一足以上早い姉サンタから自称妹への贈り物は。(お泊り勉強会編その1)
新聞部騒動から一週間ほど経った日の茶道部室。
「なんで雪ちゃん勉強してんだよー?」
「え?間も無く中間試験だから?」
「間も無くってまだ一週間以上あるぜー?」
「一週間と1日しかないよ?遊くん。」
茶道部室で既にお点前のお稽古を終えた私たち二年生は準備室でダラダラしていた。
「特に私、理系に転向したし。物理・化学・生物は夏休みにやってないんだもん。あ、俊くん物理Ⅱ問題研究 演習B問題の問題5教えて?」
「いいよ。ここはね…。」
隣に座ってきた俊くんがシャープペンで指示しながら丁寧に教えてくれる。
「あーなるほどね。」
「雪さん、物理苦手って言ってたけどそうでもないよね?」
「電流や電磁はまだ平気なの。波とか苦手。やったことなくて今先取り自習中なんだけど…。」
俊くんに教わっているとにやにやした未羽がぼそっと「浮気だわー」と呟くから途中経過が全部吹っ飛んだ。
「ち、違っ!!」
「未羽…せめて雪の計算が全部終わってから言わないと。」
「え?!これ浮気になるの?!」
確かによく考えたら同じノート見てたわけだから俊くんの肩とか触れ合うくらい近かったし、吐息もかかるくらいの位置だったと言えなくもないけど!
「ならないよ〜雪ちゃん、未羽ちゃんも明美ちゃんも遊んでるだけだよう。」
こめちゃんが古典の活用表を見ながら楽しそうに言ってくる。
「二人とも雪をからかうのが大好きですわね。雪は上林くんとは勉強しませんの?」
「するよ?でもいつも冬馬と一緒ってわけじゃないよー。向こうだって弓道部の付き合いとかあるしね。」
冬馬と四六時中一緒にいるように見える若しくは聞こえるかもしれないが、実際のところは違う。それぞれ生徒会の仕事の量も違うし、家の方向だって違うし、それに部活が違うのだから。私と違って冬馬は男女共に人気だからある程度他の友達との付き合いだってある。私はこの茶道部のメンバー以外とはそれほど交流がないから、このメンバーで遊ぶ以外の時間は仕事か勉強だ。友達少ないとか言っちゃだめだよ、泣いちゃうぞ。
大体あれほど外との付き合いがあって私と同じ程度勉強も生徒会の仕事もこなす冬馬が人外にハイスペックなだけだ。
ちなみに「友達百人出来るかな♪」は秋斗と友達になった小学校3年生時点で早々に丸めてそこらのゴミ箱に捨てました。
「そういえば弓道部にも結構美人な子いるぜー?上林のやろー、雪ちゃんと付き合ってからも結構告白はされてるらしいしなー。羨ましいぜ、ちくしょー!」
「知ってるよう。」
頰を膨らませていじけると、未羽が爆弾を投げてきた。
「なーにいじけてんのよ。上林くんのラブラブっぷりは加速しているじゃないの。告白は時間も取らずにその場で断るようになったみたいでショック受けてた子も多いし。こないだの生徒会の捕り物の時なんて…」
「捕り物?」
「新聞部がね、雪さんたちの写真の無断販売とか女子更衣室盗撮とかをしてたんだよ。生徒会で証拠を押さえて取り締まったんだ。」
「新聞部は取り潰し。顧問のせんせーは懲戒免職、主要で関わってた生徒は退学、または停学になってるよ〜。」
こめちゃんが幸せそうに和菓子をはむはむと齧りながらのんびりと物騒な結末を零す。
妥当な処分ではあるけど、主にあなたの彼氏様のせいだと思うぞ?
よくあそこまで徹底してPTAやら教育委員会やらを味方につけたもんだ。
「でね?囮作戦で新聞部を嵌めることになったんだけど、雪、後輩くんと浮気する囮役になったのよね。その作戦が終わるまで4日間上林くんとは喧嘩してる体で、話さない、手を繋がない、目も合わせない状態だったわけよ。」
「あぁ、もしかして不自然でも心配しなくていいとお二人から連絡が来てたものですか?」
京子が今度は柏餅に手を伸ばしたこめちゃんに作ったお茶を出しながら未羽を見る。
「そうそう。それで終わった直後に」
「あわわわわわわわ!!未羽未羽未羽っ!!」
「それで?それで?何々?未羽!!こめちゃん、雪押さえて、聞こえないー。」
「ガッテン了解〜!!」
そこは承知じゃないの?!
