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◆30【最終話】

◆30【最終話】


 そうなれば行動は早い。

 彼は翌日の朝、主要な将校を砦の大会議室に集めた。

 開口一番。

「諸君、我々は荒天伯ハウエルを討つべく、全軍で出陣する」

 全員が一瞬目を丸くし、その後に首をかしげる。

「勇者様、それはいかなる理由で?」

「やつめは銃器の輸出で、金を集めつつ反乱の準備をしている。取引先を味方につけつつ取り込もうとしている。このような謀反人を未然に討つのは正義の戦いであり、なんら恥じることのない戦だ」

 事情を知っているであろうゼーベックは、ただ押し黙っている。

「しかし、この砦を留守にするのでは、色々まずいのでは」

「うるさい。それはどうにかなる」

 彼は実際、そのことについては無計画だった。

 しかし、今の彼にとってハウエルを討つことは至上命題。そのような些事に左右されることは、彼自身が許さなかった。

「これはもはや決定事項だ。出陣の準備をせよ!」

 彼は強引に押し通すと、出陣の具体的な指示を出し始めた。


 一方、その動きをハウエル側もつかんだ。

「勇者が侵攻してくる?」

「然り。滝の砦の軍勢を率いて、謀反人の伯爵を討とうと進軍中です」

「私が謀反人……というのもおかしいけど、滝の砦はどうしているの?」

「留守です。わずかな雑役を残して、全戦力が出ているため、ほぼ空白ということになります」

「えぇ……!」

 ハウエルは絶句した。

「いや、まあ、勇者が私をよく思っていないのは分かっていたけど、前線を放棄して、勝手に軍を起こすなんて」

「しかも自国の友軍に、一方的に謀反の容疑をかけてですからね……」

 さすがにローザも閉口。

「中央政府は何をやってるんだ……止められなかったのか、いや、先日私も言ったな、万事、勇者のやることを止めるのは難しいって」

「ともあれ、戦うしかありませぬ」

 トンプソンが進言する。

「そうだね。そして籠城より野戦だ」

 つむじ風の城は、あまり堅い造りではなく、籠城にはそれほど向いていない。

 勇者軍に、伯爵討伐を断念させるほどの打撃を与えなければならないとすれば、とるべき方法は野戦一択だ。

「久々の本格的な野戦ですね、腕が鳴ります!」

「見込まれる戦力は、相手が千五百ぐらいか。こちらは一千と少し。守勢の有利さと銃の装備率を考えれば、互角といったところかな」

「銃の装備率は、うちは三割ぐらいでしたっけ」

「うん。高いほうだと思うよ」

 そのほか、有利な点がいくつかある。

 敵軍の士気は、間者からの報告の限りでは、低い。カーティスの判断があまりにもおかしいため、兵たちが私的な恨みやなんらかの勝手な野心などを疑い、積極的に戦う意欲を有していないとのこと。そもそもハウエルが元同僚であることも大きいだろう。

 そして、最近の天候が悪いこと。カーティスは一般的な銃が使えない雨天を狙って戦闘を仕掛けてくるはず。しかしハウエル側の銃は雨天対応。おそらく勇者はそのことを知らないか、新しすぎて充分には理解していないだろう。ここに認識の食い違いがある。雨の日、銃が使えないだろうとうかつにのこのこ出てきた相手は、銃の一斉射撃を浴びる。

 さらに、いまの機動半旗は火急普請ができる練度にある。簡易な陣城を築き、守勢の側という地位を維持すれば、野戦で兵数差があってもなお、優位に戦いを繰り広げられる。銃の真価も、籠城に近い戦いであれば、野戦よりもさらに大きく発揮できる。

