008-3:千金学園③
今すぐ駆け出してここから消え去りたい。
というか逃げたい。
逃げるしかない。
もうお家帰る。
そんなハアトのネガティブな思考を遮ってくれたのは、少しだけくぐもった少女のような声だった。
「その手首のバンド……ほう、お前も冒険者か。それにしては妙チクリンな格好だな」
「レ、レティさん! 失礼ですってば! あの、ご、ごめんなさい! この人も悪気があるわけじゃないくって……」
「悪いな、坊主。まぁ、見ての通り俺たちも冒険者だ。こんな所で会うのも何かの縁だろう。俺はダンだ。よろしくな」
耳の先まで真っ赤に染め、恥ずかしさのあまり逃げ出したくなったハアトだが、なんとか踏みとどまる事ができた。
ハアトが千金学園まで来る道中、人の姿を見かけることはなかったからだ。
この出会いは貴重だと直感し、目的のダンジョンの情報を得るためにも、せっかく出会った三人組と交流してみようと考える事ができた。
そしてそれは、正解だった。
ダンと名乗った男が差し出す手を、ハアトは恐る恐るといった様子で握り返した。
「ハ、ハアトです! よ、よろしく……お願いします……」
名乗ると、ダンの他の二人も手を差し出してきた。
「私はレティだ。よろしく頼む」
「ロリエです。よろしくお願いします」
全身を白い鎧に包んでいるのはレティと名乗った。
甲冑のようなもので顔は見えないが、鈴の音のような美しい声は少女のものに聞こえた。
くぐもっていても良く響く、透き通るような声色だ。
レティは大きな盾を背負っていて、その立ち振る舞いは一切の遠慮がない感じがした。
頭までスッポリと白いローブに覆われた姿の少女はロリエという名だ。
自信に溢れるレティの振る舞いとは対照的に、遠慮がちに手を伸ばすロリエは小柄な体つきと相まって、どことなく小動物的な印象がある。
杖を持つその姿から魔法使いのように見えた。
そして最初に名乗った男はダン。
上半身は裸で、鍛え上げられた肉体が日に焼けて色づいている。
ボサボサの黒髪は、けれど根暗な印象とは無縁で、獣のようなたくましさを帯びているように見えた。
あるいはそれは前髪の間から覗く眼光のせいかもしれない。
一人は鎧。
一人はローブ。
一人は半裸。
何が見ての通りなのかは分からなかったが、すぐに手首の「ステータスプレート」に気づいたことや「冒険者」を知っているという事は、そういう事なのだろうと納得できた。
彼らも冒険者で、それぞれのジョブに適した格好、あるいは装備をしているのだろうと想像がつく。
そんな彼らからすれば、ハアトのような寝巻まがいのジャージ姿こそ妙な格好に見えるのだろう。
一見すると仮装のようにも見える奇抜な恰好こそが、むしろ冒険者らしい格好というわけだ。
「あ、あの……僕、ここにダンジョンがあるって聞いて来たんですけど……」
互いの自己紹介を終え、ハアトが勇気を出して尋ねてみると、三人は顔を見合わせて「なるほど」と納得するような表情をした。
「フム。そういう事だったか。それであのような奇声を発しておったのだな」
「まぁ、そういう事だろうなぁ。とは言っても、勘違いするのも仕方ねぇけどよ」
「確かに冒険者の間で有名になっているらしいですし、だけど少々情報が混乱していると言いますか……」
いまいちピンとこない会話だった。
三人の言葉に戸惑いと、少しだけからかうような気配を感じながら、ただ不思議そうに眺めるしかない。
なんと言葉を続けるべきかと口をパクパクさせるそんなハアトに、レティが一歩前に歩み寄ると、再び手を差し伸べて言い放った。
ガシャリと重い金属の音がした。
「うむ、喜べハアト。お前はすでにダンジョンの中だ」
「…………へ?」
「新たな仲間を歓迎するぞ。ようこそ、我等が千金学園ダンジョンへ」
手を差し伸べる姿勢のまま、甲冑の下でレティが明朗快活に笑ったような気がした。




