第四十二話 おめでとうございます!元気な女の子ですよ!
冒険者ギルドを出て、街に入ったユーリシティアとルーテシアの二人は引き続き大勢の人の好奇の目に晒される。
「ママ!あのお姉ちゃんのお腹大きいよ!」
「あらあら、あのお姉ちゃんのお腹にはね、赤ちゃんがいるのよ。だから優しくしないとダメよ?」
「そうなんだ!!」
会話する親子が微笑ましくルーテシアたちを見る。
子どもと目が合うと手を振ってくれたので、顔を引き攣りながらルーテシアも手を振る。
肩を借りているユーリシティアの方を見る。ユーリシティアは緊張と恥ずかしさで顔面が蒼白だ。
今のユーリシティアには期待出来ない。
そう思いながらルーテシアは何とか前へ前へと歩みを進めた。
ヒソヒソと噂話でもしているのだろうか、買い物途中のおばさんたちの声が聞こえる。
「若いのに大変ねー」
「十五歳くらいかしら?若気の至りって怖いわー」
そんなヒソヒソ話がひっきりなしに飛び交う。
体調が悪い様に見えるルーテシアを見る人々は腫物の様に二人を避ける。
特に道行く男性は絶対にルーテシアに触れたくないのか、まるで大名行列を避ける庶民のように道端で歩くのを止め、じっとこちらを見るばかりだった。
そんな衆人の中でもおせっかいを焼くお婆さんというのは何処にでもいるもので、一人の老婆がルーテシアに話しかけて来た。
「おやおやお嬢ちゃん、若いのに立派だねぇ。私が若い時にはあんたくらいの歳で子を産んだもんさ。今の若い子らは結婚してもなかなか子どもを作ろうともせん。一体いつになったら私の孫は私にひ孫を見せてくれるのやら」
「あ、あの?」
途中から自分の家族の愚痴を溢す老婆にルーテシアはどう答えを返したら良いか迷う。
そんな世間話はいいからルーテシアたちは早く家に帰りたいのだ。
「おっとすまないね。それであんたを孕ませた罪な男はどこに居るんだい?もうすぐ産まれるんだろう?それなのに嫁さんをほっぽらかして何をしてるんだ?」
「あ、あの!ルーには特別付き合ってる男性はいなくて……」
助け舟を出したつもりのユーリシティアは語気が荒くなる。
本当は自分がルーテシアと恋仲なのだ。
誤解でも男の匂わせをルーテシアにしないで欲しかった。
「なんだい訳ありかい?まったく、あんた身なりは整ってるのに男は見る目ないね。いいかい?良い男って言うのは女の尻に轢かれても逃げ出さない男さ」
「ご忠告ありがとうございます……」
まだ話は続くのか?とルーテシアはだんだんイライラしてくる。
実はと言うとルーテシアの体力と気力は限界に近い。
ダンジョン内での戦闘でほとんどの体力と魔力を使ったのだ。
その上で今もイスラフィールを自身のお腹に隠す為にずっと魔法を使っていた。
魔法を維持して使うというのはそれなりに精神を集中させる必要がある。それなのにルーテシアは冒険者ギルドで、街中でととんでもない恥ずかしい目に合っている。
ガリガリと削られたルーテシアの精神力をこの老婆はさらに削ろうとする。それくらいこのご老人の話は苦痛だった。
「くしゅん!」
ルーテシアの鼻に埃が入りくしゃみをする。
一瞬だがルーテシアの魔法が乱れ、イスラフィールを覆っていた水帷の一部の水が服からスカートにかけて漏れてしまった。
「あっ……」
股下に流れ出る水にルーテシアは顔を顰める。
おしっこを漏らしたみたいに周りに見られたと思い、ルーテシアの顔は羞恥心で赤くなった。
「い、いかん!破水しよったわ!」
臨月をも思わせるルーテシアの大きなお腹は老婆を勘違いさせた。ルーテシアのお産が始まったと老婆は真剣な眼差しで険しい顔つきになる。
その覇気はまるで歴戦の勇者のようで、ユーリシティアとルーテシアは老婆から一歩下がった。
「おい!そこのあんた!」
「お、俺!?」
