006-2:赤土の迷宮【強襲編】②
知性のかけらもない雄叫びと共にハアトの眼前に迫る緑色の小鬼たちは、十二体もの群れだ。
そのほとんどは木の棒を持っただけのただのゴブリンであり、念のためバンドで確認した危険度もGのままだった。
問題は、召喚されたその群れに混じっている、見慣れない武器をもったゴブリンだ。
モンスター名、ゴブリンファイターアプレンティス。
種族、小鬼。
危険度、F。
モンスター名、ゴブリンマジシャンアプレンティス。
種族、小鬼。
危険度、F。
木の棒によく似ているが、それぞれ剣と杖に形状が似ている。
杖は先端が曲がっているだけだが、剣には刃として研がれたようなあとがある。
明確にそれを武器と認識して手にしているのだろう。
アプレンティスが何も意味するのかはハアトにはわからなかったが、その武器持ち達はファイターとマジシャンというジョブを持ったゴブリンらしい。
危険度も一ランク高く、通常のゴブリンよりも危険な存在だと認識せざるを得ない。
「戦うしかないって事か……!」
黒い幕によって退路は断たれている。
笛の音のタイミングから、恐らくはそれもゴブリンシャーマンの能力なのだろうが、完全に殺しに来ているとしか思えない。
初心者向けダンジョンとは何だったのか、誰かに本気で問い詰めたいと思った。
「グミ、雑魚を引き付けて!」
逃げれるのならば逃げたいが、とにかく今は最善を尽くすしかいない状況だ。
出来る事はすべて試すしかない。
それでも勝てるか分からない戦いではあるが、それでもやる以外の選択肢がないのだから。
聞いてくれるのかはわからないが、グミに指示を出す。
グミはそれを理解したのかしていないのか、とにかくゴブリンの群れに突撃していった。
ゴブリン達の背丈はハアトの腰程度にしかない。
小さな群れだ。
それでも、ゴブリン達は手にした武器のその一つ一つがハアトの命を奪おうをしているのだと理解できれば、どこまでも狂暴で危険な群れに見える。
一度受けた肩への衝撃が蘇るように感じられた。
時間の経過と共に薄らいで、今となっては完全に消えたはずのあのダメージが、その時の恐怖だけを思い出させる。
死んでもどこかでまた復活。
なんて、甘い感覚ではなかった。
命の根本を撫でるような冷たい恐怖がダメージの衝撃には潜んでいた。
死ぬ気はないし、死なないように探索してきた。
クソゲーをするために。
こんなところでは死んでも死にきれない。
ゴブリンシャーマンはゴブリンの群れの後方で笛を吹き続けている。
なんとかしてアレを倒す。
ハアトは覚悟を決めて、緑の群れへと身を躍らせた。
グミの突撃により、最前列にいたゴブリン達の注意は引き付けられた。
すべて通常のゴブリンだ。
ファイターはその後方に二体、少し遅れて向かってきている。
ファイターは一体ずつ、まるで付き人のように二体のゴブリンを従えて動いている。
マジシャンはさらにその後方に、こちらも二体だが、それぞれ単独で杖を構えている。
知性はなさそうに見えるが、行動パターンはさすがに異なるのだろう。
全部まとめて突っ込んできてくれたなら、まだ楽だったのだが、そうはいかない。
ハアトとグミのコンビネーションにおいて最も安全な形は、グミが物理攻撃を全て受けながら囮となり、魔法攻撃をハアトが対処しながら数を減らすパターンだろう。
ハアトは、グミに殺到するゴブリン達には脇目もふらず、迂回して後方のマジシャンを目指す。
両手を開けておく意味もなく、少しでも攻撃の機会を増やそうとポーチに仕舞っていた木彫りの剣を取り出し、装備した。
ゲームによっては二刀流には専用のスキルが必要な場合もあるが、装備自体は問題なくできた。
そのハアトを、ファイターの一団が捉えて襲い掛かってきた。
「くっ、そう上手くはいかないか……!」
ファイター一体とゴブリン二体、三対一の形になる。
その背後で、もう一つのファイターの一団はグミの方へと向かってくれたようだ。
六対一にはならずに済んだらしいと、少しだけ安堵する。
ハアトにはグミのような耐久値はないが、ジャンルを問わず悪辣なクソゲーを攻略してきたゲーマーとしての情報処理能力と予測、そして人型であるからこそのフットワークがある。
単純な攻撃ならば読み切り、回避することで戦える。
三対一だろうと、動きさえ予測出来れば立ち回れる。
ファイターよりも先に、二体のゴブリンが迫ってくる。
手にした武器が大きいせいで動きが遅いのだろうか、ファイターの動きはワンテンポ遅れているように見えた。
ゴブリンとは地下二階で散々戦っている。
おかげでシンプルな攻撃パターンは理解できている。
基本的に木の棒を振り回すだけだ。
その振りも大振りで、回避してから反撃するまでに十分な余裕がある。
ファイターが一歩遅れているうちにと、まずは一体にアクジキを突き刺す。
短い悲鳴と共にあっさりゴブリンは煙と代わり、入れ違い様に追いついたファイターが剣を振り下ろしてきた。
武器自体は大きいが、それを持つファイターの背丈はゴブリンと変わらない。
思ったよりもリーチは短く、その攻撃パターンも木の棒と振るう者と大差がなかった。
しかしその動きにぎこちなさはなく、もしもその剣先に触れてしまった時のダメージは比べものにならないだろうと思わせるその風切り音が耳に纏わりつくようだった。
向かい合った時の精神的な疲労感は今まで以上に大きい。
それでもこれなら大丈夫だ。
そう確信めいたものを感じならが、少し離れた位置にいるマジシャンに視線を流すと、マジシャン達は杖を掲げて何やらブツブツと呟いていた。
もっとも危険視していた魔法攻撃は、未だに一発も放たれていない。
杖の先端が微かに輝きを放っているが、それが魔法となって放たれる気配はなかった。
ポンポンと魔法弾と放っていた魔法生物とはかなりの違いだ。
種族の魔法使いの違いなのだろうか。
「……でもこれなら、行ける!」
これは良い誤算だ。
マジシャンから注意を目の前のゴブリン達に戻し、攻撃の隙をついてまずは通常のゴブリンから仕留めていく。
一対一となれば、脅威はさらに感じられなくなる。
大振りの木剣をかいくぐり、アクジキを振るう。
確かな手応えと「ギャア!」という悲鳴が重なるが、危険度Fのファイターは一撃では倒れなかった。
「やっぱり強化されてるな……!」
通常のゴブリンから仕留めたのは正解だった。
目の前の一団を倒し、グミの様子を伺う。
ファイターの一団も交え、リトルマウスの時のような玩具状態だ。
リトルマウスより一体一体が大きいため、グミの様子も見えない。
ファイターの攻撃力が未知数なため、ほんの少しの不安がよぎるが、今は魔法使いが優先だ。
「頼むぞ、持ちこたえてくれ……!」
前方のゴブリン軍団はグミに任せ、残りのマジシャンへ向かう。
魔法の杖は、輝きを増していた。
杖の先端に光が収束していき、今にも弾けそうな気配があった。
マズい。
「やらせない……!」
ハアトは部屋の右側から回り込んだ形になる。
同じ方向に居たマジシャンはハアトに狙いを定めてくれているが、少し離れたもう一体はグミに向いている。
ハアトが短剣の間合いに入るよりもはやく、二つの光の弾が同時に放たれた。




