正直者は嘘がつけない。(対新聞部編その5)
それからは目に付いた店に片っ端から飛び込む。
「弥生くん、これ可愛いよ!ね?」
上目遣い、腕絡ませ、テンション高め。
「ほらほら、あれもいこーよっ!ね?」
小首かしげ、うるうる目。
「えー来てくれないの?後輩のくせに先輩に逆らうなんて生意気ー。」
ひよこ…じゃなかったあひる口、おねだり、いじけモード。
どんと来い!!!
「はぁはぁはぁ…。くぅ…きつい、これはきつい。精神に堪える。三日間一人きりよりも辛い!相田雪という人間の尊厳というか、人格と言われるものがグラグラと音をたてて崩れていった気がした…。」
カラオケの個室で30分間。
それが新聞部の目に映るよう動いてBステージ前半戦を終了して許された小休憩時間。
買い物もせずひたすらお店を渡り歩く時間を過ごしたこともあって肉体精神共に疲労困憊状態だ。相方の弥生くんも疲れたようにカラオケ室内のソファにもたれて天井を仰いでいる。
『雪くん。』
耳元のイヤホンから美玲先輩が声をかけてきたのでこちらから電話もかけ、スピーカーモードにする。
「なんでしょうか?どうでしょうか?私の迫真の演技はっ!?」
『うん、わざとらしいな。』
ぐさぁ!!!と音がするくらい勢いよく胸を刺突された。
これが言葉の刃というやつか…!
「た、立ち直れないです…美玲先輩…。私、努力したのに…。」
『上林くんとの喧嘩シーンはすごく自然だったのにな。』
「あれは冬馬が上手かったんです!私はあれに合わせただけで!」
「すみません、僕が下手ってことですよね…。」
『いやいや。神無月くんはここまでは振り回される男子の役だからいいんだ。構わん。雪くんがちょっとぶりっ子過ぎただけだ。小悪魔というよりあれはぶりっ子だ。』
「そんなこと言われても!!小悪魔とか分かりませんもん。」
『雪ぃー多分、去年の一年合宿で上林くんにやったこととかだよぅ?』
未羽が私だけに聞こえるイヤリングから口出ししてくる。
一年合宿で冬馬にやったこと?
「みっ!!…そんなことできるわけないでしょ?!」
『どうした?何かあったのか?!』
「何でもないです、東堂先輩。こっちの話です。…それよりどうですか?撮られてますか?」
『あぁ。バッチリな。データを適宜送ってるようだがこれは雉が全て回収してるから安心しろ。』
「はぁ…。」
『後半は弥生くんがちょっとリードして、雪くんは小悪魔に甘えるんだぞ?!いいな?「小悪魔に」だぞ?』
「はぁ…。」
そう言って通信は一方的に切れた。
もう、他人事だと思って…!
「美玲先輩、演技になるとスパルタ…。小悪魔なんて分かんないよー…。」
「あと半分ですから。…そろそろ時間ですね、出ないと。」
「もう、かぁ…。はぁー。こんな生活してたら禿げちゃうよ、もう。女の子で抜け毛になったらどうしてくれよう!」
「雪先輩。あの。」
弥生くんが腕時計を見ながら立ち上がると、ぶつぶつ文句を垂れる私に声をかけてきた。私を見る目は少し戸惑い、迷っているようだったが、なにかを振りきるようにして彼は言った。
「僕のこと、上林先輩だと思ってもらえませんか?」
「へ?」
「はっきり言って、雪先輩に小悪魔は不可能です。前半で分かりました。」
「うぅ、ごめん。」
「それならいっそいつも上林先輩とデートしてるようにした方がいいです。なので隣にいる僕を上林先輩だと思ってください。身長とか色々たりませんが…おそらくまだその方が自然だと思います。」
「弥生くんのことを冬馬だと…。わ、分かった。」
二人でカラオケ店から出ると早速背中に視線を感じる。
「雪先輩、もう帰ります?」
もし、冬馬と一日デートのつもりで朝から出かけてて、昼で帰る?って訊かれたら、私はどうする?