突然指名された仕事中の男は驚く。
「早くそのネコ車を貸しな!」
老婆は男に反論する隙を与えず、男が持っていた一輪車の台車を掻っ払った。
「ほれ!早く乗りな!!」
「え?えー!?」
老婆とは思えないとんでもない力でルーテシアは有無を言わさずネコ車に乗せられた。
そして老婆はとんでもない速さで走り出す。
「そら!早く病院に行くぞ!」
「び、病院はダメです!!」
「そんな事言っとる場合か!!訳ありでもお前さんと赤ちゃんが死んでしまったら意味が無いじゃろ!?」
老婆の至極当然な意見にルーテシアはぐうの音も出ない。
しかし、ルーテシアのお腹にいるのは赤ちゃんではなく、魔法で隠してある幼児化した吸血鬼のイスラフィールなのである。
そんなものを例え医者であっても見せるわけにはいかなかった。
「ユーリ先輩!急いで店に行ってメルを呼んできて下さい!!」
老婆の迫力に何も出来なかったユーリシティアは遠ざかるルーテシアの言葉で我に返った。
「え、ええ!!すぐに行くから頑張って!ルー!!」
ユーリシティアは全力疾走で街を駆け抜ける。
最短で、最速で、一直線にメルフィーナがいるダーラムへと走った。
障害物があれば飛び越え、家があれば屋根に乗り飛び越える。見る人が見ればそれはパルクールみたいだと思うだろう。
そして店に着いたユーリシティアは乱暴にダーラムのドアを開き、大声でメルフィーナを呼ぶ。
「メルフィーナさん!!居ますか!?」
「あら?ユーリシティアさん?」
ちょうどお店のホールの掃除をしていたメルフィーナは突然現れたユーリシティアに驚く。
「早くルーの所に行って下さい!」
「あの〜?ルーテシア様に何かありましたか〜?」
「もうすぐルーの赤ちゃんが産まれそうなんです!!」
「え?えぇ!?!?!?」
メルフィーナはユーリシティアの言葉に混乱する。
だってルーテシアは女の子ではなく男の娘。妊娠なんて出来るわけ無かった。
しかしユーリシティアの表情は真剣そのもので、嘘を言っている様には見えなかった。
「ミレット、エレナ。少し留守にするので後は任せましたよ〜」
「「了解です!!」」
店を後にしたユーリシティアとメルフィーナは駆け足で街を走る。
「ところで、肝心のルーテシア様は何処に居るのですか〜?」
「はっ!?」
メルフィーナの至極真っ当な質問にユーリシティアの足が止まる。
「ど、どうしよう!?ルーが何処の病院に行くか分かんない……」
ユーリシティアはパニックで頭が真っ白になる。
どうしよう、どうしようと慌てるばかりで話が進まない。
メルフィーナは仕方ないなと言わんばかりにルーテシアの魔力の波動を辿った。
「今、ルーテシア様の場所を魔法で探します。少し待って下さい〜」
「そ、そんな魔法が?」
「まあ、私たちは普通じゃ無いので〜」
ユーリシティアは普段と変わらない様子のメルフィーナを頼もしく思った。
メルフィーナがルーテシアの魔力を感じた場所と頭の中の街の地図を重ね合わせる。
そこはここら辺でやっている小さな診療所でメルフィーナとも顔見知りの医者がやっている病院だった。
「分かりました〜。ルーテシア様の所まで急いで行くので着いて来て下さい〜」
「あ、ありがとございます!」
メルフィーナはメイド服のスカートを手で軽く持ち上げて全速力で走り出す。
その速さはユーリシティアが付いて行くのにやっとで、ものの五分もかからず目的の診療所までやって来た。
「失礼します〜」
「ご、ごめんください!」
診療所の受付には人の良さそうな看護師さんがおり、その側には力を使い果たしたのか気絶してソファーで寝ている老婆が一人いた。
「あ、もしかしてルーテシアさんのご家族の方ですか?」
「あ、はい〜。ルーテシア様の赤ちゃんが産まれそうと聞きました〜」
