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専属世話係と専属侍女(後編)

「――!!」


「静かにしろ。」


メルが驚いて声を上げようとした途端、男に手で口を塞がれ叫ぶことが出来なかった。

男はメルに顔を近づけながら、にやりと笑うと細い横道へとメルを引き摺って行った。


「さっきは、よくも俺を馬鹿にしやがったな……。」


男は血走った目でメルを見下ろしながらそう言うと、懐からナイフを取り出し目の前にちらつかせてきた。


「騒ぐと可愛い顔が台無しになるぜ。」


破落戸のような台詞を吐きながら、男は鋭い眼光でメルを睨む。


「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって。」


そう言いながらメルを見下ろす瞳には、憎悪が浮かんでいた。

完全な逆恨みだと思いながら、目の前の男の気迫にメルは恐怖で震えることしかできなかった。


「女は、俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」


男はそう言うと、メルの服をナイフで裂いてきた。

薄い布地が、ビリビリと悲鳴を上げる。

メルは、恐怖で涙目になる。


「大人しくしてれば、すぐ済むからな。」


男は、にやにやと下衆な笑いを見せながら、メルの服をまた切り裂こうとしてきた。


「いや!」


「……っ、この!」


メルはありったけの力を振り絞り、口を塞ぐ男の手に噛み付いて抵抗してきた。

手を噛まれた男は逆上し、メルに向かってナイフを振りかざす。


やられる!!


メルは死を覚悟して、固く目を閉じた。

しかし、待てども待てども痛みも衝撃すらも襲っては来なかった。

その代わりに、耳元で聞こえてきた声に思わず目を開いた。


「何をしている!?」


聞き慣れた声に顔を上げると、そこには――


怒りの表情で、男の腕を掴んでいるケビンの姿があった。








メルと別れてから暫く進んだ所で、地面にハンカチが落ちている事に気付いた。


「これは……。」


ケビンは、そのハンカチを手に取り、それがメルのものだとすぐに気づく。

そのハンカチには、少し形の崩れた刺繍がしてあった。

それは、以前メルが主人から貰ったと言っていたものだ。


――お嬢様から頂いものなんです。


彼女が、嬉しそうに話していた事を思い出す。


「無くしたと気づいたら、慌てるだろうな……。」


ケビンはハンカチを拾うと、急いで来た道を戻ったのであった。






「お、お前は!!」


突然、腕を掴んできた相手に気づいた男は、驚いた表情で叫んできた。


「逆恨みか!?彼女は関係ないだろう。」


ケビンの言葉に、男は忌々しそうに舌打ちする。


「ふん、そう思ってるのはお前だけだ。」


男はそう言って、にやにやしてきた。


「なに?」


男の言葉に、ケビンは訝しむ。


「お楽しみの所だったんだ、邪魔するなよ。」


男はそう言うと、良く見えるようにメルの姿を見せてきた。

メルの姿に、ケビンは目を見張る。

男に無理矢理肩を抱かれ、青褪めた顔でこちらを向いたメルの服は切り刻まれていたのだった。

しかも胸元やスカートの部分がざっくりと裂かれており、彼女の肌が少しだけ覗いていた。

その姿に、男がメルに何をしようとしていたのか理解したケビンの目が、かっと見開く。

一瞬で頭に血が昇ったケビンは次の瞬間、男を吹き飛ばしていた。

顔面を殴られ、綺麗な弧を描いて数メートル吹き飛んだ男は、潰れた蛙のような声を出した後、ぴくりとも動かなくなってしまったのだった。




メルは目の前で起こった出来事に、ぽかんと口を開けて呆けていた。

メルを襲ってきた男の言葉に、ケビンが目を大きく見開いたと思ったら、いつの間にか男が離れた場所に倒れていたのだった。

目にも止まらぬ速さで男を吹き飛ばしてしまったケビンに、メルはただただ驚いていた。


に、人間って、あんなに早く動けるんだ……。


停止していた思考が戻った瞬間、頭に浮かんだ言葉はそれだった。

早いなんてもんじゃなかった。

一瞬?刹那?

