第十六話 己の臭さ己は知らず。
「フロウよ……」
男が立つは閑散としたテニオスの中央広場。
部下の名を呼び、彼はしゃらくさい態度を取る。
そんな彼の背後より聞こえるは一つの足音。
「ケケッ。出迎えがない事に怒りはないぞ……何故なら今のオレ様は気前がいいからなぁっ——!!」
不敵な笑みを浮かべ上機嫌に叫び——振り返った彼は。
「——き、貴様…何者だ……?」
闇に目を見開き——疑問を投ずる。
「——あれ、私のこと知らない……?」
月夜に照らし出され彼女は答える。
「一応——"勇者"やってますけど」
「——なっ!?」
男は、勇者・キオナの名乗りに狼狽えを見せる。
「……どうやらその様子じゃ——とても実力者とは思えんな」
次いで闇夜から現れた、大剣を肩に担ぐディアーナは、鋭い眼光で男を値踏みするように様子を伺う。
「なぜだっ!?貴様ら!!」
「『なぜ?』」
深緑の髪が荒ぶる男の問いにディアーナは眉を顰める。
「なぜ貴様ら、勇者とその仲間が此処にいるっ!!"あの村"に向かったはずじゃっ——!?」
——男の言葉にディアーナは眉を上げる。
「……その物言い、まるで。オレ達が襲われていると報告を受けた"とある村"に関与してるみてぇな口振だな?」
「しまっ——!!」
「…………」
男は失言を抑えるように口に手を当て。
ディアーナは呆れた目を向ける。
そして、キオナは男の言葉に呟く——
「——やっぱり…ルディくんの言った通りだった……」
事実の確認ができたディアーナは一度後方へ歩き——
「でっ——フロウって奴はコイツかぁ?」
そう問いかけながら、無惨な甲冑を着る男を引きずりだす……
「てめぇら随分と馴染むのが得意な様で?」
「……もぅ…しわけ……ござい…ま……せん………」
フロウと思われし者を目に入れた男は眉間に皺を寄せ、冷徹な目で見下ろす——が。
「——ケケッ……」
瞬時にその表情は打って変わり……不気味で不快な嘲笑を溢す。
その嘲笑にディアーナは問う。
「何か笑いどころあったか?てめぇはどこぞのエルフか?」
「あぁ……愉快!!実に愉快だよ!!ケケケケケッ!!」
勇者と騎士は身体の態勢を整える。
男の言葉に——キオナは再び問いかける。
「——何が……?」
「今からオレ様が——勇者供を嬲り殺しにできるからなぁあッっ!!!!」
その言葉と共に——戦いの火蓋は切って落とされた。
■■■
同時刻——オル村にて。
「……聞いてない…」
そうぼやくのは勇者パーティの一員である。
森の賢者——ムー・ぺオル。
「右に同じくです——」
ムーの意見に同意する青年。
サフィレット家の護衛——パディ。
「……ルディ…が言ってたのは…中級の魔物………コレはその枠には…収まらない………」
「全くペオル様の言う通りだと思います……一人で相手にしていた時は、常に死神が見えてましたから」
二人の前に存在したるは中級の魔物の姿を模す——別のナニカ。
ムーとパディは連携をとりながら互いの意見を交換し合う。
「かと言って……コイツをこのままにしておく訳にもいかないですね——」
確実に中級の域を越える魔物ならば。
即座に村人の避難を完了させ次第、自らの引き際を考える……が。
「………今ここで……放置すれば…いずれは……——上級の魔物に匹敵……する………」
「討伐するなら——今が好機ですね」
討伐隊を編成するなどと、もたつく内に。
今時となってしまう前に……
——摘める芽は摘んでおくべきである。
「本当に少年とお嬢様には勘弁してほしいですっおっとっ!!」
パディは中級の魔物の繰り出す攻撃を躱しながら、この場にいない者の愚痴をこぼす。
「それに——何故、こんな小さな村を狙って……」
そんな青年の脳内には素朴な疑問も浮かぶ——
その疑問にムーは魔法を放ちながら答える——
「【樹木の手】——それは…分からない……けれど…………」
「『けれど?』」
パディはムーの言葉を聞き返す。
すると彼女は少し言葉を強くして呟く。
「……確かな…——疑問は…生まれた………」
同所——————同時刻
「村長さん——現在の村民の方々は118名ですね?」
村のはずれに集められたオル村の村民達——
聖女キリアはオル村の村長に村民の数に加減がないか確認する。
「ええ。間違いないありませぬ……」
村長は不安な表情を浮かべ、村民を見渡す。
そんな彼に聖女は伝える——
「——大丈夫ですよ、村長さん」
「……? 」
「私達——勇者パーティなので……ふふっ」
そのおり——村長の娘であるアリシアは周りを見渡す。
「我々も人数を数える——動かず、その場で互いに見当たらない顔が無いか確認してくれ」
騎士が村民へと通達する。
アリシアは騎士の通達を無視し皆をかき分け探す……
「——……ルリス…ルリス……?」
「そこの方、どうされた?」
娘の名を呼び、瞳に涙を溜める——母は叫ぶ。
「娘がっ——ルリスがっ!!ルリスがっ!!いないっ——!!」
■■■
「——んぅ……?」
こ…ここは……?
