頑張った子たちに、つかの間の休息を。(お泊り合宿編その11)
未羽が、赤ちゃんのようにわんわん泣いた後、泣き疲れてくてっと寝てしまったので、部屋に置いてあった膝掛けのようなものを掛け、そのあどけない寝顔を見ながら頭を撫でていると、部屋がノックされた。
未羽を起こさないようにそっと立ち上がり鍵を開けると、未羽のお姉さんと小お兄さんがいた。
「入っていい?ちょっとお話しない?」
「未羽、寝ちゃったんですけど」
「じゃあ別の部屋にしよっか。大兄貴には知らせないでおこう。うるさそうだし。さっきも未羽ちゃんの泣き声が聞こえて、『まさか!!』って言って部屋をこじ開けようとしたから必死で止めてたんだよー、俺。君の彼氏さん?も複雑そうな顔してたけど、君のお友達が『違うと思うからそっとしておこう?』って宥めてたよ」
そのお友達は俊くんだと思う。後で素敵なフォローにお礼を言っておかなきゃ。
「じゃあ雪ちゃんはこっちでちょこっとお話しようかー?」
中お姉さんの誘いに乗り部屋を移動し、向かいの部屋に入る。
「ここ、私の部屋〜」
「相変わらず部屋汚いね、姉貴」
「うっさいわ。あ、そっちは入らないでね?今作りかけの物とかあるしすごいことになってるから」
指を指したドアの奥には、未羽の一人暮らしマンションの様相が大規模になったような光景が広がっているんだろうな……。
中お姉さんと小お兄さんの前に座ると、メイドさんがやってきて軽食とお茶を用意してくれた。今時メイドさんって本当にいるんだ。びっくり。
「雪ちゃん、昼ごはん食べてないんでしょ?よければどうぞー」
「ありがとうございます」
朝からドタバタしていたからすっかり忘れていた。
もう夕方の5時だから夕食の方が近いからなー……でも、色とりどりのマカロンと小さなサンドイッチが「ちょっとくらいいいじゃん!」と私を手招きしている……!
結局食欲に勝てず、コーヒーを飲むお二人の前で両手に支えたサンドイッチを齧っていると、小お兄さんが嬉しそうに話しだす。
「俺、あの、祥子ちゃん?だっけ?を雪ちゃんと勘違いしちゃったけど、きっとちょっとでも未羽ちゃんと話してるところ見てたら間違えなかっただろーなー」
「え、そうですか?」
「未羽から聞いていた通りの子だったから。潔くて友達想いってね」
「そうそう、真剣に他人のためを想って頭下げるって、なかなかできることじゃないって俺ら社会人になるとそりゃもう、学生の時よりずっと分かるから。それぐらい未羽ちゃんのこと大事に思ってくれてるってことも伝わったからさ、お礼が言いたくて。ありがとう」
未羽のお兄さんがにっこりと笑って更にマカロンを勧めてくれる。
これ以上食べたらほんと夕食が無理なんで!と気持ちだけ受け取っておく。
「あれはその……ただ単に私が未羽を失いたくなかっただけですし。お姉さん方にお礼を言われるようなことじゃないです」
「だからこそよ。未羽にとってそういう友達って貴重なの。未羽に聞いたんでしょう?昔のこと」
「はい」
おそらくお姉さん方も知らない過去のことも聞きました。とも言えずただ頷く。
「じゃ、私たちのダメっぷりも聞いたと思うんだけど……私たち、あの子と年がすごく離れてるからね、可愛くて仕方ないの。特に私や大兄貴は母親が違うから嫌われたくなくて甘やかしすぎちゃったのよね。それであの子、ワガママし放題のまま育っちゃって……でもそれでもいい、ぐらいにしか思ってなかったの。ある意味虐待だったのかもしれないってお義母さんも後から後悔してたくらい」
