006-1:赤土の迷宮【強襲編】①
地下一階へ戻ると、明かりはついたままのようだった。
どうやらフロアを移動すると消えるというワケではないらしい。
恐らく、ダンジョン内から冒険者がいなくなるとスリープモードに入るのだろう。
通路に残した目印を確認しながら時計代わりの携帯電話を開くと、時刻は二十時を少し過ぎた頃だった。
「もう夜か。お腹も減るわけだね」
疲労と共に感じていた空腹感を鎮めるようにお腹を撫でながら呟いた。
地下一階の探索が思いのほか早く終わったが、それに比べると地下二階はかなり広く感じられた。
最初の部屋から右へ進む分岐ルートしか探索は終わっていないが、それでもかなりの時間がかかっている。
「二階から先は攻略に時間がかかるかもな。奥に進むなら、何か食べ物とかを持って行った方が良いのかも」
今回手に入れたアイテムを整理したら、一度、自宅に戻って用意をした方が良いかもしれない。
リトルマウスとの戦闘で着ているジャージも破れてしまっている。
着替えたいし、なにより温かいシャワーを浴びたかった。
そんなことを考えながら、地下一階の最初の小部屋、もう出口の直前というところまで来て、ハアトは聞きなれない音を聞いた。
「……ん? なんだろう、笛?」
良く響く甲高い音色は、小学校時代に習った縦笛に良く似ていた。
何でそんな音が今、この場所で聞こえてくるのか。
それを考えようとするよりも先に、ハアトのバンドが反応した。
小さな振動と共に、ウインドウが開く。
「警告:NSE反応確認。『仮面の鬼巫女』に遭遇しました」
急に表示されたのは、初めて見る真っ赤な文字だった。
警告事態は宝箱のトラップにかかった時にも表示されたが、その時は文字は普通だった。
その変化だけで、良くない何かを感じてしまい、ゾワリとにわかに肌が粟立った。
その文字列に体温が奪われるような気がした。
「NSE……なんだこれ?」
疑問を解決する暇もなく、空気が揺れた。
風が吹くようなその動きは、地下ダンジョンの中では初めて感じたものだ。
ハアトの視線は風を辿るように部屋の中心へと吸い寄せられ、そこに得体の知れぬ光を見た。
青白くも黄色くも見えたその光の中から、影が落ちてきた。
「あれは、ゴブリン……なのか? 今までより大きいぞ!」
現れたのは、見たことのある緑色の肌をした人型だった。
姿形はゴブリンによく似ているが、ハアトの腰下程度の大きさだったこれまでのゴブリンに比べ、目の前の個体は一回りも二回りも大きい。
ハアトよりも頭一つ分は背の高いソレは、大木から掘り出したような奇妙な仮面をつけていて、その大きな仮面のせいでより巨大に見える。
体には藁のようなものを束ねた衣服を肩に羽織っていて、明らかに今までのゴブリンとは違う雰囲気があった。
ハアトは慌ててバンドを向けた。
モンスター名、ゴブリンシャーマン。
通り名、仮面の鬼巫女。
種族、小鬼。
危険度、E。
「危険度E!? 急に、何で!?」
最低値であるGの二つも上になる。
初めてGランク以上の魔物に遭遇してしまった。
そして通り名という見慣れない表示。
初めて尽くしの敵だった。
仮面の鬼巫女という通り名は、バンドが表示した警告にも表示されていた。
NSEがどんな意味かは分からないが、通常のモンスター以上に危険な存在なのだとは察しが付く。
モンスターの気配を感じて肩から飛び出したグミも、戦力差を感じているのか、いつものように無暗に突進しようとしない。
ハアトの前に立ち、威嚇するようにプルプルと震えている。
ゴブリンシャーマンの仮面がハアト達の方を向く。
見つかっている。
なんの遮蔽物もない部屋の中なのだから当然だ。
ハアトは魔法食いの短剣を構え、戦いの始まりを予感して全身に力を込めた。
これまで遭遇したゴブリン達は、ハアトの姿を見るや突撃してきた。
同じゴブリンなのだからと思ったが、ゴブリンシャーマンはしばらくボーっと突っ立ったままボリボリと腹を掻く。
なんだ、コイツ。
襲ってこないのか?
