あらま、一日ですか?
「……バッサリ行ったな」
「ええ!!もう、スッキリして最高ですわ!」
苦笑いする担任にそれこそ最高の笑みを贈る。やはり伝わっているのか、気まずそうに声をかけてきたのに、私の反応に驚いてるのか溜め息を吐く。
そして、ザワザワしていた周りの子たちからは、「可哀想」や「狂ったのかしら」など口々に聞こえてくるが、此方としてはそんなのもうどうでもよい。
髪を短くし、品行方正だった制服を昨日ほどではないが着崩している私は、それはそれは驚きであろう。
授業が始まる度に先生たちが私を見て気まずそうにするのは、流石に居心地が悪かった。一層、古文のおばちゃん先生のように「古文を読めばわかるけども、先人たちの恋愛も身勝手なものよ!大丈夫!男なんて腐るほどいるんだから!」と、よくわからないアドバイスを出会ってそうそう贈られてきた方がまだ良かった気がいたします。
お昼休みになると、私のクラスに多くの生徒が詰め寄っている。たしかに、私が白川と婚約破棄したのは驚きだろうし、ましてやその原因が庶民に盗られた、ということになるといいゴシップなのかしら?
こんなゴシップよりも、海外セレブのゴシップのが遥かに人間の欲が滲み出ていて、私としては楽しいものなのに。
「ピヨ氏、ご飯を作ってきたでござる」
亮ちゃんの実家は、地域でも有名なお惣菜屋さんらしく、たまにこうして料理を作ってきてくれます。卵焼きも甘いのが好きな私とだし巻きがすきな凛々子ちゃんのためだけにいつも二種類用意してくれたりもしてくれます。
実は今まで部室でこっそりと食べていたのですが、今日は待望の教室でお弁当デビューなのです!!
女学園では、令嬢が庶民のようなお弁当をつつくことをあまり良しとしないのです。新入生の頃、一緒にお弁当を食べたとき、たまたま意地悪で有名な上級生に見つかり、くどくどと嫌味を展開されたことがありました。私だけに向けられるのは良かったのですが、亮ちゃんと凛々子ちゃんを巻き込んでしまったことが申し訳なくて、仕方なくそれからは基本的に学内のレストラン、たまに屋上で弁当という生活をしていました。
本当のことを言うと、本場のフランス料理長が作るからといって、レストランの料理が美味しいわけではありません。
たまに、これどうなのかしら?って疑問に思うような料理が出てくることもあります。
……それに、私はオランデソースとかハワイアンピザみたいに料理に果物がふんだんに使われてるのが苦手なので、余計に警戒してしまいますし。
「んー、Buono!」
「Deliciousとかじゃないの、そこは」
「うふふ、こういう場ではせめて、yummyよ」
「凛々子氏は英語が苦手でござるからね」
「うっさいな。洋楽とかならわかるけど、基本的にメタルしかわかんねーし」
「うふふ、でも美味しいならそれでいいと思いますわ。亮ちゃん、相変わらす美味しくて毎日でも食べたいですわ」
「……ありがとう」
亮ちゃんの料理を食べながら、ふと教室の外を見ると、担任がこちらを伺っていた。やはり、私が心配なのかしら…?
けど、彼の視線は少し私からズレている。私を見ているはずなら視線が合うはずなのに、合わない上に見られていることに気づいてもいない。
どういうことなのかしら?
「どうしたの、ピヨ」
「いえ、何でもありませんわ…」
先生は誰を見ていたのかしら?
帰り道、今日は流石にと私は自分が住む部屋に帰宅した。色々と凛々子ちゃんたちのところに物を置いてきてしまったが、また近々彼方に寄る予定なので、その時に持ち帰ろう。
さて、と、次は何をしようかしら。
自由になったからといって、ポンポンやりたいことが出てくる訳でもない。自然と束縛されていたこともあるので、その時に気づかないと実行することは難しい。
とりあえず、今日は最近やっていた日本のドラマの「ベリータブレット」を見よう。実はこのドラマはエレンちゃんのお母さんがゲスト出演していて、思わず購入してしまったものだったりする。
エレンちゃんのお母さんは有名なハリウッド女優さんなのだ。
「ベリータブレット」には、世界屈指の御曹司が平凡な女子高生と恋に落ち、卑劣な御曹司の婚約者などの障害を乗り越えて、最後はエレンちゃんのお母さんが演ずる他国の女王様から貴方は私の姪だと告げられ、円満結婚するという話だ。
先に言っておきますが、一応全話見ましたけども購入したのは最終巻のエレンちゃんのお母さん登場回のみですからね!
