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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・2学期】
222/258

喉元過ぎても苦さは消えない。(お泊り合宿編その10)

※ 滅茶苦茶重いです。重い話が苦手な方はお避け下さい。

「私さ、前世女子高生って言ったじゃん?普通の共学で、恋愛にも夢見てた時代よ。私だってそれなりに楽しくやってて、友達なんか結構いて、コイバナとかして、ふっつーの女子高校生として過ごしてたわ。イケメンな先輩にキャーキャー言ったり、無駄なコトで悩んだり……。あ、彼氏もいたわよ、これでも」


 へぇ、前世の未羽は今みたいに枯らっからじゃなかったんだ。周りで、ちょっとしたことで一喜一憂するクラスメイトをドライな目で見たり、恋に夢も希望も感じてないおっさんのような現状とはまるで逆じゃないか。なんか意外だ。


「だけどさ。そうして過ごしてた高3の終わりに白血病になっちゃった」


 未羽が髪を耳にかけ、さらりと病名を口にする。


「白血病は治らない病気じゃないわ。でも若くて進行が早かったから、骨髄移植が必要ってとこまであっという間に悪化しちゃって。……まぁ、怖かったよね。透析だ抗がん剤治療だって毎日苦しみながら、もしかしたら明日死ぬかもしれないって思って怯えて過ごしてた。なんていうか、すっごく陰気になって、友達や彼氏もお見舞いに来てくれたんだけど、それに素直に感謝することも出来ないくらいひねくれちゃってさ。『あんたたちはどうせ健康な体を持ってるじゃない、私の気持ちなんて分かるもんか』って、怒鳴り散らしたこともあった……みんないい子だったし、彼氏もいい人で、そんな私を見捨てずに励ましてくれた。そんなみんなにお礼をちゃんと言えないままだったのが、私の今の後悔っちゃ後悔かもね」


 いくら後悔しても、死んでしまった後にどうすることもできない辛さ――それは、私にはよく分かる。

 だからこそ、安易な言葉にかけることもできずに、未羽が、指先を自分の短い髪の毛の先に絡めて弄ぶのを見ながら静かに話を聞く。

 未羽も返事を期待していたわけではないらしく、淡々と語っていく。


「そうやって移植待ちながら入院中、毎日狂ったようにやってたのが君恋なのよ。よく言う現実逃避ってやつ。内容もハマりにはまっちゃって。ネットとかでプレイヤーとチャットしながら夜寝られない辛さを晴らしてた。……骨髄移植ってさ、ドナーも少ないし、白血球の型で合わせるらしいんだけど、うち、父親が持病で内臓荒らしててダメで、母親はもう死んじゃってたから、なかなか適合するドナーが見つからなくて……そんで、新しい抗がん剤を使ってみることになったのよ」

「種類を変えたってこと?」

「そう。それまでのが効かなくなってたから。でもさー笑っちゃうことに、担当になった医者が半人前だったのかなんなのか知らないんだけど、抗がん剤の量間違えて、一週間に二回のとこを一日二回とか投与された」

「そんな……!じゃ、未羽のその、死因って――?」

「そう。これ。ま、とーぜん死んだわ。一週間かな?二週間?毎日吐き気と気持ち悪さで、死んだほうがマシって思ってた。意識も混濁して、最期誰が私の傍にいたのか分かんないくらい。だから早く死ねてきっとホッとした。これが前世」


 言葉も出ない。

 未羽が死ぬ苦しみを覚えていて私が覚えていない理由が分かった。

 未羽は死ぬ瞬間ではなく、迫りくる死と戦う生前の苦しみを覚えてるんだ。



「次に現世の話。あのシスコンの兄姉を見てたら分かる通り、私はかなり後になって生まれて、姉兄ともかなり年が離れてたから、親にも兄姉にもものすっごく甘やかされて育てられたのよ。多分、外から見たら最恐のワガママお嬢様だったんじゃない?」

「えーっと、それは、『未羽』の話?」

「あ、そっか、ごめん。私さ、幼稚園くらいから『未羽』と一緒にいたんだよね」

「……一緒にいた?」

「なんていうの?一つの体に、二つの意識が同居してたって感じ」

「うん?じゃあ、未羽は、正確には転生者じゃない、ってこと?」

「それなんだけどさ、転生って、『この世界の人格』が過去を思い出すってだけで特にこれまでと意識に変わりがないのか、それとも『この世界の人格』と『前の世界の人格』が二つあって、確かにどっちも『自分』なんだけどごちゃまぜになることを言うのか、どっちだと思う?」


 確かに、言われてみれば、『転生』ってどういう状態を言うのかよく分からない。

 私の場合は、多分前者なんだと思うし、それが当然だと思ってた。夢城さんと祥子、そして三枝くんはどうなんだろう?


