罠と準備は周到に。(対新聞部編その4)
「待てよ雪!!」
冬馬が私の手を掴む。
「放して!!」
「なんでそんなに怒ってんだよ!俺、何もしてないだろ?!」
「した!!弓道部の女の子に優しく笑いかけたり、下級生の女の子たちに優しくしたり!そんなに冬馬は私に満足できない?!」
「そんなこと言ってないだろ!!なんでそういうことになるんだよ!大体前からあれは変わってない!」
「だから言ってるの!付き合って半年以上経ってるんだよ?ちょっとはそういうのに配慮してくれていいじゃん!」
叫びながら掴まれていた腕を振り払うと、冬馬は苛立ったように前髪をかきあげた。
「何がそんなに不満なわけ?俺にどこまでしろって?」
「私だけを見て欲しいのに!」
「日常生活に支障来たすレベルでかよ?!」
「支障って…そんな言い方ないよ!最近冬馬、私に冷たい!!」
「は?そんなことないだろ!雪だって会った頃とは変わった。なんでそんなことを言うようになった!?」
「鬱憤は溜まってたけど、それを言ってなかっただけ!そんなに冷たくしたら、私だって、他に優しくしてくれる人、いっぱいいるんだから!!」
冬馬はその美麗な顔から表情を消した。そして私に心底呆れた、というようにこっちに冷酷な目を向ける。
「…あっそ。だったら好きにすれば。」
冬馬が廊下から立ち去り、一人残された私は、悲しくて悔しくて涙を浮かべる。
「うぅっ。冬馬の馬鹿…。本当なんだからね、本気なんだから。」
そして私はケータイを弄って、「彼」に連絡した。
その週の土曜日。
少しだけ化粧までした私は待ち合わせのカフェへと向かった。
「ごめん、お待たせ!弥生くん。」
「大丈夫です、待ってません。」
にこっとする彼の笑顔は周りの女性が思わず息をのむくらいかっこいい。
………。
「……声までは聞こえない位置みたいだしちょっとモード切り替えていい?」
「どーぞー。」
「はぁ。全く、何なのよこの台本。」
この4日間、私は冬馬と全く一緒にいない。正確には1日目の放課後に「喧嘩し」、そこから私が彼を避けるように動いている。
「ここまでやる必要あるんですかねー…?」
そう。会長は4日間かけて新聞部を騙す作戦に出た。
そのシナリオは、「学校きっての注目カップル(いや実際は冬馬が有名なだけだが)の私たちが仲違いし、距離を取った私が寂しくなって神無月くんを誘惑する」というもの。
脚本は美玲先輩が作成した。最初は会長が、「私が浮気して…」とかそういう安直なものを作っていたのだが、美玲先輩に即座に却下された。
「リアリティーを追求しないとやつらは騙されんぞ!やつらもバカではあるまい!この私が力作を作ってやろう!まずそもそも、雪くんや上林くんが安易に浮気するのはおかしいのだ。二人はいつも周りが公認するくらい仲が良い清純カップルなのだから。こういうところはわずかなすれ違いが溝になって、段々距離が開き、そして一時の気の迷いで…という方がいい!それから相手だが…上林くんの方が浮気する方だとすると、祥子くんか葉月くんだろうな。こめちゃんはだめだろう?」
「当たり前です。」
「会長っ!俺らは身を切るんですよ?」
「だからなんですか?」
うわ、横暴!
「葉月くんの雪くん至上主義は有名だから外れるな。そうすると祥子くんだが…。」
「ダメです。」
彼女は主人公で今まさに嫌がらせイベントの真っ最中なのだ。そこで彼女の評判が更に落ちればイベントの危険度が増す可能性がある。
「私が浮気役をやります。私なら既に一定層からの評判は最悪ですし今更痛くも痒くもありません。」
「雪…。」
「師匠…。」
二人はゲームのことを分かっているから不満そうながらも反論はしない。
私の方はこの前、防衛部隊とやらを完全に壊滅させて嫌がらせがきれいさっぱりなくなったところなのでダメージはよっぽど少ないはずだ。
「それなら、相手は俊くんか三枝くんか神無月くんになるな。太陽くんはさすがに無理だ。」
「俺も分かってますよ。弟ですから。」
「俊くんも普段仲良いからいける、と思ったが、俊くんの草食系キャラで誘惑に乗せるのは時間がかかるから向かん。」
「…それ、僕褒められてますか?貶されていますか…?」
「褒めているとも!三枝くんは…」
「…俺は表情が動かないのでダメです。」
動かせ!気合で!こっちは無理を押してやるんだよ!