瞬きをする間に、ケビンは男の間合いまで一瞬で移動し、拳一つで大の男を地に沈めてしまったのである。


た、ただの専属世話係じゃなかったの~?


その細い線のどこに、そんな力があるのかとメルは困惑する。

混乱するメルの元に、心配そうな顔をしたケビンが駆け寄ってきたことで、メルは我に返った。


「大丈夫ですか?」


「へ?あ……は、はい!」


思いの外、元気そうな様子にケビンは、ほっと息を吐いた。

しかし、次の瞬間ケビンはぎょっとする。


「ど、どこか怪我をしたのか!?」


「え?」


ケビンの声に、メルは首を傾げながら聞き返してきた。

目の前でおろおろするケビンに、メルはどうしたんだろうと首を傾げていたが、自分の頬に熱い何かが流れていることに気づいて触ってみると、指先が濡れていたのだった。


え、泣いてるの私?


そう気づいた途端、全身に震えが襲ってきた。

急に震えだしたメルに、ケビンは更にぎょっとする。


「だ、大丈夫か!?」


「だ、大丈夫……じゃ、ないです……。」


そう言って涙を流しながら、くしゃりと顔を歪めて見上げてきたメルを、ケビンは思わず抱き締めていた。


「すまん、遅くなった。」


「だい……じょ……ぶ、です……。」


「大丈夫だ、もう大丈夫だから。」


今頃になって恐怖を思い出し、震えるメルの背中を摩りながらケビンは優しく慰める。

暫くすると少しだけ震えが治まってきたメルを支えながら、ケビンは路地裏から離れる。


「少し落ち着くまで一緒にいよう。」


ケビンの提案に素直に頷いたメルは、彼と共に自宅へと入って行ったのであった。




その後、ケビンとメルがどうなったかは謎である。

ただ一つ変わった事といえば、二人が外で会う時は必ずメルの家の前まで、きっちりと送り迎えをするケビンの姿が目撃されるようになったのであった。




おまけ


「ケビンが、あんなに強いなんて知らなかったわ。」


二人の男女が抱き合う姿を、離れた場所から見ていたエリアーナが、驚いた声をあげていた。


「当たり前よ、あたしの専属なんだから。」


感心するエリアーナの頭上から、同じような格好でケビンとメルの様子を窺っていたレイモンドが、得意そうな顔をしながら言ってくる。


「でも、ケビンが間に合ってくれてよかったわ。誰かさんがモタモタしてたお陰かしら?」


エリアーナはそう言って、真上の人物をジト目で見上げる。


「あ、あれはしょうがないでしょ!エリィを一人で置いていけなかったし、ケビンもすぐ戻ってきちゃったんだから。」


エリアーナの嫌味の含まれた言葉に、レイモンドは焦ったように反論してきた。

レイモンドの言い訳は確かに正論なのだが、だからってうちの可愛い侍女を蔑ろにしていい理由にはならない。

レイモンドも、すぐに気づいて助けに入ろうとしたのだが、ケビンが戻ってきたのに気付き、見つかると後々厄介なので止めただけだった。

不服そうに頬を膨らます婚約者に、エリアーナは「はいはい」と肩を竦める。


「まあでも、あの二人。レイが言ったように、いい感じになりそうね。」


メルの肩を支えて歩いていくケビン達を見ながら、エリアーナは、くすりと笑みを零す。


「そうねぇ、ま、相手がケビンだから進展は遅そうだけどね。」


少しだけ淋しそうに侍女を見つめるエリアーナに、レイはそう言って、おどけてみせたのであった。




余談ではあるが、その数日後。

二人は笑顔を張り付けたケビンから


「覗きは厳禁!」


という注意という名の説教を受け、外出する暇もない程、お妃教育と帝王学の授業のスケジュールをみっちりと入れられたであった。



おわり


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