すぐ隣にある弥生くんの袖は冬馬の袖。
それなら、私はきっと。
無理に動かずとも、自然にその袖を控えめに掴んで、お願いという意思を籠めて隣の彼を見上げる。
「…もうちょっと。まだ明るいし、一緒にいたい、な。」
「…!」
普段みんなの前では身体的接触を避けるから意外かもしれないけど、弥生くんには頑張ってもらうしかない。
「…手、繋いでいい?」
こく、と弥生くんが頷いてくれたのを見て、その手をきゅっと私から握って隣を歩く。
弥生くんは少し遠慮がちにしていた前半と違い、少し大胆に、まるで本当の彼氏であるかのように優しく私の手を握り返してくれる。
小さいことにも気を配ってくれるし、話題も提供してくれて、話も楽しい。
それなのに。
隣にいる彼を冬馬だと思い込もうとすればするほど、彼が冬馬じゃないと気づいてしまう。
匂いも、手の大きさも、固さも。ちょっとした視線や言葉遣いも。
少しずつ、いつもと違う。
冬馬と手を繋ぎたい。
冬馬に抱きしめてもらいたい。
「…なんでこんなことで冬馬と話せなくなっているんだろう…。」
理由は違えど、状況は同じ。セリフとしての違和感はまるでない。
それどころか本心だ。
「寂しい…。」
自分で思っている以上に冬馬に依存しているらしい私は、どうにも弱っていた。
涙の代わりに本音がぽろぽろ零れてしまう。
きっとこんなことを言ったら、冬馬だったら、ぽん、と頭に手を載せてなでなでしてくれるんだろうな、なんて考えてしまう。
と、頭を優しく撫でてくれる感触がした。
「え?」
「あ、すみません、違いましたか?!…いつも上林先輩はこうされてた気がして。」
「いや、合ってるよ。タイミングも何もかも。」
「あの…僕がこれやるの、ダメでした?」
慌てた後に申し訳なさそうにする様子は、大好きな先輩の彼女をどうしていいか分からない後輩そのものだ。残念ながら私には欠片もないけれど、彼はその道の才能がありそう。
「…ううん。そんなことないよ。ありがと。」
冬馬が撫でてくれたらいつもするように、私はにこっと笑った。
そのあとはそれほど苦労しなかった。
さっきよりは断然楽。そもそも私はあんなにテンションの高いキャラじゃないから余計かもしれない。
女性物の洋服店に入り、適当に見て回る。
「もう冬物出てるなー…あ、これ可愛い!薄めのセーターとキャミソールの重ね着かー。どうしよっかなぁー似合うか微妙かなぁ?でもこれなら秋半ばから使えるしなー。値段だけならお買い得〜。」
そろそろ新しい服が欲しかったせいで素で買い物モードに入りそうになる。
「試着してみたらどうですか?似合いそうです。僕、わりと服とか選ぶセンスがいいって褒められるんで安心してください。」
「本当?じゃあ着てみようかな。」
おしゃれな弥生くんに言われるなら当たりかもしれない。
試着室から出ると店員さんが「お似合いです〜」とお決まりの声をかけてくれる。
「彼氏さんもそうお思いでしょう?」
「か、彼氏じゃないんですっ、彼は!」
そうだよね、女物の洋服の店に男の子と入ったら誤解させるよね。
誤解させようと思ってやっているのに妙に焦る。
落ち着け、私。一般の人にそう見えているならきっと新聞部も騙せているはず。
気を取り直し、弥生くんに笑いかける。
「弥生くん、どうかな?」
「…っ、すっごく似合いますよ。」
彼は頬を少し赤らめて、にっこり笑ってくれた。
本当にこの子はできた後輩だ。
「ありがとう。冬馬と出かけて服を見ることってあんまりないんだけど喜んでくれるかなぁ?」
「そうなんですか?」
「うん、勉強してることが多いかも。あ、それはデートじゃないなんてツッコミはだめだから。二人で出かけていれば立派なデートですからね!」
「じゃあ今もデートですね。」
「え?あ、うん、まぁそうなるね。恨むならこんな疑似デートをさせている会長と諸悪の根源の新聞部にお願いします。」
「別に恨みませんよ。それより、やっぱり恋人に喜んでもらえるような服を選びたいもんですか?」
「うん、そりゃあねー。冬馬が喜んでくれる、『雪、綺麗だね』って褒めてくれて、あの優しくて甘い笑顔を向けてくれる。それを考えるだけで胸がきゅんってしちゃうの。…へへ、なーんてね。似合わないかな、こういうの言うの!」
「……そんなことないです。すごく可愛いと思います。」
苦笑されてしまって正気に返る。
やはり冬馬不足は重症だな、いかん。落ち着かなければ。
「よかった、今の聞かれてなくて。みんなに聞かれたら恥ずかしくて悶えるわ!内緒にしといてくれる?」
未羽には聞かれてるけどな。あれはもう慣れた。
「はい。分かりました。」
どこまでも大人な後輩くんは素直に頷いてくれた。
結局そのセットは買うことにして、紙袋を持って出る。
『相田さん、そろそろ最終ステージCに入ってください。』
「弥生くん、Cだよ。」
「了解です。」
二人でそのまま予定された公園に入る。今日の舞台は学校や地元から結構離れた場所だが、下調べ部隊のこめちゃん・会長が予め位置や隠れ場所、撮りやすい位置などをチェック済みだ。
公園のあらかじめ指示されたベンチで座って明るめの声を出す。
「弥生くん、今日はありがとう!すごく楽しかった!ごめんね、付き合わせちゃって!」
「いえ、僕の方こそ。…あの、雪先輩。」
「なぁに?」
向かい合うと真剣な目で弥生くんが見てくる。
「あの、僕…雪先輩のことが好きなんです。」
「弥生くん…。でも私には冬馬が。」
「知ってます。でもいいじゃないですか。僕の方が貴女を大切にします。」
そう言って弥生くんは目をそらさずに私の肩を持って近づく。
おや、やはりこうするとかなり近いですな?
これ、そのままキスの体勢だよね?
え、しないとダメですか?
「雪先輩…。」
綺麗な顔が目の前にある。
まつげが長くて、茶色い髪はちょっと跳ねてて、いたずらっぽい丸めの緑の目が愛おし気にこちらを見つめる。迫る唇も鼻も形が整いすぎて、さすがの攻略対象者様だと思わせる。
なのに。いや、それでも。
私の鼻に届く香りはいつもの爽やかな香りより少し甘めのもので。
その香りは否応なしに彼が冬馬でないことを私に再認識させる。
嫌だ、キスは冬馬以外とはしたくない。
「や、弥生くん…!」
まずいまずいまずいってこれ!弥生くんさすがにもう演技モードから解放されようよ、ていうか先輩方さっさと捕まえてください!!なにぐずぐずしてるんですか、まさかのこの状態を楽しんでるなんて発言が出たら末代まで祟りますよ!
と内心で怨嗟の言葉を連ねようとしたときに、
がささっ!!!
ドタッドサッ。
「何をするっ!?うむむむむむ!!」
「放せぇ!」
「暴れるなっ!!」
色んな声と音が入り乱れる。
「はい、確保なのです〜。」
最終的に泉子先輩が楽しそうにカメラやレコーダーをゲットし掲げ、冬馬と東堂先輩と美玲先輩が3人の部員を押し倒し、作戦は無事終了した。




