彼女充電はお任せください。(冬馬動乱編その1)
様々なことがあった9月があっという間に終わり、10月頭の4日が過ぎた。つまり。
「中間終わったぁ!!!」
「祥子ちゃん頑張ったね〜!」
歓喜の声を上げた祥子が万歳の格好のままで生徒会室の机の上に伏せると、こめちゃんがその頭をよしよし、と撫でてやり、祥子が「増井先輩ー!」と抱きついた。
「頑張ったのはお前よりも俺だと思うんだけど、気のせいか……?」
祥子よりも疲れた顔をしているのは太陽だ。
この子は約束通り中間試験の前も最中も祥子につききりで勉強を教えた。かなりスパルタな先生だったようだが、祥子はひいひい言いながらもそれに耐えたと聞いている。
「お前に勉強のセンスがねーことはよっく分かったよ、この1週間と少しで。これで成績取れてなかったら俺はお手上げだ……!」
太陽が書類をトントン、と並べながらため息をつくと祥子も申し訳ありません、という顔でしゅん、とする。
「ま、まぁまぁ!ほら、太陽くん。湾内さん頑張ってたんでしょ?そこは褒めてあげないと」
俊くんが苦笑気味に言うと太陽もようやく、
「ま、あれについてきた根性だけは認めてやる。根性だけはな」
と言った。
「相田くんは素直じゃありませんわね〜。モテませんわよ?」
「いらねーぐらい来るんだからいいんだよ。むしろちょっとはどっか行きやがれ。こっち来んな」
「葉月もなんだかんだ太陽と仲良いよね。生徒会のメンバーの中にいると教室の太陽とは別人みたいだよ。生き生きしてて」
「ばっか、何言ってんだよ弥生!」
弥生くんが楽しそうに笑った後、生徒会室にかけてあるカレンダーを見てその笑顔を苦笑に替えた。
「……でも中間終わっても勉強なんですね」
「そーねー。来週からみんなは天夢高校編入だからねー。あっちは進度が早いから、こっちの比にならないくらい大変だよ?」
私が手早く会計書類の精査をする横で、冬馬が太陽に向けて笑いかけている。
「だから俺らで今も見てるんだろ?太陽くん、未習範囲見てやるから」
「教わるならまだねーちゃんがいいんですけど、なんで上林先輩なんですか」
「雪が他に仕事あって今は教えられないから、だろ?」
「分かってますよ!!理由分かってるのになんかこうイラつくのはなんででしょうね?」
「さぁな?カルシウムが足りないんじゃないか?色んな意味で」
「お生憎様ですが、毎日牛乳は飲んでますよ」
「そうか、それなら体の構造上カルシウム吸収効率が悪いんだろうな」
冬馬と太陽はお互いに爽やかな笑顔を浮かべたまま早速低レベルの喧嘩を始めており、祥子は机の上の問題集に突っ伏したまま唸っている。
そう、一年生たちに例の天夢編入の時期がやってきたのだ。
去年先輩に抜き打ちテストを受けた私たちが先輩たちがやっていた教師役をやっているというわけ。
俊くんが葉月と弥生くんに理系科目を、こめちゃんが三枝くんに文系科目を、冬馬が、未習範囲を少しだけ誘導すれば後はほとんど一人で吸収していく太陽と、逆に一人ではほとんど全く吸収できない祥子を同時に教えている。
猿はみんなにお茶を出してから部屋の掃除を始め、私は雉と一緒に会計データの確認をしている。修学旅行の後すぐ始まる君恋祭の準備のために予算申請の期日などを決めておくためだ。桃は一人で巡回中だ。
「平和だね~。ついこないだまでの誘拐やらが嘘みたいだよ~」
いやいや、こめちゃん。あっちが普通じゃないんだけどね?誘拐なんて普通の学生生活どころか普通の人生を送ってたら、一生体験しないまま終わるはずなんだけどね?
「ねーちゃん、未羽さんは大丈夫なの?」
「うん、もうピンピンして今日も楽しそうに授業中の冬馬の生体観察をしてたよ?」
「そ、そっか」
未羽は、今日も普通に生活している。彼女が大臣の娘だろうがなんだろうが、後輩や先輩たちそして私たちの彼女への扱いが変わらないことにホッとしているみたいだった。もちろん素直にはそんな様子を見せてはいないが。
そんなことをしていたら桃が帰ってきた。
「巡回終えたんすー!」
「じゃあ次は俺らだよな、弥生、行こうぜ?あ、そうだ。わんこ」
「はいっ!?」
「お前、俺たち帰ってくるまでにあと5ページ終えてなかったら、ばかわんこに改名だからな」
「そんなぁ!!」
「祥子、私もちょうど終わったし、ちょっと見てあげるから」
「ししょ〜!頑張りますぅ!」
「太陽、なんだかんだ湾内のこと気にしてるよね?」
「してねーよ!弥生も面白おかしく言うんじゃねーよ!」
「はーいはい」
言い合いをしながら出ていく弟と友達の二人の後ろ姿に一年前を思い出す。
「仲良いなーあそこ。……秋斗と冬馬のやり取りに似てるかも」
「神無月は俺よりもう少し優しい気がするけどな。……湾内、そこはwhatだ。thatだと主語がなくなる」
「あっ!そうでした!あーもーまたやっちゃったぁ!」
悔しそうにする祥子を文系科目の得意な葉月が一緒になって教えていると、冬馬は「ちょっと悪い」と言ってスマホを持って立ち上がり資料室に行った。
私とバトンタッチということだろうか?ちょうど祥子の問題集終わるんだけど、数学に移っていいかな?
