手に汗握る、勝負の時。(対冬馬祖父編その3)
それから二日後、今日がタイムリミットだ。
「彼氏の家庭が特殊で付き合いをやめるように圧力をかけられる」というのは少女漫画でありがちな展開だから、正当なヒロインだったらどうするか、と最初は考えてみた。
家族を路頭に迷わせる宣言をされているのだから、彼氏より優先させる、なんていうことはできないだろう。
彼氏に泣く泣く「嫌いになった」などと言って別れを申し込む。
彼氏が驚き、ショックを受け、彼女に対しなぜだ、と迫る。
それでも「別れたい」で押しきり、二人は別れる。
荒んだ彼氏側は一時女性関係に荒れ、彼女側は彼氏が愛しい、という気持ちを忘れられず、でも自分のせいだから。とそれに胸を痛めつつも何も言えない。(このあたりで彼氏側には元カノが、彼女側には彼女に想いを寄せる新しい男の子が現れるのがテンプレ。)
それでも彼女を忘れられない彼氏は別れを切り出した時の彼女の様子がおかしかったこと気づき、事態の真相を探り始め、家族が原因だと知るとそれで家族とぶつかり、一方で彼女は我慢できなくなって「それでも好き」を言いに行く。
最終的には彼氏側のお家も彼女との付き合いを認め、彼氏と彼女とヨリを戻す。
このあたりがハッピーエンドの鉄板だろうか。
お母さんがあれだけ少女漫画を持っているのに、娘はほとんど読んだことがないのである程度妄想が含まれている点は許してほしい。(お母さんに聞いたりしたらそれだけで一日語りつくされてしまうので聞いてません。)
いやーありえない。ありえないよこれ。
少女漫画鉄板(仮)パターンの場合、お家が認めてくれることがほとんどだけど、健之助さんはそんなに甘いもんじゃない。
あの方は冬馬の祖父。冬馬と性格が似ていることなど少し見ていれば分かる。やると言ったらやるだろうし、自分の領域に入っている者に関しては徹底的に守り抜くのだろうけど、対照的に入っていない者に対する思いやりなど欠片もない。あの脅しが冗談じゃないことくらい、直接言われた時の目を見ていた私が一番分かっている。上林家のためなら平凡な家庭を潰すくらい、蚊をぷちっと潰すくらい簡単にやってくれそうだ。
そしてそれ以前の問題として。
この解決方法って彼女はほとんど何もしてない!
彼氏側が全部自分で解決しているようなもんじゃん。彼女結局好きしか言ってないじゃん。
そりゃあね?家族の事情に部外者である彼女が何も出来ないのは分かりますよ?でもあまりに他力本願すぎでしょう?
こういう受け身姿勢の彼女は私の主義にも思考にもそわない。
少女漫画のヒロインらしい可愛げがなくてすみません!守られるばっかりって嫌なんですよ。
じゃあどうするのか、をずっと考えているけれど、打開策がそんなに簡単に出たら苦労はしない。
「雪?どうした?なんかあった?」
「え、なんで?」
「難しい顔してる。」
大切な授業の時間まで使って考え込んでいると、隣の席の冬馬が訊いてくる。
「あぁ。ちょっとお腹の調子が悪いの。」
「保健室行く?」
「平気。トイレ行ってくるね。ちょっと遅れても適当に説明しておいてくれると助かる。」
心配そうな顔をしつつ、冬馬はそれ以上は突っ込んでこなかった。
まぁそりゃあいくら彼氏とはいえ、女子の「お腹痛い」には色んな意味でツッコミづらいだろうからね!卑怯だけど、これなら邪魔されずに考える時間を確保できる。
実は、考えに行き詰った昨日、一瞬だけ冬馬に相談しようかとも思った。
でも冬馬がこれを聞いたら、怒って「だったら俺が医師の道をやめてやる!」とか言って健之助さんのところに乗り込みかねない。そんなことになれば、冬馬は自分が進もうと思っている道を本意でなく曲げざるを得なくなる。それだけじゃない。冬馬と健之助さんの間の険悪度合は増し、沙織さんも困った状態に置かれる。私はこれからも冬馬と付き合っていくべく、上林家と禍根は残さない方向を模索しているのだ。そんな誰のためにもならない下策をとるほど愚かじゃない。
というわけで、冬馬にはこのことは話していない。
「雪。」
どうやら後についてきたらしい未羽がトイレで尋ねてきた。
「生理?便秘?それともあんたまたなんかあったの?」
うん、いましたよ。女子ならざる男前度でツッコんでくる方が!
