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第一話「アルシャーンという少年・1」

「はぁ……! はぁ……!」


 僕は今、一生懸命に走っていた。大した舗装もされていない、道とさえ呼べないような場所をひたすらに走っていた。地面に触れる足が悲鳴を上げている。何度も石で切ってしまっていて血が出ているけど正直一々気にしている暇はなかった。


「イタゾ! コッチダ!」

「オイ! 周リ込メ!」

「怪我ハナルベクサセルナヨ! 商品価値ガ減ル!」


 後ろから何人もの声が聞こえてくる。蹄が地面をかける音も聞こえる。僕がこんな目に遭ってしまっている原因の騎兵たちだ。数は恐らくだけど3人。声からして間もなく追い付かれてしまうだろう。


「っ! あぅ!」


 声に気を取られてしまったせいか、石に躓いて大きく転げてしまう。立ち上がらないといけないと思うのに体に力が入らない。それも仕方ないか、既に半日近く走っていたのだから。


「クソ! ココマデ手古摺ラセヤガッテ……!」

「漸ク力尽キタカ」


 真上から兵士たちの声が聞こえる。どうやら追い付かれてしまったようだ。僕の命運もここまでかな……。

 そもそも、なんで僕がこんな目に合わないといけないのか……。






 僕は転生者だ。地球の日本という国で人生を歩んでいた記憶を持って異世界へと転生したらしい。僕の今の名前はアルシャーンと言って、中世くらいの文明レベルの村に住んでいる。井戸はくみ上げ式で鉄製の農具さえまともに存在しない。麦を育てているだけでは足りないから近くの森に狩りに出る人もいる。

 村の人口は100人程で皆遠い親戚のような間柄だ。僕は村の中では若い方に入る年齢だ。まだ14歳だしね。村での仕事も比較的免除されていたけどそれだけじゃ暇だからって前世の記憶を基に村の生活をある程度助けていたりした。

 そのおかげで村の生活が楽になったと村長に褒められたけどどうやらそれがいけなかったらしい。隣接する森を挟んだ先にある国家、アギト国に目をつけられてしまったらしい。僕の村は500人からなる騎兵の襲撃を受ける事になった。

 男たちは殺されるから捕まり、女は犯された。老いた人間は例外なく殺され、若者は奴隷として連れ去られようとしていた。僕は両親が命を懸けて作った隙をついて逃げる事が出来たけどアギト国の騎兵はしつこかった。何日もかけてこうして追いかけて来たんだから。

 村の生活をよくしたくて頑張ったけどこれなら何もしない方が良かったのかな……?






「お父さん……お母さん……」

「ちっ! ガキの分際で手古摺らせやがって」


 態々500人も集めて小さい村を襲ったんだ。一人も逃がすわけにはいかないな。ただでさえ最近は閃珂の帝国が分裂した影響で食うにも困っているんだ。こいつらにはその分働いてもらわねぇといけねぇ。


「おい! さっさと立て! 殺すぞ!」

「待て、殺すのは不味い。何の為にここまで追いかけてきたと思ってんだ」


 見る限り若い男だ。途中で死ななければ30年は働かせることができる。見てくれも悪くなさそうだし欲求不満の奴の捌け口にも丁度良さそうだ。


「仕方ねぇ……。おら!」


 同僚が面倒くさそうに下馬するとガキの腕を掴んで無理やり立たせる。顔を見れば逃げられなかったことで絶望でもしているのかとても暗い顔をしている。勝手に逃げ出して捕まった癖に一丁前に絶望なんてしやがって……。こき使ってやらねぇといけねぇだろうな。


「おい、縄をくれ。首に巻いて引っ張ってやる」

「……何度も言うが気をつけろよ?」

「へへ、あたりめぇだろ。精々死なない程度に甚振って……」


 その瞬間だった。ぞわりと、全身を締め付けられるような感覚に襲われた。思わず武器を構えてあたりを見回そうとしたがそれよりも先に馬が怯えて落ち着かなくなってしまう。下馬した同僚は混乱した馬に蹴り飛ばされている。頭を蹴られたから生きてはいないだろう。


「っ!」


 そして、漸く馬を落ち着かせる事が出来た俺はそこで近くの丘の上からこちらを見下ろす生物がいる事に気づいた。だが、それは俺の心を恐怖で支配させるには十分だった。

 そこにいるのは漆黒の肉体に分厚く硬い肉体を持った馬の上位種とも呼ばれる存在、その名は……、


「ケルヴァディオン……!」


 “英雄しか乗れない馬”、“乗った者を歴史の偉人に引き上げる馬”とも呼ばれる世界最高峰の馬が静かに俺を見下ろしいていたのだ。


「……」


 ザッと、ケルヴァディオンが駆ける。その瞬間には俺の目の前にまで来ていた。ただそれだけなのに俺は汗が止まらない。恐怖で体が震える。

 たかが馬と豪語するにはこの馬が放つ覇気とも言うべき圧が強すぎた。まさに最強、とも覇者とも言える。今すぐにでも逃げ出したい。


「っ!!!!」


 そう感じた時、俺は馬の手綱を引いていた。本体の元には戻らずに祖国へと変える道を走らせる。後ろを見る事は出来ない。ただひたすら前を見て馬にしがみつく事しか出来ない。馬もそれに逆らわずにむしろ望んで進んでいる。今はまさに人馬一体と言える程に俺たちの心は恐怖で支配されてしまっていた。

 きっと俺は兵士としてやっていく事は出来ないだろう。そもそも隊列を離れて逃亡しているのだ。軍に見つかれば殺されるはずだ。祖国にもいられない。

 だけどどこに逃げればいいのか。閃珂地方は複数の勢力が殺し合いをしていると聞く。隣国とは仲が悪い。見つかれば殺されるだろう。ああ、本当になんでこんなことになってしまったんだ。せめて、せめてあのガキを捕まえた後にしてほしかった。

 俺は体中からありとあらゆる水分を吐き出しながら恐怖の塊とも言うべきあの生物から逃れるために必死に馬を走らせながらそう頭の中で考えるのだった。


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