051. 救出2
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馬車を止めてある場所まで戻るのに、歩いて一時間くらいかかってしまった。
「良かった! タースとシラーも無事よ!」とクレリア。
「あぁ、良かったな。アリスタさん、そちらの馬車はどうしましょう?」
「馬も逃げてしまいましたし、このまま放置します。幸い街道の通行にも支障ないようですし。少しだけ荷物を回収させてください」
「そういえば、肝心な事を聞いていなかったのですが、私達はガンツへいくのですけど宜しいですか?」
「もちろんです。私達の目的地もガンツです」
倒れた馬車の向きからそうだとは思っていたが、これで何の問題もないな。
冒険者や盗賊の死体をなんとかしよう。確か冒険者の死体を発見した時はギルド証を回収するという規則があったはすだ。恐らく不正利用をされないようにだろう。それに遺品を回収すると遺族から喜ばれるとか。出来るだけ回収してやろう。
「みんな、悪いけど冒険者のギルド証と遺品、遺産になるようなものを回収してくれ。遺族に渡してやろう」
こんな事もあろうかと、大きめの麻の袋を沢山買っておいたので、それに回収したものをそれぞれ入れてもらう。
回収していると冒険者達もそれなりに金を持っていたので、まだ盗賊たちに盗られる前だったのだろう。
盗賊の死体は、街道から転がり落としてしまおう。冒険者の遺体はせめて埋めてやるか。
俺は、街道脇の地面を見つめイメージする。土が震え、振動し始めた。震える範囲はどんどん広がっていく。震える領域が大きくなっていき、ついには動き出した。土が四角形の周りに盛り上がり始め、数十秒後には、縦二メートル、横七メートルの長方形、深さ一メートル程の穴が作られていた。
「すごいっ! 土魔法!?」とカリナ。
「ええ、そうです。なかなか便利でしょう?」
みんなに手伝ってもらい、冒険者を一人づつ墓穴に横たえていった。全ての冒険者を穴に横たえると、また土魔法を使って穴を埋めていく。
本当に便利だな、土魔法。以前、墓穴を掘って埋めるのに何時間も掛かったが、土魔法を使えば、それぞれ数十秒だ。
この旅の間、ずっと頑張って練習してきた甲斐があったというものだ。
くそ! こんな時に! ドローンがグレイハウンド十頭を感知した。まだこちらには気づいていない。このまま、出発出来ればいいけどな。
タースとシラーを馬車に繋ぎ、冒険者の遺品、アリスタさん達の荷物を全て馬車に積み込んだ。あぁ、気付かれたか。
「戦闘準備! グレイハウンドだ!」
パーティーの皆が、一斉にこちらに注目する。
旅の間にみんなで練習したハンドサインで、方向、数、距離、を示す。皆、頷いて準備を始めた
「アリスタさん、グレイハウンドが近づいているようです。念の為、馬車に乗ってもらっていいですか?」
「… 分りました。ナタリーとカリナにも手伝わせましょう」
「いえ、それにはおよびません。我々だけで十分です」
「分りました。それではお願いします」
街道は狭く戦いづらい。もし仮にグレイハウンドが街道の両側から最短距離で襲いかかってきたら、かなり厳しい戦いになるだろう。
しかし、幸いにしてグレイハウンドは賢くなかった。奴らは馬車から五十メートル程離れたところから街道に姿を現すと一瞬こちらを窺うようにしてから、一斉に襲いかかってきた。
十分に準備する時間のあったクレリア、シャロン、セリーナは、それぞれ三本の炎の矢を発現させ、次々と仕留めていく。最後に遅れて出てきた一頭はエルナのウインドカッターに首を飛ばされて崩れ落ちた。
最近は俺の出る幕は無いな。魔石を採ってさっさと出発しよう。
それなりに苦労して魔石を回収した。最近ではみんな手慣れてきて、電磁ブレードナイフでざっくりと体を切断したあとに、剣でつついて魔石を転がし出すというのが俺達のトレンドだった。死体を引きずって捨てるときも体重が半分になって運びやすい。まぁ、その分、血が飛び散って地面が汚れるというデメリットもある。中々思い通りにはいかないな。
「お待たせしました。では出発しましょう」
「凄かったですね! あれほどのグレイハウンドを一瞬で討伐するなんて!」とカリナ。