明美に命じられたこめちゃんが押さえるというか後ろから抱きついてくる。お胸のむにっとした感触が押し付けられて、男子だったら鼻血ものだと思う。
「上林くん、その最中かなり苛立ってて新聞部の連中や生徒会の先輩や私の前でさ、見せつけるように雪に公開チューを、ね。」
「上林くんがですの?!」
「うひゃあああああ!上林――!とうとうやりやがったか―――!!」
「ひゅうっ、やっるぅ!上林くん!」
「その後みんなの前でお姫様抱っこして二人でいなくなったんだよ?思い出すだけで鼻血がぁ〜。」
「僕は現地担当じゃなかったから知らなかったけど冬馬くんそんなことしてたんだ…。」
「私は聞いてたよ〜?」
「勘弁して…。」
恥ずかしすぎて机に突っ伏したまま動けなくなる。
あぁ、だからダメだって言ったのに。冬馬のバカぁ。
その後にその彼氏の家に行って初めてまともにディープなキスしましたとか言った瞬間に未羽が跳ねまわること間違いなし。絶対言わない。
「ラブラブですなぁ。愛されてますなぁ、雪さんよ。」
「あ、雨くんの方がすごいから!」
「そーかなぁー。どっこいどっこいじゃないのー?」
「雨くんが聞いたら自分の方がっていいそうですわね。」
明美がちょっと照れて、京子が微笑む。
「いしししし。上林くんと雪の生キス…はぁはぁ。」
「なんだよリア充め!爆発しろ!!」
「…未羽、遊くん、私もう勉強教えないからね?」
「「神様、仏様、相田様。どうぞお許しを!!」」
雲行きが怪しくなった会話を切り上げるために話題を中間試験に戻す。
「それにしても中間どうだかなぁ。」
「雪さん夏休み明け試験は1位だったよね?心配しなくても大丈夫じゃないかな?」
「あれは文理別で、文系として受けてるからね。文系1位ってだけ。今回は理系だもん。冬馬や俊くんもいるし、歴史とかの試験ないんだよ?」
「僕は大したことないから…。」
「お姉様ぁ!!!」
そこに小柄な美少女一名ガバッと抱きついてきてウェーブがかった黒髪からシャンプーのいい香りが広がる。言わずと知れた自称妹だ。なんの親族関係もないが。
そこにおまけで本当の兄もついてくるのはいつものことだ。
それにしても、なんで私の周りには「自称妹」や「自称弟子」や「自称ドレイ」が多いんだろう…。類は友を呼ぶとか言っちゃいけません。
「葉月、お稽古終わったの?」
「はい!終わりましたの!…お姉様はお勉強中でしたの?」
「うん、中間のね。葉月たちはどう?準備のほどは。」
「葉月はバッチリですわ!」
「…葉月のバッチリは半分だろう。理系科目やれ。」
「うぅ。五月、教えてくれますの?」
「…教えてるだろ、いつも。」
「祥子も教えてほしいと…。そうだ、お姉様!」
葉月が途端に顔を輝かせて私を見てきた。
「ん?なに?」
「明日生徒会一年で勉強会をしますの!どうか葉月たちにお勉強を教えていただけませんか?」
「んー。私明日放課後仕事あるから時間取れないかなぁ…。」
「そうですの…。」
「でも。」
「!」
途端にしょんぼりと垂れた葉月のバーチャル尻尾がピン!と立った。
「明日うちで勉強会すれば?そしたら祥子も、ね?」
「お姉様素晴らしい考えですわ!!」
「お泊まりでもいいよ?今、私の家、父親が単身赴任で部屋空いてるし、母親の許可が出れば。」
私の提案に葉月が一足以上早いクリスマスプレゼントをもらったかのように両手を合わせてお祈り状態にしてこっちを熱のこもった目で見て来る。
「素敵ですわっ!!!葉月幸せすぎて目眩がしますわ!」
「…葉月、それはお前が朝ごはんを抜いたせいだろう?」
「五月は余計なこと言わないでくれます!?」
「なんかあんたものすごい勢いで話を進めてるわね。でも太陽くんのためにもその方がいいかもね?せっかく主人公がそのルートに入ったんだから。」
「そ。そーゆーことよ。」
ぼそっと呟いた未羽の言葉に私は頷いた。
その日家に帰って、お母さんにこの話を出してみた。
「お母さん、あのね、太陽たち一年生が中間試験の勉強会をするらしいんだけど、私に教えてほしいんだって。でも私、明日放課後生徒会の仕事あって時間取れないの。それでなんだけど…明日、うちを勉強会の場所として提供してあげていいかな?」
「それは構わないけど…。」
「女の子もいるから、夜遅くになると危ないからさ、お泊り込みで。」
「その子たちのご家庭は大丈夫なの?」
「一人は兄と一緒に二人暮らししてるらしいし、双子のお兄さんも来るから多分大丈夫。もう一人は訊いてみるんじゃないかな?」
「そう、それなら私は構わないわよ。太陽のお友達も見てみたいしね。」
「えっへっへ。女の子は二人とも超美少女だし、男の子二人もすごいイケメンくんだよー?太陽と並び立つくらいの!」
「あらあ!それは楽しみだわ!」
少女漫画大好きの我が母はイケメン美少女に弱い。
これでお母さんは完全にオッケー方向に傾いたな!
