005-4:赤土の迷宮【偵察編】④
地下へと更に深く続くその階段は、地下一階へと来た時と同じ造りのようだった。
大人三人くらいならば並んで下りられるであろう幅の階段が終わると、一回り大きく開いた小部屋のような空間に明かりが灯った。
正面には階段と同じ幅の通路が、地下一階の時と同じように伸びている。
「……あんまり変化はないみたいだね」
階層は進んでも同じダンジョンの中だ。
そこまで急激な変化はないだろうとは思いながらも、念のためにグミを肩に戻して慎重に進む。
真っ直ぐに伸びる通路を進んでいくと、一度だけ左に曲がる角があっただけで、いつもの小部屋のような空間に出た。
手前で立ち止まり中の様子を伺うが、やはり真っ暗なままで何も確認はできない。
今のところは地下一階と同じ造りのように思えるが、しかし、ゲームなどでは階層が変わると敵が急に強くなるケースが良くある。
ゲーマーとしての経験から、その事は念頭に置きながら、トラップなどの気配にも気を付けながら目は凝らした。
覚悟を決めて部屋に一歩踏み入れると、同時に部屋に明かりが灯る。
部屋の中央に映し出されたのは、見覚えのある緑の人影だった。
「またゴブリンか!」
二体の人影がハアト達を認識すると、木の棒を振り上げて「ガア!」と叫んだ。
バンドをかざすまでもなくそのモンスターを認識するが、念のためにステータスを確認しておく。
モンスター名、ゴブリン。
種族、小鬼。
危険度、G。
表示されるステータスに変化はないようだ。
レベルなどの表示がないため、それがまったく同じ強さだとは限らないが、少なくとも危険度は最低ランクのままらしい。
ならば問題はないだろうと、ゴブリンの雄叫びに返事をするように肩から飛び出したグミは放っておく事にした。
グミならば二対一でも問題はないだろうが、ハアト自身も戦いの経験を積むために、ゴブリンへと向かって駆ける。
先に飛び出したグミの方への二体のゴブリンが向かっていくのを確認しながら、ゴブリン達の背後へ回り込むようにして短剣を振るえば、攻撃を受けたゴブリンはたった一撃で倒れて消える。
「よ、弱っ!」
グミの攻撃力で倒し切れるくらいなのだから、体力は少ないとは思っていたが、まさか一撃とは思っていなかった。
改めてグミの攻撃力の低さを実感させられた瞬間だった。
そのままグミと泥仕合を繰り広げようとするもう一体にも剣を突き刺すと、戦いはあっけなく終わってしまった。
ゴブリン二体がドロップした1カインと「ゴブリンの小牙」一つをポーチに直しこみ、部屋の中を見回してみるが、特に変わったところはないようだった。
正面には壁だけがあり、左右の壁には一つずつ道が伸びていた。
おそらくは地下一階と同じで、これがこのダンジョンの形状なのだろう。
小さな通路が小部屋と結んで連なって、大きな地下ダンジョンを構成している。
地下一階の時と同じように、目印をつけながら道を進んでいく。
ダンジョンのリセット時に残した目印まで消えてしまう可能性も考えて、基本的には右回りに探索をすることにした。
右側の道を進むとやはり小さな小部屋があり、道は二手に分かれていた。
モンスターはおらず、分岐のためだけの部屋のようだった。
さらに先へ進むと、分岐が続いている。再び二体のゴブリンがいたが、難なく倒し切りさらに進む。
そこから二つの分岐を経て、地下一階にもあったメッセージの残された部屋でこのルートは行き止まりになっているようだった。
メッセージを確認して、一つ前の部屋に戻ると、今度は先ほど選ばなかった方の道へ進む。
そんな作業を繰り返しながら探索を続け、ハアトは一番最初の部屋まで戻ってきた。
「こっちはハズレだったのか」
右側の通路から伸びた部屋には地下への階段は見つからなかった。
ほとんどがゴブリンのいる部屋で、つきあたりの部屋まで行くとメッセージやアイテムがあるだけだった。
休憩がてら地面に腰を下ろし、一度、情報を整理することにする。
戦闘は苦戦するほどのものではなかったが、数をこなせばやはりそれなりの疲労感がある。
地下二階は地下一階に比べると、部屋がかなり増えている印象だ。