「後者のパターンって、死者に『憑依』されているって言うんじゃないの?」

「憑依だったら自分じゃない存在に身体を乗っ取られる感じになるんじゃないの?その『死んでいる人格』も自分だと認識できるってとこが普通の憑依と違う。だから『転生』にはいくつかのパターンがあるんじゃないかって、私は考えてる。雪はどう思う?」

「……うわー考えたことなかった……!自分の昔みたいに思い出せるのが『転生』だって思い込んでた!」

「他の転生者の感覚なんて分かんないしそりゃそっか。……ま、私の場合は、憑依と転生の中間ってとこかもしれないけど」

「どういう意味?」

「私は『未羽』の体を全く動かせなかったけど、この体が以前と違うことも、『未羽』の存在のことも認識してて、けれどそれも自分の人格だと初めから分かってた。言い換えるならそーね……『未羽』から見れば、私はきっと『未羽』の一つの人格だって認識されたんだと思う。それで私の方の人格は、殻の中から、動けないまま見ている感じだった」

「思うって言うのは?」

「この世界の『未羽』は、私のこと、認識しないままだったから」


 しないままだった――過去形?

 私の表情を見た未羽が、「うん、じゃ話戻すわ」と一度足を組み直す。



「小学校低学年の時かな?ある友達がちょっといたずらしたのを、『誰々が苛めるー』ってお母さんについ、言っちゃったことがあってね?自分の発言の強さを知らなかった私――さっきの言い方で言うなら、『未羽』のせいで、学校側は大慌て。その子は自主退学したわよ」

「それはまた……」

「その時、『未羽』はそれが普通だと思ってたし、私もうすぼんやりしか覚醒してなかったから、『そうなんだー』ってぼうっと見てた感じだった。父親が忙しい分、毎日色んな人にちやほやされて、兄貴や姉貴に可愛がってもらって、自分が女王様って感じだったねー。あ、でも、機械ラブな姉貴はその中ではわりと厳しかったから、怒られることもあって『未羽』は苦手だったみたいね」

「あんたが盗聴機とか作れるのってお姉さんの賜物?」

「そうそう。それは『私』の方が懐いたからなんだけど、先に順番追って話すわ。……横暴の限りを尽くしてた小学校時代が終わって、中学に入ってすぐに、『親友』だと思ってた子と喧嘩しちゃって、一緒に階段から落ちて、その子だけ骨折するなんて事故を起こしたんだわ。さすがに母親にも怒られてね、『未羽』は病院に見舞いに行った。そんで、病室の前で見ちゃったんだな――『親友』のお父さんが、『未羽ちゃんに謝れ』ってその子の顔をぶったところ」


 未羽が肩をすくめて話し続ける。


「『未羽』がいることに気付いて、その子のお父さんが私にへこへこ謝って、その子にも謝らせた。怒られることに慣れてない『未羽』は、自分が謝ることもできないお馬鹿だったから、それを当然って顔で受けたのよね。実際は、その子の持ってたストラップ?か何かを欲しがった横暴未羽様が、それを取ろうとしての事故で、全面的に『未羽』が悪かった。それに、その子の親は、当時は大臣ではなかったけど有力国会議員だったお父さんの派閥の国会議員の秘書やってて、次の参院選に出るつもりだったらしいんだよね。それで子供に、娘である『未羽』と仲良くするようにっていつも怖いくらいに言ってたらしくて――子供である自分より他人を優先されたんだから、当たり前だけど、キレたわ、その子。その子の父親が病室を出たすぐ後、『未羽ちゃんなんて、一度も友達だと思ったことない!』って泣き叫んで、その後学校でも、私を接待するような感じになったわね。周りの子たちも『未羽』の横暴に従うのが馬鹿馬鹿しくなったのか、よそよそしくなったわ。馬鹿じゃないから物理的な嫌がらせはしないけど、陰でくすくす笑って、仲間外れにしてっていう典型的なやつ。それでようやく『未羽』も気づいたのよ。友達なんて、一人もいなかった、ってね――国会議員の娘じゃない自分を見てくれる友達なんて一人もいないって気づいたお馬鹿で幼稚な『未羽』は、何をしたと思う?」