「葉月、ちょっと祥子を任せていい?」
「もちろんですわ、お姉様!」
私は資料室に書類を取りに行く体で冬馬を追った。
資料室に入った冬馬は資料を探すでもなく、ポケットからスマホを出すといじり始めた。一人になったからなのか、眉間に少々皺が寄っている気がする。いつも少し微笑んでいて、仕事が忙しいときでもそれほど疲れを見せる様子のない彼にしては珍しい。
やっぱり機嫌が悪いなー。
ここ最近の冬馬はずっとそうだ。
祥子誘拐事件で色々惑わされてはいたものの、冬馬の機嫌がここ最近、ずっとよくない。今では表情でも分かるようになったが、冬馬の機嫌バロメーターを一番反映するのは太陽への突っかかり方だ。今日みたいに太陽をかなり苛めている時や同レベルでいじっているときは、イライラしていてあまり余裕がない時。
そんな冬馬の後ろにそうっと忍び寄り、
「だ~れだ!」
ぎりぎりまで伸び上ってその目を覆うと、冬馬は「うわっ」と驚いた声を上げた。
これも珍しい。冬馬は他人の気配に敏いのか、あまりどっきりが成功することはない。今はよっぽどスマホに集中していたみたい。
「……こんなことするの、一人しかいないだろ」
冬馬の目を隠した私の腕を取って振り返った冬馬は目元を和らげ苦笑している。
私に対する時、そのとげとげしい様子は鳴りを潜める。
それが少しだけ、ほんの少しだけ寂しい。彼が私に頼ろうとしないということだから。
でも例え彼女でも関わってほしくないこともあるよね。
少しでも私が彼の気持ちを和らげてあげられないかな、そう思いながらにっと笑う。
「へへっ。まーね。私以外でできる人がいるとしたら沙織さんくらいかもね。……ね、冬馬」
「何?」
「あのさ、今週の日曜、時間ある?」
「大丈夫。あ、図書室のブースの予約なら――」
「違う違う!あのさ、久しぶりに二人でお出かけしない?」
「……え?」
「中間も終わったし、今週末天気いいみたいだし、最近二人だけで出かけてなかったじゃない?祭りの時も結局途中から太陽たちと合流しちゃったし?」
「それって――」
「で、デートしませんかー?って誘ってみてます。冬馬の都合がよければ、でいいんだけど」
「行く!」
私の言葉に冬馬は破顔した。さっきまでの不機嫌さがどっかにいったかのようににこにこしている。
「前に誘ってほしいって言ったから声かけてくれたの?」
「それもそうだけど、冬馬と出かけたいなって思ったんだ。あとさー」
「ん?」
踏み込んでいいか少し躊躇う。前世の経験だと――こういうことについては恐ろしいほど役に立たないんだった。
「最近冬馬、ちょっと嫌なことあるの?」
「え」
「なんか機嫌悪そうだから。あ、安心して?それを訊こうとか、邪魔しようとか考えてないから!単に心配なだけ。ちょっと気分転換?になってくれればなー……って冬馬!ここ学校!資料室!!」
いきなりぎゅっと抱きしめられてじたばたする。
「雪、本当にありがとう」
冬馬、嫌なことあったんだ。
「……言ってくれなくてもいいから、嫌な時は私にも甘えてね?」
「ん。そうさせてもらう」
「うん、で、そろそろ放してくれると……ここ学校だからね?ほら、誰かに見られると恥ずかしいかなーとか?」
「雪の癒し補充中だからちょっと待って」
こうやって甘える冬馬は珍しい。相当嫌なことでもあったのかな。彼がここまで参っている姿を見たのは、夏の私の事故の時と……ご家族のことだけ。
まぁ、たとえ何が原因だったとしても、本人が言ってこない限り私に介入できるものではない。介入していいとも思えない。
私に出来ることはこうして彼が望む時に彼の傍にいて、彼の支えになってあげることだけだ。
そう思って、彼の背中に腕を回し軽くぽんぽんと叩いた。
安心してね、という思いを籠めて。