月明かりに薄らと照らされた視界に映るのは——草と…木……
「んーんん……ん?——んっ!?」
声が出ない!?
それに——手足が縛られて身動きが取れない。
どういう事!!
なんで?もしかして、拐われた?
「——起きたか?」
「っ——!?」
少女は突然聞こえた闇夜の声に身体を驚かせる。
——誰……男の人?
声がこもっており年齢はおろか性別すらも不確かである。
「しばらく、そうしててくれ……お前には聞きたいことがある」
そう指示した、声の主は月明かりに照らし出され——その姿が見える。
仮面を被った者の確かな正体は判明しないが。
——それって……
——ルリスには見覚えのある人物に見えた。
■■■
「おらぁっ!?どうしたっ!!オレたちを嬲り殺しにするんじゃなかったのかっ!!あ゙あ゙っ!?」
勇者と騎士の猛攻に防御に徹する深緑の男……
一見、有利に見える勇者らも。
未だ決定打となる攻撃は打てず。
男の表情にも鷹揚が残る……
そして、焦燥からくる煽りを口にするディアーナに。
男は見透かすかのように返答する。
「ケケケッ!!ほざけっ貴様らなぞ今のオレ様に二人がかりで息絶え絶えではないかっ!!」
「…………」
勇者は男の言葉に口を曲げる……
一方で騎士は負けじと言葉を返す。
「——なんだぁっ!?その言い回しっ!!さも、余力を残してるかの様に言いやがって——さっきから出来ねぇ事ばっか息巻いてんじゃねぇよっ!!」
「ケケッ……まったく愚鈍な奴め…貴様らなんぞオレ様の真価を持ってすれば——」
——騎士の煽りと大剣を男は嘲笑と硬化された腕で受け止める。
「——やれるもんならっ!!今すぐにやってみやがれっ!!!!」
「ケケケッ……その様に望まれては仕方あるまい………この姿に成るのは、醜く、全く不本意であるが。コレもまた…オレ様の未熟ゆえ——あのお方の願いを果たす為ならっ!!」
「——グッ!!」
ディアーナの苛烈した煽りに男もしびれを切らした様に言葉を叫ぶ。
——騎士の攻撃を押し返す様に弾いた男は二人から距離を取ろうとするが。
「キオナっ——!!」
勇者は敵に隙を与えまいと間合いを詰める——
——勇者の剣が男の下肢を薙ぎ払う寸前——
「——恐れ慄け…勇者供……このっ——」
「っ!?なんて瘴っ——」
「——"フロッグ様"——になっ!!」
男を源として発生した、吐き気を催す程の瘴気にキオナの剣を持つ手が瞬間的に緩む——
フロッグはその好機を見逃さない——
「——かはッ!?」
「——キオナっっ!!?」
フロッグは剣を受け止める程に硬化した腕を格段に上がったスピードと共にキオナの腹部に力一杯、打ち込んだ。
騎士は勇者の名を叫び、即座に敵に大剣を振るう……が、それは容易に避けられてしまう。
ならば——今は勇者を自身の影に隠すことに専念する。
「ケヒッケヒッ!!!!」
「てめぇ……"魔族だったのか"………」
自らをフロッグと名乗った男の身姿は人間のそれとはかけ離れ。
肌の色は緑に変色し、四肢には水中を泳ぐ生物の様な水掻きが。
そして、頭部はまごう事なき——『蛙』
ディアーナの鼓動と比例して【危険察知】のスキルが脳内に甲高く鳴り響く。
「てめぇは今ここで、オレがぶっ殺すっ!!!!」
「貴様こそ出来もしないことをほざくなっ!!ケケケケケケケッ!!!!」
大地を削るまでに踏み込まれた騎士の足は視界の端から端を一瞬にして過ぎ去り、瞬きをする間もなく敵影へと間合いを詰める。
再び上段から大きく振り上げられた大剣を受け止める為にフロッグは硬化した腕を頭上に交差させる……しかし。
「そう何度も受け止められてたまるかよっ!!【——武装・ニ式っ!!】」
大剣はハッタリ——ディアーナは空中で身体を捻る——瞬間。
——繰り出されるはフロッグの脇腹への強烈な回し蹴り……
「なっ!?」
だが——ディアーナの蹴りは。
フロッグに容易く受け止められてしまう——三本目の左腕によって……
「ケケケケケッ!!!!」
「グッ!!——くそがッ!!」
獣の様な握力で足を掴まれたディアーナは痛みに声を漏らすが——もう一方の足でフロッグの腕を押し蹴り、なんとか拘束を解除する。
「ケヒッケヒッ愉快ッ!!実に愉快だっ!!圧倒的な力の差っ!!どうしたぁ?手も足も出ないじゃないかっ!?さぁさぁあ!!どう一転させる!?この絶望をっ!!!!ケケケケケケケッ!!」
明らかに怯み距離を取ったディアーナに対してフロッグは愉しむ様に嫌味を叫ぶ。
ディアーナはフロッグ挑発とも取れる言葉に乗せられ青筋を立てるほどに脳を興奮させる——
「——ごちゃごちゃうるせぇっ!!黙ってっ死に晒せっ!!!!」
「——……ディアーナっダメ………」
キオナの静止を置き去りにディアーナの身体は動きだす——
再び正面より斬り込んだとして、動きを見切られるのは当然。
ならば、ディアーナの動きをろくに追わず、自身の力に慢心している今に——決める。
——狙うは圧倒的な死角——
——真後ろを下方より斬り上げるっ!!——
「【——"華威しっ!!"——】」
——なっ!?