『貴女が王族だからって、何なのですか?』
『ナデシコっ!』
婚約者の女性の方が静かに主人公の女子高生に近づく。顔色は血の気が引いている。この令嬢役の女優さんはキャラにのめり込む人だから、本当にリアルだ。
それに比べて、顔だけで選ばれた御曹司役のわざとらしい演技はいささか不満だ。
それに、ここには出てないけど、当て馬として出てくる主人公サクラの幼馴染みの林太郎は『白線デイズ』のユウスケ役と同一人物。主人公も最近でたての女優さんだが、拙いけども懸命な演技に私は好感は持てる。
『サクラに近づくな!!』
『マサヒコさん!!貴方に言われる筋合いはございませんわ!!私の人生を全て滅茶滅茶にしたのですよ!この汚い泥棒ネコが!!』
錯乱した令嬢がマサヒコに向かって灰皿を投げている。あまりの迫力にビックリした。でも、確かによく考えれば、御曹司は27歳、婚約者も同級生。……滅茶滅茶にされたってのは、間違いではない。
ふと、私は違和感を感じた。
このドラマは何度も観ているが、今までこんなに令嬢に肩入れして見たことはなかった。
ユウスケ役の人カッコイイとか、エレンちゃんのお母さん本当にお美しいとか、主人公の子新しい彼氏出来たみたいですわねとか、御曹司の演技下手ですわねーとか、本当にそんな感想しかなかった。
……あの、夢のせいでしょうか。
私が、元婚約者に縋り付き、恥じらいもなく泣きわめき、そして没落する。
その光景を淡々と眺めたあの夢。
そして、アレも私だと認める夢。
うっあっ、頭がいたい。
私は、死んだように退場していく令嬢を見届け、テレビの電源を落として、痛みを堪えるために目を閉じた。
長い濡れ羽色の真っ直ぐなに櫛を通し、ゆっくりと梳かす。
眉で切り揃えられた前髪と、鶴の模様が描かれた白い着物が純和風の美しさを醸し出す。そして、より一層雪のように白い肌はなまじ露出するよりも上品な色香を漂わせていた。
その彼女…四宮鶴代は、婚約者の鷺沼元の家の古めかしい鏡台をぼーっと眺めていた。
「本当、茶番よね」
鏡に問いかけてもなにも返ってくることはない。ただ、少しでも襖の向こうに届けばいいと思ったから呟いただけだ。
この顔を見ると、一番可愛いげのある妹をふと思い出してしまう。仕方がない、ほとんど瓜二つなのだから。ただ、彼女には色気が全くないが。
その妹である雛恵が婚約破棄した報せは、とうの昔に志摩と予想していたことだった。ただ、理由は違う。志摩は雛恵と白川の息子の違いは、いつか双方に亀裂をもたらすと踏んでいたのだ。たしかに、雛恵は愚直過ぎた。白川の息子はひねくれ過ぎた。雛恵の友人は彼女の視野を無理矢理広げた、白川の息子の友達は彼を強固に守り崇めた。
段々と広がる違いは、社交パーティでも定期的な集まりでも、二人の婚約は破綻してるということを見せつけてしまうくらいに。
けれど、私はそういう意味で予想していたのではない。既に決められた一つのレールにおいて、定められていたことだからだ。
どちらにおいても、彼女と彼は婚約破棄になる。展開は読めないけども、それは決定事項なのだ。
私の婚約も、そうなのだ。
そして、私の部屋を今も覗いているだろう義弟も、そのレールに乗ってしまった哀れな人なのだ。
元さんと婚約破棄し、義弟と結婚してあげるのが、この先に起きる面倒なイベントを回避する最高の手かもしれない。
それは、できない。
何故なら、私は元さんを愛してしまった。
十分ルートというレールに乗ってしまった私は、元さんにすっかり攻略されてしまった。しかも、彼は男の夢のエンディングには目もくれず、純粋に私だけを見てくれた。真実を狙いに来てくれた。
だからこそ、あと一ヶ月後に起きるイベントは避けられない。
ただ、指を咥えて待ってるのも腹が立つので、我が儘でオツムが少し残念だけど拷問だけは得意な明子と、義理と人情に厚く頼られると弱い志摩を呼んで、全力で対応してあげようかしら。
義弟が起こすであろう騒動を、知ってて黙って待つ私ではないのよ。
「こんな茶番なんて、壊してあげる」
元さんと結婚することを全員に祝福されたいの。じゃないと、結婚式でも面倒なイベントが起きちゃうじゃない。
鏡越しに見える義弟に優雅に微笑みかけた。
鶴代さんのターン。実は一番書きたかった人。
少しこの話の本筋を見れたかな?
あと、鷺沼義弟は…まあ、奴ですよ。奴。
この、展開にしたときに、
また奴を書かなくてはならないのかっと
絶望したのは内緒