093. 王命達成
誤字、脱字、御指摘、感想 等もらえると嬉しいです。
「リッツ、孤児院のシスターが俺達を呼んでるってさ。行ってみないか?」
「ふーん、なんだろうな? ちょうどいいや。昨日入った金で小麦の小さい袋なら買えるだろ? 土産に買っていこうぜ」
「でもあのお金を使っちゃうと明日からまた……」
「俺達ならなんとかなるさ。さ、早く行こう」
いつもの店で小麦を買ってからラスターと一緒に西三区の孤児院にいくと中庭は人でごった返していた。
サラやボンズ、ニッキーもいる。みんな何かに興奮して騒いでいる。何をやっているんだろう?
シスターがいたので買ってきた小麦の袋を渡した。
「シスター、これ、お土産だよ。みんなどうしたの?」
「まぁ、いつもありがとう! リッツ、ラスター。とってもいいお話なのよ。あなた達、選ばれたの!」
「選ばれたって何に?」
「コリント卿の新しい領地の事は知っているでしょう? あなた達は領民として連れていってもらえることになったのよ!」
「え…… 嘘でしょ? …… だって領民は募集してないって」
「ゲルトナー司教様、いえ大司教様がコリント卿にお願いしてくださったのですって」
「…… 何で俺とラスターが?」
「あなた達は今まで問題も起こさずに真面目に働いてきたでしょう? 院長様と相談して決めたのよ」
信じられない、俺達があのコリント卿の領地に!?
「すごい、リッツ! 俺達、シャイニングスターの仲間になるんだ! シスター、ありがとう!」
俺達は冒険者っていっても最低のFランクだ。さすがにシャイニングスターには入れてくれないだろうけど、あの『魔の大樹海』に行けるんだ。すごいことだぞ!
「みんなが揃ったらハロルドから説明があるわ。よく話を聞くのよ」
ハロルド? この孤児院出身で俺の四歳年上のDランクの冒険者だ。ハロルドも行くのかな?
そうか、やっとみんなが騒いでいる理由が分かったぞ。ここにいるのはみんな俺達と一緒で選ばれた奴なんだ。俺とラスターも慌ててみんなの輪に加わった。
続々と人が集まり、孤児院の中庭は五十人ぐらいがひしめき合う状態になった。男が三十人、女の子が二十人くらいかな? みんな見知った顔で、この孤児院の出身者ばかりだ。ハロルドが台の上に上がるとみんなが一斉に黙り込んだ。
「大体揃ったみたいだな。話は聞いたと思うが俺達はコリント卿の領民として連れていってもらえることになった。最初に訊いておくが行きたくない奴は?」
当然だけど誰一人、声をあげる奴はいない。
「近々出発することになる。コリント卿の領地まで西三区孤児院の者がまとまって行動することになった。俺がリーダーだ。文句がある奴は?」
ハロルドは面倒見のいい頼れる兄貴分だ。文句があるはずもなく声をあげる奴はいなかった。
「よし。じゃ、出発の日までに皆で協力して準備を進めるぞ」
準備なんか何も必要ない。俺なんかこのまま出発してもいいくらいだ。待てよ? 旅の途中の食べ物はどうするんだろう? 訊いてみよう。
「旅の間の食糧とかを集めるのかな?」
「いや、信じられないかもしれないが食べ物は日に三食、用意してくれるらしい」
「「三食!?」」
「それだけじゃないぞ。コリント卿とゲルトナー大司教様から、なんと一人当たり千ギニーの仕度金を支給して頂いた」
「「千ギニー!」」
大金だ! 俺とラスターが一ヶ月かかっても稼げない額だぞ。
「支給される金って言ってもふざけた使い方は俺が許さない。みんなで相談して買う物を決めよう」
それがいい。千ギニーなんて渡されても何を買っていいか分からない。
「今回の話はゲルトナー様がコリント卿にゴリ押しして決めたそうだ。恩人であるあの方に恥をかかせるわけにはいかないぞ」
あのドラゴンスレイヤーにゴリ押しするなんて、ウチの司教様すごい! ハロルドの言う通り、司教様に恥はかかせられない。
「ゲルトナー様は今回の事がうまくいけば、追加で孤児を受け入れてくれるはずだとおっしゃっていた。いいか、俺達は西三区孤児院の代表だ。絶対に成功させるぞ!」
「「おう!」」
何をどうすればいいのか全く分からないけど全力で頑張るぞ!