「まぁ、もう慣れましたね」
今まで通り、俺とエルナは御者台。残りは後ろの座席に座った。座席は三人づつが向かい合うような形だ。詰めれば四人づつで座れなくもないが、快適に座るためには三人づつ座るのがベストだろう。
旅の間も御者は俺一人で十分だからエルナは中へ座ってくれと言ってはいたが、エルナは頑なに御者台にて警戒するというので、今では御者台がエルナの定位置になってしまっていた。
すっかり時間をとってしまった。当初予定していた野営場所まではとても行けない。野営候補地は街道沿いに幾つもピックアップされているので、良さそうな場所を仮想ウィンドウ上でチェックしていく。
ふむ、ここが良さそうだな。馬車がなんとか河原まで降りられるし、水浴びが出来そうな場所もある。俺達はともかく彼女達は水浴びをしたいだろう。何よりこの先に暗くなる前にたどり着けるいい場所がない。
今は、十五時を過ぎたところだ。十六時には到着できる。時間があるので久しぶりに米を炊こう。そして、魚が釣れれば寿司、サーモンの寿司だ! 仮に魚が釣れなくても、昨日狩ったビックボアの肉も余っているから豚丼を作ろうと思う。
「エルナ、あそこで野営しようと思うんだが、どう思う?」
「良さそうですね、川もありますし」
やはりエルナも彼女達のことを気にしているんだろう。馬車で河原に降りていくが、川に近いところまでは石が大きく行くことは出来ない。ここまでだな。
「アラン、今日はここで野営なの?」
「あぁ、そうだな。この先には良さそうなところは無さそうだ」
「よく御存知ですね。確かにこの先に暗くなる前に着ける野営場所はありません」とカリナ。
「では、ちょうど良かった。ここで野営をしましょう」
「あの… 私達は先に水浴びに行っていいでしょうか? その後に野営のお手伝いを致しますので」とナタリー。
「もちろんですとも、ですが手伝いは不要ですよ」
「では、念の為、私が警護しましょう」とエルナ。
「私達はアランが覗かないように見張っています」とクレリア。
「失礼な! 俺は紳士だぞ」
「ふふっ、有り難うございます! ではお願いします」とカリナ。
では、俺は野営場所を設置することにしよう。
俺の土魔法は日々進化している。最初、土魔法は土を動かす事が出来るだけの魔法と思っていたが、ある時、動かした土の硬さも変えられることに気づいた。
つまり、土で立方体を形作った場合、動かしただけの土では、ふわふわの土で触ればすぐに崩れてしまう。しかし、動かした後に、押し固めるイメージをするとギュッと圧縮されたカチカチの立方体に仕上げることが出来るのである。
つまり、土魔法を使えば、このように土で作った小屋を作ることも可能だ。しかし、土魔法は土を動かすだけであれば、それほど魔力を消費しないが、押し固める工程になると途端に魔力を消費し始める。
今も、縦三メートル、横三メートル、高さ二メートル、壁の厚さ五センチの立方体状の小屋を二棟作るだけで、グレイハウンドの魔石で魔力をチャージしながら作り、魔力を使い切ってしまった。自前の魔力だけでは恐らく一棟も作れないだろう。
この小屋のデザインも、まだまだ発展途上で大いに改良の余地はある。今作った小屋のデザインは屈んでやっと入れるぐらいの大きさの入り口が一つ。空気の取り入れ、採光のために四方の壁に高さ五センチの横に細長い覗き窓のようなものが付いているだけだ。
室内側の入り口の周りには、土で出来た板をスライドする事ができる溝がある。つまり中に入ったら、内側から別に作った土の板をスライドする事で入り口を塞ぐことが出来る。あとはその板が動かないように障害物でもおけば、とりあえずのセキュリティは確保出来る。
小屋の強度は蹴飛ばしたぐらいではビクともしないが、全力で 走ってきて助走をつけた両足の飛び蹴りだと壊れるぐらいの強度だ。所詮、固めたとはいえ土は土ということだろう。小屋を大きくするとその分、強度が落ちてしまうため、現在の小屋のサイズに落ち着いている。
しかし、この小屋は、なかなか好評でテントよりも全然安心感があるというので、作れるようになってからは毎日これを作っている。土魔法の練習にはもってこいだ。