フロア自体が広く作られているのだろう。
分岐が多く、小部屋の数もそれに比例して増えている。
地下一階の部屋割りが分岐点となる部屋を覗けばモンスターの部屋、宝箱の部屋、メッセージの部屋と最低限の数だったことを考えると、やはり初心者向けに作られているのだと思えた。
そんな中で宝箱から呼び出された殺意全開のリトルマウス達だけは、妙に異質に感じられる。
今のところ、この階ではゴブリンにしか出会っていない。
ただし地下一階の時とは違い、ゴブリンは一体ではなく、複数対で出現してきた。
最初の部屋では二体だったが、同じ階層でも奥へ進むほどに三体、四体と増えていく形だった。
チュートリアル的とでも言うべきか、このフロアでは複数のモンスターとの戦闘に慣れさせようとするような意図を感じる構成だ。
グミのおかげで苦戦することもなかったが、一人なら危険だったかも知れない。
「上の階にあったような宝箱はかなりレアみたいだね」
行き止まりの部屋の一つにアイテム部屋のようなものがあった。
モンスターを倒した時のドロップアイテムのような革袋が二つ置かれているだけの部屋で、宝箱は存在しなかった。
中にはそれぞれ「初級ポーション」と「初級マナポーション」が一つずつ入っていた。
これは最初にカオリからもらったものと同じものらしく、それぞれポーチ内では十個まで一セットとして容量1としてカウントされるらしい。
小さな消耗品や、極小の素材にも適用されるルールらしいが、ポーションより小さい指先程度の大きさしかないゴブリンの小牙ですらセット化の対象外らしく、どこまで小さければ適用されるルールなのかはあまり良く分からない。
前回はポーションを紙袋に入れたまま持ってくるのを忘れるという初歩的なミスを犯していたが、今回は前回よりも奥へ探索するため、しっかりポーチに入れて来ている。
その他の部屋にはメッセージの残された部屋が二つあった。
『宝箱には罠が仕掛けられている可能性があるため、無暗に開けるのは危険である』
『武器を持つモンスターからは、その武器が手に入る可能性がある』
内容は相変わらず世界観など関係ないとばかりの説明口調だった。
宝箱のトラップに関しては体感済みなので今更だが、モンスターからの武器ドロップに関しては少しは有益な情報だったと言えるだろう。
ゴブリンの持っている木の棒は密かに気になっていた。
武器の扱いはゲームによって違う。
敵から手に入る物もあれば、素材を集めて作らないといけなかったり、買うしかなかったり、あるいは宝箱から探すしかなかったり。
受付嬢に素材を渡して購入するという少し変わったシステムは、つまりは素材を集めて作るという方式だとハアトは考えていた。
であるならば、もしかしたらモンスターからの直接的なドロップはないかもしれないと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
今のところ倒してきたゴブリン達からは素材しか出てこなかったが、倒し続けていれば手に入るのだろうか。
「敵からの武器ドロップはレアなのか、それとも何か条件があるのかな?」
座り込んだハアトの側でゴロゴロと地面を転がっているグミに話しかけてみるが、当然ながら返事は返ってこない。
なんだかペット化してからその動きにバリエーションが増えてきた気がするが、気のせいだろうか。
「分かるわけないか。お前は武器なんてもってないしな」
ハアトの正面には、今まで探索したエリアとは反対側に続く道が伸びている。
「さてと、どうしようか……」
思ったよりも戦闘が続き、素材を手に入れる機会も多かった。ポーチの残りは少ない。このまま進めば、恐らくは地下への階段を見つけるより先にポーチが一杯になってしまいそうだ。
このフロアで戦闘を続ける分には問題ないだろうが、さらに地下に進むのなら装備を整える必要はあるだろうし、一度戻ってカオリに相談してみるのも良いかもしれないとも思う。
「うん、いったん帰ろうか」
焦って奥へと進む必要もないだろうと、ハアトは一度、受付フロアまで戻ることにした。