「そうですか!もうすぐお産が始まりますのでどうぞこちらへ来て下さい!」
メルフィーナとユーリシティアは看護師に案内されて手術室へ入る。
そこにはこの診療所の医者である初老の男性とお腹が大きくなったルーテシアがベッドで仰向けで寝ていた。
「あ!メル!!ユーリ先輩!!」
「あらあら〜。本当に産まれそうですね!」
「メル!笑ってないで助けて!!」
あまりの可笑しな光景にメルフィーナは思わず嘲笑の息が漏れた。
ユーリシティアも緊張がほぐれたのか乾いた笑いが出た。
そんな三人の様子を見た医者はため息を吐く。
「メルフィーナさん、久しぶりですね」
「はい〜、先生も相変わらずお元気で」
「どうやら訳ありの様ですな。私が居なくても大丈夫ですかな?」
先生と呼ばれた初老の医者はメルフィーナに確認する。
「だそうですよ〜?ルーテシア様?」
「大丈夫です!一人で何とか出せます!!」
ルーテシアは必死にメルフィーナに訴えた。
「すみません先生。席を外して頂けますか?迷惑をおかけした謝礼は後で必ずお支払いしますので〜」
「別に金は構わんよ。あなたとは長い付き合いだ」
そう言うと医者は手術室の控え部屋へと姿を消す。
ようやく知り合いだけになった空間に安堵したのか、ルーテシアの顔は安らいだ。
「それで?そのお腹はどうしたのですか〜?」
「えーっとね、話すと長いから簡潔に言うとね、僕たちの大切な友達をこうやって隠してたんだ」
ルーテシアはずっと隠していたイスラフィールをメルフィーナに見せた。
「これは?もしかして吸血鬼ですか〜?」
「そう!吸血鬼のイスラフィール。僕とユーリ先輩の命の恩人」
イスラフィールの無事な姿を確認出来たからかルーテシアとユーリシティアの顔つきは優しくなる。
その様子はまるで本当に子を心配する親の様で、メルフィーナはそんな二人を見ると微笑ましくなった。
ルーテシアがお腹にいるイスラフィールを水帷の上から優しく撫でる。
すると赤ちゃんになったイスラフィールが目を覚ましたのか、突然ルーテシアのお腹の上で暴れ出した。
「うひぃ!?」
いきなりの刺激にルーテシアは変な声を上げる。
早く水帷を解こうとルーテシアはするが、イスラフィールの魔力の干渉のせいか上手く出来ない。
その様子はまるで本当の出産のようで、苦しむルーテシアにユーリシティアは手を握り応援する。
「ルー!頑張って!!もう少しよ!!」
ルーテシアとユーリシティアの様子を見るメルフィーナは笑いを堪えるので精一杯だ。
男の娘のルーテシアが擬似的に出産を体験している。その作り話のような可笑しな事実にメルフィーナの口から空気が漏れた。
「ぷ、ククッ。ルーテシア様〜、頑張れ〜。ククッ」
心配するユーリシティアと爆笑するメルフィーナ。そんな二人を他所にルーテシアはお腹にいるイスラフィールと最後の戦いに挑んでいた。
赤ちゃんになったとはいえ、イスラフィールは流石の吸血鬼だった。
あまりの力強さにルーテシアは苦痛の声を上げる。
「ひっひっふー。ひっひっふー」
図らずともルーテシアの呼吸は出産する妊婦のものと同じになる。
ルーテシアはひたすらに我慢する。
それはルーテシアの魔法を解除するタイミングを見計らうため。イスラフィールの魔力がルーテシアの魔力に干渉しない瞬間。その時をルーテシアは待った。
そしてその時はついに訪れた。
オギャア!!オギャア!!
ルーテシアの水帷から解放されたイスラフィールは元気に産ぶ声を上げた。
「ルーテシア様、おめでとうございます〜。元気な女の子ですよ〜」
イスラフィールを取り上げたメルフィーナはイスラフィールを綺麗なタオルで包み、ルーテシアへ渡した。
生まれ変わったイスラフィールを抱いたルーテシアの目にはキラリと涙が光った。