「あんた、デリカシーってもんはどこに置いてきたの。ここは女子校じゃないんだからさ、ちょっとはオブラートに包みなさいな。」
「トイレで話してる分だけデリカシーがあると評価してほしいとこだわ。その様子だとお腹痛いっていうのは嘘よね。」
あぁもう、未羽だとやりにくいよなぁ。
「…ゲームだったらさっさととっとと言いなさいよ?あれは放置しとくとろくなことにならないし、一度はまると抜け出しにくいから。」
「違うよ。イベントとかじゃないよ。…これは私の問題。」
冬馬より年の下の高校1年の主人公には進路選択なんてゲームには出てこないのだから、これはゲームでもゲーム補正でもない。あくまで現実の問題だ。
「…そう。ま、なんか言いたくなったら言いなさいよ?」
様子を窺ってくるけれど、ゲームに関することを除けば、私が言いたくないと思っていることに無理に突っ込んでこないところが彼女といて居心地のいいところだ。
「ありがと。ていうかその言い方だとネットゲームにハマっている女子高生みたいじゃないの。」
「ある意味アレに『嵌っている』いるわよ?私たちは。んじゃ、またあとで。」
「ふー。誰にも頼らず一人で考えるのは久しぶりだなぁ…。」
未羽が出ていき、誰もいなくなったトイレで小さく呟く。
いつからだろう、周りの人たちに頼って一緒に何かをすることが当たり前だと思うようになったのは。
あ、初めからでした。
未羽は初めからずっと一緒にいてくれた。ゲームが関係しないものまで、あの子は一緒に考えてくれているんだよなぁ。
冬馬に至ってはおそらく問題として私が認識する前に一人で片付けているものまである気がする。
末恐ろしいお二人さんだ。
とにかく、今回はたった一人で考えて、たった一人で行動しなくてはいけない。
これは健之助さんの私に対する挑戦状。
1対1の真剣勝負をする義理はないけれど、せざるを得ない状態にはある。
「だー!もう!!なんで二学期早々こんな面倒なことになってるのかな!?」
叫び出したくなる気持ちを押さえられずにトイレの壁に軽くパンチをする。
冬馬と別れる?
そんなことは考えられない。本人の心が離れてしまわない限り、あんなにも愛おしい人を手放すことはもう私には出来ない。あっさり「はい分かりました」と言えるような感情じゃないことぐらい、自分が一番分かっている。
じゃあ拒絶すればいいのか?
これにも即座に答えが出せる。
私のせいで、一家全員が日々の生活にも困る毎日になるのなんて到底許容できない。
「なんでどっちか、なのよ!それになんでたった2日なのよ。そんな短時間で究極の選択っておかしいでしょ!たった2日よ!…2日?…はて。なんで2日なんだろう?」
よくよく考えて見れば、なぜ2日という期限を設けたのかが分からない。
何が何でも別れさせたいのなら、あの場で決断を求めてもいいはずだ。一度帰したりなんかしたら、冬馬に事が漏れる可能性だって高くなるのだから。
じゃあ、日にちに意味があるということなのか?
例えば、2日、という中途半端な日にち。1日でもなく、3日でもなく、2日にしたことに理由があるのだとすれば、なんだろう?
今回の話は冬馬の私への依存度を危険視して引き離すことを目的としていたはずだ。2日か3日かの違いはない。それならばなぜ2日という日にちを選んだのか。
明日何かがあるということ?
明日の事情が総一郎さん側のものならもうお手上げだ。けれど。
「もしかして…。」
仮定に継ぐ仮定でも、もしかしたら、という想定をすると、日にちの理由も、無駄が嫌いなはずの健之助さんがその場で回答を求めなかった理由も、そして健之助さんのあの場での回答も、直接聞いて感じた冬馬への感情にも、すべて筋が通る。
「…そうか。そういうことか。でもそれを明示せずに気づけとかあのお祖父さん本当にいやらしい人だな、もう!はっきり言えばいいものを!」
さて、かの方の意図は読めたとしても、問題がそこで終わりというわけじゃない。私は別の意味で人生の岐路に立たされていることになるんだよね。
ゲームに逆らって恋愛を否定したもう一つの理由。それはどうして生まれたのだっけ?
