相思相愛カップルは犬も食わない。(対新聞部編その7)
冬馬とベッドを背もたれにしてカーペットの上に並んで座って話すのは楽しい。
この4日間ほとんど全くと言っていいほど話していなかったから、余計そう感じるのかもかもしれない。
夏休み明け試験の話とか、これからある中間試験の話とか。こめちゃんを相変わらず溺愛する会長への文句とか、美玲先輩が演技指導したときの熱のこもり方とか、泉子先輩の化粧の時の般若顔とか、相変わらず冬馬に喧々している太陽の幼さと普段のギャップとか。
冬馬の肩に触れられるくらい近くでお互い笑って話し合えるのがこんなにも楽しいことだということは、こうやって久しぶりに避ける生活を送った後だからこそ発見できた。
「そう言えば、冬馬の家にお邪魔するのって今日で4回目なんだけど、初めて私服で来たよ!」
「これまではいつも学校帰りだったもんな。…そういえば今日はお嬢様っぽい服じゃないんだ。そういう格好、初めて見た。」
「お嬢様っぽい…うーむ、真正のお嬢様の沙織さんを見ている私から見ると、格好騙しのエセお嬢様だけど…言われてみればわりとスカートとか可愛い感じの服が多いかもね。お母さんの趣味で。」
今日は動きやすさを重視して灰色チェック柄のショートパンツにニーハイソックス、タンクトップに長めのカーディガンだ。美玲先輩には小悪魔系なんだからもっと甘い恰好にしろと言われたけど、捕り物のある作戦だし、七分丈ズボンがいいと主張したところ、「ショートパンツにニーハイで決まりだな!ニーハイは武器だ!」と言われて結局押し切られてしまった結果である。
「でも似合う。そういうのもいい。」
「褒められるのって嬉しい。…あ、そうそう!今日の作戦の途中に服買ったの!」
「あぁ、その紙袋はそれだろ?」
「うん、あの弥生くんも推してくれたから大丈夫だと思う!これなんだけど…どうしたの?」
冬馬が少し黙ったのにも気づかずにガサガサと袋から服を取り出しながら言いかけたところで、顔を上げた冬馬が、気に食わないというように少し不愉快そうに服を見ていることに気付いた。
「雪、他の男に勧められたものを買うのは」
「ダメかな…。似合わない…ですか…」
「いやそういう問題じゃなくて」
「そっか…これなら冬馬に喜んでもらえるかもって思ったけど…。」
「え?」
「冬馬が喜んでくれるもの着たいじゃない?私、今までそれほどお洒落しようって意識がなくて、お母さんが自分の趣味全開で勧めてくれるものを適当に着てたんだ。だけど、冬馬と付き合うようになってお洒落したいなーとか思うようになって未羽あたりに訊きながら自分で選ぶようになったの。やっぱり好きな人に可愛いって思ってもらえたら嬉しいもん…冬馬?」
腕を引っ張られてぎゅっと抱きしめられた。
抱きしめられること自体は付き合い当初よりずっと多くなったのに、それでも冬馬の体温とか香りに包まれてドキドキしなくなることはない。
「…可愛い、雪は。本当に。」
「うぇぇ。えぇっと、その、ありがとう?」
「なんか俺、小さい男だよな。」
「なんで?」
「例え神無月でも。可愛がってる後輩でも、ああいう作戦だって分かってても、俺、この4日間すごくイライラしてた。雪が他の男の傍で笑ってるの見て落ち着かなくて。今日とかずっと新聞部のやつら追いかけてる間もピリピリしてて。雪が神無月の腕に腕絡めるたびに隠れてた場所で茂みの葉っぱむしったり飲み物潰してたりしてたら東堂先輩に落ち着けって怒られた。」
想像して危うく噴出しそうになった。
間違いなくそれをやってる冬馬の方が可愛い。
「それでも前半はまだよかったんだ。雪がすごく無理しているのは生徒会のみんなや横田には丸分かりで、横田なんか笑いこらえられなくて噴き出すのを何度堪えてたか。『あれあひる口のつもりなの!?単に横一文字にしかなってないから!爆笑!』とか言ってたな。」
未羽め!
