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009-1:朝食バイキング①

 千金学園の朝は早い。


 枕元でピヨピヨと鳴くヒヨコ達にハアトは叩き起こされる形で目を覚ました。


「お、おはよう……ってうわぁ!?」


 ハアトの部屋の中にはいつの間にか何羽ものヒヨコが入り込んでいた。

 羽を飛ぶわけでもなく、魔法のようにフワフワと宙を移動している。

 ヒヨコの妖精か何かなのだろうか。


 ヒヨコ達は驚くハアトになど無関心といった様子でハアトの衣服を引っ張ってくる。

 他のヒヨコが服を持って近寄ってくるのを見て、どうやら着替えさせようとしているのだと察して素直に任せてみると、まずは洗面所へと連れていかれ、洗顔、歯磨き、そして髪のセットまで、着替えも含めてあっという間に終わってしまった。

 ご丁寧にハアトのメガネまで綺麗に磨かれて用意されていた。


 身だしなみが整うと、今度は部屋の入口へ誘導される。

 何が何だかわからないまま、ヒヨコ達の先導によってハアトは朝食の用意された部屋の前に来ていた。


 道中、他の住人達にも出会ったが、みな同じようにヒヨコを連れている。

 というよりヒヨコに連れられている。


 ヒヨコの達はまるでメイドのような働きぶりだ。

 そういえばと、昨晩のパーティの時にもこのヒヨコ達が料理を出したり空いたお皿を下げたり飲み物を運んだりと忙しそうにしていたのを思い出した。


 高級ホテルじみた学園寮の朝食はモーニングバイキングだという。

 ガルスから説明は受けていたが、いざ目の当たりにすると本当にホテルのような有様だった。


 本来は生徒であるお嬢様同士の交流を深めるために学園が始めたものだったが、学園から生徒がいなくなり、住人達が冒険者に成り代わった今もそのシステムは受け継がれている。

 千金学園ダンジョンの案内人、ガルスガルスの手によって、冒険者達の交流の場へと役割を変えながら。


「皆様おはようございます! さぁ皆さま今日も今日とて絶好の冒険日和でございます!  今日という一日が皆様にとって良き冒険の日となりますようにと願いを込めて本日も一流の朝食をご用意いたしました! 優雅な朝の一時を美味しいお食事と華やかなご歓談にてご堪能くださいませ!」


 案内された部屋に入れば、入口から席までがまるで並木道のように左右に美味しそうな料理の数々が並んでいた。

 和洋中の偏りもなく、定番のオカズは肉や魚から、サラダなどの野菜や果実、デザートのスイーツにフレッシュなジュース類まで全てが充実している。

 それぞれから漂う香りは豊かで、ごった煮のように混ざり合っても嫌な臭いには感じない。

 急激に空腹を意識させられる匂いだった。


 眠たげな住人たちは慣れた様子で列を作り、並べれたバイキングメニューを好き好きに大皿に取っては席に進んでいく。

 こうなると昨晩のパーティーと変わらない豪華さだった。


 料理の並木を過ぎるとゆとりのあるテーブル席が広がっている。

 その中央で、相変わらず騒がしいガルスが演説じみた朝の挨拶を繰り返していた。

 その姿まで含めて見慣れた朝の光景なのであろう、住人たちは気にする様子もなく朝食を口に運んでいる。


「おう、坊主。おはよーさん」


「おはよう、ハアト」


 バイキングなど慣れていないハアトがキョロキョロしながら朝食を選び終えると、すっかり聞きなれた声が飛んできた。


「ダンさん、レティさん。お、おはようございます」


 振り返れば、ダンが山盛りのローストビーフを大皿に抱えていた。

 隣のレティはオレンジジュースを片手に小さく手を振っている。


「寝坊もせずにちゃんと起きれたみたいだな。ウム、えらいぞ!」


 レティに偉そうに褒められた。

 褒められている感じがしない。


「いえ、あんなに耳元で騒がれたら誰でも起きます……」


「だよな。ま、一人起きてないヤツがいるんだけどよ……」


「えーと、もしかしてロリエさんですか?」


 二人の側に、昨日は一緒にいたロリエが今はいない。


「仕方がなかろう。ロリエは昼型人間だからな。朝と夜に滅法弱いのだ」


 確かに昨晩も二人はロリエと一緒に居なかった。

 朝方や夜型は分かるが、昼型とは難儀そうだ。

 要するに良く寝る子なのだろうか。

 というかそれはただの子供なのではないだろうか。


「まぁ、気にする事はないぞ。ロリエも昼には自分で起きてくる」


「は、はぁ……」


 ハアトがそれよりも気になるのはそう言って笑うレティの方だった。


 朝っぱらから鎧姿である。

 というより、出会ってから全身鎧の姿以外を見ていない。


 今も甲冑の上からストローを使って器用にジュースを飲んでいるが、ここまで徹底されると逆に気になるのが人の性というものだ。

 何か秘密でもあるのだろうかという疑問が湧いてくる。

 というか、口元にそんな隙間が開いていたのかというもの驚きである。

 残念ながらその隙間からは中身は見えない。


 ダンの方も相変わらず半裸だが、履いているズボンは少し違う。

 ドレスコードでもありそうな高級バイキングの雰囲気に、ジャージ姿のままで良いのか気にしていたハアトだったが、目の前の二人を見ているとそんなことは気にするだけ無駄だと気持ちが楽になった。