◇◇◇◇◇◇
今日は冒険者のハンスから購入した本を店から搬出する日だ。手すきのシャイニングスターのメンバーを総動員して搬出にあたっていた。全部で千冊以上もあるので大変だ。
次々とリレー形式で運ばれてくる本を俺とセリーナ、シャロンでチェックしていく。
搬出される本は様々で伝記、魔道書、実用書など多岐にわたっていた。
俺に手渡された本のタイトルは『セリースの歴史』。パラパラと中身を見ていくと年表のようなものが記載されており歴史書のようだ。
[この本はキープで]
イーリスは、この本を気に入ったようだ。この本はキープしておく木箱に入れられた。
購入した本の中から、めぼしいものは先に目を通しておきたいというイーリスの要望でこんな事をしているが、イーリスがキープする本は予想以上に多く、宿に戻ってからこれらの本に目を通すことになるかと思うと気が滅入ってきた。
次の本は古そうだが立派な装丁が施された本で、タイトルは『アーティファクト概要』。内容は様々なアーティファクトの図や説明などが詳細に記載されており、興味深い一冊だ。
アーティファクトというのは、主に遺跡から発掘されるという魔道具の総称だ。いや、実際に魔道具なのかどうかもはっきりしない。皆に訊いても情報が少なかったので、これは是非とも欲しかった一冊だ。
[これは素晴らしい収穫です。もちろんキープで]
当然のようにキープ本の木箱に入れていった。
結局、建物から本を搬出するだけで二時間ぐらいかかってしまった。キープした本は百五十冊以上にのぼり、残りの本は物資を保管している貸倉庫に運ばれていった。
宿に戻るとカトルが入り口で待ち構えているのが見えた。客と思われる商人風の男も数名いる。また俺に客のようだ。
応接室として使っている一室に商人が一人ずつ呼ばれ、商人との打ち合わせが始まった。打ち合わせといっても商談は既にカトルが終えているので、世間話が主な話題だ。
入れ替わり立ち替わり商人達と話し、全ての打ち合わせが終わった。
「ふぅー、やっと終わりか。同じような話を何度もするのは疲れるな」
「お疲れ様です、アラン様。しかし、この一時間で十五万ギニーも得しましたよ」
「俺との話し合いにそんな価値があるとは思えないけどなぁ」
彼らは俺達に必要なサービス、物資を扱っている商人達で、俺との顔合わせを条件に大幅な値引きを申し出てくれた人達だ。
「アラン様と実際に会話をしたという事実が欲しいんですよ。アラン様と取引し、知り合いだと言えることは今の王都ではすごいことなんです。商売の信用度にもつながりますし」
「そんなものか。まぁ、こんなことで良かったらいくらでも引き受けるよ」
時給十五万ギニーの仕事なんてそうそうあるもんじゃない。面倒だがやらない手はないな。
[艦長、さっそく本に目を通しましょう]
(……わかったよ)
イーリスは運び込んだ本の情報を早く知りたくてしかたがないようだ。セリーナとシャロンに俺の部屋に来てもらい、一緒に運び込んだ本に目を通し始めた。
目を通すといっても実際に読むわけではなく俺達の目を通してイーリスが記録していくだけなので俺達はパラパラと一ページずつめくっていくだけの作業だ。
二時間程で全ての本をスキャンすることができた。作業が終わった途端にイーリスが姿を現した。
「さて、何か収穫はあったかな?」
「本というものは人類の素晴らしい発明ですね。色々なことが判りました」
「それは良かった。大枚をはたいて買った甲斐があるよ。何か俺達が知っておくべき事はあるかな?」
「緊急性を帯びているものはこれです」
壁がスクリーンのようになり、金属の箱のようなものが映し出された。横に表示されたスケールによると1メートル四方、高さ五十センチの金属の箱のようなもので、いつくかのスイッチのようなものがついている。
「これは何だ?」