今日は客がいるので、全部で四棟の小屋を作った。これだけでグレイハウンドの魔石二個の消費だ。グレイハウンドの魔石のギルドの買取価格が一個四百ギニーなので、今日の宿泊費は 八百ギニーということになる。
馬鹿らしいかもしれないが、今日だけで午前中に八頭、午後に十頭の計十八頭を狩っているので、これぐらいの出費は必要経費だ。
さて、次はトイレだ。これは小屋よりも当然ながら簡単だ。縦百五十センチ、横百五十センチ、高さ二百センチの三方を土の壁で囲んだだけのもので、屋根もない。開いている一面の壁は毛布で代用している。中央にはU字型した椅子のようになっており、その椅子の真下にはかなり深い穴が空いている。
用を足すときは、トイレに入り、普段は上に上げてある毛布を垂らす。これで外からは見えなくなる。U字型椅子に座り、用を足したあとは、U字型椅子の横に盛ってある土を排泄物にある程度かけて、毛布を上に上げれば完了だ。つまり毛布が降りていれば、誰かが使用中という意味になる。
試しにこれを作ったところ、これは小屋以上に大好評で、必ず作らなくてはいけないものとなった。しかも、男は俺一人だというのに女性用と男性用の二つを作らなくてはならないし、距離もかなり間隔を空けて作るというルールがあっという間に構築された。
「セリーナ! 何をしているの!?」
トイレを土魔法で一つ、作りあげた時にクレリアの悲鳴に似た叫び声が聞こえた。
「どうしたんだ?」
「虫です。ビートル型の二十センチはある大きな奴でした」とセリーナ。
「最悪だな、殺したのか?」
「もちろんです」
「よし、よくやった」
「よくやった? … アラン! セリーナが大きな虫を踏み潰していたのよ!」
「そうらしいな。どうしたんだ? 大きな声を出して」
「え? ただ歩いていただけの虫を踏み潰したのよ?」
「当然じゃないか、虫は見かけ次第、殺すだろ? 普通」
「えぇ!? 普通?」
クレリアは、近くにいたシャロンに同意を求めるような視線を送る。
「そうですね、虫は見かけ次第、殺すものですよ。むしろ殺さなくてはいけません」とシャロン。
「えぇ? そうなの?」
「そりゃそうだよ。どうしたんだ? クレリア」
「… ごめんなさい、ちょっと驚いてしまって… そうなんだ…」
帝国では、虫を一々殺すのが面倒だということで大型種は絶滅させている人類惑星は多い。
この星では、面倒だが地道に踏み潰していくしかないだろうな。
二つのトイレを作り終わった頃に、女性達が水浴びから帰ってきた。突然出来た宿泊施設に驚いている。
「あっ、あの、これは何ですか?」とアリスタ。
「今日、泊まる小屋ですね。粗末なものですけど、テントよりマシな寝心地ですよ」
「…… そうですか…」
「… これも土魔法で?」とカリナ。
「そうですね、なかなか便利でしょう? よかったら中に入ってみてください。色々とお疲れでしょうから。では、私は食事の準備がありますので」
みんなで三人にドライヤーの使い方を教えている。風邪を引かないようにちゃんと髪は乾かしたほうがいいなっと、こんなことをしてる場合じゃない。急がなければ寿司が作れなくなってしまう。あぁ、生魚や、魚が食べられない人がいたらどうしよう。まぁ、豚丼も作るから問題ないか。しかし、両方作るには時間的にはかなり厳しい。
今日を逃したら次にいつ寿司を作れる日が来るか分からない。くっ、やむを得ないか。
「誰か手の空いている人は、魚を釣ってきてくれないか?」
このセリフにみんな、目を輝かせて釣り道具の入ったバッグを持って、河原に駆けていった。くそっ! 出来れば俺も釣りをしたかった。
ちなみに釣り道具の扱い方は、ルアー釣りであれば既にみんな理解している。釣りをする機会もないのに、夜な夜な釣り道具のバッグをひっぱり出してきて、あれこれ訊かれていたからだ。みんなすっかり釣りにハマっているようだ。
「あの、皆さんはどちらに?」とアリスタ。
「ちょっと食材の確保に行きました。いま、御茶でも入れますので、そこのテーブルに座っていてください」
「いえ、私達も何か手伝います!」
「いいんですよ、お客様なんですから。それにこのパーティーの食事はいつも私一人で作っているんです。ですからお気になさらずに」