そもそも、私はどうしてこういう道を選択した?
よく考えると、明確な動機は分からない。そういえば最初から迷いなくこの方向に決めてはいた気がする。
最初?最初っていつ?
本当に私は初めからこの道で固まっていた?そのきっかけはなんだった?
靄がかったように思い出せない。
「ううううう―――ん…。」
思い返せ。何か大事なことを忘れてるんじゃないの、私は。
そもそも、転生に気づく前だって、私は結構優等生としてやってきた。
小学校くらいまでだったらちょっと学習すればそこそこいい成績なんて取れるから目的はないだろう。
だが中学もトップを取り続けて生徒会までやっていたのは、なんで?
秋斗が近くにいて、そうでなくとも嫌がらせを受けていたのに、なぜ私はわざわざ目立つことをしていた?
理由、あったんじゃなかった?
とても、大切な理由。曲げられない理由が。
大切な人を守りたいと思った、きっかけが。
「…大切な、人…?」
私はすぐにケータイを出し、家に電話をかけた。
「お母さん?いきなりごめんね、今大丈夫?お願いしたいことがあって。中学の卒業アルバムなんだけど。…私の部屋の、本棚一番上の棚の左端にあると思う、それでね、どうしても今見てもらいたいところがあるの。」
確認してもらって思い出した。
私は、なんと大事なことを忘れていたのだろう。
今回のことがなかったら、おそらくずっと思い出すことはできなかった、それでも思い出して良かったと思った。
もしここまで調査して今回の話を進められたのなら、健之助さんは恐ろしい方だ。到底太刀打ちできない。
お母さんとの通話を切り、思い出した記憶をもとに考え、結論をはじき出す。
そして、こないだ登録した番号に電話をかけた。
「もしもし、相田雪です。決断したので、お時間の調整をお願いできますか。」
その日の夕方。
私は今、二日ぶりに、かの病院の院長室の開かれたドアの中に足を踏み入れた。
「来たね。」
健之助さんは執務机から立ち上がり、来客用の机の前のソファに座って、私に椅子に掛けるよう勧めてから、尋ねた。
「君の結論を聞かせてもらおうか。家族を取るか?冬馬を取るか?だったか。君にとって迷う余地はないと思うがね。」
そうです、迷う余地はありません。
「私の答えを申し上げます。」
私は総一郎さんの目を真っ直ぐに見て答える。
「私はそのどちらも取ります。家族も、冬馬くんも、諦めません。」
「…ほう?そんなことができるとでも?」
「私は第三の道を取ります。健之助さんが予定されていた、第三の道です。」
私の答えに、総一郎さんはその厳しい目を一瞬見開いて、それから品定めするように私を見る。
「そんなものがあると思うのかね?」
「はい。最初は気づきませんでしたが、よくよく考えれば健之助さんが一度も二択であると断言していないことに気づきました。」
私の誤解を煽るような誘導はされたけどね。
「それにもし、冬馬くんか家族か、という二択であるなら、その場で結論を迫ってしかるべきです。無駄がお嫌いとおっしゃる健之助さんならば、あえて2日なんていう期間を設けたりはなさらないでしょう。それならば、何の期間か。一つは私の能力を試す期間です。健之助さんの意図に気付けるかどうかの。」
このお祖父様は人を試すのとが大好きなお方だ。よくなぞなぞをしてくる冬馬とよく似て。
「それから、もう一つは、彼への気持ちの大きさと、私の進路を天秤にかけさせ、悩ませる時間です。」
そこで切ると健之助さんは表情を変えずに、問うた。
「…聞かせてもらおうか。どういう道か。」
今、この方の第三の選択肢を選ぶ権利が与えられたのが分かった。
すう、と息を吸い込み、小さく拳を握る。
決めたことだし、後悔はない。
「私、相田雪は。」
目は逸らさない。ここは勝負所だ。
「医学部に進学致します。」
9月3日の活動報告に四季先生小話その3を載せました。四季先生小話はこれで完結です。よろしければどうぞ。