「ギニー・アルケミンと呼ばれているアーティファクトです。ギニー硬貨を造るマシンですね。この部分から材料となる金属を入れて硬貨の種類を選ぶと、自動で合金化処理をして成形までやってくれるなかなかの優れものです」
「これがアーティファクト。大尉、合金というと特殊なものなのですか?」
「いいえ、硬度を上げるために銀や銅などを混ぜているだけよ」
ギニー硬貨はこの星のテクノロジーレベルからすると実に精巧に出来ていて、少し違和感があったのだが、こういった理由があったようだ。
「これでギニーを造っていたのか。なるほど、だから通貨が大陸で一種類しか無かったんだな。こんな便利なものがあったらどの国でも使うだろう」
「いえ、これは普通に入手可能なものではなく大変に貴重なもののようです。秘宝ともいうべきランクの品です」
「それほどか。 ……ギニーは、このアーティファクト無しでも製造できるか?」
「もちろん可能ですが、職人の技術レベルで量産化するのには推定で三百日程度の日数が必要です」
「結構かかるな。できればそのアーティファクトを入手しておきたいところだが……。この国も所有してるんだろうか?」
「その情報は見つかりませんでした。城や調査済みの施設にはありません」
「国なんだから一つぐらいありそうだけどな」
「「確かに」」
「皆に訊いてみようか。特にクレリアは王族だったんだから何か知っているかもしれない」
クレリア達は食堂で文官の採用や待遇について会議しているはずだ。さっそく食堂に行ってみた。
最近のクレリアは、すごく機嫌がいい。多分、物事が順調に推移しているからだろう。今も皆と和気藹々とした感じで打ち合わせをしていた。
俺も会議には参加すべきなのだろうが、参加するとクレリアをはじめとした皆は俺の顔を立ててくれ、殆ど俺の意見で決まってしまう。あまり健全とは言えない感じなので出なくてよいものは皆に任せることにしていた。
「リア、ギニー・アルケミンというものを知っているかい?」
驚愕の表情になったクレリアとは対照的に、周りの者はポカンとした顔をしている。
「……アラン。どこでギニー・アルケミンのことを?」
「さっき運び込んだ本に書いてあったのさ」
「そんな…… ギニー・アルケミンはスターヴァイン王家でも王太子にしか伝えられない秘密よ。本に書いてあるなんてことはあり得ないわ」
ならばと、持ってきた『アーティファクト概要』という本の該当ページを開いてみせた。
「これは!? これがギニー・アルケミン?」
「見たことなかったのか?」
「言ったでしょう? ギニー・アルケミンの事は王太子にしか伝えられないと。存在は聞いていたけれど、どういうものかは知らなかったわ」
そんなに貴重なものだとは思わなかったな。偶然とはいえ凄く希少な本を手に入れていたようだ。
「この国にもあるのだろうか?」
「それはもちろん。国には必ず一台はギニー・アルケミンがあると云われているわ。小国や属国は分からないけれど、これが所有することが国として成り立つ条件といってもよいと教えられたわ」
確かにそうかもしれない。貨幣を自国で作れなければ、通貨制度、経済が他国に依存することになる。当然のことかもしれない。
「なるほど。じゃ、この国のどこにあるかなんて当然分からないか」
「そうね。王家の秘中の秘なのだから簡単に分かるところにはないと思う」
「うーん。場所が分かれば、行きがけの駄賃に強奪するのもありなんだけどな。しかたがないな、ギニーは自前で造るしかないか」
「アラン様! ギニーを造ることができるのですか!?」
驚愕の声を上げたのは末席にいたカトルだ。ある意味偽造通貨といえなくもないし商人だけに気になるのだろうか。
「まぁ、時間はかかるが造れるはずだ」
「しかし、大丈夫なんでしょうか? 商業ギルドでは偽造を防ぐために魔道具で金貨や銀貨を確認しているという話ですが……」
へぇ、そんな魔道具もあるんだな。硬貨の成分を分析しているのだろうか。
(以前、艦の工作室で造ったという金貨は大丈夫なのか?)