俺は、水魔法で水を出して満たしたヤカンを火の魔道具にかけ、米を川に洗いに向かった。一応、すぐに釣れるかもしれないから予備の入れ物を持っていこう。
「なんとも不思議な人達だと思いませんか? カリナ、ナタリー」
「そうですね、全員が魔術師レベルです。身のこなしからすると剣の腕も相当なものです。Cランクのレベルじゃないですね。Aランクと言われても信じられます」とカリナ。
「私はリアさんとエルナさんが気になりました。あのお二人は貴族です。姿勢や仕草が全然違います。少なくとも貴族としての教育を受けています。特にリアさんは上級貴族の生まれなのは間違いないでしょうね」とアリスタ。
「そんな!? なんでそんな御貴族様が冒険者なんてやっているんですか? 」とナタリー。
「だから不思議なのよ。考えれば考えるほど分からないわ」
「私がいちばん気になるのはリーダーのアラン様ですね。火魔法、光魔法、土魔法、水魔法を、無詠唱で瞬間的に使いこなすなんて尋常ではありません。何故、今まで名前が聞こえてこなかったのでしょう?」とカリナ。
「ますます不思議に思えてきましたね」
米を洗い終わって、上流で釣りをしている皆に声をかけた。
「魚は一匹だけでいいからな」
「「はーい!」」
くそっ!楽しそうだな。
「きましたっ!」とエルナ。
釣りを始めたばかりだというのに、もう魚をヒットさせた。今の合わせは完璧で見事だったな。これも結構デカそうだ。エルナは釣りの才能があるのかもしれない。
「エルナが釣ったから釣りはおしまいだぞ」
「「はーい」」
そうだ! ヤカンを火に掛けていたんだった。釣りをしていなかったシャロンに声を掛けた。
「シャロン、火の魔道具でお湯を沸かしているんだ。もうすぐ沸くだろうから、あの三人に御茶を入れてあげてくれないか?」
「分りました。すぐに行きます」
「あぁ、そうだ! ついでにこの鍋も火に掛けておいてくれ。強火でいいぞ。水をこぼさないように持っていってくれよ」
「はい!」
エルナが釣り上げたサーモンは、やはり大きく八十センチぐらいだった。これがレギュラーサイズなんだろうな。
急いでサーモンを三枚に下ろすと容器に入れて拠点に戻った。みんなで御茶を飲んで話をしているようだ。
米が炊きあがるのはまだ先なので、最初に寿司ネタを用意しておこう。柵にしたサーモンを少し大きめのネタになるように切っていく。十分に脂がのっていて、トロサーモンと言ってもいいネタだ。
サーモンは一匹でも多かったな。大量の寿司ネタが出来てしまった。しょうがない。余った身でサーモンの塩焼きも作ろう。
よし、大量に米が炊けた。炊き上がりを味見してみると完璧な仕上がりだった。
既にすし酢は作ってある。明日の朝食分と豚丼の分を除いて、すし飯に変えていく。大きなボウルに米を入れ、すし酢を少しずつ掛けながらも、上から風魔法ウインドで風を米に当て、シャリを切るように混ぜていく。よし、こんなもんか。冷ましておこう。
この間に豚丼の具を作ろう。具はシンプルにビックボアのバラ肉だけだ。豚丼にもいろいろ種類があるが、今日は時間がないので甘辛くしたタレのものを作ろう。
まずは一口大に切ったバラ肉を焼いていこう。表面に軽く焼き目が付くぐらいで皿に避けておく。醤油、砂糖、酒を煮詰めていく。水分が蒸発してとろみが出てきて、さらに煮詰めていくと泡立ちドロっとした状態になった。ここで肉を鍋に戻しタレに絡めていく。こんなもんかな。甘辛く照りがついた豚丼の具の完成だ。
よし、シャリも冷めたし、それじゃいよいよ寿司を握っていこう。おっと、いつの間にかテーブルに座る皆が、作業台で作業する俺に注目していた。何をするのか興味津々と言った感じだ。
寿司を握るのは久しぶりだ。一時期相当ハマって「寿司の握り方」というデータブックを買ってアップデートしたほどだ。
よく手を洗ったあと、シャリを握り、押し固めて整えていく。ネタを載せて握って握って完成だ。あぁ、ワサビがないのが惜しいな。いつか絶対に見つけ出してやる。どんどん作っていこう。
あぁ、凄い量の寿司が出来てしまった。八十貫はあるだろう。さすがに同じ味だと飽きそうだな。
そうだ! 半分は炙りトロサーモンに出来ないだろうか? 炙るとするとやっぱりバーナーが必要か…。ファイヤーでバーナーを再現出来るだろうか?