 未羽がそこでようやく私に目を向けた。

 それまで淡々としていたはずの未羽の顔が、眉をひそめて不愉快そうに歪んでいた。


「……まさか」

「首括って自殺した。正確には、自殺しようとした。……病院で目が覚めた時、この体には『私』しかいなかった」


 肉体は生き残ったのに、精神が死んでしまったということか。


「……中学一年生、だよね?」

「そうよ。原因は一言で言うなら『人間関係で揉めた』ってなるんでしょうよ。ゲームでは『過去、自らの過ちで友達を失った経験から、友達という存在を大事に考えている主人公の親友』って紹介だったから、『私』もこうなるとは知らなかったわ。ま、知ってても、体を動かすことも、『未羽』に呼びかけることも出来ない私にはどうすることも出来なかったと思うけど」


 乾いた笑いを浮かべた未羽は、自分の膝がしらに視線を映して滔々と語り続ける。


「体を『私』が動かせるようになったって言っても、私は生前病院生活で運動してなかったし、かれこれ10年以上ゆらゆらと意識だけ漂う存在だったからね。最初は歩くこともできなかったわ。リハビリをして動けるようになっても、元の学校は当然退学、転校先の中学に行くのも億劫で家に籠って、毎日ぼーっと過ごしてるっていう典型的な引きこもり生活。自殺行為の後遺症だって医者は判断してたけど、自分が何のために生きてるのかも、本当はもう終わっていた『未羽』の人生を生きるべきかも分かんなくなってた。唯一話しかけてくれる家族だって、腫れものに触る感じで、そうこうしているうちに――お父さんは元々忙しい人でそんなに話してなかったけど――お母さんとか兄貴とか姉貴ともほとんど口を利かなくなった」


 これがさっき未羽のお父さんが言っていた、「自ら望んで」ってやつか。


「そんな私を救ったのが、『君恋』!大好きだったあれを生で見られるんだって奮起してそこからはもう、姉貴に盗聴機の作り方とか、監視カメラの作り方とかの基礎を教わって、それをいじったりパソコンで情報管理したり、機械系の技術を磨いた。目的意識あったしそれ以外やることないから上達早かったわ。あ、いちおー中学の勉強はしたからね?君恋に受かる程度は。君恋に入るってことになって一番注意したのが、私が大臣の娘ってばれないようにすること。だから私が横田大臣の娘って知ってるのは校長だけだよ。多額の寄付金もされてるし、私の存在は一般生徒として扱われることが確約された。――テストとかは優遇してくれるよう頼んどいてもよかったかなって思っちゃったけどね?」


 最後は冗談ぽく、彼女らしく終わらせる。


「これでお終い。ま、あれね。転生ってとこが不思議なだけの生意気な我儘娘が、自殺未遂して、引きこもって、でもオタクなところに救われて、今は元気に生活してますって話。大したことなかったでしょ?」

「未羽」


 空虚な笑みを浮かべる未羽をそっと抱き寄せ、お母さんが子供にするみたいに、優しく包み込むように抱きしめて、頭を撫でてやる。


「え、雪!?とうとうそういうの目覚めちゃった?」

「――大したことないとかさ、私には言わなくていいよ?」


 腕の中の未羽がぴくりと身じろぎした。


「私も転生者だもん。あんたが前世を思いだしてどんだけ辛かったか、想像はつく。それに、あんたの生活環境は、世間的に見れば私よりよっぽど恵まれてた――だから逆に空虚になっちゃったのかもね」


 未羽は生前、幸せな生活を送っていた、普通の女の子だった。

 ただ不幸な病気に、不幸な事故が重なって、それで親にも友達にも彼氏にも、誰にもお礼もお詫びも出来ずに前世を去った。


 死ぬことの重みと辛さを嫌と言うほど分かっている未羽が、自ら死を選ぼうとする自分を止められないなんて、なんと残酷で、辛くて、苦しかっただろう。


 死の過酷さを比べるつもりは微塵もないけれど、私よりもよっぽど長い苦しみと、悔しさを一人で乗り越えてきた未羽は、どんなに強いんだろうとは思う。



「……同情なんて、欲しくない」

「同情じゃなくて、感想。あんた、私に意地っ張りだとかいうけど、あんたも大概だよ。意地張るのはいいけどさ、疲れない?たまにはさ、思いっきり泣いたり、甘えたりしてみない?」