 援軍も期待できる。晩学領をはじめとした、銃やその原料の取引相手とは日頃から親しくしており、頼み込めば荒天領の窮地に駆け付けてくれるはず。

 この戦い、余計な戦術をしなくとも勝てる。

 以上のことをハウエルは、会議の面々に説明した。

「ということで、みんな頑張ってほしい。何か言いたいことはあるかい?」

「我ら異議ありませぬ」

「よろしい。出陣の準備だ!」

 ハウエルは高らかに号令をかけた。



 アルフレッドは出陣の前に、トマスの墓に寄った。

 村々も改心し、現領主に楯突いた人間の一人である彼の墓を、訪れるものは少ない。

 荒天伯ハウエルの始まりは、勇者カーティスからの一方的な手配であると聞いている。

 つまりそれは、アルフレッドの、機動半旗の一員としての始まりでもあるのだろう。実際にはハウエルの戦略的方策から始まっているものではあるが、カーティスの采配を一連の実質的な起点としても、概ね異論はないだろう。

 その勇者カーティスとの戦い。

 アルフレッドは、老武芸者の墓の前で祈った。

「爺さん、勝手な頼みかもしれないが、見ていてくれよ」



 やがて、勇者軍と荒天軍は戦場に到着し、陣を敷いた。戦場は平野部であり、特に伏兵や迂回戦法、火計や水計を仕掛ける余地もない。

 また、荒天軍は晩学軍ほか、いくつかの地方領からの援軍も合流し、兵数では勇者軍をしのぐほどとなった。

 そして陣城。

「野戦なのに籠城戦をするのですか、驚きましたな」

 まだこの世界では、簡易な城に匹敵する陣地の普請は、一般的ではない。最新の軍事理論に分類される。

 簡易な設営はもちろん普及しているが、防御設備として強力な普請をするという発想はなかった。その諸々の資源を戦闘そのものに回すべきという考えがまだ通説だったのだ。

「銃を活かせるのは籠城戦ですからね。援軍の皆様も銃の装備率が高いことですし」

 もちろんその武装は、荒天領謹製のものが中心である。

「しかし……勇者カーティスは無謀な勝負を挑みましたな」

「おそらく彼らは、銃の雨天装備や援軍を想定していなかったのでしょう。……いや……」

 いまの勇者は、きっとハウエルへの敵意にとらわれ、冷静な考え方ができないのだろう。

 言いかけて、彼は黙った。

「どうされました?」

「いえ、なんでもありません。お互い協力して、敵を打ち負かしましょう。今回の援軍に感謝します」

「礼は勝った後におっしゃることですな。まだ早い」

 ハハハと晩学伯は笑った。


 そして雨の日、遠くの雷鳴を聞きながら戦いは始まった。

 勇者軍は、戦いたくない気配が濃厚ではあるものの、機動半旗をも超える訓練を受けている。上官の命令を忠実に遂行すべく、前進し陣城に取り付かんとする。

 しかしそう甘いものではない。

 強固な防御設備から、おびただしい数の銃が、雨をものともせず、一斉に火を噴く。

 勇者軍はカーティスの衝動的な命令で出陣したため、火縄銃対策をほとんどしていない。まっすぐに突撃してくる兵士たちは、槍兵、騎兵、短兵、どれもたどり着くことなく鉄砲の餌食となる。