未羽のためにこないだ買ったお菓子、やっぱり全部自分で食べてやる!
抱きしめられたままなので冬馬の表情は見えないけれど、そこで口調が変わった。少し落ち込むように腕の力が弱まる。
「でも、後半。雪たちがカラオケ店から出てきた後、雪の雰囲気がガラッと変わってさ。自然に甘えるみたいに神無月と一緒に歩いてたんだよな。みんなびっくりしてたよ。小西先輩なんか、『私のミスだった!雪くんの魅力は清潔さ!小悪魔よりも照れて甘える天使系がより自然だったか!ああああなんということだ!』って叫んでたよ。でも俺は雪が神無月とカラオケ店で何かあったのかって不安で仕方なくて前半よりもよっぽど落ち込んでたんだ。」
そうか、そんなに自然だったんだ。
まぁ確かに前半では入った店の店員さんたちが若干困った顔をしていたけれど、後半では普通のカップル対応をしてくれるところばっかりだったもんなぁ。
カップル割を何も言わなくても適用してくれたりしていた。これについてはお得なのでちゃっかり利用させてもらったけど。
「カラオケ店で弥生くんに言われたの。『僕のことを上林先輩だと思って動いてください。その方が自然になるんで』って。それで弥生くんがやってくれることとかを全部冬馬に置き換えてたんだ。」
冬馬が驚いたように身を離してこっちを見てきたのでくすっと笑って付け加える。
「それでも…やっぱりキスはダメだと思った。」
「あれはしてたら神無月殴りに行ってた。」
「あはは。」
本気とも冗談ともとれることを言ってそっぽを向く冬馬。
そんな冬馬が一番愛おしくて、誰にも替えられない。
「…あのね、目をつぶっても、逸らしてても、香りとか手の感触とかちょっとしたことで違うって分かっちゃうんだ。冬馬と違うってこと。それに気づいて、やっぱり冬馬じゃなきゃ嫌なんだなって思ったの。」
「雪。」
言葉で言わなくても、冬馬の目が愛おしいって言ってくれているのが分かる。
「俺、すごい独占欲強いから。」
「言ってたね。」
「他のやつとキスするなんて考えられない。許せない。」
「それはそうだよ、私もそうだもん。」
「覚えてるから。去年、雹にほっぺにキスされていたことも。」
そう言ってからちゅっとほっぺに唇を押し当てて来る。
「文化祭準備で指に怪我した時、新田に指先舐められてたことも。」
手を取って指先に唇を押し当てられてぴりっと電気が走るような感覚がする。
「つ、付き合う前もですか…。」
「言ったろ。独占欲が強いって。雪が考えてる以上だって。」
「それはそうだけど。」
「嫌?」
即座に首を横に振った。
大好きで、触れたい相手を独占したいと思うのは私も同じ。
そしてその相手には独占してほしいとも思う。
「…それから、新田が雪のファーストキスを奪ったことも。」
「知ってたんだ?」
「察しはついてたし、あいつが自分で言ってきたんだ。あれは俺が雪に告白したことを言ったせいだったんだろうな。俺が焚き付けたようなもんだったから後から後悔した。」
「でも、冬馬がわざわざそのことを言ったのは、秋斗のことをライバルだって認めているってことを示すためでしょ?秋斗、みんなと話しているように見えて意外と閉鎖的だし、あんまり他人のこと大事だって認めないけど、冬馬のことをわりと早くから認めてたのは冬馬がそういう対応をしてたからだよ、きっと。だから後悔なんてしなくていいと思う。」
「うん、その面ではな。してない。だけど違うんだよな。理性的には分かってても感情で納得できない。」
呟くように言ってから、冬馬が私を正面から見た。
「…雪。俺がキスするの、怖い?」
「そんなわけないよ!!」
「前に一度やったのでも?」
「?…あ」
ディープなやつですか、意味が分かりました。
冬馬がいつもより歯切れ悪い理由も分かりました。