[私が造った硬貨は完璧です。造形、成分に流通している硬貨との差異はあり得ません]
イーリスの声は少しムッとしているように聞こえた。俺の質問はイーリスの自尊心を傷つけてしまったようだ。
ま、金貨を託したロベルトが捕まったという話もないし、問題なかったのだろう。
「問題ないさ。同じものを造れるはずだ」
「すごい! じゃ、金を大量に仕入れてギニー金貨にすれば大儲けできるじゃないですか!」
「ほう、同じ重さの金と金貨で価値に差があるということかな?」
「はい、詳しくは知りませんが金貨のほうが二割から三割は高くなると聞いたことがあります」
加工しているのだから硬貨のほうが、価値が上がるのは理解できるが、混ぜ物をした上に二割も乗せているとはな。硬貨造りは、いい金儲けになるようだ。
「じゃあ、造れるようになったら大いに儲けることにしよう」
儲け話が何よりも好きなカトルは、この言葉に満面の笑みで頷いた。
「アラン様、バール卿がいらっしゃいました」
時間通りだな。昨日判明した事実を伝えるため王都守備軍の軍団長であるヘルマン・バール卿を呼び出していた。
ちょうど主要メンバーも食堂にいるので、ヘルマンと二名の部下も食堂のテーブルへとついてもらった。
「わざわざ来てもらってすまないな、ヘルマン」
「いえ、護国卿閣下のお呼びたてとあらば、いついかなる時であろうと駆けつけますとも」
ヘルマンもご機嫌の様子だ。一連の取り締まりのおかげで王都守備兵の評判はうなぎ登りに上がっているらしく、そのせいかもしれない。
また、意外に感じたが俺達に取り締まりを命じた若き王を称える声も多く挙がっているとのことだった。
「昨日、俺の配下の者が王都郊外にある洞窟、いや鍾乳洞というのかな? そこに賊が集結しているとの情報を掴んだ」
「……鍾乳洞というとレンジ大鍾乳洞でしょうか?」
「それだ。俺達の予想では三百名以上は集結しているとみている」
「三百! ……奴らの目的は何でしょう?」
「それは分からないな。三百程度で王都を襲うわけもないし、意外と避難しているだけかもしれないぞ」
賊共はかなりの情報統制を敷いているらしく、酒場に設置しているビットからの情報はない。
今回の発見は、たまたま馬車で移動する賊の構成員の姿をドローンが捉え、あとをつけることによって発見したものだった。
「恐らくおっしゃる通りかと。閣下が近々樹海に向けて出発することは知れ渡っております。閣下が王都を離れるのを待っているのでしょう」
「まぁ、そんなとこだろうな。どう思う?」
「千載一遇の好機かと」
「やはりそう思うか。では、明日襲撃しよう。守備軍から何名の兵を出せる?」
「閣下のお望みのままに。明日ということであれば最大千名までは可能です」
「では、余裕をみて三百名用意してくれ。シャイニングスターからは七十名出そう」
「アラン様。冒険者も連れていってみてはいかがでしょう? 待機の状態で暇だと愚痴をこぼしていましたので」
そう発言したのはダルシム副官だ。俺達と契約した冒険者達か。契約したから出発の日まで遠出できないし暇を持て余しているのかもな。まぁ、暇なら連れて行ってもいいか。