 息をつかせまいと次の軍勢が波状攻撃を仕掛けるも、早合による急速装填のため、また戦列を並べた銃兵の射撃で力尽きる。

 全滅するまで終わることのない地獄が、そこにはあった。


 カーティスは事ここに至り、決意した。

 せめて自分だけでもハウエルのもとにたどり着いて、その首級を挙げる。

 どうせ負けて逃げ帰っても処罰は免れないのだから、せめて伯爵を討ち果たし、本懐を遂げなければならない。

 彼は馬に乗る。

「勇者様、どちらへ」

「敵を倒しに行ってくる」

「勇者様、お待ちください、本陣を留守にして、誰が指揮を執るのですか」

「副将のリーンにでもさせておけ。俺はやつに一矢報いないと気が済まない」

 言うと、反応も待たずに騎馬で駆けだした。


 本陣に突然の侵入。騎馬武者。

「どけどけ、ハウエルはどこだ!」

 突然のカーティスの襲撃に、しかしハウエルは冷静に反応した。

「ここです、勇者カーティス」

 カーティスはにらむと、馬を止め、下りて勇者の大剣を構える。

「ハウエル、ハウエルめが!」

 伯爵も剣を構える。

「俺と一騎討ちをしろ、ハウエル、貴様だけはこの俺が倒さないと気が済まない!」

「一騎討ちで決着? 連れてきた軍勢が意味を失いますね」

「軍勢に元から意味などない、貴様を八つ裂きにすることにのみ全ての意義がある!」

 ハウエルの嫌味に、カーティスは怒気を発しながら無茶苦茶な受け答えをする。

「さあ一騎討ちだハウエル、行くぞ!」

「ちょっと待て」

 その声を上げたのは、意外にもローザ。

「ローザ?」

「主様、私はいま怒っています。このカーティスとかいう野郎は、いつもいつも主様に妨害をして、人の足を引っ張ることしか考えていない。主様の代わりにとか、そうじゃなくて、私自身がこの男を討ちたい」

 ローザの様子は明らかにいつもと異なる。

 きっと彼女は彼女なりの思いがあるのだろう。

 だからハウエルは素直に応じた。

「そうか……そうか。じゃあ任せたよ、ローザ」

「承知しました。……行くぞ勇者、すぐに挽肉にしてやる」

 言って、長さも重さも、なんなら切れ味まで平均的な、普通の剣を、尋常ではない闘志を帯びながら抜く。


 勇者は「邪魔者め、貴様こそすぐにズタズタにしてやる」と言った。

 だが、明らかに勇者が気圧されている。

 力量差。ローザは明らかに、真の腕前を発揮しようとしている。そしてそれは、勇者さえ上回るものであることが、ハウエルからも容易に見て取れた。

 カーティスは「ゴミが!」と怒鳴りながら猛然と斬りかかる。

 ローザはその渾身の一撃を、あっさり受け流す。

 カーティスが体勢を崩しかけるが、そこはさすがの勇者、踏ん張って立て直す。

「どうした勇者、その程度で主様を討つなどと、寝言をほざいたのか」

「……黙れ小娘、すぐにその生意気な口をきけなくしてやる!」

 勇者はその後も全力で打ちかかる。

 しかし、傍目にも勇者が、一合ごとに着実に追い詰められてゆくのが分かる。

 受け流され、止められ、はじき返される。そのたびに勇者は、鍛えられた体幹にすら力を受け、足元をふらつかせる。

 彼女の静かな怒りが、そして本来の実力が、勇者をも超えるものであることが、どんどん証明されていく。

 そしてカーティスの手が震えてきたころ、彼女の普通の剣が、なんと勇者の業物である大剣を打ち折った。

「な、んだと……!」

「さあ、もはや得物は壊れた。最期の時を運命に祈れ。その罪深い人生から解放してやる」

 剣を突き付けるローザ。

 しかし。

「待ってくれローザ、勇者は生け捕りにしてほしい。勇者も投降しろ、もはや勝負はついた」

 一騎討ちにせよ、合戦全体にせよ、もう続ける意味はない。

 その意味を理解したのだろう、意外にも勇者は。

「……分かった。好きにしろ」

 剣を放り投げて、その場にドカッと座った。

「よし、勇者を捕縛しろ!」

 兵士たちが、カーティスを縄で縛った。


 戦いはあっけなくも幕切れとなった。

 その後、戦後処理に入ったハウエルは、領内の最低限の仕事を片付けると、ローザを連れて報告のため王都へ向かった。なおトンプソンが先行しており、王都で待っている。

 そして捕縛したカーティスは、すでに王都へ送って身柄を預けた。

「ふう、こうも忙しいと、戦はするものじゃないって分かるね」

「主様、疲れているみたいですね。一寝入りしますか、いまなら私のひざ枕を貸しますよ」

「隙あればそういうからかいをする……」

 ハウエルは毎度のごとく呆れた。

「フヘ、冗談です。でも、ちょっと寝るなら、肩ぐらいは貸しますよ。もたれかかっても構いません」

 ローザの提案に、ハウエルはいつになく素直に甘える。

「じゃあ、そうさせてもらうよ。ちょっと疲れた」

「ふふ、お休みなさい、主様」

 彼女がふわりとほほ笑むのを見ると、彼は体温を感じながら目を閉じた。



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