事の善悪を教えることなくただ甘やかす――それは、本人が自立できる土台を与えないという意味で、身体的精神的危害を加えるのと同じだと、前世、大学時代の教養科目で習った気がする。
「その報いかな、中学に入った時にあんなことになって……。九死に一生を得たことは、神様に感謝してもしたりないけど、呂律も回らない、立てない状態が回復しても、未羽ちゃんの精神は回復しなくて、ずっとぼうっとどこかを眺めてた。退院した後も不登校になって、学校も友達も嫌がって、俺たちにはほとんど口利かなくなったんだ。……毎晩なにかに魘されてて、夜中にトイレに吐きに行ったりしてたみたいなんだ。でも精神的なものだからって、カウンセリングとか受けさせることしかできなくてさ……」
俺たち、本当に間違えっぱなしだった。と、俯いた未羽のお兄さんの口から小さなつぶやきが漏れ聞こえた。
「親父もほら、仕事上外聞とか気にしなきゃいけない人だし、週刊誌とかで取りざたされたら未羽ちゃんが更なる二次被害に遭うだろ?だから俺たち家族はみんなそっちに忙しかったのもあって……未羽ちゃんとその時にマトモに話してたのは中姉貴だけ」
「それも機械作りの時に少しだけよ。それがね、いつだったかしら。お父さんが出した、君恋高校って言葉に反応した後、少しだけ状況が変わったの。絶対入るって言いだすわ、一人暮らししたいって譲らないわ、この子、こんなにパワーあったっけ?ってぐらい、驚いてね。藁にも縋る想いで、行かせてみたの。それでずっと帰って来なくて……問題は起こっていないって報告電話を月に一回だけもらう状態が続いてたんだけど、去年の冬にいきなり帰ってきて、私たちが出迎えたら、『ごめんねー姉貴たちに心配かけて』とかあっけらかんと言い始めてね」
もー仰天したわ。と肩をすくめてお姉さんが笑う。
「いかに高校が楽しくて充実してるか、話してくれたんだ。おふくろにも親父にも恐る恐るだけど謝って、『今まで育ててくれてありがと』とか言ったもんだから二人とも号泣。馬鹿みたいに溺愛してるからさ、あれでも。で、その激変未羽ちゃんの話によく出てきてたのが、君」
「私……」
「雪と何々した、どういう子で一緒にどんなアホしたか、如何に鈍いか、から私たちに話してくれてね?それから茶道部の友達やら生徒会やら、段々と話してくれたのさー」
それは私の過去の醜態の数々が未羽のご家族には筒抜けということか。未羽め。
「だからね」
中お姉さんのメガネの奥の、未羽と同じ茶色い目が細くなり優しく笑う。
「私たち家族は君にとても感謝してるんだ。お父さんはあぁ言ってたけど、父親としては溺愛の末っ子未羽を元気にしてくれた君にお礼が言いたくて仕方なかったんだよ」
「あの、未羽のお父さんは……今まだいらっしゃるんですか?」
「ううん。俺が連絡したことで急遽帰っただけだったからね、また東京に戻った。こっちに来ることはほとんどないんだ」
「そうですか……。じゃあ未羽はあんまり話せなかったんですね。」
「また未羽ちゃんと話すために時間作って帰ろうとしてくるんじゃない?俺らばっかり未羽ちゃんと話してるのに妬いて」
未羽、あんたは大切にされてるよ。前世や死の記憶に怯えてこの人たちに甘えないのはもったいないよ。
「雪ちゃん」
真面目な顔になったお二人が私を見て、頭を下げた。大人二人にきちんと頭を下げられたのは初めてのことだった。
「これからもあの子のこと、お願いします」
「あのっ、あ、頭上げて下さいっ!私にとっては、お願いされることでもないですし、どちらかというと助けてもら――」
いや、ワガママし放題迷惑かけられてることもあるか。あのストーカーはいかんともしがたい――だけどここで言いだすのも雰囲気ぶち壊しだし……!
