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◆06

◆06


 翌日の昼。

 古い馬車がわだちをなぞる。

「古い割には、乗り心地、悪くないですね」

「そうだね。屋根もあるから、雨が降っても安心だね」

 ハウエルがうなずく。

 どうやら荒天領では、ずいぶん昔に、当時の代官がいくぶん上等なものを買い、それを今に至るまで丁寧に手入れをしていたらしい。

 まだ荒天領がそこそこにぎわっていた時代があったということ……ではないようだ。当時は代官も、定期的に馬車で王都に内政等の報告をしに行かなければならない時代であり、そこで他の代官になめられないように無理をして買ったらしい、とのことをアントニーから聞いた。

 なお、現在は地方領主にその報告義務がある、とのこと。現在の王都への旅行では不要だが、この先、他の地方領主たる貴族とともに、ある程度長期ではあるものの定期的に、登城して形ばかりの報告をする必要があるようだ。

 ともあれ。

「ふぁ。眠いです」

「眠っていいよ。起こすから」

「そうはいきません。主様を守ることこそ従者の務め。ふぁ」

「おいおい、大丈夫?」

 ハウエルが思わず心配になる。

「ご安心ください。私、剣術やら武芸の類もまあまあですから」

「初耳だね」

 とハウエルは言ってみたものの、実は気づいていた。

 ローザの剣の腕は「まあまあ」どころではない。剣豪に匹敵するとてつもない境地にあるということを。

 本人は何故か隠したがっているが、その理由は分からない。しかし二人は長年の付き合いであり、まれにその凄まじい剣術の一端を発揮することがあった。

「そういえば、主様も剣術とか武術、結構できるんですよね」

「まあ、そうだね。勇者カーティスの言い方なら『九十点』ぐらいかな。もっとも、剣術がいくらできても、一兵卒の技能であって将校の技ではないって無視されたけどね……いや、それはそれで正しいけども」

 この点は、ハウエルも納得している。ただの難癖ではない。

 敵陣に先頭に立って切り込み、存分に剣を振るうのは兵卒のやることである。将校はそれを指揮統率したり、本営等で軍全体の管理にあたったりすべきであって、これを混同してはならない。……などというのがカーティスの持論であった。

 もしかしたら、ハウエルの特技を認めたくないがための建前であったのかもしれない。しかし性格の悪い勇者にしては、珍しく正論でもあった。

「正論かどうかではなく、どういう意図をもって言っているかをこそ気にすべきですよ。絶対に主様みたいな人を貶めるための理屈ですよそれ」

「それは分かるよ。でも勇者のその信条は一貫していて、他にも割を食った、剣術の腕に覚えのある貴族もいたしさ」

「むう。でも納得いかないです」

 ふくれるローザに、ハウエルは言う。

「おいおい、前を向いていこうって言ったのはローザじゃないか。納得も何も、あの領地で生き残るためには前向きに行くしかないよ。幸い、いまのところまあまあ順調だし、一方で先は長いんだから」

「そうは言いましたけど、勇者の都合のいい理屈が腹立って、しかも主様を貶すような形で言われるのは、もっと腹立ちます」

「怒ってくれるのは嬉しいけど、もうここに勇者はいないんだしさ。ね?」

「むうぅー」

 ハウエルはローザをなだめつつ、王都における次の一手を思った。


 途中、町の宿で泊まったりしつつ、馬車に揺られたりすると、やがて王都に着いた。

 あらかじめ使いを送っていたので、王都の屋敷では使用人たちが出迎えた。

「伯爵様、ようこそいらっしゃいました」

 とはいっても、使用人は数人しかいない。

 屋敷がそれで足りる程度の規模なのだ。貴族である以上、王都に用事があるときのために、ここに屋敷を持たないと何かと不便である。しかしハウエルは、これまでは形だけの伯爵で、実際にはほぼ滝の砦へ出ずっぱりであったため、ほとんど屋敷へ来る機会がなかった。

 古く小さくはあるが、手入れはしっかりしているようで、思ったほど傷みはない。どうしても経年による劣化はあるが、よく抑えられている。

 執事を中心に、使用人たちが、仕事を怠ることなく頑張っていたのだろう。その点は使用人たちの忠誠心に感謝すべきだろう。そうハウエルは思った。

 これからは地方領主であり、中央と色々接点を持つこともあるに違いない。その際にこの屋敷を使うことになるだろうから、いままで以上に維持管理をしっかりしなければならない。

