人は見かけによらない。(お泊り合宿編その9)
未羽のお父さんが退出したことで緊迫した空気が解れる。未羽はこめちゃんや美玲先輩に抱きしめられ、なでなでされて泣きそうな状態から慰められていた。
その様子を見守っていると、「雪さん」と声がかけられた。
「どうしたの俊くん、なんか落ち込んでる?」
「何もできなかったなぁって思って。こめちゃんも、僕も、何か言おう、言いたいと思っても言葉が出てこなくて……僕も未羽さんの友達なのに……」
「気にすることじゃないよ」
「そうですよ、俊。親子、家族という繋がりに、他人が不用意に入るのは本来よくありません」
分かってるけどつい言いたくなったんですって!それに、今回はいい方向に収まったんだからいいじゃないか!
心の中で反駁していると、会長がしょんぼりとうなだれる俊くんの肩をたたいてから私の方に向き直る。
「でも今回はそれがよかったようです。君恋高校の生徒会役員……いえ、違いますね。横田さんの一番の友達としての堂々とした態度でしたね、相田さん」
「会長ー!」
会長が私を素直に褒めてくれることなんてめったにない。感動的だ……!
「まぁ私ならもっと冷静に……現実的にどう、誘拐等の危険から守るかの策を提案しますが」
「具体的にはどのような?」
「聞きたいですか?」
「いいえ」
察するに、それはおそらく一学生として出来る範囲を越えてますよ、会長!
そんな会話をしていると、唐突に「未羽―――っ」という大きな声が部屋の外から聞こえ、未羽の口が、やべ。と動いた。
横田家以外の全員が何事かと固まっている間に、バタン!!!とすごい勢いでドアが開き、「相田というやつはどこだっ?!」と怒り心頭の美麗なスーツ姿の男性が入ってきた。
「あ、俺ですが……何か用――」
私と顔を見合わせた太陽が恐る恐る手を挙げると、
「貴様かぁ―――!!可愛い未羽を誑かしたのは!!」
と胸ぐらを掴みあげてきた。綺麗に整えられた髪を振り乱さんばかりの怒り具合だ。
え、なんなの、一体!?
「え、え、俺が未羽さんをですか?!」
「そうだっ!!美希に聞いたぞ!貴様、未羽に恋人になりたいと言われたそうだな?!」
「言われてませんが?」
「か、可愛い未羽にしょっちゅうあの腕で抱きしめられてるだろう?!」
「いえ、何か誤解されているようですが一度もありません。」
「なにっ?!だが、未羽がファーストキスをっ!!」
「あのぉ――」
「誰だい君は――!」
「あの、私、相田雪と申しまして、その子の姉なんですが、あの、おそらく未羽のお兄さんが言われているのは私のことかと……」
「……はっ?!」
まさに怒りのやり場にされていた太陽の胸ぐらが離され、ゲホゲホと咳き込んでいる太陽の背を弥生くんがさすってくれている。
「……未羽が好きで好きで仕方なく、いつも追い掛け回し、恋人になりたいとしょっちゅうくっついて、抱きしめて、ちゅ、チューまでしたというけしからんやつの存在は……」
美希さんは言葉足らずの傾向があるらしい。伝聞ゲームの怖さをこんなところで思い知るとは!
「おそらく、間違いなく私かと」
未羽って冗談好きですし、ねぇ?と苦笑いを浮かべようとした私の前を疾風が通り過ぎだ。
見れば、未羽のお兄さんと思しき男性が未羽の肩を掴んでがくがく揺さぶっている。
「みみみみみ未羽っ!?未羽はいつの間に女性趣味が?!」
おいちょっと待て。そっち?!本気で誤解してるの?!
「大兄貴、うざい」
バサッと未羽が切り捨てられ、衝撃に目を見開く推定・未羽の一番上のお兄さん。
「紹介しとく。この子が私の親友でその相手の相田雪。私が大好きな子。……そうだ雪、さっきのお父さんへの啖呵を聞くに、あんたも私のこと好きでしょ?」
「ちょ、なにいきなり」
「未羽、早まるのは早い!お兄ちゃんは未羽に……か、か、彼氏などができることは断じて許せんが、だがしかし相手が女の子と言うのも……!」
「大兄貴は永遠にその口閉じてて。雪、いいから早く答えてよ」
ずずいっと迫ってくる様子は、好きな相手に愛を請う女の子……ではなく、東北の、「わるいごはいねがー!」と迫ってくる、なまは○と言う名の某鬼にしか見えない。
お兄さん、この様子を見ても本気で私と未羽の間に恋愛的な意味での愛があると思うんですか!?
