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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・2学期】
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子の心親知らず。(お泊り合宿編その8)

 祥子の寝ている部屋には、葉月と三枝くん、それから四季先生が付き添ってくれ、あとは大広間のところまで場所を移動する。ちょうど愛ちゃん先生と会長もやってきて、会長は横田氏を見て、「横田厚労相…」と固まっている。会長が緊張しているのは珍しい。


「さて。みなさん、お見苦しいところですまないね。うちの娘がお世話になっているようだ。……おや、君たちは海月警視の?」


 横田氏に目を向けられた会長が、「ご無沙汰しております。」と頭を下げたところを見るに、どうやら面識があるみたい。俊くんもぺこりと頭を下げていた。

 この二人もそーゆー世界の方か。

 さすが元の世界が乙女ゲー。会長にも冬馬にも未羽にも要らない設定が無駄に過剰な気がする。攻略に不要なのにそんなオプションつける必要ある?残念ながら私はド庶民の一般家庭育ちだけど、それならいっそ悪役である私にもお嬢様設定とかあってよかったんじゃないの?


 私が半眼でその様子を見ている間、未羽はガタガタと彼女にしては珍しく震え、私の腕を掴んでいた。


「さてそんなみなさんの前で申し訳ないが、急を要する家庭の話なのでね。未羽、こっちに来なさい」

「嫌です」

「もうこちらに帰って来なさい」

「嫌です」

「何度も呼んだのに来ないならわざわざ祥一を迎えに行かせたんだぞ?」

「わかってます。でも私は君恋高校から退学するつもりはありません」

「何度言わせれば分かる!未羽!!お前は横田の娘だぞ?!警護も何もないところで暮らしていくのは危険だと言っただろう!!」

「でもっ!!今回のは本当にたまたまで!!いつもはそんなことないんです!!本当です!お父さん、お願いします!」

「お前が我儘を言うことで、こうして周りの子たちも迷惑がかかっている。お前が友達というものに目を向けたのはいいことだが、それは別に君恋じゃなくてもできるものだろう?」

「簡単に言わないで!薄っぺらい友達とか、そんなのもううんざり!」

「未羽!」

「嫌、嫌です!私は絶対退学しない!」


 未羽はぎゅうっと私の腕を痛いくらい掴んで叫ぶように声を上げている。


「……全く、あんな学校を勧めるのではなかった…」

「あんな学校って……」


 話についていけず困惑していたみんなが、わずかな怒りを空気に含ませたことはすぐに横田氏に伝わったようだ。


「これは申し訳ない。君たちには大切な学校だろう。だが、未羽は私の娘というだけで色んなところから狙われる可能性があるんだよ。それにしてはあの学校の警備は手薄だ。だから未羽は転校させたい。説得してもらえないだろうか」


 横田氏がため息をつき、沈黙が落ちる中、「あの」と口火を切ると一斉に注目された。


「未羽さんは君恋高校が大好きです。誰より好きかもしれない。そこにいることを頭ごなしに否定されるのはどうなんでしょうか?」

「君は?」

「相田雪と申します。未羽さんの友人です」

「君には分からないだろう?私の娘というだけで、色んな筋からの誘拐、脅迫、妬み、逆恨みまで受ける可能性がある。政治家というのはそういうものだ。私自身はこの道を選んだことは後悔していない。だが家族を守るための措置は必要になる。未羽の母は後妻でね。遅くに出来た子だからと甘くしていたのが裏目に出たようだ」


 いつもなら憎まれ口をたたくか直ぐに言い返す未羽が、唇を噛みしめて小さく俯いている。


「警備のしっかりした東京の学校は全部本人に断られ、少しでも明るい校風がいいかと半分冗談で勧めてみた君恋高校にだけ反応したから入れたのだよ。だがこんなことがあるようでは。昔はあんなに引っ込み思案だったのがいきなりあんなこと(・・・・・)をしでかして一家の寿命を縮めた時点でおかしいと思って家にとどめておくべきだった。その方がどれだけ安全か。誘拐なんて危険なことが起こるところに置くなど」

「あれはたまたまです、どんなに警備員がついている学校だって、少し離れたところでは何があるかなんて、分からない」

「学校から家まで全て車で行き来するようなところならそんなことも起こらない」

「いつまでもお父さんに守られて!何もかも決められて!そんな生活を続けろって!?それは、私に、ずっと守られた世界に籠ってろっていうことなの!?」

「つい二年前までお前自身が自ら望んでそうしてきたのだろう?なんの不満がある?」


 未羽が、泣く寸前で堪える子供のように顔を歪ませている。


「二年前までは――」

「もういいです!」

「……どういう意味だね?」

「未羽が自分から話していないことを、仰るのはやめてください。……未羽が、辛いです」


 誰だって知られたくないことはある。特に未羽は秘密主義だ。高校三年生の時に死んでここ(君恋の世界)に転生してきたこと以外、私にだって一度も話したことがない。

きっとこんなこと、みんなの前で言われたくないはずだ。


 親なのに、未羽がこんなに震えていることに気付かないの?



