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幸運な闖入者 ②

 リスさんの持つライトが、揺れながら、不審人物に当たる。

 

 ん?

 リスさんが、立ち止まった。

 私も立ち止まった。

 みっちゃんは……ずんずん突き進んで行く。


 「あれ?古賀くん?」

 みっちゃんは、バッドを突き出した姿勢で立ち止まった。


 「み、みみっちゃん……さん……」

 暗闇の中、ライトに照らされた哀れな古賀さんが、さらに色々な物を地面に落としながら立ち上がった。


 「なにやってるの?」


 みっちゃんは、自分がバッドを向けていたことを瞬時に忘れ、古賀さんの元まで行くと、落ちていた物を拾い始めた。

 マイボトル、筆入れの中から零れた物、スケッチブック、紙袋に灯りのついていない小型のライト……。


 「絵でも描いてたの?こんな夜中に……」

 みっちゃんは、拾った物を手渡した。


 古賀さんは、明らかにリスさんを意識しながら動揺していた。


 「あ、あの、申し訳ありません!こんな夜に、不法侵入をして!」

 古賀さんは、みっちゃんから受け取ったスケッチブックを胸に、勢いよくリスさんへ頭を下げた。


 「いえ、古賀さんだと分かったので、いいですけど……でも、どうして……」

 リスさんは、いつもと変わりない様子で話したが、特に古賀さんに歩み寄る様子もなく、距離は開いたままだった。


 古賀さんは、項垂れた。

 「あの、ぼく……散歩してたんです。夜、散歩をすると作曲のアイディアが浮かんでくるので……。それで、あ、これスケッチブックじゃなくて、中に五線譜が貼ってあるんですけど、あの、それで、今夜も歩いている途中で曲が浮かんできて、どうにも……書く場所がなくて、ゆっくり書きたくて、どこか近くにベンチでもないかなと思って……」


 「それで、ベッカライウグイスのベンチが思い浮かんだわけだ」

 みっちゃんが、しどろもどろになっていく古賀さんの言葉を引き受けた。


 「……すみません。勝手に入りました」

 「ぷっ」

 りすさんが、吹き出した。

 全員が、リスさんを見た。が、暗がりなのでその表情までよく見えない。けれど、リスさんは、笑っていた。大いに楽しそうに笑い出したのだ。リスさんの持っている灯りが、小刻みに揺れた。


 「ふふふ。古賀さん、これからは、堂々と使ってください。構いませんよ。知らない人じゃないので」

 リスさんが、笑いを堪えながら古賀さんにそう言うと、古賀さんはなんと言っていいのか分からない様子で、

 「はぁ」

 とか

 「でも」

 と繰り返した。

 


 事の真相が分かった我々は、すっかり気が抜けてしまった。

 「リスさんも来春さんも、外で飲んでたんじゃないの?君たち、危ないから古賀くんも連れて行きなさい」

 みっちゃんはそう言うと、片手でバッドをぷらぷら揺らしながら帰っていった。


 「みっちゃんさん、ありがとうございます!」

 「みっちゃん、ありがとう!」

 「助かりました!」



 やや気まずい雰囲気はあったものの、リスさんと私はみっちゃんの助言に従った。

 「去年は、シューさんもいたものね」

 「古賀さん、私たち、工場の横にあるベンチで、ちょっとくつろいでいたんですけど、ご一緒にいかがですか?」

 リスさんが、古賀さんを思いやってか呟いた。

 「……あ、でも、作曲の途中なんじゃ……」


 古賀さんは、慌てた。

 「あ、いえ!大丈夫です!いいんですか?」

 リスさんは、観念したように笑った。

 「みっちゃんが心配するので、よろしかったらお願いします」


 古賀さんは、芝生に落ちたままになっていたいつもの紙袋を拾い上げ、みっちゃんから渡された物を入れると、ベッカライウグイスの庭を出た。


 

 「冷めちゃったので、温かいのを淹れてきますね」

 私は、そう言って家へ入り、お湯を沸かすと、熱いコーディアルを二人へ運んだ。

 リスさんが、その数に気がついて私を見上げた。

 「あら?」 

 「今夜は少し疲れたので、先に休みますね。古賀さん、リスさんをお願いします」

 と二人に言い、秋の初めの夜空に両手を低く伸ばすと、一人家へ向かった。


 だから、その後のことは分からない。

 けれど、闖入者の幸福を確保した私は、幸せだった。

 久しぶりに、シューさんとのホットラインを開かねば。



 ややふざけながら、私は、シューさんにメール連絡をした。もちろん、今夜のリスさんと古賀さんについてである。

 それから、眠る支度を済ませると、リスさんのお父さんの書棚へ向かった。

 リビングを通るが、リスさんはまだ帰っていない。


 パン屋さんの仕事で夜更かしなど出来る機会は少ないので、本を借りて、ゆっくり夜を楽しむつもりだった。

 

 リスさんのお父さんは、みっちゃんたちにとっては、同僚であり少し年上の先輩でもあった。

 その亡き後も、みっちゃんたちは、ずっとリスさんを見守り、こうしてベッカライウグイスを陰日向なく支えてくれているのだから、人望の厚い方だったのだと思う。

 私は、旅行好きだったというリスさんのお父さんが、ずっと本棚に、本と一緒に並べていたお土産の飾り物を眺めながら、背表紙を追った。


 離れた場所からならば、シューさんが手に取って教えてくれた、ユニコーンの人形も見える。

 ユニコーンの隣には、絵はがきが何枚か、カードスタンドに挿した形で飾られていた。

 私は、それが、いつの間にか増えていることに気がついていた。

 リスさんが、わざわざ踏み台に乗って、あの場所に飾っているのだ。



 今夜は、何の本を借りようか…………多岐にわたる蔵書を、眺める。リスさんが持ち帰ったのだろうか、ドイツ語の本もある。


 私は、あ、懐かしいな、と思った、その一冊を手に取った。

 子どもの頃、祖母に読んでもらった記憶が蘇った。

 おばあちゃんは、こういう小説が好きだったな……。

 祖母の読み聞かせてくれる温かい口調や、主人公の子どものあれこれが、走馬灯のように脳裏を巡り、私はその本を手に取って頁を(めく)った。


 と、頁の間に、一枚の写真が挟まっていたのが、目に留る。

 古い、モノクロの写真である。

 

 お母さんと、1歳くらいの男の子が、くっきりとした時間をとどめ、微笑んでいた。

 私は、自分が捲ったせいで抜け落ちそうになったその写真を、挟み直そうと指先で摘まんだ。何気なく見たその裏には、黒いインクで知らない人の名前が書いてあった。

 親戚の子どもの写真をやりとりすることが、昔はよくあったように思う。特に、家には祖母がいたので、従兄弟たちの子どもの頃の写真がたくさんあった。

 

 何もない、一人の時間が増えると、祖母のことを思い出す。

 そういう時間も大切なのだろうと、この頃思えるようになってきた。悲しみから手を離し、祖母とのことを懐かしく思えるのは、リスさんや、みっちゃんや、みんながいてくれるからなのだろう。

 私は、写真を挟んだまま、その本を借り、部屋に戻ると眠くなるまで読み(ふけ)った。

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