美少女の本気に括目せよ。(冬馬動乱編その2)
ついでに取ってきた資料を持ち冬馬と一緒に生徒会室に戻ると、スマホに目を落としていた俊くんが顔をあげた。
「あ、雪さん。雹くんが来るって」
「え、いつ?」
「多分、今かな?」
「え?」
俊くんが言った途端にドアが開き、金髪紫目のイケメンが入ってきた。
「雪!久しぶりだな!」
服装が天夢高校の制服だからまたいきなりの編入とかなんやらはない、と思う。
「雹くん、いきなりの登場だね」
「連絡しただろ」
「二秒前に連絡して『しておいた』とは言えないだろ」
呆れ顔の冬馬がこっちに向けたスマホ上には、君恋と天夢のみんなのグループラインに、「今から行くぜ!」という文字が躍っていた。今から見て1分前に。
「細かいことはいいんだよ!」
そう言って、雹くんは猿が用意した椅子にふんぞり返って座る。
雹くんの皇帝っぷりは相変わらずだけど、もし見慣れない女の子が1人でもいようもんなら、資料室まで逃げて、買ってから一週間経ってしまった切り花並みに萎れてしまうだろうこともここにいる誰もが知っている。
だからこそこんなに偉そうな格好も微笑ましいという目線で受け止められ、みんな特に不快に思うこともない。むしろそのギャップこそが彼の可愛らしさを生み出しているんじゃないかとさえ思う。
「一人?雹くん、よく来られたね〜?」
こめちゃんが近寄ると、いやいや、と雹くんが否定する。
「一人じゃない。雨は武富士さんのとこ行ったけど、みんなで来たぜ?斉はお守り」
「鮫島くんは?」
「もーすぐ来るだろ。……ほら来た」
「久しぶりだな」と入ってきた鮫島くんに連れられて見慣れたもう2人も顔を出す。
「おっ久しぶりでーす!」
「お、お久しぶりです……相田先輩」
「卯飼くん、花園くん!久しぶりだね」
「そーだろー?来週こっちとの交換編入があるから挨拶に来させた。あ、月夜は天夢に残って、蘭樺はこっちに来ることになってる」
「え。卯飼くんは確か君恋に編入して女の子たちに囲まれてハーレムしたかったんじゃなかったっけ?」
「し、俊くんもけっこーハッキリ言うようになったよね……」
「まぁ色々僕も成長したということかな」
「その予定だったんすけどね!でも、それより会いたい人が出来たんで!」
どこか遠い目をする俊くんに弾ける笑顔で答えてから、卯飼くんは一年女子のところに行って祥子の隣に座った。
「あ、卯飼くん、久しぶり!」
「お久しぶりですわ!」
「葉月ちゃんも祥子ちゃんも久しぶり!来週からこっち来るんだろ?楽しみだな〜!」
その様子を見ていてこめちゃんが、片手を顎のあたりにあててありー?と首を傾げる。
「卯飼くんってさぁ…?」
「あ!こめちゃん、ストーップ!」
「雪ちゃん?」
なんとなく嫌な予感しかしないがとりあえず放置だ。恋愛に鈍い私でも気づいた時点で末期だとは思うけどさ。
「花園くんはこっち来るんだね。じゃあ適当に生徒会室にも遊びにおいでよ」
不穏な空気をよそに、俊くんがにこにこし、花園くんは「ありがとうございます」と照れたようににっこりと笑った。
「花園くんはメガネやめたんだね〜。髪もあの時みたいに前下がりボブで前髪もちゃんとして顔出してるし〜。可愛い〜!!」
「そ、そうなんです。……夏休みに雹先輩と斉先輩に連れられてメガネ屋さんに行ってメガネも買ったんですけど、どうせだったらコンタクトにって…。う、うわっ!増井先輩っ!!」
照れた顔が本当に少女にしか見えなくて愛らしい。
たまらず飛びついたこめちゃんにむぎゅう、とされて顔を真っ赤にさせているからさすがに男の子なんだけど、天夢の制服を着ていなかったら女の子でも十分通用する。それも主人公クラスの超絶美少女として。
「増井!お前自分の危険度考えろ!会長が来たら…!」
「わ、わ、分かったぁ!春先輩も花園くんだったら大丈夫かなって思ったんだけど……」
「こめちゃんやめてあげて?兄さんはそんなに心広くない。僕が保証するよ」
そんなことを保証してどうするよ俊くん……
冬馬が焦って花園くんを解放させ、俊くんは真っ青になっている。兄を正確に理解している弟は、兄が犯罪者になるところは見たくないようだ。