 頭を撫でながら、ゆっくりと優しく語り掛ける。

 未羽は、最初は「なによ失礼ねぇ」とか笑ってたけど、そのうち、悲鳴のように甲高い細い声を漏らし始めた。


「……病死だったのに、親にも友達にも彼氏にも、誰にもお礼もお詫びも出来なかった!!自分が生きてる体にいるって気づいた時、すぐに口を動かそうとして動かせなくて、混乱して――ようやく自分の現状が分かってからも、ずっと、ずっと申し訳ないって思って、一度でいいから、お父さんに、お母さんに、真理に、……俊樹に、『ありがとう、ごめん、大好きでした』って言えたらって、何度も、何度もカミサマってやつに祈った!!」


 祈っても、願っても、どうにもできない苦しみ。無情に胸をかきむしられ、毎日毎日、吐くか、涙を流して、過去を悔やんだ。誰にも言えない、頼れない、苦くて苦しい日々。


「『未羽』が自殺しようとしてるって気づいた時、必死で叫んだ。馬鹿なことはやめろって!確かに『未羽』は甘やかされ過ぎてた、お母さんも兄貴たちも、バカだったと思う。けど!!大事にしてもらっているのは十分すぎるほど分かってたはずでしょ!?なのにどうしてっ、なんでっ、自分で命を絶つなんてこと、できるの……?その命、その健康な体、その恵まれた生活!!どれだけ、欲しいって思ってる人がいると思ってるの……!それを自分がしたなんて、苦しくて、やるせなくて!なにより何もできない自分が悔しくてたまらなかった!」


 ぼろぼろと涙と鼻水をこぼし、私に縋り付いて未羽が叫ぶ。


「ゲームの世界って気づいた時、お父さんの言葉もお母さんの言葉もゲームってものに操られているって思ったとき、どんだけ悲しかったか!これ以上、あの人たちを家族だと思ってたら、いつかまた別れるときに辛くなるって思った!!肉親の兄姉に冷たくしなきゃ、大事だって思わないようにしなきゃって思ってどんだけ泣きたかったか!」


 未羽は、ずっと一人で戦ってきたんだ。いろんな恐怖と。ゲームってやつと。


「あ、あんたがっ。あんたって人が、転生者ってやつが、他にいてくれたって気づいて、ど、どんだけ嬉しかったか!その人が君恋の世界で縦横無尽に暴れまわっててどんだけすっとしたか!あんたがな、何の肩書きもつかない私のこと、本当に大事だって思ってくれてるって気づいて、どんだけ、どんだけ、私がっ。私がっ!!!」

「未羽。いいよ。なんでも言って。なんでも聞く。なんでも受け止める」


 未羽が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。


「雪っ。私、あんたを支えてるつもりだった!」

「支えられてるよ」

「違うのっ。私、あんたを支える強い女になろうとした!でも、違うって気づいた。支えられてたのは私。あんたは、私が臆病になっていた部分をどんどん切り開いていくんだ。そんなあんたが大事で、だからあんたがいなくなっちゃうかも、危険なイベントで死ぬかもって時、きっと上林くんと同じくらい、目の前が真っ暗になった」

「うん、ごめん」

「もう行かないで。危険なイベントには私も立ち向かうから。どこにも、消えないで。あんたまで消えたら、私、私…」


 あとはもう、雪ぃ雪ぃと大声で叫ぶように泣いて、声にならない悲鳴を上げる彼女は、きっと隠れてきた彼女。


 冬馬が、優等生や優しい彼氏という側面を持つのと同時に復讐者としての冷徹さを垣間見せるように。秋斗が甘えたれな幼馴染であると同時に、私に友達という道を残してくれる強さとやさしさを持っているように。

 未羽も芯が強くて私を導いてくれる姉のような姿の他に、こんなにも弱くて、小さい一人の女の子としての側面も持っている。


 どっちも未羽だ。どっちも、愛おしい。


「私はどこにも行かないよ。それに未羽、あんたの友達だって胸を張って言えるから。何度でも誰にでも言うから」



 未羽は、涙をぼろぼろこぼしながら縋り付くようにして私を抱きしめてこくんと頷いた。


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