計画の破壊力は部活に飽きたらず。(対新聞部編その6)
「「「離せぇ!」」」
新聞部員たちが暴れる中、東堂先輩と美玲先輩が3人をまとめて確保し、祥子が没取したカメラなどを持ち、泉子先輩と未羽は彼らが私たちを盗撮している様子を撮れていたか確認し、冬馬がこっちに近づいてきながら会長に連絡を取っている。
「会長、こっちは確保しました。データや撮っている姿も手に入りました。」
『こちらも問題ありません。』
会長はこめちゃんと四季先生と一緒に顧問を押さえる部隊。
『こっちも成功です。』
雉と太陽が生徒会室でデータのハッキング、差し押さえ部隊。
『こっちもオッケーだよ、冬馬くん!』
桜井先輩、俊くん、桃、猿、三枝兄妹は新聞部室とその売上金を差し押さえ、他の新聞部員が邪魔するのを防ぐ部隊。
「弥生くん、お疲れ様〜。」
「雪先輩もお疲れ様です。」
私と弥生くんはお互いに労うように握手をしてから、弥生くんが東堂先輩たちを助ける方に回る。
「ど、どういうことだ?!」
新聞部員の皆様はまだ分からないらしい。
現実を受け入れたくないからか、それとも単に脳の処理能力が遅いのか。
仕方ないな。
「はぁ、まだわかんない?これは私たちの作戦だよ、ほら。」
左耳につけていたイヤホンを取って見せる。
「私が脚本演技指導担当だ!なかなかだったろう?Aステージが雪くんと上林くんの仲違い、Bステージが雪くんの誘惑、Cステージが神無月くんの告白だ!」
得意げな美玲先輩に新聞部員たちが愕然とする。
「本当にもう、あんたたちのせいでこっちはこんな手の込んだことやらされたんだから。」
「俺たちの写真を許可なく撮影して売っていたことも、今日みたいにプライベートを盗撮したことも、それから女子更衣室の盗撮をしていたことまで証拠は全部あがってる。春彦がお前らを許すわけねぇからな。ま、停学や最悪退学は覚悟しとけよ?」
東堂先輩が意地の悪い笑みを浮かべ、新聞部員が血の気を引かせ、それから観念したように項垂れた。
「じゃあ俺たちはもう行っていいですか?会長には言ってあるんで、先帰ります。」
新聞部に対してもそうなのだが、どちらかというと今回の作戦内容のせいで日に日に機嫌が悪くなり、果ては不機嫌すぎてにこにこしていたはずの冬馬は意外にも新聞部に何も言わない。
さすが冬馬。会長みたいな大人げないことはしないよね。
と内心自慢していたところで、冬馬は見事に私の自慢を掻き消してくれた。
冬馬が紙袋を片手に持ち、私の手を取って歩き出そうとしてあ、と止まり、
「お前ら、本気で雪が神無月に浮気したって思ったろ、俺が雪に愛想尽かしたって。」
にこっと彼らに笑いかけた冬馬が次の瞬間、私の後頭部を片手で引き寄せて私の唇を奪った。
みんなの前で。
一瞬どころか数瞬たっぷり時間をかけても事態を把握できずに固まっている私に冬馬が甘く囁きかけて来る。
「大好きだよ、雪。雪は?」
え?好き?
好きって訊かれた?冬馬のこと、好き?
思考の停止した私が幼子のように、ただ質問に答えるために縦に首を振ると、冬馬が嫣然と微笑んで新聞部の3人に目を向けた…みたいだ。
「これでもまだ言えるならどうぞ?」
これ以上ないくらい怒りを込めた、美しい笑みを浮かべられ、新聞部員は魂を抜かれたような顔のままでブンブン首を横に振った…ようだった。
「祥子くん、未羽くん、鼻血がっ!!」
「みうぴょん!みうぴょん!あぁ!みうぴょんは目を開けたまま気絶してるのです!」
今何が起こってた?未羽が気絶してる?