「じゃあ神無月くんだな。」
「そうなるんですよね…。なんか僕、損な役回りな気がするんですけど。誘惑されてそれに乗る軽い相手役ですよね?できれば遠慮したい…」
「いや、神無月くんはベストな位置だぞ!上林くんという一番尊敬する先輩の彼女に迫られるという、最もドラマチックな役割…!」
「誰もドラマ性は求めていません。」
という神無月くんの小さな呟きは周りには黙殺され、美玲先輩はそもそも耳に入れなかった。
「神無月くん以上の適役はいないだろう!決定だ!二人にはお互いを弥生くん、雪先輩と呼び合ってほしい。それ以降の細かいシナリオは追って連絡する!」
そして今に至る。
「弥生くんもお疲れ様だよね…。」
「本当ですよ…全く参りました。…なんでこんなことに。」
弥生くんがどんよりとした暗いものを背負っている。
『二人ともすごく悲痛感が出てて、悩んで相談してる感が出てるわよ。』
右の耳元からは未羽の声。これはもちろんあの盗聴機能つきのイヤリングだ。
左側はイヤホンがついていて、会長たちからの公式の命令が入る。私は特に右側の髪を耳にかける癖がついているから右側をイヤリングにした。ちなみに髪を下ろして隠せる私はイヤホンだが、弥生くんはケータイのラインで指令が来るようになっており、今も机の上に置いたケータイを見ている。
「はぁ。大体小悪魔系ってなんなの…。」
小悪魔系で弥生くんに甘えて誘惑する女子になれ!というのが美玲先輩からの指示だ。
「先輩、化粧もしてますよね?」
「泉子先輩にやられた…。」
「ゆきぴょんの美肌を生かしつつ、小悪魔なので目元を少しだけ強調してみるのです!決して派手や下品ではないのです!」
と言われたが。
「落ち着かない…初めて化粧なのに…しかもこういう化粧好きじゃないのに。」
弥生くんが困った顔をして、落ち着かなげに耳に髪をかける私を見た。
「でも。」
「ん?」
「こんな時に言うのはあれですけど、化粧すると芸能人顔負けどころの騒ぎじゃないですよ、先輩。なんか、天使とか精霊とかああいうものに近いんじゃないですか?もったいないくらいですよ、こんな作戦のためになんて。」
攻略対象者様がナチュラルに口説いてくる。普通に聞いたら痒くなりそうなのに彼が言うと様になってしまうから困ってしまう。
これで一般女子生徒と話してるんだとするとそりゃあ勘違いもするわ。耐性のある私には効かなくてよかった。
「それはどうもー。」
「やさぐれてます?」
「そりゃあね。この4日間、冬馬に近づけてないもん。あの喧嘩シーンなんて、私、家帰ってすぐに電話でそんなこと全然思ってないからねって5回繰り返したんだから!」
「とても自然な理由でしたもんね…。」
「はぁーもう、さっさと終われー!」
会長の横暴さには怨みしかない。この「労働」の分はきっちり返してもらうんだから!
『雪くん!目から殺意が出ているぞ!もっと落ち込んだ表情を!』
つい本音が漏れたところですかさず演技指導が入る。
『ゆきぴょん、斜め40度から撮られていますので注意!やよいきゅんにも言ってください!』
「弥生くん、斜め40度だって。泉子先輩が。」
目を伏せながらぼそっと言う。
「了解です。」
そう言いながら弥生くんが慰めるような表情をする。
『相田さん、Bステージに移行して下さい。』
へいへい分かりましたよ、横暴なリーダー様。
「…先輩方、絶対目的越えて楽しんでますよね。」
「間違いないよ弥生くん。でもまぁ、なんだかんだ先輩方と一緒にいられなくなったのは寂しいと思っていたとこだし、これくらいはやってやりましょう。」
「そうですね。新聞部が許せないのは僕も同じ気持ちですし。」
「オッケー。じゃ、いくよ。……もうやだ!弥生くん、今日は一日付き合って!!」
後半を大きめの声で言って弥生くんの腕を取って立ち上がる
「え、え、え?!雪先輩?!でも僕っ!」
「お願い!ね?」
弥生くんの腕に自分の腕を絡ませて店を出る。
後ろからはちょっとして誰かついてくる。
新聞部め!せいぜいついてこい!振り回してやるんだから!!