「いつも一番大事なところでは助けられてますから!こ、こちらこそよろしくお願いします!」
無難にまとめて、後は和やかに雑談をして過ごした。
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しばらくおしゃべりを楽しんだ後、中お姉さんと小お兄さんが未羽の寝顔を見に行くとかで大お兄さんを呼びに行き、私はお姉さんの部屋から出た。
家族水入らずを邪魔するつもりはない。そういえば、大お兄さんはあれで有能な政治家秘書らしいし、奥さんもいるというから驚きだ。
どうでもいいことを考えながら休憩場所として何人かに一部屋分で割り当てられた客間(つまりいくつも客間があるってこと。恐ろしい)に向かうと、部屋のドアにもたれかかって目をつむって立っていた彼がこっちに気付いて近寄ってきた。
「雪、大丈夫?」
「…えっと、心配されている意味が未羽のあのありえない発言のことなら……」
「違うよ。さすがにあれは横田の悪い冗談だって分かる」
「でも未羽のお兄さんが、私たちが二人で部屋に篭った後、冬馬が複雑な表情をしてたって教えてくれたよ?」
近づいていくと、冬馬が軽く笑った。
「雪、無理してないかなって思って。今日一日中ずっと気を張り詰めたままだっただろ?」
そう言われて、おいで?と言うように腕を出されたらそこに収まらない理由はない。
「横田は?」
「泣き疲れて寝てる。色々、辛かったこととか全部吐き出してくれた。今はびっくりするくらい安らかに寝てるよ」
「あいつもずっと溜め込んでたんだろうからな」
顔をうずめるようにぴったりと収まり、冬馬の着ているシャツを掴むと、優しく抱きしめてくれる。
包み込むような腕の中で冬馬の香りに包まれると、全身の強張りが解けていった。
「なんかさ」
「ん?」
「私の周りの人たちってみんな、しっかりし過ぎてる」
「どういうこと?」
「冬馬も、未羽も、秋斗も、空石兄弟も。みんな因縁付きの過去があるじゃない?ゲームの設定に依るもの、として片付けるにはあまりに重過ぎる。でもそれを乗り越えて、普段は明るくて笑ってて、失敗してもそれを乗り越えて生活しようとしてるじゃない。――私なんか、そんな暗い過去もないのにみんなに頼りきりなのにさ。すごいなって」
「……雪は分かってないな」
「えー、どういうこと?」
「そういういわくつきの人間が集まっていく雪の方がすごいと思わない?」
「それはゲームだから」
「例え出会うきっかけがゲームだったとしても、ゲームが予定してない関わりが続いているわけだろ?今、雪が挙げた奴らや、それから花園とかだって、ある意味他人に対して素直になれない面を持ってた奴らだと思うんだけど、それが雪と関わることで変わっていってるわけだろ?雪は俺たちみたいな過去があってもなくても受け入れようとしてくれるし、全力でぶつかってきてくれるからな。俺からしたら、そういう惹きつけられる何かを持ってる雪の方がすごいと思う」
「私、何も意図してしようとしてないよ。むしろ遠ざかろうとしてたし?」
「意図せずやれるのはすごいことじゃないか?」
「冬馬は人を褒めるのが上手いね。照れるじゃないか」
「素直に言ってるんだよ。そろそろ立ってるの辛いだろ?座ろう」
部屋の中に入って置いてあるソファに座ったが、冬馬が私を離すつもりはないみたいで、冬馬の腕に包まれたまま体にもたれかからせてもらう。
あったかい体。ここにいる本当の現実の人だ。
いて欲しい時に傍に居てくれて、支えて欲しい時に支えてくれる。ここにいれば、私は癒される。
「……私は冬馬に同じことを返せているのかな」
「ん?」
「いてほしいときに傍にいてくれて、支えてほしいときに支えてくれる。そんな存在になれているかなって」
「そこについては心配しなくていい」
冬馬が私を抱きしめたまま頭にそっと唇を落とすのが分かって恥ずかしい。
なのに、体を動かすのが億劫で、されるがままに腕の中に居座ってしまう。
「……祥子は?」
「まだ目を覚ましてない。三枝たち一年と先生がずっと付いてる」
「……そっか」
「…雪?もしかして眠い?」
「……ん。さっき未羽のお姉さんたちに軽食出してもらってお腹満たされて……祥子にはみんなが付いてくれてるし、お医者さんが大丈夫って言ってくれてる……そう思ったら急に眠くなってきちゃった……」
目をこすってなんとか起きようとするのに、とろん、と瞼が落ちて来るのが分かる。
もたれている彼の体があったかくて、優しくて、安心できるから。
「なら寝た方がいい。かなり気を張り詰めてたんだし、昨日だって色々あって睡眠不足だったと思うって太陽くんから聞いたし」
「でも……」
「冬馬くん、夕食の準備が出来たからどうぞって……あ、雪さん?」
「ん……しゅん、くん?」
かちゃりとドアが開いて声がするのに頭を上げるのもしんどいと思うくらい眠い。
「…………も、もしかして、僕邪魔しちゃった?」
「俊、俺は会長じゃないから。そんなに怯えるなよ。別に邪魔されてない。雪、多分このまま寝るし、寝させた方がいいと思うから。俺、今はいいや」
「じゃあ冬馬くんと雪さんの分は別に取っておいてもらうね」
「ありがとな」
ありがとう、と私も言いたいのに、もう眠くて動けない。
私はそのまま優しい腕の中で目を閉じた。
長かった&重かったお泊り合宿編もあと一話でおしまいです。




