第24話 会議は一人で踊れない
イアンとSP三人組が乗った飛行船が、離陸したのを見届けた。自分は今日から、あの男の代理として多忙になる。
昨日。代理着任の前哨戦として、羅湾裂蝕ドーム危機対応協議は好都合だった。
席に着いて、情報共有の一番目は、工場設備破壊箇所についてだった。星晶選別工場から港への供給パイプに、虹蝕獣がぶつかっただけだった。
虹蝕獣は、その生態に不明な点はまだ多い。わかっていることは、裂蝕界外の生物を発見すると襲ってくる。警備ロボに襲われると逆襲する。無意味に周囲を破壊しない。その例に漏れていないとされた。
事の発端を確認後、議題があがった。休業の補償と見舞金。代替業務の確立。斡旋は補償義務が薄い非正規雇用形態の従業員を優先。技能講習を開講。再就職支援。ここまでの方針決定を内定として発表。大半は自分の案だった。
担当部署へ具体案の策定を指示したのはイアンで、一時的責任者と権限の範囲決定は協議で決まった。
玄嶺宗の第二偵察隊が持ち帰った情報分析。使い捨て偵察ドローンの運用手順。四者から成る安全調査隊の編成――ここに違法な地図屋を混ぜなかったのは、上出来だと思う。アンテロス単体では、星晶供給が途切れる対応ロードマップ作成。
虹蝕獣の討伐で、事業再開可能な安全状態に復旧できるかという問いに、丹凰――先生と呼ばれる彼女は、眉を下げた。
外周部より内側で次元亀裂が発生して、虹蝕獣が湧き続けている可能性がある。安全調査隊の第一目的は、外周部に虹蝕獣が移動してきた原因究明にすべき。これが裂蝕観測局と丹凰の主張だった。
裂蝕観測局はさらに、防衛軍かC.L.A.W.に協力を仰ぐことを提案した。必要なら適宜という形で、その案は保留にさせた。
この、昨日の実績があれば、黙らせられる。
こちらを小ウサギと侮ってくる者たちを。
頬が緩む成果とは裏腹に、足裏で床をノックする場面もあった。会議の合間のことだった。
「ぼうやは明日、ここを離れるんだったな」
丹凰がイアンに軽口を叩いた。イアンは少し顔を顰めた後、何かに気付いたかのように、目を少し見開いた。
「丹凰先生もでしたか」
「そうだ。皆、聞いてくれ。すまないが、私は25日の午前中には崖縁区を離れる。それまでに事の解決を見ない場合、玄嶺宗の代理人は年長の者に任せる。その次席には范を当てるので、よろしく頼む」
丹凰は「行政府側だぞ」と言って不敵に笑った。それにイアンは「お手柔らかに」と笑って応じた。自分以外、笑い出した。
急ぎ決めなければならないことが多い会議中だ。不真面目な連中だと思った。
思い出しながら、さっき見送ったイアンの背中が遠く感じた。
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XX38年、12月27日、木曜日。
高層ビルが立ち並ぶヘスティア州中央特区は、半分の土地がノヴァソフィア行政府及び立法府――すなわち『王様側』に属する。残り半分がCRESTに属する。
一時間後には開催する『崖縁区自治正当性確認会議』の出席者として、イアンは会場のホテル前に到着した。
王様側の土地の警備には、治安局員が山のようにいた。
この日を迎えるまで、羅湾裂蝕ドームでは様々なことが起きた。任せられるものと、任せられないもの。そして、胃と頭が痛くなるものがあった。状況は一進一退で、操業停止命令の解除には至らなかった。
会議期間中にさらなる事案が起きてほしくないが、起きてしまえば必要な対応をするだけだ。
会議出席で随行させる秘書官は、四日前から使っていた。専門人材派遣業者から来た、ヒルダというイヌ獣人女性。
SP三人組とイアンと一緒に歩く彼女の背は少し低く、肩までの髪とサイドに垂れた大きな耳はハニーブロンド。尻尾もその色だが毛先は白い。ピンクグレーのスーツで背筋を真っ直ぐに歩く姿と、常に下がった目尻の童顔が不釣り合いだった。
本社や事業本部、もしくは外部の紹介。どこの誰であろうと、疑いだせばキリがない。イアンにとって、SP三人組ですら疑う対象だ。彼らが例え愛してくれていようと、何らかの事情でこちらを陥れるかもしれない。その心構えでいた。
疑いがあるなら、疑いがあるまま起用すればいい。それだけだった。
「恐れ入りますがこちらで三分お待ちください。その後、正面通路進んで左、東エレベーターをお使いください」
会場係員の案内に、イアンは微笑んだ。
「グルーミングラウンジはどちらにありますか? 少し身なりを整えたく」
「エントランス右側から通路を進んだ先にございます」
「ありがとうございます」
礼を言って歩き出した。
係員の視線が外れた瞬間、イアンと三人組とヒルダは走り出した。
「西エレベーター!」
ヒルダが叫ぶように言った。
「はい!」
走りながらイアンは返事した。
SP三人組は、前二人と殿一人の配置になって、イアンとヒルダを囲んで通路を走る。警備担当らしい治安局員二名が、正面の視界に入った。こちらを見て面食らっている。
彼らが「止まれ」と言ったとき、こちらは角を曲がり終えていた。
西エレベーターに、首相――CRESTから王様と呼ばれる男性と、丹凰。それから二人の秘書官と、SPと思しき四人が乗り込もうとしているのが見えた。エレベーターホール脇に治安局員もいた。
「おや」
首相が振り返った。丹凰の近くのSPが、首相と彼女をエレベーターに押し込もうとする。
残りのSPたちが制止の声を上げながら、上着の内側に手を入れた。SPが抜くより先に、エレベーターに押し入った。乗り込もうとしていた人間全部を、走ってきたこちらの五名で押し込んだ。
三人組はわざとらしく「間に合った」と笑顔で言う。銃を突きつけられたので、両手を頭の高さに上げながらだった。イアンとヒルダもそれに倣った。
後ろから追ってきた警備担当が銃口を、ドアが閉まっていないエレベーター内に向けて来た。脇にいた治安局員は、無線に手をかけた。首相は「いいよ」とでも言いたげに、笑顔で治安局員たちに掌を見せた。
顔を見合わせるSPたちに、丹凰がすまし顔で頷いた。
エレベーターのドアは閉じた。
「同じ会議出席者のエレベーター同乗はルール違反と言われているが……言われているだけだね」
濃紺のスーツ。姿勢の良い初老の男は、穏やかな声で言った。
彼がノヴァソフィア首相。彼の顔を知らない者は、あまりいない。
「あと十一秒です」
ヒルダが腕時計を見ながら静かに告げた。
「首相閣下、不躾ながら要件から入らせていただきます」
息を整える間もなく、イアンは言った。エレベーターが目的階に到着するまでの時間で、何とか言い終えた。
扉が開いた。治安局員が六名ほど、銃を構えて迎えてくれた。首相と丹凰たちが降りた。こちらのチームは治安局のエスコートで、別室に一旦ご案内となった。
「やれやれ」
丹凰がつぶやいた。
「やり遂げられたら、『イアンのぼうや』と呼べなくなるな」
警備の事情聴取から解放されたイアンは、ヒルダを伴って会議室のドアを仰々しく開いた。両手を広げ、口角を上げた。テーブルは想像どおり円卓だった。ここが戦場というわけだ。
合計八人の着席で、崖縁区自治正当性確認会議は幕を開けた。