空気と魔素を混ぜた混合気体のようなイメージで行けるかもしれない。まずは通常のファイヤーから少しずつ変えていってみよう。
頭上にファイヤーを発現させる。おぉ! と声が上がった。皆、料理中にいきなり五、六メートルの炎を出したので驚いたらしい。
この炎に空気を混ぜ、魔素を拡散させるイメージだ。
[ナノム、サポートしてくれ]
徐々に炎の質が変わってきた。微かにゴーッという音が聞こえてくる。色が変わってきた。ああ、良い感じだ。バーナーの色に近づいていく。
よし、これだ! 五メートル以上の青い炎が、ゴーッという轟音と共に空に向かって吹き上げている。物凄い熱量だな。結構な勢いで魔力が減っていく。この状態で徐々に炎を小さくしていこう。こんなもんかな。これで半数の寿司を炙っていこう。
「よし! これで完成だ!」
この惑星にきて初めての寿司がついに完成した。
おっと豚丼も仕上げなきゃな。寿司が大量なので、茶碗ぐらいの丼に近い形の器に米を盛り、温め直した具を掛ければ、豚丼の小盛りの完成だ。これはスプーンで食べて貰おう。
人数分の豚丼と、大皿に載せたトロサーモン、炙りトロサーモンの寿司をテーブルに運んだ。おっと一応塩焼きも運ぶか。小皿と醤油の準備は万端だ。
「お待たせしました。これは俺の故郷の料理で寿司、こっちは豚丼といいます。苦手だったらこちらの塩焼きとライスもありますので、まずは食べてみませんか?」
「… アラン、先程の青い炎はいったい?」とクレリア。
「あぁ、あれな。こっちの炙った寿司を作るのに必要だったんだよ。高熱で一気に炙らないとこの感じは出ないからな」
「そういう事ではないと思います」とエルナ。
「これが寿司ですか! 実際に見るのは初めてです」とシャロン。
「スシ… ライスの上に生の魚が載っているだけのように見えるけど?」とクレリア。
「まぁ、言ってみればその通りなんだけど、本当はいろんな魚介で作るんだけど今日は一種類だけになっちゃったんだよ。まぁ、食べてみよう。俺の故郷じゃこの料理だけは、昔からの習慣で手で掴んで食べるんだ。もし嫌じゃなければ手で食べてみないか?」
今日は箸を用意できなかったから、手で食べてもらうしかない。
皆、嫌ではないというので、水魔法で水を出して手を洗ってもらった。
「ではお手本に俺が食べてみよう。寿司をとって、この醤油を魚の方に少しだけ付ける。そして食べるだけさ」
一口で食べてみせる。あぁ! 美味い! やっぱりこれだよ! ワサビがないのが玉に瑕だが、美味いよ! 脂ののった濃厚なサーモンの味、醤油、すし飯、これらの組み合わせが最高だ! やっぱり俺にとって寿司は別格の料理なんだと実感した。
クレリア達は、生魚に慣れているので抵抗なく寿司を手にし始めた。
「美味しい! 寿司ってこんなに美味しいんですね!」とセリーナ。
「本当に美味しい! 確かにライスの上に魚を載せただけなのに美味しいわ! ライスに味が付いているのね」とクレリア。
パーティーメンバーが絶賛しているので、お客様の三人も食べる気になったようだ。
「生の魚を食べるなんて…。アリスタ様、まずは私が食べてみます」とカリナ。
サーモンに手を伸ばすと慎重に醤油をつけて口に運ぶ。カリナの目が見開かれた。
「どうなのです!?」とアリスタ。
カリナはゆっくりとサーモンを飲み下すと、今度は炙りトロサーモンに手を伸ばした。醤油をつけ、直ぐに口に含み、真剣な顔で寿司を咀嚼している。これも飲み下すと、今度はサーモンに手を伸ばした。
「カリナ! どうなのですと聞いているのです!」