「じゃあ、日当程度の報酬でもいいという冒険者がいれば連れていこう。では、この資料を見てくれ」
既に賊共が逃げ込んだ鍾乳洞の詳細な見取り図も作成してあり、出入りが出来るのは一箇所だけだ。他にも無いことはないが、鍾乳洞のずっと奥深い分岐を這って進むような広さしかないので気にしなくていいだろう。
問題は鍾乳洞の狭い入り口を塞ぎ、半ば要塞化していることだ。これは魔法で焼き払うしかないだろうとのことで意見の一致をみた。
三十分程で襲撃の打ち合わせを終える。
「閣下の配下の方々は相変わらず素晴らしいですな。これだけの情報があれば明日の作戦も成功間違いなしでしょう」
「だといいけどな。…… ヘルマン、明日で取り締まりは終えようと思う。このまま部下に一人の死者も出さずに終わらせるぞ」
「は、仰せの通りに」
既に捕縛した賊の数は四百八十八人。明日、三百二十八人の賊を捕らえれば、余裕で王命を達成できる。必要な物資も揃いそうだし、ロベルト達ももうすぐ到着する。もういい加減出発すべき頃合いだろう。
翌朝、夜が明ける頃には王都正門前に到着していた。シャイニングスターは七十名。最後の取り締まりということで主要メンバーも揃っている。冒険者と王都守備軍の騎馬と馬車も続々と到着しつつある。
冒険者はそれほど集まらなかったようだ。呼びかけに応じたのは二十五人。まぁ、声を掛けたのは昨日だし、日当も一人当たり二百五十ギニーと微妙だから当然のことかもしれない。
「よう、アラン。今日はよろしく頼むぜ」
そう声をかけてきたのは、昨日の本の搬出でも会ったBランク冒険者のハンスだ。ハンス達のパーティーは俺達と契約して領地まで同行することにしていた。
「貴様、誰に口をきいているつもりだ! コリント卿閣下とお呼びしろ!」
脇に控えていた元近衛のサーシャがピシャリと言い返す。
「ま、そういうことだ、ハンス。皆が周りにいる時には、口のきき方に気をつけてくれ」
「アラン様、周りにいる時だけではありません。常に、です。そこの冒険者! わかったな!?」
「わ、わかった」
守備軍の兵士達が俺の前に整列し、出発する準備が整ったようだ。
「おはようございます。閣下」
「おはよう、ヘルマン。ん? 今日の兵士達はどこか違って見えるが?」
殆どの兵士が見慣れた鎧ではなく革鎧の所々を金属で補強した上等な鎧に身に纏っている。
「王都守備軍、魔法士隊二十五百名を連れてきました。皆、火魔法、風魔法を使えます。本日は最後ということで、是非我らも戦闘に加えて頂きたく思います」
今日の相手は三百人以上なので手伝ってもらうつもりだったが、魔法士隊とは心強い。気のせいか皆、精悍そうな顔つきをしている。
それにしてもこの国の軍の戦い方を間近で観察できるのは貴重な機会だな。
「では一緒に戦ってくれ。よし、出発しよう」
王都郊外のレンジ大鍾乳洞は馬車で二時間ぐらいかかる。日のあるうちに戻るとなると八時には戦闘を開始したい。
馬と馬車に分乗し、冒険者と兵士の混成部隊は王都を出発した。
「閣下。昨日、陛下に今日で取り締まりを終えることを報告に参ったのですが、この作戦が成功に終わった場合、明日にでも閣下に登城願いたいとのことです」
王からの呼び出しだって!? 何事だろう?