祥子と未羽の二人が赤いものを垂らしながら瞬きもせずにこちらに向けて目の玉見開いているのを見て、私はようやく現実に返ってきた。
どうやら未羽が本家本元の攻略対象者様の生キススチルに鼻血を噴いて意識を失ったらしいが私もフォローする余裕はない!
その場にいる他の全員と同じように完全停止中、冬馬が私に、二人だけの時にしか見せない笑顔や声の雰囲気で言った。
「雪、帰るよ。…雪。動けなかったら抱っこしてくよ?」
「いいいいいいいやっ!大丈夫です!」
「遠慮する必要はないけど?」
「ありますっ!むしろしてください!公衆の面前です!」
「俺は一刻も早くここから離れて雪に触れたいんだ。」
「私も鼻血出そうだからやめてっ!!動く、動くから!!足、動けー!!」
「ほら、動けないんだろ?」
「誰のせいだと思って!!ってきゃあ!冬馬、頼むからここでお姫様抱っこは勘弁して!あとでみんなに会う時にいたたまれないから!絶対冬馬も後で後悔するから!」
「しない、するわけない。俺は常に後悔しないように生きてるからな。じゃ、みなさんお疲れ様でした。」
「冬馬ぁぁぁ〜!!降ろしてー!」
東堂先輩が固まったまま、「春彦が新聞部だけじゃなくて上林まで壊したぞ…」と呟いているのが聞こえた。
さすがにあの場を離れた後は降ろしてもらい、地元の駅まで帰ってそのまま冬馬の家の近くの大きめの公園に入った。この辺は高級住宅街だし、公園は大きくて綺麗なところが多いから確かに好きだけど。
「なんで公園?冬馬の家に行かないの?」
「今俺の部屋行ったら本能に勝てる自信ないから。」
さっきの騒動で私の頭から昇った湯気が冷める気配は全くない。
冷ましてくれないこの人のせいで。
そのまま冬馬はこっちを見ずにずんずん歩き進める。
「い、いつも思ってたけど、冬馬ってさ、話し方とか違うよね。二人の時とみんなでいる時!」
二人の時は口調も語調も柔らかいし、私を見る眼差しは優しいよりもずっと甘い。
「そりゃね。いつもこういう感じで話してほしい?」
「いいえええいえいえ!この時だけでいいっ!」
「へぇ。なんで?」
「恥ずかしいもん!」
「俺に好かれてるのって恥ずかしいの?」
しばらく歩き続けた後ようやくベンチに座って紙袋を置き、私に隣を示す。
「いやそうじゃなくて!て、照れるって意味で…それに二人だけの時で切り替えがあった方が特別って感じがして嬉しい…きゃう!」
立ったまま話していたら手を引かれて冬馬の膝の上に乗せられる。
「いやあのこれだと冬馬が重い…んっ!!」
優しい口づけがまたも私の言葉を切る。
腰のあたりに回された腕が、目を閉じてても漂う爽やかな香りが、今一緒にいるのが冬馬だと感じさせてくれて嬉しい。
唇を離した冬馬がじっと下から見てくる。その瞳は吸い込まれそうなくらい深い。
あぁ、冬馬だ。
今私が触れてるのは、紛れもなく冬馬本人だ。
「冬馬だ、冬馬に触れられるんだぁ。」
思わず声に出して、冬馬の膝から降りてぎゅうっと自分から抱きつく。冬馬の胸に顔を埋めて、相手が冬馬で、今触れてるってことを体に教える。
照れるけど、恥ずかしいけど、でも今はそんなことよりも冬馬に触れていたい。
4日間ほとんど全く顔も合わせず、話すこともしなかった。目が合えばお互い睨むようにし、不機嫌そのものの顔でいなきゃいけなかった。途中から辛そうな顔は隠せなくなったけど、それでも決してお互い折れない、という様子が折れ所を見失ったカップルのようで迫真だったと聞いた。
それらの反動は大きい。
