降って湧くは、退学危機。(お泊り合宿編その7)
「ねーちゃんを保護…?」
私だけでなく、メモの内容を覗き込んだ太陽と冬馬も固まる。
だって私はここにいるもの。
「察するに、湾内と雪を誤解してるっぽいな。それから、これ誰かに宛てられてるぞ?来ることが予定されなるやつってことだよな?」
「お兄ちゃんって……お兄ちゃんいるのって俊くんくらいじゃなかったっけ?でも会長がこんな可愛いメモにハイテンションでこんなこと書くわけないし……大体、『きちんと来る』ってどういう意味だろう?」
「!雪、それ見せて!」
「未羽?」
メモを読み上げていると、急に反応した未羽が私からメモを奪い取ってじっと見てから、はぁーとため息を吐いた。
「あー……太陽くん、湾内さんは大丈夫よ。安心して」
「なんで分かるんですか?!」
未羽は少し言いよどんだ後、もう一度深いため息をつき、肩をすくませた。
「我が家で保護されているからよ」
「未羽の?一人暮らしの未羽の部屋じゃないってことは……ご実家?このメモは未羽充て?」
「いえーす。それ、私の兄貴の筆跡だもん。口調もまるきり小兄貴だわ。あんのバカ兄貴!緊迫してるってことくらい察して連絡しろっての!」
未羽はそう言ってくしゃっと紙を丸めて、私を見て再び大きなため息をついて言った。
「うちに行くか。」
未羽の一声でそこから私たちは電車で乗り継いで未羽の実家に向かうことになった。
四季先生は警察に連絡するとのことでその場に残り、太陽と冬馬と俊くん、雉、私と未羽が先行部隊として移動する。愛ちゃん先生たちは四季先生のフォローと東堂先輩たちが集めてくれた証拠や人材をまとめてから来ることになった。
隣の県であるU県の県庁所在地の駅に着くと、そこから未羽は迷わずタクシーに乗った。人数の関係で、未羽と冬馬と私が先行車、太陽と俊くんと雉が後行車に乗ることにしてに二手に分かれる。
そのタクシーに乗った未羽の第一声がこれだ。
「あ、横田邸前でお願いします。」
うん?
「横田?あの『横田』ですか?」
「あー……そうです、その横田です」
「え?未羽?どういうことかさっぱり分かんないんだけど、説明は?」
「はいはい、分かってるわよ。予めさらっと自己紹介しておくと、私、末っ子なのよね。あの横田代議士の娘」
横田代議士と言えば、現厚労省大臣だ。
未羽が、その娘?
「み、未羽!?ここって金持ちとかそーゆーのないって話なんじゃ…!」
「攻略には関わらないって言ったはずよ。私は攻略対象者じゃないもーん」
ふて腐れた顔で唇を尖らせた未羽は、タクシーの運ちゃんは絶対意味不明だろうことを見越して続ける。
「親と長いこと会話してなかったって言ったでしょー?去年の暮れに一度帰って和解?みたいなのしたらさ、一回また顔見せに来いってうるさくて。あのメモ残したのは一番下の兄」
「未羽、兄弟いたんだ……!」
「四人兄姉で、一番上が、今お父さんの秘書やってて議員選挙に次出るって言われてる健一32歳、通称大兄貴。その次がエンジニアやってる美希28歳、通称中姉貴。その次がデザイナーやってる祥一25歳、通称小兄貴。んで私」
「だいぶ歳が離れてるな」
冬馬が尋ねると、未羽が開き直って頷いた。
「そ。だからお父さんはお爺ちゃんにしか見られないよ。大兄貴とは一回り以上違うんだもん。私はお父さんが52歳の時の子供。ま、大兄貴と中姉貴とは母親が違うから一回り以上違ってもおかしくはないのよ…さ、着いたわね」
「屋敷」としか言いようのない大きなお家の門には守衛さんがいて、タクシーは行く手を阻まれたので当然のようにそこでタクシーを降り、太陽たちと合流した。
「み、未羽お嬢様!!未羽お嬢様がお帰りです!」
守衛さんの一人が慌ててどこかに連絡し、暫く待つと、中からなぜかハイヤーのお迎えが来る。門から屋敷までの距離がかなりあるからかもしれない。
「あ、あとから何人も君恋高校の先輩やら後輩やら先生やらが来るから入れてあげてね」
「かしこまりました!」
上林家ですらここまでの出迎えはなかった。
あまりに世界が違いすぎてぽかーんとする私たちに構わず、未羽は平然とハイヤーに乗り込み、「ほら、湾内さんのところに行くんでしょ?」と言って私の背を押した。
ハイヤーで邸宅の前まで送ってもらい、居場所を聞いた未羽に先導されてぞろぞろとお屋敷の中を歩く。
祥子は、何部屋あるんですか?と聞きたくなるくらいたくさんある部屋の一室のベッドで寝かされていた。
「湾内!!」
「祥子!」
近寄っても寝息を立てているままだ。殴られたような跡がないことにほっと息をつく。
全員が祥子の無事を確認していると、「未羽ちゃんおかえりぃー」というのんびりとした声が部屋の入口から聞こえた。
「ちょっと、小兄貴。なんでこんなことしたわけ?」
「だって、『相田雪』ちゃんがいれば未羽が来てくれるって姉貴が言うからさー」
「…えっと、すみません、相田雪は私です」
外見は綺麗なお姉さん、なのに声はどう聞いても男性の声の主が、私の名乗りにぴしりと音を立てて固まった。その様子を半眼で睨みつける未羽。