「ねーちゃん、どーゆーことだよ!?」
同じく話を聞いていたらしい太陽がキッチンに飛び込んできた。
「今日茶道部で葉月に勉強教えてほしいって言われたの。でも私、明日中にやらなきゃいけない仕事があるから…。それでうちにどう?って。太陽嫌?」
「あいつらが来るとか間違いなく効率下がるだろ!…それになんで泊まりなんだよ!?」
「何時までかかるか分からないし、遅くに帰すのは安全上まずいでしょう?それとも太陽、祥子をお家まで送り届けてくれるの?つききりで?」
「…ねーちゃん、なんかやり口が上林先輩に似てきてねーか?」
「ふふっ。元からだよ?でも似てたら嬉しいかも?」
「嬉しくねーよ!あーくっそ。俺の勉強計画が…。」
「だから部屋片付けておいてよ?男子三人だと狭いだろうから、お父さんの部屋使ってもいいし!」
「はいはい!」
私と太陽のやりとりを見ていたお母さんは楽しそうに太陽に笑顔を向けた。
「それで太陽、どっちなの?」
「はぁ?何が?」
「あなたの本命の女の子。二人のうちのどっちなのかしら?」
「どっちでもねーよ!!!!」
次の日、放課後冬馬と一緒に生徒会室で仕事をして一年生が来ることを話すと冬馬は少し驚いた顔をした。
「よくあの太陽くんが女子二人を自宅にいれることに同意したな。」
「私がさせたようなもんだけどね。なんだかんだ太陽は私に甘いし。」
「だろうな。…お泊りか、羨ましいな。」
「…………冬馬、多分私とあなたの関係でそれを口走るととっても違う意味に聞こえるよ?」
「それはあえて微妙に含ませてるけどな?」
この部屋には今二人しかいないとはいえ、それ系の話題はだめなんじゃないでしょうか!?
私の少し引きつった顔を見て、冬馬がくすっと笑って頭を撫でてきた。
「冗談。純粋に羨ましいと思ってもそれをしろってニュアンスは入ってない。雪が自分の意思でいいと思うまで待つって前に言った言葉通りだから。」
冬馬はこうやって優しくしてくれる。
だから例え冬馬が今でも女子から絶大な人気があって、恋愛対象として見られていても我慢できるんだ。不安の種を作らないように冬馬なりに気を遣ってくれている。
「冬馬がこういう人じゃなかったら、きっと不安で不安で仕方なかったんだろうなぁ。」
「こういう人?不安?」
「こんなに真っ直ぐに想いを伝えてくれる人じゃなかったら、浮気や心変わりで不安だったんだろうなって。冬馬は人気者だからね。」
「雪は俺に周りとの付き合いがあることが不安になる?」
「今はならないよ。…やきもちは妬くけど。」
「それは妬いてくれる方が嬉しいかな。付き合う前は考えられなかったけどな、雪のやきもち。」
「私が冬馬を恋愛的に好きだっていうのは、やきもちを妬いたとこから始まった気がするって前に言ったでしょ?付き合う前だって妬いてたのー。」
「はいはい。ま、妬いてもらえるうちが華だと思っとくよ。」
そう言って、思い出したように訊いてきた。
「雪、さっき言ってた勉強会だけど、一年全員が泊まるの?」
「うん、生徒会の子達ね。茶道部の方は来ないよ。なんで?」
「………いや、なんでもない。」
冬馬がにこっと笑ったその裏の理由は私には読めなかった。