いつも学校があるときにそれほど触れることがあるわけじゃないのに。避けるように生活していたせいなのか、それだけで堪えている。
こんなの、入学時は全然想像すら出来なかった。
「…くっそ、やっぱあのまま家に連れ込んでしまえば良かったかも。」
抱きしめ返されながら呟かれてびくん!と体が跳ねる。
恐る恐る顔を上げて冬馬を見ると、冬馬の熱っぽい目と目が合った。
「雪、化粧すると本当に怖い。」
「…なまはげ的な?!」
「そこでショック受けるなって。なんでそうなるの。顔がムンクみたいになってる。…なんか、化粧すると女性っぽさが増すんだよ。なんていうの?色気?いつもはメイクなしだろ?それ、俺、すごい好きだし綺麗だと思ってるんだけど、清楚で手を出しちゃいけないような清純さみたいなのがあるんだよ。…なのに今はそれよりもこう、色っぽさとかそっちが増してて…。その顔で外歩かせたくない。というか、誰にも見せたくない。」
はぁ、と熱い息を吐かれて脳がくらくらする。
「頼むから今後俺の前以外で化粧しないで。そういう系統のは特に。」
「出来ないよ、これ、泉子先輩がやってくれたんだもん。自分では無理。メイク落としもらってるし、落としてくる。」
「待って。」
冬馬はじぃっと私を見て悩んでいたみたいだけど、「やっぱり落として。」と言われた。
「それを落とさせるのはちょっと惜しいけど、今、俺、5日ぶりに雪にちゃんと触れたいし、抱きしめたい。でもそのままで抱きしめてたら多分我慢できなくなるから。それでなくても怪しいのに。」
あ、この人ネジ飛んだっぽいな。
何か大事なネジが飛んでったな、今回の作戦で。
どうか今日だけで収まりますように、と願いつつ、私は
「い、行ってきます…。」
とその場を離れた。
公園のトイレでメイクを落として戻ってくると、冬馬は優しく笑って手を差し出してくれる。その手を握り返しながら座ろうとすると逆に冬馬は立ち上がった。
「うん、多分もう家行っても平気。冷却したから。」
ちょっと火照った顔のままだったけどそう言って冬馬の家まで案内される。
「ただいま。…あれ、母さん?珍しいな、土曜なのに母さんがいない。」
「沙織さんお買い物かな?」
「雪、やめとく?」
「…冬馬頑張ってくれるんでしょ?やっぱり外だと遠慮して抱きつけないし、出来ればお邪魔させて?」
「………小悪魔…。」
冬馬がつぶやいたようだけど聞こえないふりだ。
そうか、これが小悪魔か。覚えとこう。
洗面台を借り、今日は沙織さんがいないからお茶の準備を手伝う。
「あれ、今日は冬馬も紅茶?」
「うん、ポッドで淹れるから量あるしな。」
「ティーバッグでいいよ?」
「あれ、薫りが良くないって言って母さんが嫌うから家にないんだ。」
残念!我が家は基本ティーバッグだ!
現実社会の悲しい経済的格差を感じてから、冬馬と部屋に入りドアを閉めようとすると慌てて止められた。
「開けといて!」
「?いつも閉めるのに?」
「…今日は、開けといて。密室はだめ。まだ、それは無理。」
頰を染めて焦った様子の冬馬が可愛くてわざと閉めようとするジェスチャーをすると、冬馬のモードがあっという間にSモードに変わってしまった。
冬馬がにこっと笑う。
「雪、さっきの俺の話を勘違いしてるみたいだけど、俺は我慢してる前提で清楚な雪に要求しないだけだからな?それから、得てして男ってやつは半倫理的な部分があって、清楚な物ほど壊したいっていう側面とそれを守りたいと思う理性の戦いはいつもギリギリ境界線だからな?それでも閉めたければどうぞ?」
「…!ごめんなさいっ。」
私の負けはあっさり決まった。