「それで、どうだ? 千金ダンジョンの住み心地は」


 空いているテーブルに三人で腰かけると、ダンが肉の山を頬張りながら聞いてきた。


「快適です。本当の高級ホテルみたいですね」


 部屋の温度も湿度も快適に管理されており、ふかふかのベッドを始めとして家具やアメニティも立派な物だ。

 各部屋にはバストイレ洗面所にベランダまであり、まだ一晩寝泊りしただけだが、長く生活してもまったく不自由を感じないだろうと思える。


「ウム、そうだろう!」


 ハアトの回答に、なぜかレティが自慢気だった。


「でも、なんというか……みなさん、なんだか元気がありませんね」


 環境は快適だが、ハアトはそれが気になっていた。


 世界がバグ化と呼ばれる異常現象に侵され、まだ半月程度しか経っていない。

 が、その被害は甚大だった。


 この世界は崩壊しようとしている。


 インターネットや携帯の電波が途切れ、外部の情報は得難くなってしまったが、ハアトが辿ってきた千金学園までの道のりからも、バグのその危険性は容易に理解できた。

 大都市とは言わないまでも、それなりに栄えていたハズの町は廃墟と化し、それに対する政府の支援や救助活動も行われていない。


 バグ化は世界的な規模で起きている。

 そのダメージは誰にも図り切れない。


 そんな危険な世界でも、このダンジョン内では以前と同じか、あるいはそれ以上の快適な暮らしを続ける事が出来ているのだ。

 それは素直に喜ぶべきことだと思ってしまう。


「……まぁ、な。理由は坊主もなんとなくわかってるだろう?」


「それは、そうですけど……」


 ダンの言う通り、ハアトもその原因は察しがついているが、その真偽を確かめに行くのはこれからだった。


「食べたら行こうぜ。俺も、もしかしたらって期待してるんだ」


 ハアトがフワトロのオムライスを食べ終わると、三人は寮から外へ向かった。

 本当はロリエも一緒に行く予定だったが、ロリエはまだ起きてこない。


「念のためにもう一度言っておくが、外はセーフティエリア外だ。モンスターと遭遇する可能性はゼロじゃないからな。坊主、気を抜くなよ?」


「……はい!」


 ガルスはそんな事は説明してくれなかったが、ダンとレティの話によれば、千金学園ダンジョンは学園の外まで広がる巨大ダンジョンとして生成されているのだと言う。


 千金の学園寮を入口と受付兼用の安全エリアとして、そこから侵入する千金学園がダンジョンの本体になるが、学園を中心とした町の中も実際にはダンジョン内と同じ扱いになっている。

 つまりはモンスターが出現する。

 つまりは未踏破のエリアの視認性が極めて低くなる。

 つまりは稀に宝箱が発見される。

 との事らしい。


 メインダンジョンである学園よりは危険度も低く、モンスターの出現率も低いが、それでも危険な事には変わりない。

 ハアトは知らなかったが、ダンジョンの外にはモンスターは出現しないものらしい。

 それを理解している冒険者こそ、ここでは油断してしまうリスクを伴う。


 踏破済みのエリアはダンジョン内の冒険者達には共有されるらしく、新たに迷い込んだ冒険者達の危険度を下げるため、戦える冒険者たちの見回りによって外部の安全性を確保しているらしい。

 その帰り道、三人はハアトと出会ったのだ。


「着いたぞ、ハアト。ここが境界だ!」


 普段の見回りのお陰か、モンスターと遭遇することもなく目的地に辿りつけた。


 ハアトが二人に案内されて辿りついたそこは、何という事はない、ただの道路だった。


 学園寮からは少し離れたただの道だ。

 千金の町の境目でも、住所の変わり目でもない、本当にただの道の端というだけの場所。

 そこにダンジョン内に冒険者を隔離するという壁のようなものは何も感じられなかった。


「ここが、このダンジョンと外の境界線ですか?」


「ウム、我々はここから先には進めない」


 そう言って、レティが腕を真っすぐに伸ばす。

 ピタリと、道の端の線上にその手が止まった。

 まるで見えない壁を押すような仕草。

 熟練のパントマイムのようにも見える。


 確証が持てないハアトをからかうように、レティがその見えない壁に体重を預けるように体を傾ける。

 止まった腕の先は微動だにしない。


「フフフ、どうだ。見事だろう?」


「いやパントマイムじゃねぇからな。どんなからかい方だよそれ」


「ウム、ハアトも触れてみろ。嫌でも理解できる」


 千金学園ダンジョンは来るもの拒まず、去る者を許さないという迷惑極まりないダンジョンだという。

 一度この地に足を踏み入れたが最後、ダンジョンをクリアするまで外には出ることが出来なくなる。


 そのダンジョンの最果てがここらしい。

 この道沿いにある交差点を含めて、東西南北がそれぞれの道路によって区切られている。

 その道から外には出ようとしても出られない。


 まるで見えない壁によって封鎖されているかのように、透明な箱の中に閉じ込められているのだ。


 ハアトはゴクリと息を飲み、手を伸ばした。

 二人が嘘を言っているようには見えなかったし、そう思ってもいなかった。

 親切で良い人達だと思っている。


 それでも、信じるしかないと分かっていても、やはり自分の目で見てみなければ、自分の手で触れてみなければは信じがたいと思った。

 信じたくないと思ってしまった。


 恐る恐る伸ばしたハアトの指先が、冷たい何かに触れた。


「あっ……」


 見えない壁が、確かにそこに存在している。

 力を込めて押しても、全体重をかけようともビクともしない壁だ。


「……本当だ。本当に出られない……?」


「やっぱり、か。例外はないみたいだな」


 ダンが残念そうに足元の瓦礫を蹴った。

 蹴られた瓦礫だけが見えない壁を越え、道の外に転がる。


「っつーワケで、これからよろしく頼むぜ。坊主」


「ウム。共にクリアを目指そうではないか、ハアトよ」


 ここから出るには、誰かが千金のダンジョンをクリアするしかないのだ。


 忙しくなる。


 ハアトはその言葉の本質をやっと理解した。

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