「ずいぶんと急な話だな。どのような御用件だろうか? いや、もちろん参上するが……」
「それはもちろん褒賞のことでしょう」
「褒賞?」
「王命を達成したのですから当然のことでしょう。陛下は終始御機嫌な様子でしたから間違いないと思います」
なんと、王命を達成すると褒賞をもらえるらしい。何を貰えるんだろう。ま、貰えるものは貰っておくか。
出発して三十分程で街道を行く俺達を騎馬で追い抜こうとする男が後ろから近づいてきた。大方の予想通りだ。
「捕らえろ」
ヘルマンが部下に命じ男を捕らえさせる。十中八九、賊の仲間で王都を出発した俺達の事を仲間に知らせようというのだろう。
この時間に一騎で街道を急ぐなんて怪しすぎる。違ったとしても取り調べをして無関係なら解放すればいいだけだ。
その後は何事もなく街道を進み、レンジ大鍾乳洞まであと騎馬で十分程の距離まで進んだ。あと少し進むと見張りに見つかるだろう。
「閣下、そろそろでしょうか?」
「そうだな。騎馬は先行しよう」
どうせなら一網打尽にしたい。逃げられると面倒なので馬に騎乗している者が先行し、一気に詰めることにしていた。シャイニングスターと守備軍の騎馬隊合わせて百騎ほどが速度をあげ一気に鍾乳洞に迫る。
おっと見つかったようだ。見張り二人が慌てて鍾乳洞のほうに駆けていく姿が仮想ウィンドウ上に映し出された。
しかし、どうみても逃げ出すよりも俺達が到着するほうが早い。
程なく鍾乳洞の入り口付近に到着することができた。鍾乳洞の周りは開けていて視界は良好だ。入り口までは七十メートルほどだろうか。
しかし、見事に入り口を塞いだもんだな。映像では確認していたが、綺麗に土壁で塞いでおり所々に大小の銃眼とおぼしき穴が開いている。人の出入りも小さな穴から這うようにしておこなっているようだ。間違いなく土魔法を使って構築したものだろう。
ズームして確認すると、銃眼からは何人もの賊共が顔を覗かせ、こちらを窺っている。土壁の厚さは、三十センチはありそうだ。
観察しているうちに馬車群も到着し全ての人員が揃った。
「賊共があんなものを構築するとは……。早速、準備にかかります」
ヘルマンが号令をかけ攻撃の準備を進めていく。
「アラン様、どのように攻撃しましょう?」
ダルシム副官もあの土壁にどう対処するか考えあぐねているようだ。
「とりあえず魔法で一当てしてみようか。ヘルマン達に任せる。あの土壁に対して軍がどのように攻めるのか見てみたい」
「了解しました」
守備軍の兵達は方陣を作り始めた。最前列は大きな金属の盾を持った者、その後ろに二十五人が横列を作り、その後ろはそれぞれ十人の縦列だ。二十五かける十の方陣のようだ。
なるほど。二十五人が一斉に魔法を放ち、放った者は後ろに周り次々と波状攻撃をかける方陣のようだ。ベーシックだが手堅いやり方に思える。
「閣下、宜しければ早速攻撃にかかります」
「よし、やってくれ」
ヘルマンが合図をすると、方陣がゆっくりと鍾乳洞の入り口に向かって進み始めた。俺達も方陣の後ろからついていく。
土壁まで四十メートルといった所で方陣の指揮官が号令をかけると方陣の盾持ち達が隙間を空け、その隙間から第一列がフレイムアローを放った。
二十五人よるフレイムアローの一斉射。総数七十五本の炎の矢の攻撃は派手でなかなかに壮観だ。半分以上が銃眼から中に飛び込み、複数の悲鳴が聞こえてくる。
するとすぐに土壁の中で動きがあり、大きめの銃眼にはブロック状の土の塊と思われるものがはめ込まれた。奴らも馬鹿じゃないようだ。
こうなると魔法攻撃はほとんど意味がなく、炎の矢は全て土壁に阻まれた。
ならばと、盾持ち兵士三人が進み出ると、素早くブロックがどけられ、矢が二、三本飛んできた。盾に阻まれ被害はなかったが、これでは迂闊に近づけないな。
「これは厄介ですな。破城槌が必要かもしれません」
一連の攻撃を眺めながらヘルマンがそう言ってきた。
(イーリス、ハジョウツイって何だ?)