「え、そ、そりゃ、好きだけど」
「だよねー。うんうん。よし。上林くん」
「なんだよ?」
「やっぱ雪ちょーだい」
「はぁ?!」
隣にいた冬馬が素っ頓狂な声をあげた。冬馬が考えなしのアホの子のような顔になるところを初めて見たわ。
「こうなったら雪とそーゆー関係になるのもいいかな、と」
「ないわっ!!その好きでは断じてない!!」
「こうなったらそれもありかなぁとか、気迷ったりしない?」
「しません!!」
「んー。じゃあ既成事実とか作っちゃう?」
「作らんわっ!!」
「えぇー。けちぃ。いーのよ、私、別に雪が上林くんと付き合ってても。寂しいけど、我慢するわ?でも雪、私も愛してね?」
「未羽、そこまでにしとかないと真面目にお兄さんと冬馬が顔面蒼白なんだけど?冗談通じてないよ、この人たち」
「あっはっはっは!!!」
どんどん修羅場になっていく場の雰囲気をぶち壊してお腹を抱えて笑いだしたのは、未羽のお姉さんの美希さんだ。
「未羽ー。あんたキャラ変わったわねぇ!いーキャラになったわぁ!」
「未羽があんなに明るく話すように……!」
「未羽〜面白くなったねー。お兄ちゃん嬉しー」
口々に未羽の兄姉が言って未羽を抱きしめ、
「やーめーろー触んなシスコンどもっ!」
「え、未羽が!お兄ちゃんと楽しそうに会話してる!お兄ちゃん幸せ!」
「大兄貴、なんかそれやばい感じに聞こえる」
「聞こえるんじゃなくてやばいよね。でも未羽ちゃん可愛いー。さすが俺の妹!進化進化!」
とやっているところを見ると、未羽のこのさばさばした感じはやはり、君恋に入ってかららしい。
「あー面倒くさいっ。雪っ」
未羽の眉間に皺が段々深くなってるなぁと生暖かい目で観察していた私は、突如として腕を掴まれた。
「湾内さん起きるまでみなさん、適当に寛いでてください!中姉貴、後をよろしく!
「え、未羽っ!?どこ行くの!?」
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未羽は走って廊下奥の階段を駆け上がり、一つの部屋に飛び込むとかちゃり。と鍵をかける。
「ここは?」
「私の部屋〜」
「ま、まさか本気で私の貞操を…?!」
「マジでやりたいなら望みは叶えるわよ?」
「流石に冗談だと分かってるので勘弁してください。というか、外から真剣に心配してお兄さんがドア叩いてるじゃないの」
「面白いからここで色っぽい声とかあげてみる?」
「あげません。……それにしても、ここ、未羽の部屋なんだよね?なんか、らしくないね」
「でしょ?私っていうよりお母さんの趣味だからね」
全体的にピンクベースのファンシーなデザインの部屋に置かれた未羽のベッドにポン、と座る。私の部屋の何倍の大きさがあるんだろう?ベッドとかクイーンサイズなのに小さく見える。
「政治家ってこんなにお金入るもんなんだーすごいね」
「あーちゃうちゃう。前のお母さん、だから大兄貴と中姉貴のお母さんの家が日本有数の資産家だったのよ。一人娘で死んじゃったから遺産が全部入ったんだってさ」
「へぇ。……んで?未羽、私だけに話したいことでもあるの?」
「お、さっすが雪!なんで分かったの?」
「からかうにしては度が過ぎてるしね。私をこんなのところに拉致監禁しなきゃ話せない話題?」
ひとまず、座るとなればここでしょう!と、ふかふかの天蓋付きベッドに腰を下ろす。
天蓋付きベッドなんて、多分ここを離れたら一生目にすることはないと思うもん。
すると、未羽も隣に腰掛けながら何気ない口調で言った。
「たまには過去の自分を知ってくれてる人がいてもいいかなって思ってね」
「ほー。それは前世?それとも現世の過去?」
「どっちも。つまんないけど、聞く?」
未羽が足をパタパタさせながら、なんてことないような軽さで、されど私を見ずにそう訊いた。
「ん。聞く」
私も他愛もない話をするのと同じ様子でなるべく軽く頷く。
聞いたことのない未羽の過去。
聞きたいと思ったことがないとは言えないけど、未羽がそれを嫌がる子なのは分かっていたから聞かなかった。
「じゃ、聞いて」
未羽が、薄い茶色の瞳をこちらに向けた。




