↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/2

第2話 抜かれた鍵

*


雨は次第に強くなり、水たまりが出来始めていた。

跳ねる水玉の向こうで、周囲の色が抜け落ちていく。


「色が落ちているぞ。封印空間に入った。すぐ近くにいる」


蒼真が低く告げた。


ヨシの反応を頼りに現場へ向かうと、そこでは蛇のような異形が待ち構えていた。細長い舌を上下に揺らしながら鎌首を上げ、三人を見下ろしている。


「居たっ! 異形《いぎょう》発見っ!」


先に目撃した蒼真が声を上げる。環とヨシも、遅れて足を止めた。


「見つけたな……」

「それじゃ、行きますかー」


ヨシは折り曲げた人差し指で下唇をなぞり、両手を広げて高音域の声を紡いだ。


その声に応えて、白銀の長杖が姿を現す。環は刀を、蒼真は弓矢を出現させた。

三人は声で作られた武器を握りしめ、同時に駆け出す。


大蛇の異形が大口を開け、巨体を資材の影から滑り出させた。地面を叩く重い音と、鱗の擦れる不快な音が同時に響く。空気そのものが、その重さで一段沈んだ気がした。


「そこだ!」


ヨシが地を蹴り、長杖を旋回させる。空気を切り裂く鋭い音と共に、杖の先が異形の鱗を綺麗に弾き飛ばした。


その隙を縫うように、環が鋭く踏み込む。ミッドで編まれた刀身は淡い緋色を纏い、流麗な軌跡を描いて太い胴を幾重にも切り裂いた。


血の代わりに、黒い霧が吹き上がる。錆びと腐葉土を混ぜたようなむせ返る臭いが、雨の匂いを塗り潰した。


「させるか!」


大蛇が尾を振って反撃しようとした瞬間、蒼真の矢が立て続けに三本、首の付け根に深々と突き刺さる。


バリトンの唸りのような衝撃波が矢を介して広がり、大蛇の動きを完全に止めた。


「終わりだよ!」


ヨシの長杖が力強く地面を叩く。白銀の光が放射状に走り、大蛇を貫いた。

断末魔を上げた巨体は、光の粒子となって消え去る。

思っていたより、あっさりと片付いた。


「よっしゃ、終わりっ!」


環が刀を仕舞いながら伸びをする。乾いた笑い声には、興奮の残りが混じっていた。


「今回は、楽な方だったな」


蒼真もバリトンで作った矢を仕舞いながら、淡々と溢す。だがその声は、何かを感じ取ったように途中で止まった。


「……いや、静かすぎる」


蒼真は、雨に打たれる大蛇の跡へ視線だけを向けていた。

倒した筈なのに、雨音が遠い。抜け落ちた周囲の色も、戻る気配が無い。

環が首を傾げる。


「そうかぁ? いつも通りじゃね? 空間はまだ戻ってないけど、すぐ直るんじゃないの?」


蒼真は答えなかった。

ヨシも周囲をもう一度見渡す。喉の奥に、まだ僅かな違和感が残っていた。振動が完全には消えていない、耳鳴りにも似た感覚。音が止んだはずなのに、鼓膜の奥だけがいつまでも痺れているような気配。


「うん。まだ何かいる気がする」


ヨシの言葉に、環が目を瞬かせる。


「え、よっさんまで? まぁ……よっさんの探知、外れた事ないもんな。もう少し見て回る?」


三人は資材置き場の奥へと足を進めた。

雨はまだ降り続いている。足元の水たまりを踏むたび、ぐしゃりという音だけが、やけにはっきりと耳に残った。


「……なんだ」


先に進んでいた蒼真の足が止まる。

これまでにないほど、喉の鳴りが激しくなった。全身の産毛が一斉に逆立つ。

蒼真は二人に確認しようと振り返った。


「なぁ、何か――」

「蒼真、後ろ!」


蒼真が振り向こうとした瞬間、ヨシが叫んだ。

蒼真の影から人影が現れ、背後から顔を鷲掴みにする。

男の手が喉元へ伸び、ずるり、と。


喉から、銀色の鍵が抜かれた。


雨音の中で、それはあっけないほど静かな一瞬だった。

音がしなかった。悲鳴も、鍵が抜かれた音すらも。


そのあっけなさが、かえって時間の感覚を狂わせる。目の前の光景は、あまりにも静かで、簡単だった。


「あ……」


蒼真の声が掠れる。目が虚ろになってゆく。


「そうま……蒼真――!」


ヨシの絶叫が雨を切り裂いた。

けれど、その瞬間にはもう終わっていた。


蒼真の身体は崩れ落ちる間もなく光の粒子となり、立ち尽くすヨシの身体を、風になってすり抜けていく。


速すぎて、涙も追いつかなかった。

頬を何かが伝う感触はあるのに、それが涙なのか雨なのか、判別する余裕すらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。