[これです]
仮想ウィンドウ上にイメージが表示される。車輪の付いた巨大な丸太のようなものを人々が押して城門に突っ込んでいくイメージだ。城門に繰り返し何度も丸太をぶつけることによって門を破壊する兵器のようだ。
なんとも原始的で無謀すぎる行為だ。こんなことをしていたら矢で狙われるだろうし、命がいくつあっても足りやしない。
「もう少し攻撃を続けてみよう」
「……了解しました」
兵達の射線に合わせればバレそうもないし、ファイヤーグレネードを紛れ込ませてみよう。
まずはイメージだ。自分の体からこれだけ離れた位置から魔法を放ったことがないからか、妙に難しい。何度かイメージしてやっといけるという感覚を掴んだ。
タイミングを合わせて…… 今だ!
よし! 兵士達が放った炎の矢の中に一つだけ火の玉が紛れ込んでいる。火の玉は土壁に着弾すると、爆発を起こした。
「おぉッ! これはいったい!?」
「何かに引火したのかもしれないな。好機だぞ。あの穴に魔法を集中しろ」
グレネードは直径二メートル以上の大穴を開けていた。すかさず指揮官が方陣に前進を命じると魔法を放ちながら少しずつ前進していく。
次々と放たれる魔法に、賊共は壁の死守を諦めたようだ。方陣が土壁のすぐ前までくると指揮官は中をチラリと覗き込み、命令を発すると兵士達がぞろぞろと鍾乳洞の中に入っていく。勝負あったな。
兵士達は中に入りながらも攻撃の手を緩めていないようで、怒号や悲鳴が絶えず聞こえてくる。まぁ、軍の精鋭たる魔法士隊と勝負になるわけもないか。
不意に鍾乳洞の中の喧噪がピタリとやんだ。いや、痛みに苦しむ声は聞こえるが戦いの音ではない。もう終わったのだろうか?
「行ってみよう」
中に入って五十メートル程進むと賊共と兵士達がにらみ合いをしていた。恐れていたことが現実となったようだ。
賊共は二十人ほどの女性の首に剣を押し当てている。恐らく女性達は賊共の慰みものになっていたのだろう。
指揮官は賢明にも人質を見て攻撃を中止させたようだ。解放するように交渉してみるしかないな。
「その女性達を解放しろ。そうすれば命は保証してやろう」
鍾乳洞の中で俺の声は大きく響いた。
「ほう、その若さ。お前が噂のコリント卿か?」
典型的な悪人ヅラをした二メートル近い大男が進み出てきた。
「そうだ。解放すれば悪いようにはしない」
「お前のような若造がドラゴンスレイヤーだと? やっぱり噂は当てにならんな。もちろん解放はしない。逆に、兵を引き俺達を逃がせば女達は置いていこう」
この言葉を信じる者は敵味方含めて誰一人いないだろう。
さて、どうしたものか。賊共が魅力を感じる取引なんてあるか?