「あ!? アリスタ様、とても美味です! こんな美味しいものがあったなんて!」
それを聞いてアリスタとナタリーも慌てて手を伸ばした。
「本当になんということでしょう! 生の魚がこんなにも美味しいなんて!」とアリスタ。
「美味しい…」とナタリー。
「アラン、こちらのブタドンも甘くて美味しい!」とクレリア。
それを聞いて他のメンバーも豚丼に手を付け始める。美味しい、美味しいと豚丼も高評価だった。
確かに豚丼も美味い。バラ肉は電磁ブレードナイフの切れ味を利用して極薄の肉厚になっている。濃い味付けと豚バラの肉汁が相俟って御飯が進む一品に仕上がっていた。
トロサーモンが濃厚なため、完食は難しいと思っていたが、あっという間に無くなってしまった。寿司は大成功だったな。豚丼もみんな完食だ。
「アランさん、美味しい食事を有難うございました。こんなにも美味しいものを食べたのは始めてです」とアリスタ。
「お口にあって良かったですよ」
「うぅ、また食べ過ぎました」とシャロン。
「皆様はいつもこのような食事を?」とカリナ。
「… そうですね。少なくともアランの作る食事で美味しくなかったものは無いですね」とエルナ。
「「確かに」」
「ふふ、羨ましいですね」とアリスタ。
もうすっかり暗くなってしまった。食後の御茶を飲みながら一息つく。
「皆様、今まで私達の事情をお話せずにいまして申し訳ありませんでした」とカリナ。
「いえ、今日は色々と大変な一日でしたから」
「実は、私はガンツの商業ギルドの長、サイラスの娘なのです」
「アリスタ様! よろしいのですか!?」
「よいのです。この方達は信頼出来ます。問題ありません」
「なるほど、商業ギルド長の娘さんなのですね。では、ナタリーさんとカリナさんはお付きの方ということですね」
「そうです」
なるほど、俺が知っているギルドの長というと魔術ギルドのカーラさんだが、やはり商業ギルドともなればもっと規模はデカいんだろう。アリスタさんはお嬢様なのかもしれないな。
沈黙が訪れる。
「ひょっとしてアラン様はサイラス様を知らないのですか?」とカリナ。
「えーと、有名な方なのですか?」
「…… ガンツの商業ギルド長のサイラス様ですよ?」とカリナ。
パーティーメンバーを見渡しても皆、キョトンとした顔をしている。皆、知らないようだ。
「すいません。みんな、この国には最近来たもので」
「… なるほど、それでは仕方ないかも知れないですね。盗賊でも知っていたんですが…。サイラス様は先程も言った通り、ガンツの商業ギルド長と、サイラス商会という商会もやっていましてこの国で一番の富豪と言われている方です」とカリナ。
「私が盗賊達に襲われなかったのは、私がサイラスの娘だと判って身代金をとろうと考えたからなのです」とアリスタ。
「なるほど、そういう事なんですね」
「ですから、ガンツに帰った際には、それなりの謝礼をお渡しする事が出来ます。期待してくださいね」とアリスタ。
うーん、別に謝礼を期待して助けたわけじゃないけど、手間が掛かったのは事実だ。俺だけならともかくパーティーで動いたのだから、メンバー分の報酬は確保するのがリーダーの務めかもしれない。
「そうですか、有り難うございます。では、楽しみにしておきます。さて、明日も早いし、今日はもう休みますか? 見張りは私達が受け持つので、アリスタさん達はよく休んでください」
「すいません、ではよろしくお願いします」とアリスタ。
もちろん、見張りなどする必要はないので、後片付けを簡単にして俺達は眠りについた。