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だいちゃんとたいちゃんの夏休み ③

 カランコロン

 「こんにちはー」

 「いらっしゃいませ」


 開店したベッカライウグイスに、次々とお客さんが訪れる。

 お客さんたちは、ちゃんと気づいてくださる。

 ショーケースに並ぶパンの奥から、じっとお客さんとパンを見つめる、だいちゃんに。


 「まぁ!可愛いパン屋さん!」


 情報通の赤間さんに至っては

 「あらっ?今日は、店長さんが二人なのね!」

 と、だいちゃんが店長さんの認識である。


 お客さんたちは、制服姿のだいちゃんの出で立ちを褒め、だいちゃんは照れてしまい、リスさんの後ろに隠れた。


 私は、そんな微笑ましいだいちゃんに、お願いの声を掛けた。

 「だいちゃん、お客さんにパンをお運びしてもらえますか?」

 やってきたみっちゃんに、いつものクリームパンを運んでもらおうと思ったのだ。

 だが、だいちゃんは「うん!」とは言わなかった。

 首を横に振ると、リスさんの影に隠れる。


 「そろそろ疲れてきちゃったのかしらね。だいちゃん、頑張ったから」


 だいちゃんのお母さんは、カウンターからだいちゃんの撮影に勤しんでいる。リスさんは、お母さんに声を掛けた。

 「だいちゃん、朝早かったので、そろそろ退勤の時間にしましょうか?」

 お母さんは、ビデオカメラの画面から顔を上げ、リスさんとだいちゃんを見た。


 しかし、だいちゃんは、言われたことに気がついた。

 いけない、と思ったのか、だいちゃんは俄然やる気になって、リスさんの後ろから出てきてその横に並び立った。


 だが、どう見ても眠たそうである。瞼に元気がなくて、目がとろんとしている。だいちゃんの小さな手が、リスさんの手に伸び、仲良く手を繋いだ。

 これは、なんとかしないと、と私たちは思い始めた。

 そんなとき、弘子さんとさくらさんがやってきた。



 カランコロン

 「こんにちはー」

 「いらっしゃいませ!」

 「いらっさいませー」

 だいちゃんが、どこか虚ろな様子で声を上げる。


 実は今日、二人は特別なお客さんであった。

 だいちゃんが、大当たり・特別賞を掴んだ日の様子を私たちから聞く度に、「必ず、来るわ!」「だいちゃんに会いたい!」と今日の日を楽しみにしていたのだ。


 リスさんが、だいちゃんの手をぎゅっと握った。

 「だいちゃん!だいちゃんにお客さんが来ましたよ!」

 「んー、だいちゃんにおきゃくさん……?」

 ぼんやりとだいちゃんが答える。

 まるで、立ったまま眠っていたような反応である。


 ショーケースの向こうからその様子を見ていた弘子さんとさくらさんは

 「可愛いー」

 と歓声を上げた。

 みっちゃんが、こちらを見る。

 あ!みっちゃんのクリームパンがまだだった、たいへんとばかり、私は急いでコーヒーを淹れる準備を始めた。そうしながらも、だいちゃんの様子が気に掛かる。



 「だいちゃんの作ったパンをお願いします!」

 「だいちゃんのパン、二つくださいな!」

 「え、これ、タケノコでしょう?すごい美味しそう」

 「これは……乗り物かな……なんだろう……。飾りがとってもかっこいい!」

 

 だいちゃんのパンが、はじめて、お客さんに売れるのである。

 だいちゃんは、リスさんの横にぴったりとくっついて、もじもじしていながらも、先ほどまで眠たそうだった目が輝きだした。


 リスさんが手を伸ばしてトングを掴むと、屈み込み、それをだいちゃんに渡した。

 「だいちゃん、だいちゃんの作ったパンを、載せてもらえますか?」


 

 だいちゃんは、(とろ)けそうな笑顔で、ショーケースの中のパンをトングで必死に掴む。



 だいちゃん制作のパンは、全部合わせると6個だった。

 私は、リスさんに、「非売品」の札を作りましょうか、と提案していたが、リスさんは「多分、お客さんたちは分かってるから、大丈夫よ」と言い、結局作らなかった。

 やはり、お客さんたちは、それと察して、だいちゃんの様子と作品のパンをしきりに褒めてくださったが、パンは残してくださっていた。

 