「…… 俺との一騎討ちで決めるっていうのはどうだ? そっちが勝ったら全員逃がしてやろう」
「「アラン様!」」
「閣下!」
「………… やめておく」
「おい! こんなうまい話ないぞ! やるべきだろ!」
「じゃあ、お前が戦うか? 相手は若造でもAランク冒険者だぞ? 約束を守るともかぎらねぇしな」
「王国貴族として約束しよう」
この言葉に賊共は黙り込んだ。試しに言ってみたが、この言葉はそれなりに重みがあるようだ。
「…… やめておく。こう見えて俺は手堅いほうでな」
なんだよ、悪党らしくないな。まいったな、もうこれ以上は譲歩できないぞ。
「では、私が相手では?」
突然そう言ってきたのはセリーナだ。
(アラン、私にやらせてください。こんな奴には負けません)
(セリーナ、しかし)
(私にも保つべきメンツというものがあります。私を次席指揮官と考えているなら、やらせてください)
なるほど……メンツか。確かにこの星で皆を率いるにはそういったメンツが必要なのかもしれない。
それに強化された肉体のお陰で、セリーナ、シャロンは、クランでも俺に次ぐ剣の腕前にまで成長している。負けることはないか。
「その娘に勝っても開放するっていうのか?」
「…… いいだろう。王国貴族として約束しよう」
「そうとなれば話は別だ。いいだろう、その話、乗った。俺が相手しよう」
クランの者達はセリーナの腕前を知っているからか、意外なほど反対の声はでない。
簡単なやり取りで一騎討ちの約束事が決まった。女達は一角に集められ、既に賊には手出しができないようになっている。
ここで賊を捕らえてしまえれば簡単だが、俺にも王国貴族としての面目というものがある、ということにしておかなければならない。はぁ…… 面倒だな。
そしてセリーナと賊の頭領の一騎討ちが始まった。
「言ってなかったが、俺の剣はこれだ」
賊の頭領がニヤリと笑い剣を光らせた。魔法剣だ。
「そう。私の剣は、これよ」
セリーナもすかさず剣を光らせる。
「「おぉ!」」
ギャラリーと化した兵士と冒険者達から歓声が上がった。
「これも言ってなかったが、俺は以前、神剣流道場の師範代をしていた。人を殺しすぎて破門になったがな」
「そう。では、少しはいい勝負ができそうね」
二人の距離は三メートル程度。この場にいる者は皆、固唾を飲んで二人のやり取りを聞いている。
不意に頭領が斬り込んできた。セリーナは落ち着いて剣で受け、つばぜり合いになるが、強化された肉体に物を言わせて相手を弾き飛ばした。
「「おぉ!」」
「…… かなりできるな。いいだろう、とっておきを見せてやる。…… 神剣流奥義、極刃斬」
「「極刃斬」」
ギャラリーから呟く声が聞こえる。有名な技なんだろうか?
言いながら頭領は上段斜めに構えた。この構えはダルシムがよくやる構えにそっくりだ。技の名前を言うのはちょっとかっこいいと思ってしまった。
「コリント流奥義、ジャスティス・ジャッジメント」
「「コリント流奥義」」
クランの者達から驚きの声が上がる。
セリーナはそう言いながら上段上方に高く構えた。恥ずかしいやら、誇らしい気持ちで胸が一杯になる。
ジャスティス・ジャッジメントは、コリント流には珍しい一撃必殺の技だ。勝負は一瞬で決まる。
頭領が間合いに入った瞬間に、セリーナはもう振り下ろし終わっていた。賊の頭領の剣を持つ腕が宙を舞っている。
今の振り下ろしが見えたのは、恐らく俺とシャロンだけだ。それほどに速い剣筋だった。
「「おぉ!」」
剣を振り、血を落として鞘に収めるセリーナの姿は、眩しいくらいにかっこいい。
「セリーナ、見事な剣だったぞ」
「ありがとうございます。でも、やはりコリント流の相手ではなかったですね」
「あぁ、信じていたけど勝って良かったわ!」
「素晴らしい剣でしたね!」
「本当に見事な剣でした! セリーナ隊長」
クランの者達も口々にセリーナを称える。まぁ、当然のことだな。
賊共は観念したのか大人しく捕縛されていき、捕らえられていた女性達も保護された。
さて、お楽しみの時間だ。
「よし、では戦利品を確認にいこう」
鍾乳洞の奥には夥しい量の物品が運びこまれていた。貸倉庫が一杯になる量だ。遠目にも価値があると分かる品であふれている。
「これは …… 今日運び出すのは難しいですな。二日は必要になるでしょう」
ヘルマンがニンマリとしながら、そう言ってくる。
「これも仕事だ。頑張るしかないな」
更新が遅くなり、大変申し訳ありません。