「私は、彼女の人生の中で、たった一年半しか共に過ごしていません。ですが、逆にその時間は彼女とずっと一緒に過ごしてきました。お互いの家を行き来するほどの仲です。その私から見て、未羽が引っ込み思案だったことなんて、たったの一度もありません」


 引っ込み思案なんて言葉はハナから吹き飛ばすくらい図々しくて、意地汚くて、自分の欲望に真っ直ぐな子。

 理性的で合理的、人への評価はシビア、辛口。なのに、目的のために手段を選ばないほど情熱的なところがある子。友達と呼べる領域に人を入れるまでかなり警戒するくせに自分が身内に引き入れた人には何を代えても必死で守ろうとしてくれる子。

 芯が強くて、弱音を吐かない子。


 実は彼女のお陰で救われた、なんてことは何度もあったのに、それを表に出そうなんて全然考えてない。


 ゲームのため、もあるだろう。

 でも未羽はゲームがなくても自分の功績だって見せびらかして褒めてもらおう、感謝されようなんて考えてない。


「本当は嫌なことや辛いことがあってもそれを相談しようとすらしない。自分だけで解決しようとする。ちょっとは頼ってくれていいのにってくらい頑張り屋です。彼女は、自分以外の人のためにすら動ける人です。今回だって……今回の誘拐事件は、不幸な偶然が重なったもので、未羽は部外者として協力してくれただけなんです。未羽が直接そういう危険に晒されたわけではありませんし、君恋高校でこれまで未羽が狙われたことは一度もありません。未羽がどういう出自なのかだって、ここにいる全員が初耳だと思います」


 私の言葉に横田氏が小さく瞠目したことに期待を乗せ、畳みかけるように続ける。


「生意気な口を、と思われるでしょうし、一般庶民の私に政治家のご家庭の問題に口出しするなと仰るのも分かります。でも未羽を『守られないと何も出来ない子』として見るのは、間違っています。政治家の横田大臣は人への評価は客観的になさる方だと聞きました。なら娘の未羽も、その目をくもらせずにちゃんと見てさしあげてほしいんです」


 偉そうなことを、と思われるのは分かっている。

 でもさっきから聞いていて、横田氏――未羽のお父さんは未羽のことが嫌いなわけでもどうでもいいと思っているわけでもないと気づいた。可愛くて大事だからこそ囲って守ってしまいたいと思ってる、そんな感じがした。

 こんなにも未羽を大事に想っている家族と未羽がすれ違ってしまうなんて悲しすぎる。


「そして、これはお願いですが。私は私の友達である狡くて優しい未羽が大好きです。どうか彼女が悲しむようなことをしないでください。彼女が大切で可愛くてたまらなくて守りたいと思われている貴方と未羽がまたすれ違うようなことがないようにしていただきたいのです。未羽から大切な友達と学校を取り上げることが未羽にとってメリットかきちんと考えていただきたいんです。どうか、お願いいたします」


 そこまで一気に言って勢いよく頭を下げる。


 言いたいことはまとまらない。計算してから向かった総一郎さんの時とは違う。

 ただ、伝わればいい。どうか届いて。


「雪……」

「…未羽が連れ去られた時に君には責任は取れんだろう?」

「……はい」

「君はそれでも未羽があの学校にいる方がいいと考えると、そう言うんだね」

「はい。それは間違いないと思います」

「責任も取れんくせに、はっきりと言うもんだ」


 私のことはどう思われても構わないと、ただただ頭を下げる。

 どうか、私から未羽を取り上げないで。



「相田さん、顔を上げなさい。……未羽」

「…はい」

「大事な友達が出来たのか」

「……はい」

「ほぼ3年の殻を破ったのも、重い口を開いたのも、去年ようやく年末に来たのも、彼女と……彼女たちという友達がお前にできたからか」

「はい」


 まぁ正確には君恋に来たのは未羽の前世のオタクっぷりと君恋っていう舞台(ゲーム)のおかげだよね、未羽が君恋に来たのは。私じゃないぞー。


「一つ教えなさい。彼女はお前を大事な友達だと言ったが、お前にとってはどうなんだ?」

「もちろん、大事な友達です」


 未羽がきっぱり答えた。

 あら、こうやって言われる立場に立つとやっぱり照れちゃうね。言う側の時はランナーズハイならぬ本番ハイテンションで恥ずかしいとか思わなかったんだけど。


「そうか。…未羽、君恋高校の在籍は認めよう」

「本当……!?」

「ただし」

「な、なんですか……?」

「たまには顔を見せなさい。一年に一回ではなく。私がいられるときは連絡しよう。いるときにはなるべく帰りなさい」


 渋い低音の声もしかめつらも変わらないのに、その声音は取っても柔らかかった。


「はい!」


未羽がここに来て初めての笑顔を見せた。


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