 その、貴重なレスキュー車パンと、貴重なたけのこパンが、今、だいちゃんの両手使いのトングによって、リスさんの膝の上にある木のトレイに、少し危うく載せられた。


 「やったー!」

 「だいちゃんパン屋さんのパンが食べられるわね!」

 「早く食べたい!」


 だいちゃんは、自信たっぷりに言った。

 

 「おいしいよ!」


 弘子さんとさくらさんは、悶絶である。


 「だいちゃん、次はこっちにお願いします」


 私は、レジのところで、だいちゃんを呼んだ。


 だいちゃんは、先ほどまでの眠気はどこへやら、意気揚々とやってくると、カウンターの上にトレイを置いた。


 「えっとぉ。いくらかなぁ。……いくらかなぁ?」


 だいちゃんは、期待に満ちた目で私を見上げる。

 私は、こっそり「300円です」と教えてあげると、だいちゃんは、弘子さんとさくらさんに

 「300円です!」

 と元気よく言った。

 

 「はい!300円ですね!」

 弘子さんとさくらさんが、合わせて300円を、ベッカライウグイスの金属トレイの上に置く。


 「ありがとうございます!」

 誰に教えられたわけでもないのに、だいちゃんはちゃんとお礼を言った。


 「だいちゃん、袋に入れる!」

 ずっとリスさんと私の様子を見ていただいちゃんは、自分から薄い紙袋を開き、そこへ小さな手に一生懸命トングを使って、たけのこパンを滑り込ませた。 


 だいちゃんは、パンを入れ終わると、見よう見まねで袋の両端をくるくると捻った。

 「おおっ!」

 大人たちが歓声を上げ、

 「てへっ」

 だいちゃんは、照れる。


 「どうぞ!」

 「ありがとうございます!」

 弘子さんとさくらさんは、だいちゃんから袋を受け取ると、カウンターへ向かった。

 だいちゃんのお母さんは、ビデオカメラを閉じ、荷物の中へ仕舞うと、カウンターへコーヒーを運ぶリスさんに、何ごとか囁いた。

 リスさんは頷くと、ショーケース奥へ戻り、工場へ入っていった。



 カランコロン

 「こんにちは」

 「いらっしゃいませ。あら?!」


 私は、驚いた。

 古賀さんである。


 初夏になったと思った途端、古賀さんは、再び海外の音楽祭へと旅立ち、その後しばらく演奏旅行であちこちを訪れていたようだった。

 リスさんは、ベッカライウグイスのホームページに送られてくる古賀さんからのメールの内容を、私に教えてくれた。

 そんな話を聞いていると、いつもカウンターでコーヒーを飲みながら楽譜を眺めていた古賀さんが、なんとなく遠くの人になってしまった気がしないでもなかった。

 だが、相変わらず、楽譜のたくさん入った紙袋を手に提げて、表情も物腰も変わらない様子であることに、私は安心感を覚える。おまけに、今日は見覚えのあるユニコーンTシャツである。

 初夏よりも、短く切りそろえられた髪が、去年初めてベッカライウグイスを訪ねて来たときを彷彿とさせ、私はこみ上げる笑いを押し殺そうとしながら、工場のリスさんを呼ぼうとした。

 が、古賀さんはそれを止めた。

 

