感心していると、斉くんがにやにやしながら卯飼くんの肩を叩いた。
「……蘭は意外と策士かもなぁ。女子っぽい外見と態度で油断させといて、結構攻めるとか超面白い!月も見習いなよ?」
「わ、分かってますよ!でも俺も色々心の準備ってもんが!」
「そーんな悠長なこと言ってると、取られちゃうよー?だってこっちはこんなにかっこいー男子がいっぱいいるんだからね?」
気持ち悪くならないのはイケメンの特権か、可愛くむくれた卯飼くんは「お前のせいだぞー!」と蘭くんの頭をグリグリ押しつぶし始める。
「い、痛痛痛ー!痛いです、月夜くん!」
「うっせー!こっちはプレッシャー半端ねーんだよ!」
「プレッシャー?」
一年女子は不思議そうに二人を眺めており、君恋一年組良識派の弥生くんはその様子を見て大体事情を察したのか太陽の肩をポンと叩く。
「太陽、早めに気づいた方がいいと思うよ?」
「はぁ?何にだよ?」
「……それじゃあこいつは伝わらないと思うぞ?」
「だろうね。僕もそう思う」
「なんの話だよお前ら!」
「あ、そういうことですの?」
「え、なんで三人分かり合ってんの?!葉月、教えてよ!」
君恋の一年生の恋愛聡さランキングで間違いなくダントツビリの太陽とそのわずか上を行くだけの祥子だけが分からずに首を捻っている。一方、この光景を見ただけでピンときたらしい斉くんが私の方にすすっと寄ってきた。
「ねー雪ちゃん。もしかして、祥子ちゃんってさ――」
「多分予想通りだよ」
「あっちゃあ!やっべー月に発破かけちゃった!」
斉くんがてへっと舌を出し、
「だからお前は余計なことをするなと!」
鮫島くんが頭を抱えた。
鮫島くん、相変わらずお疲れ様です。
更に鈍くて面倒な天夢高校一の鈍ちゃん・雹くんは自分だけ除け者状態に耐えられなくなり冬馬に攻撃を仕掛けた。
「お前ら、なーに分かり合ってんの?教えろよ、おらっ!」
「お前も太陽くん並みに鈍いよな」
「上林先輩、何さらっと俺のこと貶してんですか?聞こえてますよ?」
「事実だから隠す必要ないしな」
冬馬に微笑まれた太陽は、不敵な笑みを浮かべてハンッと鼻を鳴らす。
「鈍い?俺にそんなこと言うんですか?俺、一聞いて十分かる自信ありますよ?」
「一定方向除けばね!!!」
事情を知っている全員が一斉に突っ込んだ。
てんやわんやの騒ぎになったが、親睦を深めるとかで一年はみんなでカラオケに行き、部室に残った二年だけでお茶をしている時にようやく雨くんが合流した。
「あ、雨くん。太陽が会いたがってたよ。会えなくて残念って」
「すみません。今度編入の時に色々お話しましょうって伝えておいてください。明美さんとの挨拶に忙しくて」
「お前、毎日電話してラインして2日に1回は会いに行ってんだろ?!」
マメだな、雨くん。
「そりゃあ、学校違うから当たり前だよ。明美さんに会うためなら時間は惜しまないよ。明美さんが雹に迷惑だからって絶対家に来ようとしないだよ。雹が家にいなければなぁ、連れ込めるんだけど。機会がないんだよなぁ……」
「悪かったな!邪魔してよ!」
「本当だよ。高校生男子の事情ってもんをちょっと配慮して」
ギリギリと歯ぎしりしながら雹くんが黙り、これ以上雨くんに突っ込むのを堪える代わりに机にあった蘭くんのクッキーをバリバリとかみ砕く。
「いやそこで負けてどーすんの!明美の貞操の危機を防げるのは雹くんしかいないんだからね!家にいてね!?」
「雪さん、邪魔するつもりですか?」
「大切な友達のためだからねっ」
「案外明美さんって積極的ですよ?」
「……え?」
にっこりと笑った雨くんに私が絶句する向こうでは、俊くんが|兄弟の恋愛に振り回される《ひょうくん》同志を「僕は味方だからね!」と励ます。