ハアトの気が抜けそうになったその時、葉っぱや鳥の羽のような装飾が施された不気味な仮面の下で、ゴブリンシャーマンがニヤリと笑った気がした。
片手に持った小さな笛を仮面の口元に寄せる。
ピィィと甲高い音が部屋に響いた。
ハアトが今しがた聞いた縦笛の音だ。
それは奏でるなんて上品なものではなく、ただ一つの音を吹き鳴らしただけの粗末な演奏だったが、シャーマンというモンスターの名前から、魔法使いの類を連想していたハアトは慌てて耳を塞いだ。
クソゲーあるあるの一つに状態異常攻撃無双というものがある。
これは文字通り、状態異常の症状が強すぎるというものだ。
例えば猛毒。例えば麻痺。睡眠、混乱、魅了、石化。
ゲームにおける状態異常の種類は豊富にあるが、どれも対策を練ることが出来るのが一般的であり、石化などの例外はあれど、状態異常にかかったからと言って即死亡、というようなムチャなケースは少ない。
石化などの即死攻撃になるものは成功率が低かったり、使用頻度が少ない、タイミングが分かりやすいなどの調整がなされているのが当たり前である。
要するにバランスだ。
雑魚モンスターが頻繁に使ってくる毒は弱いか、回復アイテムがしっかり用意されている。
ボスが猛毒を使ってくるならば、手前のエリアや町で対策アイテムを手に入れられる。
そういった調整。
クソゲーはそれが取れていない。
逆説的に言えば、バランスが取れていない故にクソゲーなのである。
例えば戦闘開始直後に回避不能の範囲攻撃でパーティ全員が石化して全滅、アイテムや装備では防げない。
などというゲームがあれば、それは紛れもなくクソゲーだと思う。
玄人向けを謳うような、難易度の高さが特徴のゲームならまだしも、子供向けのゲームなんかでそんな滅茶苦茶をすればなおさらだ。
まだ初めてのダンジョンで一フロアを踏破しただけのハアトだが、この世界のバグにはそんなクソゲーの片鱗を見ていた。
目の前でプルプルしている物理耐性特化モンスターやリトルマウスの群れがそうだ。
グミはテイムできなければ物理では倒すことが不可能だったし、リトルマウスの群れはそのグミが居なければどうにもできないレベルの罠だったと思う。
それが狙って作られていたシナリオなら良く出来たものだが、どうにも偶然としか思えなかった。
ハアトは偶然に助けられてこのダンジョンを進めている。
そしてこれまでのクソゲー経験から、シャーマンという名前や楽器での攻撃を含めて、ハアトは広範囲への凶悪な状態異常攻撃を予感した。
そして見事に裏切られた。
フルートのように横に構えられた縦笛のような音色に呼応するように、ゴブリンシャーマンの周囲に光が浮かび上がった。
青白くも黄色くも見えるその光は、ゴブリンシャーマンが現れた時に見たものと同じものだ。
よく見れば、その光が絵とも文字とも言えない奇妙な記号の羅列が円になって出来たものだとわかる。
そして光の輪の中から、音の主に良く似た姿が現れる。
ゴブリンだ。
「……こいつ、召喚使いか!」
しまった! なんて思う暇もなく、現れたゴブリン達が「ゴギャ!」と鳴くと、一斉にハアトの方へ目がけて駆け出してくる。
その姿は一様に、背の低い緑の全裸だ。
だが、手に持った武器は様々だった。
何度か戦った木の棒を持ったゴブリン以外にも、剣や杖のようなものを持ったゴブリンが混じっている。
「グミ、戻って!」
通常のゴブリンだけならグミを盾にしてどうとでもなると思ったが、魔法使いらしきものが混じっている状態での乱戦は正直怖い。
グミの魔法耐性が低いというのはカオリからの情報としてしか知らないが、ヒノタマとの戦いでのグミの様子から察するに、そうとう弱いのではないかと思う。
「逃げるよ!」
跳ねて来るグミを抱きとめると、ハアトは駆け出した。
幸いにも出口は近い。
ダンジョンの外までは追ってこないだろうと、ハアトは出口へと向かって猛然と走り抜ける。
その背中に、再び縦笛の音色が響いた。
ブウンと風がハアトと追い抜いた気がした。
「……え?」
出口に差し掛かった時、ハアトは呆然とするほかなかった。
「まさか……逃亡禁止って事かよ!」
二度目の笛の音と共に、先ほどまで開いていたハズの出口に黒い幕が下りていた。