 「いいですよ。お仕事中なので。コーヒーをいただいて、ゆっくり待ってます」

 私は頷いて、古賀さんがまた楽しそうにじっくりとパンを選ぶのを待とうと思った。


 古賀さんは、口元を緩ませながら、ショーケースのパンを見ようと屈み込んだ。

 ショーケースの奥には、古賀さんの真似をしたように屈み込む、だいちゃんがいた。

 パンを挟んで、二人の目が合った。

 「ん?」

 古賀さんが、驚いて膝を伸ばした。

 ショーケースの上から、だいちゃんを見下ろした。


 「あれ?……どなた……」

 だいちゃんも膝を伸ばして背伸びをして見せ、古賀さんは目をぱちぱちと瞬いた。どうやら、だいちゃんの目は、ユニコーンに釘付けのようだった。


 「新しい、店員さん、かな?」

 「だいちゃんは、パン屋さんでっしゅ!」

 だいちゃんは、ユニコーンより職務を優先した。


 「ああ!」

 古賀さんは、ピンと来たように両手を打ち合わせた。

 そう。だいちゃんは、近い未来の古賀さんの姿なのだ。


 リスさんが、だいちゃんへの今日のおみやげを抱えて、工場からやってきた。

 古賀さんが、リスさんの姿を目に留め、微笑む。

 「あら!古賀さん、お帰りなさい」

 「戻りました」

 

 最近、こんな挨拶も何気なくてまたいい。

 だいちゃんのお母さんが、コーヒーの準備を始めようとした私の近くにやってきて、レジのカウンター越しからそっと囁いた。

 「将来の、子どもさん候補ですか?」



 だいちゃんは、なんとその後、古賀さんに注文のパンを運んでくれた。

 ユニコーン効果だろうか。

 だが、朝5時起きの3歳児には、とうとう限界が訪れる。

 だいちゃんは、古賀さんに「どうぞ」とトレイを置いたあと、

 近くに座っていたお母さんの膝に突っ伏した。

 そこで顔ごと両目をこすりだす。

 「ママ、だいちゃんねうい」

 

 お母さんが、すぐにだいちゃんを抱っこした。

 「はいはい。今日は、頑張ったわね、だいちゃん」

 小さな制服姿のだいちゃんは、お母さんに抱き上げられると、気持ちよさそうな表情になった。

 「うん」

 「だいちゃん、パン屋さんになれて良かったわね」

 「うん」

 「次は、お客さんで、またベッカライウグイスに来ましょうね」

 「うん」

 「じゃあ、お家に帰ってねんねするよ?」

 「うん」

 お母さんは、だいちゃんの頭を撫でた。


 リスさんは、ショーケースに並んでいただいちゃんのパンを包んだ。

 それをお土産と一緒に、カウンターへ持ってくると、

 「お入れしていいでしょうか?」

 と聞いてから、お母さんの大きな鞄の中に入れた。


 「たくさん、ありがとうございます」

 だいちゃんは、お母さんに抱かれ、すっかり眠りについている。

 

 ぷっくりとした赤い頬に掛かるかと思うほど、長いまつげが小刻みに揺れる。

 湿った唇が少し開き、寝息が漏れる。

 幸せそうな寝顔である。

 カウンターのみんなが立ち上がって、だいちゃんを覗いた。

 古賀さんまでが。 

 


 お母さんが、だいちゃんを起こさないようにゆっくりと立ち上がった。


 「今日、歩いてですか?お近くですよね?私、お荷物持ちますよ」

 私が、大きな荷物を持ち上げようとすると、お母さんは優しく静止した。

 「大丈夫ですよ。いつも、抱っこしながら肩に掛けてるので」

 お母さんは、少し小声で言う。

 「リスさん、来春さん、今日はほんとうにありがとうございました。だいちゃん、きっと、大人になっても、今日のこと覚えてると思います。ほんとに、素敵な経験をさせてもらって……、今すぐは分からなくても、きっと、だいちゃんのこれからの力になると思います。色々ありがとうございました」

 お母さんは、だいちゃんを抱き留めながら、私たちに頭を下げた。


 「また、いらしてくださいね。お待ちしています」

 リスさんは、お母さんの胸にほっぺたを埋もれさせただいちゃんにも、小さな声で言った。

 「だいちゃん。今日は、ありがとう。また来てね」

 すると、だいちゃんは、一瞬目を覚まし、リスさんを見た。

 そして、一言、

 「だいちゃんパン屋さん……」

 と言うと、くったりと眠り込んだ。

 私たちは、全員、満ち足りた笑顔になった。


 だいちゃんとお母さんは、リスさんと私の心を、ふわふわの焼きたてパンのようにして帰っていった。 

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