——ディアーナとフロッグの目線が繋がる。
「——ケヒヒッ……」
「——あがっ!?」
気味の悪いニヤケ面を最後にディアーナは脳内に言葉を吐く。
『……いまのは…なんだ………』
間もなくしてディアーナは意識を手放した……
■■■
テニオス——中央広場。
二人の少年少女と一人の騎士の姿が。
『——恐れ慄け…勇者供……このっ——』
「あ。あの"カエル男"……」
「ルディ様…あの者を知っておりまして?」
「ええ……魔王の討伐以前にこの場所で——」
ルディは目を瞑り、何かを思い起こすような仕草を見せる。
「名前は確か——……」
「『——"フロッグ"——』と言った様な」
少年が目の先にいる男の名を口にした瞬間——戦況が大きく変わる。
「なっ!?キオナ様が……」
勇者キオナがフロッグの一撃に膝をついた……
その光景に、二人の護衛を任されたペトラは驚きの声をあげる。
「ペトラ副団長。その様な大きい声を出すとこちらを勘付きますわよ?」
「し、失礼致しました……」
現在——ルディ達三名は、勇者と騎士が魔族と戦闘する様子をアレイラの所持していた魔法道具の中で傍観している。
アレイラの持っていた魔法道具は、【通称——魔法の記憶】と呼ばれ。
所持者が魔力を込めると、その中に記された魔法を無条件に発動する事ができるといった代物。
そして、いま発動されているのは【——阻害障壁】と呼ばれる【展開魔法】
外部から知覚される事を防ぐが、内部からの影響に脆弱性があるスキルなので。
内側で大きな声や障壁に触れるなどといった行動を取ると魔法の効果は意味を無くす。
効果範囲は道具を支点に三メートル四方に展開される。
「しかし——完璧な形勢逆転ですわね」
アレイラが言った言葉に。
ルディは単純に驚きをこぼす。
「……冷静ですね——?」
少女の戦いを見る目は極めて冷静沈着であり。
それはまるで——
「滅相もない——わたくしが今ここでどう喚こうが、足掻こうが現状は脱しないという事を理解しているまでですわ」
——幾つもの戦場を経験した軍師の様に……
そこで——ルディは少女の真を見るように提言を試みる。
「——ならば……」
「……逃げませんわよ?」
ルディの口には『逃げ出せば良い』という言葉が続くはずだった。
が——それは先て阻まれた。
「わたくしは——貴族ですわ。命を賭して何かを守ろうとする者達から目を背ける理由などありません」
「…………」
ルディは——圧倒される。
この少女——本当に十二歳なのか?
貴族とは——当然に皆こうあるのだろうか?
そうして——アレイラはルディを瞳を見据え。
——告げる。
「それに——わたくしにはルディ様が付いておりますので——安心かと」
ルディはアレイラの瞳を数秒……見つめ——視線を落とし告げる。
「……それは過度な——期待かと」
されど。
ルディの現した言葉は大きく否定されるように。
アレイラは——その華奢でしなやかな手で、ルディの落ちた瞳を強引に引き寄せる……
そして翳りない宝石の瞳は力強く反駁する。
「"わたくし——目だけは自信がありますの"」
いつもご拝読いただきありがとうございます。
皆様の反応がすごく励みになっております。
作品への感想などございましたら是非書いて頂きたいです。
全て読ましていただき返信させていただきます!!
第一章がもうそろそろ大詰めとなっております。
ルディくん達の見せ所まであと少し。
ブクマして待機しててくだせぇ。
マジで。
今後とも宜しくお願いいたします。