「あ…そうだ、僕、み、みなさんに夏のお礼にクッキー焼いてきたんです。よろしければ食べてください」
花園くんが気を取り直して、私たちに美味しそうなクッキーを差し入れしてくれる。それも一人一人「○○先輩へ」というシールが付いたリボン付き個包装だ。女子力にくらっとくる。
「花園くん、小西先輩と性別逆だったら幸せだったろうに……」
俊くんがぼそりと呟いているのが鮫島くんに聞こえたらしく、「そう言ってやるな。特に小西先輩のために。」と止められている。
「あ、ハート型ですわ!」
「本当だ!」
「私のもあったよ〜!」
こめちゃんは早速包みを開けてほっぺをリスのように膨らませている。
「……女性のみなさんには、ハート型のも入れてみました、可愛いかな…と」
「蘭ちゃん可愛い!!」
「女子の鑑ですわ〜!」
今度は一年女子二人が一斉に花園くんに両側から抱きつきにいった。
花園くんが、「あ、あのっ。僕、男なんですけどっ」とあわあわしているのを俊くんが「もう訂正は無理じゃないかな…生徒会の女性たちは思い込みが激しいから…」と呟いている。
何度言っても美玲先輩と泉子先輩のコスプレ野望の対象になる彼の言葉には含蓄がある。
「なんだよーうらやましーなー!花園〜!美少女二人に抱きつかれてさぁ!名前まで呼ばれちゃってさぁ!」
「……男子として認定されてないだけだろ」
ぶっすーとむくれる卯飼くんに突っ込むのは三枝くん。
「三枝くんはいいの?葉月が抱きついてても」
「……あれは葉月が仲の良い女子友達にするやり方なので別にいいです」
花園くん!!全く男子扱いされてないよ!まぁ本人が以前のように本気で嫌がっているわけじゃないからいいか。
さ、私もクッキーを食べようかな。……あれ?
「花型のがあるー。しかもマーガレット型ってクッキーの型から取り出すときにちぎれちゃいそうになるちょっと難しいやつじゃない?」
「どれどれ~?あ、本当だぁ!あと、雪ちゃんのやつ、チョコとバニラの縞々のやつとかもある~!いいなぁ!」
こめちゃんにクッキーを分けてあげていると、もじもじした花園くんが言ってきた。
「あ、相田先輩のおかげで、僕こんなに先輩方とも仲良くなれたし、こんなに楽しく過ごせているし…あと、成績も結構上がったんです。だからお礼をと思って……」
「お前の成績が上がったのはお前の努力だろ。自信持て」
「ま、俺たちがかなり頑張って教えたおかげもあるけどなっ」
鮫島くんが微笑み、雹くんが花園くんの頭をがしがしと撫でる。
あぁ、仲良くなったんだなぁ、ここ。
「ありがとう、よかったね。花園くん。でも二人の言う通り、花園くんが今みたいになれたのは花園くん自身が頑張ったからだよ」
嬉しそうにはにかむ花園くんにこめちゃんまでもが飛びついていく。
「葉月ちゃんたちが蘭ちゃんって呼ぶなら私もそうする〜。いいー?」
「え、こめちゃん、それは花園くんが嫌がるんじゃないの?」
「い、いえ。その。良ければ相田先輩も名前で呼んでもらえませんか……?」
上目遣いで潤んだ瞳がよちよち歩きの子犬の無邪気な瞳と同じできゅんとしてしまう。
「分かった、じゃあ蘭くん、って呼ぶね」
「く、くん!わぁ、くん、だなんて!相田先輩に、名前に、くんって呼ばれるなんて!」
ぽあああと頰を染めている様子はまるで初恋が実った女の子のようだ。
花園くん、いや、蘭くんは私よりも背が低い。160センチあるかないかくらいだろうか。だから余計年下の女の子にしか見えない。
「可愛いなぁ〜」
思わずその濃い紫色の髪をなでなでしていると、
「はい、そこまでな?雪はあげないから」
冬馬が私を後ろから引き寄せてそれを止めた。
「冬馬、大人気ないー」
「大人げなくない。雪のことを恋愛対象として見てるやつから遠ざけるのは当然だろ?」
「違うよ、冬馬は心配性だなぁ。蘭くんの好意は」
「ち、違くないです!」
真っ赤な顔の蘭くんが私を見た。
「へ?」
「ぼ、僕!あ、相田先輩のこと、お慕いしてますっ!」
「お慕い……?」
「え、それって、雪ちゃんのこと、す、好きってこと~?」
「は、はい」
「それはその、恋愛的な意味で、なのか……?」
「…はい!」
硬直する私の代わりに尋ねる周りのみんなの質問に顔を真っ赤にして頷く蘭くん。
……ってえぇぇ?!




