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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・2学期】
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友達だからこそのやさしさと罪。(お泊り勉強会編その3)

夕食後はそれぞれがやりたいことをすることになった。

私は、自分の物理Ⅱと数学Ⅲの極限の出来なかった問題に取組みながら、祥子が分からないところを指導している。葉月は本気で太陽の理数系のチェック試験を突破するつもりらしく、太陽の部屋を使って猛然と勉強をしており、それに三枝兄が付いている。太陽は日課のランニングに出かけ、弥生くんもついていった。

祥子との勉強を2時間ぶっ続けでやり、祥子の集中力が切れる辺りで声をかけた。

「祥子、そこまでできた?」

「はい…どうにか…。なんとか…。」

「2時間か…。そろそろ集中力も限界かな。…お風呂でも入る?」

「し、師匠とですか!?」

「ちょっと狭いけど。背中流してあげるよ?」

「は、入ります!」

パジャマ2セット(おそらく葉月もあの勢いだと太陽のテストもクリアしそうなのでもう1セットを用意しておく)を取って立ち上がって祥子と風呂に向かう。

今日泊まりに来ている一年諸君は私服は私や太陽のものを借り、下着や歯ブラシなど最低限を持ってくることになっている。…のだが、三枝くんと弥生くんは太陽よりどう見ても身長が高く、ズボンがちんちくりんになってしまうので、私服を持参しており、太陽はそのことについて「どーせ俺は背が低いからなっ」といじけていた。


髪を洗うために触れた祥子の髪は私と同じくらい長く、桃色でさらさらだ。前世ではありえない髪色なのにこちらの世界で長くカラフルな髪を見てきたせいで違和感を覚えなくなっているせいか、コスプレのような不自然さは感じない。手触りは、滑らかでしっとりとしていて、キューティクルが整っている。この君恋第三弾の主人公らしく、スタイルは抜群だし、出るとこがしっかり出ていて魅惑的だ。口調も本来ならばもっと落ち着いたものなのだと前に聞いた。「あたしにあの言葉遣いを続けるのは無理なので。攻略するつもりはありませんでしたから最初からしていません。」と言っていた。


私が自分で洗っていると、風呂に浸かっていた祥子が口を開いた。

「…師匠。」

「どうしたの?勉強に疲れちゃって静かだったのに。」

「ほんと、人生通算で短時間でこれほどたくさん勉強したことないです。…あの、去年のゲームのことでお訊きしたいことがあるんです。」

「いいよ、なに?」

「師匠は、ゲームの主人公に認定されたって言ってましたよね?」

「そうだね、望んでなかったことだけど。」

「あの…新田秋斗先輩のことなんですけど…。」

「秋斗の?なに?」

「師匠は…どうして、選べたんですか?彼が学校を出ることになっていることが分かっていて。」

「分かってなかったよ。」

「え?」

えっと、クリアまでいかなかったこととして話を進めろって未羽に言われたっけ。

「あー私はゲームのエンドを知らなかったから。」

「個別エンドじゃなくて、共通ペナルティーのことですよ。」

「……ペナルティー?」

「『個別ルートに入っていながら他の攻略対象者の好感度が個別恋愛トゥルーエンドに入れるほどレベルに高い時、その相手は学校追放になる』っていう君恋の厳しいペナルティーのことですよ。上林先輩選んだってことは、新田先輩が追放される道をとったってことですよね?」


え?


「…今なんて!?」

私がシャワーヘッドをからん、と落とし祥子に迫ると彼女の方が目をまん丸にして困った。

「え、え、え!?君恋やるときの鉄則ですよ!?」

「…ごめんね、祥子。あなたに話していないことがあるの。…私、このゲームをプレイしたことはないんだ。」

「え!?じゃあどうやって…!!」

「ゲームをプレイしたことのある転生者の子が、私に情報を提供してくれていたの。」

「…それはもしかして。」

「未羽だよ。あの子は『観察すること』を目的にサポートキャラを降りて私が学校追放されないように私に情報をくれていたんだ。…今言ったことは本当?」

私の言葉にしまった、というような渋面を作った祥子がしぶしぶ語り始める。

「…はい。君恋のパラメータ操作が難しくて攻略が難しい理由はこれにあります。友情エンドがなくて、個別か逆ハーレムだけ。個別の方が逆ハーよりも、恋愛モードに入った後の甘々度やスチルがよかったもんですから、第一弾では個別ルートなのに他の攻略対象者ともいちゃいちゃする…要は逆ハーと同じ状態になるバグを起こそうとする人が増えました。さっき言ったのは、バグ狙いの人があまりにも増えたことから二弾からつけられたペナルティーなんです。一人のルートに入った時に、その他のキャラの好感度が恋愛レベルまで高いとそのキャラは追放されてしまう。だから好感度を友情レベルまで落とさなきゃいけなかったんです。結局、どの攻略対象者とも一定以上仲良くなれるからという理由で逆ハーが一番いいという人も多かったです。…師匠が上林先輩の個別ルートに入ったのに、新田先輩との好感度も高かったからこういう結末になったのかと思って。」

「…………なるほどね。」

本来ならば、それで十分「プレイ」できるはずだ。

だって主人公は「どの攻略対象者との関係はないまっさらな状態」で入学するのだから。

でも私は違う。

本来秋斗の幼馴染として作られた悪役の私は、秋斗の好感度は最初から高い状態に「設定」されているはずだ。秋斗の気持ちがゲーム由来のものでなかったとしても、ゲーム上は「主人公になった私が秋斗も冬馬も両方とも取ろうとしている」ように見えたはず。