「皆、ご苦労だったね」

 彼は使用人にねぎらいの言葉をかける。

「私もいまは、色々あるけども地方領主だ。滝の砦に赴任していたときよりは、この屋敷に留まる機会も多くなると思う。皆にはこれからも一層、よろしく頼むよ」

「承知いたしました。まずはお食事の用意が整っております。お着替えをお手伝いしますので、更衣室へご案内します」

 貴族らしからぬ軽装のハウエルと、そもそもゴテゴテ着る必要のないローザ。

 しかし仕事を奪うわけにもいかないので。

「うん、頼むよ」

「お願いします」

 二人はうなずいて、執事らの後についていった。


 翌朝、二人はどこへ行くかを話していた。

「結局のところ、工業ギルドに頭を下げて、採掘技術者、製鉄技師、銃器職人を借りようと思っていたんだ。だけどそれだと」

「工業ギルドに足元を見られますね。思いっきり」

「そうなんだよ。がっぽり中抜きされることは明白。一番いいのはそれぞれの技師を私が直接に抱えることなんだけども」

「そんな当てはないと」

「その通り」

 ハウエルが腕を組む。

「しかし工業ギルドに行くのは最後の手段にしたい。どこか……技術者を探せそうなところ……」

「しいていえば酒場ですかね。本人がいなかったとしても、何か耳寄りなものがありそう、といえば、ありそうです」

 ハウエルが「おっ」と反応した。

「そうだね。分かった。酒場に行ってくる。ローザは留守番だね」

「エェー!」

「酒場に商売でもない女性を連れていくのは、さすがにちょっと」

「うぅ……それはそうですけど、主様が心配です」

「万一荒事になっても、私ならどうにかできるよ。あと必要なら呼ぶから、ね」

「うぅ、分かりましたよ……」

 ローザはあからさまにしょんぼりしながら、すごすごと部屋に戻った。


 現場は酒場ではなく、その前の狭い路地だった。

「おい嬢ちゃん。お前のせいで服汚れちまったじゃねえかよ」

「弁償しろや!」

 チンピラ風の男三人に、幼い少女が脅されていた。

 パッと見だけで善悪を判断してはならない。それは、世間的には「勇者」であるカーティスの性格に触れてきた彼には、よく分かることであった。

 しかしこれは、どう考えても止めるべきである。

 左遷の領主だとしてもハウエルは貴族。貴族として、自分に弱気を救う力があるにもかかわらず、幼子を脅す荒くれを放置することは、その栄光の根本を自ら汚すことになる。

 否、人として、一人の人間として、ここから目をそらすことはできない。

「あの、皆さんどうしたのです?」

 心の熱をこらえ、まずはすっとぼけて割って入るハウエル。

「あぁ? お前もやるのか?」

「何をですか?」

「待て」

 兄貴分であろう人物が、弟分と思われる人物を制した。

「俺たちはこの嬢ちゃんに、嬢ちゃんの持っていた酒で服を汚されたから、洗濯代を要求していただけだ。やましいことは何もしていない」

「酒で? 酒瓶を、お嬢さんが服に飛び散るように割ったのですか?」

「それは……」

 言いよどんだところからして、やはりどう考えても絡んだのはチンピラたちだろう。

 それに。

「このお嬢さんに洗濯代を要求したところで、支払われるようには思えませんが」

「ならあんたが払ってくれるのか?」

「ご冗談を。私にできることは、警察軍にあなた方を恐喝の罪で突き出すことだけですよ」

 チンピラたちが一斉に距離を取った。

「やるってのか?」

 手にはナイフ。

 戦うしかない。

「なるべく穏便に済ませたかったんですけどもね」

 一方で、穏便に済むとは元から思っていなかったハウエル。

 腰の剣を抜かずに、素手で構える。

「おい、剣を抜けよ」

「命のやり取りは、少なくとも私の望むところではありませんので」

「なめた真似を……うおらぁ!」

 チンピラのナイフが、ハウエルに襲い掛かる。


 最後の一人のナイフが蹴り飛ばされる。

「んん、この辺で勘弁してくれないかなあ。私は本当に命のやり取りはしたくないんだ。お互い面倒だろう?」

「この――」

「待て。ゲホッ、ゴホッ。見逃してくれるのか?」

 兄貴分が言うと、彼は大きくうなずく。

「今後、私とこのお嬢さんを襲わないと約束してくれればね」

「分かった。約束する」

「あ、兄貴、そんな」

「こいつは俺たちが、ゲホ、敵う相手じゃない。現に一撃も入れられていないだろ。見逃してくれるならそれに甘えるべきだ」

「兄貴……」

 弟分たちは、ハウエルと兄貴分を交互に見ていたが、やがて地面に唾を吐き。

「今日はこのぐらいにしておいてやる!」

「このクソ野郎が!」

 クソ野郎はどっちだよ……と思いつつも、ハウエルとしても深追いする理由はなかったので、無様に逃げる彼らを見送った。


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