「わ、分からない…。あの時は、冬馬が冬馬じゃないみたいで怖かった。」
冬馬がぴくりと身じろぎした。
「それは、あんな風じゃなければ、嫌じゃないってこと?」
「わ、分かんないけど…。」
「試していい?」
顔が熱くなる。
じっとその目で見つめないで。抵抗できなくなる。
こくんと頷いて目を閉じると冬馬が肩に手を置いて近づくのが分かる。
怖い、かもしれない。
少なくとも前世は全然、それすら積極的にしたいとは思ってなかった。好きな相手の要求に応えたいから応じてた。ただそれだけ。
だから怖くないと言ったら嘘だ。
冬馬だったら。違うのかな。
違わなかったらどうしよう。
それを伝えられるのかな。
行為よりもそれで傷つく冬馬が見たくない。だから怖い。
唇が触れて、ぎゅっと体に力が入る。緊張で体がこわばる。
今か今かと待っていたが、そのまま冬馬は離れた。
「ぷっ。雪、緊張しすぎ。」
「だってそれは…んんっ!!」
触れるだけのキスから一度離して笑って油断させておいて、こんな形でするなんて、反則。
最初はそう思った。
でも途中から何も考えられなくなった。
無理矢理奪うようなただ貪ろうとするだけのあの時とは全然違った。
呼吸が苦しくなっていることにすら途中まで気付かなくて。
気づいたときには呼吸困難一歩手前で、冬馬の胸を叩いて苦しいことを伝えるだけで精いっぱい。
「んはっ。はぁはぁはぁ。さ、酸素っ。」
「ぷっ、はははははは!雪、初めてのまともなディープキスの後の感想がそれってどうなの?」
「だ、だって…。」
顔が見られない。自分が真っ赤になっているのが分かる。
「で?嫌だった?…嫌だったらもうしないから。」
優しく、気遣うような声音。なのに顔は上げられないまま。
嫌だった、だと?
言えるもんか、全然そんなことなかったなんて。
むしろ、こんなに気持ちいいものだなんて。
痴女みたいじゃないか!!!
言えない言えない言えない。
「ゆーき?」
「…苦しかった。」
「そっか…ごめん。」
「のは、息が吸えなかったからなのと、その、心臓が痛くて、で。…その、呼吸の仕方が分からなくなっちゃうくらいだったということで…」
言葉がどんどん尻すぼみになっていく。
「…それは」
「その。これほどとは思いもよらず。その……嫌じゃないです…。」
恥ずかしくて顔が上げられない。両手のひらで両側から顔をぱっちんと覆い隠す。
「雪!隠れないで。」
「いーやーだー!今見られたくないー!死ぬほど恥ずかしいから!冬馬は余裕かもしれないけど、私は無理なのー恥ずかしいのー!」
「雪!そんなことないから!こっち見て。俺を見て。」
両手首を取られ、対面した冬馬も顔は赤い。真っ赤だ。耳まで赤い。
「…そんな、余裕なんて全然ないから。…こっちもいっぱいいっぱいだよ。でも。」
冬馬は頬を赤く染めたままでにっこりと、豪華な花が開くように満面の笑みを浮かべた。
「俺、今すごく嬉しいんだ。好きだよ、雪。愛してる。」
「…私も大好きだよ、冬馬。」
どちらからともなくしたキスは、優しく触れるだけのキス。
さっきのあれは、私たちにはまだまだ刺激が強かったから。
でもそれでも、幸せだね、冬馬。
こつん、とおでこをぶつけて笑った。
そのすぐ後に階下で玄関のがちゃりと開く音がして、沙織さんが
「女の子の靴がある!雪さんが遊びに来ているの~?雪さん、雪さん、金魚見てー?白ちゃんと黒ちゃんって言うのよ~?」
と楽しそうな声で呼んでくれたので、私たちは真っ赤な顔を冷ますのに手をパタパタして必死で顔面温度を下げることになった。
若干R15…だったかもしれません。なんでここまで甘くなったというくらいげろ甘でお送りいたしました。これにて対新聞部編はおしまいです。お付き合いいただき、ここまでありがとうございました!