「小兄貴、とうとう脳みそ腐った?雪はこの子だよ。そこで寝てる子は湾内祥子っていう後輩の子」
「えええええ?!だってだって!相田ってお家から出てきて、髪がストレートロングで、美人だって……あれ。確かに君も条件満たす?うぇ?!姉貴の情報じゃ足りなかった!?」
「信じらんない……やり方もおかしいし、詰めも甘すぎ……」
隣で未羽がはぁぁぁぁと重いため息をついている。
その間に次々と弥生くんたち後続組と、東堂先輩やらこめちゃんやらが四季先生に連れられて到着した。
「こめちゃん、愛ちゃん先生と四季先生は?」
「愛ちゃん先生と春先輩だけ警察の方に行ったのー。先に行っててって!」
俊くんとこめちゃんのやり取りを尻目に私は女性の格好の目の前の男性に改めて一礼する。
「えっと、はじめまして。未羽の友人の相田雪です。この度は祥子を助けていただき、ありがとうございます。出来れば、この子を助けた状況や現状を教えていただけますか?」
「俺は横田祥一。未羽の兄です。えーっと、この子がちょうど拉致られそうになったとこで発見して、乗ってきた車で俺のお守り兼SPと一緒に追って、大丈夫そうだったら騒ぎにならないように未羽に伝えようとしてたら、その子がやばそうな……そのー……服を脱がされそうになってたから、相手ボコってここまで救助したんだ。かかりつけの医者の話だと、吸わされた薬の量が多かったらまだ昏睡してるんだろうって。でも体に別状はないよ。あと半日くらい寝れば目が覚めるだろうって」
「クスリ?!覚せい剤とかですか?!」
「いや、クロロホルム。意識を失わせるときに吸わせたみたいで」
「クロロホルム…量間違えたら命の危険ありますよね…。そっか、新聞部顧問は化学教員だったし、確か、危険薬物取扱免許持ってたよ」
俊くんが憤ったように言う。
「そうそう、結構ゲスなやつらだったから俺も見守ってるだけって出来なくてさー。だから手出しちゃったの。ま、幸い命に別状ないみたいだから安心してよ」
「助かりました」
太陽は何も言わずに、枕元にしがみついている葉月の頭を見るようにじっと聞いている。でも、おそらく自分が彼女の一番近くにいたのに助けられなかったこと、祥子が乱暴されかかったことやそんな薬で気を失っていることをひどく責めている。
この子の内心の口惜しさは肉親だからこそ手に取るように分かる。
未羽がお兄さんに「今回は怪我の功名だけど、これ、拉致だからね?誘拐っていうのよ?犯罪よ?」とぶつぶつ文句を言う横をすり抜け、太陽に近づき、そっと頭に手を置く。
「太陽、あんたのせいじゃないよ。誰も止められなかった。未羽のお兄さんがいてくれたのが幸運だったんだから、あんたが思い詰めることないからね」
太陽は黙って聞いている。
どんなに私が慰めの言葉をかけても、自責の念は止まないんだろう。それでも言わずにはいられない。
「んでー?小兄貴はなんで雪の家の近くに?」
「未羽ちゃーん。分かるでしょ?多分そろそろ来るよー?」
「……はぁ。だよね……だからやだったのよ。帰るの」
「え?なんのこと――」
「未羽っ!!」
尋ねようとしたまさにその瞬間、雷のように太い声がした。
「……はい、なんでしょうか。お父さん。」
未羽が珍しく表情を固くし、堅い返事をするその相手は、未羽と同じ茶色の目の老齢の男性。よくテレビの中で観る人だ。
「未羽、これはどういうことだ?どうして普通の生活をしている女子生徒が薬を嗅がされて誘拐されるなどという非常識なことが起きている?説明しなさい」
「……私たちは巻き込まれただけです。」
「クロロホルムだ?誘拐だ?君恋高校はそんなに危ないところなのか?」
「いえ、たまたまです!ほんとに偶然なんです」
ゲームのせいといえばそれのせいだし、それなら君恋高校が危ない場所だというのは正しいが。
未羽の返答に、未羽のお父さんは不愉快そうに眉を顰め、決定済みの事項であるかのように宣言した。
「君恋高校は自由な校風でお前が是非にと言ったから入れた。だがそんなに危険なところだとすれば、即刻退学してこっちの学校に入れるべきだな」
「!!!待ってください!嫌です!!」
「未羽。お前のワガママは聞いていたはずだぞ。一人暮らしをするだとか、私の娘であることをできる限り伏せて護衛もつけないだとか。だがそんな危険なところにこれ以上横田の娘を置くわけにはいかん。」
「い、嫌です……退学はしません!」
未羽が珍しく泣きそうな顔で唇を引き結ぶ。私の袖を掴んだ手は、らしくなく細かく震えている。
「私っ、あの学校から退学したくないのっ!」
「とりあえず場所変えましょうよお父さん。病人の子がいるんでしょ?」
急遽として緊迫化した部屋の空気をぶち壊すように気だるそうに入ってきたのは、白衣のボサボサ頭にメガネのおそらく女性だ。
「中姉貴!」
「うぃーっす、未羽、おひさー」
この人が未羽の姉なのはすごく納得できる。半分しか血が繋がっていないなんて信じられない。
「お父さん、他の友達もいるんだし、さっさと移動しましょうよ。このままじゃ話せるもんも話せないんじゃないの?」
「……未羽、上に来なさい」
眉間の皺を深くした横田氏はくるりと踵を返した。