「こうやって二年だけで集まるのはすごく久しぶりだね、去年の合宿以来かな?」
「生徒会のお前らだけなら編入以来だな」
「雹くんたち、生徒会の方はどうなの〜?」
「うまくやってる。一年の二人も結構役に立つし。反乱も暴動もねーしな。お前らは?」
雹くんに問われた冬馬が顔に苦笑を浮かべた。
「俺たちは――」
「新聞部取り潰したり、監禁事件に遭ったりしてたね……」
「お前らやっぱ普通じゃなねーのなー」
専らゲームのせいだもん。トラブルを作っているのは私たちじゃない、はず。
「そうそう、お前ら進路決まったのかよ?」
「あぁ。雪と俺は理系で医学部。俊が国立理系、増井が私立文系。そっちは?」
「俺と結人が国立文系で、雹と斉が国立理系ですよ。ちなみに雹は医学部志望です」
「へぇ!分かれたんだね〜」
私たちの進路を聞いた雹くんが、思い出したようにぱっと顔を上げた。
「そうだ!理系のお前ら、雪と上林と海月さ、こっちの特別授業受ける気ねー?」
「特別授業?」
首を傾げると、言葉足らずの雹くんに斉くんが追加説明をくれる。
「理系だけね、難関目指すやつらのために天夢高校は土曜に特別授業することになったんだ。興味ない?」
「それ、いつある?」
「普通の授業時間みっちり。だから4時間分?」
「あー俺、土曜部活だから抜けられない」
「あ、私受けたい!君恋は土曜授業ないし、せっかくだもん!」
「僕も受けたいな」
俊くんと一緒に顔を見合わせてから、そういえば、と自分の家庭事情を思い出す。
「でも授業料がなー。どれくらいだろ?お母さんに相談しようかな」
「授業料の方は特待生になれば免除されるぜ?そーいえば雪、理系なんだな?編入の時は文系なのかと思ったけど」
「んー、まぁ、心境の変化ってやつ?それにしても天下のエリート校・天夢高校で理系で特待生目指せ、と…?かなりキツイんですけど」
「お前なら大丈夫だと思うぜ?問題はこんな感じ。物理か生物は選択だ」
見せられた過去問をざっと見る限り、進度が早い天夢高校らしく、難度が高そうだ。
「迷うことなく選択は生物だけど、うーん、どうかなぁ」
「雪、教えるから狙ってみれば?これなら多分雪、いけると思う」
「ありがと、冬馬。やってみるー」
「僕も狙おうかな。僕は物理で」
「お前らならやれるって。自信持てよ!」
「でもそれ、君恋の生徒でも参加出来るの〜?」
「一定の成績取ってりゃな?あと来週の水曜にこの特別授業の体験があってよ。そこで優秀って教員に認められると天夢高校からの推薦が取れる」
「どのくらいの成績?」
「そっちでこれまでの成績が学年20番以内なら試験なしで、そっちの教師の推薦とさっきの推薦ありゃオッケー。それ以下なら試験受けてもらうって感じだな」
「ふぅーん。一応未羽にも声かけてみるかなー」
「未羽さん、理系なのか?」
鮫島くんが驚いたように訊いてきたので頷く。
未羽はバリバリの理系脳だ。
「うん。だけどあの子の成績だとなぁ、無理そうだなー。それに勉強とか嫌がりそう。ま、声かけてみるだけかけてみる。公募いつ?」
「このプログラム自体は11月スタートで、10月は来週お試し版がある。来週の水曜の5限後だな。んで特待生試験は11月の第一土曜日」
「ちょうど修学旅行が終わってすぐ辺りだね。雪さん、頑張ろう?」
「うん!」
私と俊くんが、天夢特待生テストを受けることを念頭に詳しいことを聞きだした頃には、とっくに下校時刻を過ぎていた。女子が少なくなったこともあって、息を吹き返した雹くんは、以前とはうってかわって溌剌としており、あとの三人のくすくす笑いに囲まれながら悠々と帰っていった。