そういえば未羽は去年夏に生徒会合宿後に話した時に「誰とも恋愛をするつもりがないのであれば」二人と今のままでいいのではないか、と言っていた。あの時は私が主人公であるということすら否定していた。だからこんな大事なことを言わなかったのかもしれない。

あの状態で未羽がそれを言っていたら。

私が冬馬への気持ちを自覚する前に、今のままだと秋斗が追放される危険があることを知っていたら。

私は秋斗のことを好きになろうと秋斗との付き合い方を変えたかもしれない。

未羽はそういうことも全て分かったうえで言わなかったんじゃないかという気がする。

あの子が言っていた「私に与える情報を制限している」というのはこれのことだったのか、と今更ながら彼女の発言の一貫性に気付く。


秋斗が、君恋という「ゲーム」から事実上追放されたのは紛れもなく私のせいだ。

結局、補正はできていなかった、ということか。


悔しくて、めまいがする。

「…なんなのよ、ゲームって。本当に…信じられない。人と人の繋がりを何だと思ってるのよ…。」

「師匠…。」

冬馬を好きになったことは後悔していない。

でも秋斗の寂しそうな顔が記憶から消えることはない。

秋斗を彼の大切な人たちから5年以上遠ざける「ルート」に乗せてしまったのは私なんだ。彼が告白してくる前に、彼にちゃんと気持ちを伝えて、「好感度を落とす」ことでそれを修正できたにもかかわらず。それをせずに。

「秋斗、ごめん…秋斗…。秋斗が大切な友達や先輩と別れることになったのは、やっぱり私のせいだった…。秋斗…。」

「師匠!師匠!!すみません、私、こんなことを話してしまって…!」

祥子が慌てて浴槽から立ち上がり、私を支えようとしてくれる。


これまでどこかにあったもやもやした違和感が全て解消していくと同時に知った事実の残酷さに胸が苦しくなる。


なぜ未羽が「太陽が退学ルートに固定されている」、すなわち「太陽が祥子に選ばれない限り退学ルートになる」と言ったのか。祥子が初対面時にまるで太陽のエンドについて問題なさげにしており、危険なイベントだけを恐れていたのか。

それもこれじゃないか。

祥子はこのペナルティーを知っている。それなら逆に、「誰も好きにならない」もしくは「例え誰かを好きになっても他の攻略対象者に好かれないように注意すればいい」と思っていたからだ。仮に誰か一人を好きになってしまっても、三枝くんは転生者として事情を知っているし、会長にはこめちゃん、冬馬には私がいて、そこについては危険性はないと言ってもいいから残る、先生と東堂先輩と太陽と神無月くんの4人にだけ注意していればいい。東堂先輩との接点は生徒会に入るまでサッカー部か体育祭実行委員にならない限りないのだから危険性は低い。先生との関係でいえば、太陽がクラス委員の仕事をほとんどやっているみたいだし、成績についても先生の補修を受けるほど低くなければ過剰な接触は避けられる。そうだとすると、神無月くんと太陽だけに注意していればいいわけだ。私が主人公のダブルキャストにされていると知らない祥子から見れば、エンドで誰かが大変な目に遭う危険は低く、それなら日常の危険なイベントの方がよっぽど問題にすべき、となるわけだ。

太陽がエンドを固定されているのは、弟である太陽の私への好感度が高いからだ。

今年もダブルキャストで私に主人公の立場が与えられているのだとすれば、太陽は私が選ばないと「好感度が高すぎて」退学エンドになる。秋斗の二の舞となるわけだ。つまり、祥子がいない限り、冬馬と太陽のどっちかが退学になる道を私は取らなければならない状態になっていた。例え冬馬が事実を知った今でも、強制的に退学させる事情が起こったら防ぎようがない。そして未羽はこの世界のゲームの補正の仕方を統計的に把握する、と言っていたから、もともとある程度私が今年も主人公になる可能性が高いことに気付いていたんだろう。それで、秋斗のときの二の舞にならないようにするには「主人公である祥子が太陽を選ばないとダメだ」と考えて私にそうさせるように仕向けたんだ。

未羽はどこまでも私を庇うつもりで、嘘をつき続けていた。

残酷で、優しい嘘を。

嘘をつくことに慣れるはずはない。どこかで負担は蓄積されていくはずなのにそれをカケラも感じさせずに私の傍にいてくれたあの子は、どこまで優しいのだろう。


目をきつくつぶってからパン、と強く自分の頬を叩く。

「師匠!?」

こんなとこで泣いたって、自己嫌悪になったって始まらない。

未羽がここまで隠し通していた意味が水の泡になる。

この苦しみと虚しさを飲み込もう。自分のものとしてそれを刻み付けて、決して忘れないようにして、それで太陽と祥子を見守ればいい話だ。

「…いや、いいの。私、真実を知ることができてよかったわ。隠されていたのは、守られていたから。これからはそれを知って動くようにするよ。私はいろんな人に守られていることを自覚して色んな事に向き合っていかなきゃいけないんだわ。」

「師匠…。」

その時だ。

バタン!!と浴室のドアが勢いよく開けられて、服を着たままの葉月が飛び込んできた。

「お姉様ぁ!!やりました!!葉月は相田くんのテストに合格しましたわ!!」

「そう、それはよかった…って!!!」

浴室のドアはもちろんオープンのまま。

全部のドアをオープンにしたままダッシュして飛び込んできた彼女に全く悪気はない。おそらく勉強のし過ぎで脳みそが一部焼き切れていたんだろう。

だが。

洗面所の向こう側で、太陽と弥生くんと葉月を止めようとしていた三枝くんがぽかん、としているのと目が合ってしまい、状況を理解する。

「いやあああああああ!!!!!!見ないでっ!!!!!」

祥子が絶叫したのはそのすぐ後のことだった。



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