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◆29

◆29


 テラは考える。

 ローザの好きなものは、だいたいローザの得意なものと一致するだろう。

 もしそうであるならば、彼女の得意なもの、つまり……。

 つまり?

 そこまで考えて、彼女は道を歩く足を止めた。

 ローザの得意なもので彼女がうれしがるとは思えないのだ。

 以前、主君ハウエルが「ローザはきっと、表で見せている以上に果たし合いに強いだろうね」と言っていた。

 とすれば、彼女に贈るべきものは、武術等の鍛錬の道具や、武術書、武器といった具合になるだろう。

 しかし、日常の様子を見る限り、それでローザが喜ぶとは思えない。

 彼女は少なくとも、戦いの猛者、強者として見られることをよしとはしないだろう。そこへもってそんなものを贈ったら、大変気分を害するに違いない。その様子は目に浮かぶようだ。

 ローザは、彼女自身の認識によれば、武人ではなく、ちょっと荒事に慣れているだけの普通の女の子なのだろう。

 なおローザは密偵でもあるが、密偵のための道具を差し出すのも、さすがにためらわれる。

 とはいえ、他に得意そうなものも見当たらない。兵法やらなんやらはトンプソンの領分だ。まるで関係がない。

 そもそも、彼女の得意な分野の贈り物をしようということが間違いなのかもしれない。仮に分野が的中したとしても、得意なだけに厳正な評価をされるだろう。そこで大したことがないものだと分かれば、落胆するに違いない。

 やはり素直に、ローザがハウエルの気を引くための道具を買うのがいいかもしれない。それも香水のように使い切ってしまうものより、なかなか消耗しないもの。

 ――例えば、そう、装飾品ですわ!

 答えを出したテラは、上品な調子で庶民的な鼻歌を歌いながら、ラグリッチ商会の細工売り場へと向かう。


 一方、セレスは違う発想だった。

 相手の得意なものではなく、自分の得意なものから贈り物を選ぶ。

 相手に合わせるのは、今回は下策。ローザの本当に得意な事柄が武働きであることはセレスも把握しており、それに関連するものを差し出しても気分を害するであろうことも、彼女は理解していた。

 であれば、自分の得意なもので勝負をかける。

 何の勝負かは分からない。しかし、セレスは自分が自信をもって推せるものこそが無難だと考えた。

 だが、自分が自信をもって推せるものとは何か。

 そう考えると、彼女は首をひねる。

 彼女はローザやトンプソンなど、得意分野が明確な人間ではない。仕事は教われば、とりあえず人並みにはこなせるものの、特に抜きんでているものは持ち合わせていない。

 そこまで考えて、彼女はひらめいた。

 何かが得意な人間に、その得意なものを作ってもらおう。

 例えば銃器職人のスクルドは、鉄細工をやっていた時期があると聞いている。

 ちょっとおしゃれな鉄細工につき、その技術に見合う工賃を提供しつつ、できたものをローザに渡せばよいのではないか。

 ――これは名案です!

 道筋が見えたセレスは、さっそく駆け足気味にスクルドのもとへ向かった。


 コスミーが何を考え、何をしたかは省略する。

 どうせろくな考えではない。


 誕生日当日、昼休みに三人はローザを呼んだ。

「ローザ、誕生日おめでとうございます!」

「ありがとう!」

 彼女はニコニコ顔。

「私たちから贈り物ですわ。今回は三人が別々に一個ずつ選びましたの」

「ありがとう。開けていい?」

「もちろん」

 開ける。

 セレスの包みは、白馬の王子をモデルとした、精巧な鉄細工。テラの包みは、彩り豊かな小さい花の髪飾り。

「わあ……! うれしい!」

「私の包みも開けてよ!」

「そうだね。……まあコスミーだから期待はしないけど」

「失礼な! 開けてから言ってよ!」

 開けると、そこには。

「……これは、ええと、コロクスだったっけ?」

 荒天地方の特産工芸品。細長い円筒形をしており、顔があるなど少し人を模している。

「……ええと」

「ただのコロクスじゃないよ。水筒になっていていつでも中のものを飲めるんだよ!」

「ふうん」

「暑いときとかにはがぶ飲みしたくなるだろうからね、これでいいよね!」

「……まあ、コスミーが頑張って選んでくれたのは伝わってくるよ。ありがと」

 きわめて微妙な表情でローザは答えた。

「とにかく、みんなありがとね。大事にするよ。コロクスの水筒も、まあ、密偵任務があったら使おうかな」

「やった! やっぱり私が一番だ!」

 やたら楽しくなっているコスミーを横目に、ローザは残り二人に「本当にありがと」と繰り返し礼を言った。


 もっとも、ローザが最も楽しみにしていたのは、三人の女子たちよりも。

「いやあローザ、ごめん、待ち合わせに先に来ていたんだね」

 終業時間後、城の外、大きな樹の下へ、ハウエルがやってきた。

「ま、まあなんでもないですけど」

「待ったかい」

「少しは」

「いやあごめんね。ラグリッチ商会で手間がかかってさ」

 ローザの頭の中は「主様からの愛の贈り物が来る!」でいっぱいになっていた。

「まあ能書きはいいよね。はいこれ、誕生日の贈り物だよ」

 差し出したのは、ひし形の小さな宝石をあしらった首飾り。

 夕日を反射し、その色を少し取り込み、わずかにかつ端整に光っていた。

「……すてき……!」

 ローザのその言葉は、首飾りに向けられたのか、それを渡したハウエルに向けられたのか。

「光ってて、夕陽みたいで、私の大事な……わざわざくれて」

 ふいに彼女は、目に涙が流れるのを感じた。

「おお、どうした、気に入らなかったかい?」

「とんでもありません。私は、私は幸せ者です。ウウ、ヒック」

 困惑するハウエル。

「私からは、そういえば誕生日の贈り物は初めてだったね」

「それもうれしくて、もう、素敵で……!」

 ローザは、本当に欲しかったものを、少しだけ手に入れた気がした。

「絶対に大事にします。主様からの証を、絶対に大事にします」

「そうか。ありがとう」

 ローザは涙をこぼし続け、主は手巾でそれをぬぐってやった。


 ある日、一通の手紙が来た。

 ハウエルに直通で。

「こちらがそのお手紙です」

「ありがとう」

 領主と雑役。お互いに詳細は話さないが、それには理由があった。

 封筒が、先日、王太子が使うと言っていたものなのだ。

 あの王太子からの手紙。単なる親睦の手紙の可能性もあるが、王都で何か、ハウエルがらみで起きているような予感もする。

 悩んでいても仕方がないので、彼は自分で封を切って手紙を読む。

「これは……! 誰かあるか!」

「こちらに」

「ローザとトンプソンを呼んでほしい」

 命じると、雑役は「どうしたんだろう」とでも言いたげな表情で、足早にではあるが何やら分からずに呼びに行った。


 二人が来たあと、ハウエルは手紙を見せた。

「なるほど。委細把握いたしました」

「またですか……懲りない男ですねえ」

 王太子いわく。

 勇者カーティスが王都で、重臣たち相手に裏工作をしている。内容はおおよそ、荒天伯ハウエルの討伐に関してだという。

 もっとも、重臣たちのほとんどは相手にもしていないようだ。

 ハウエルに非がないのだ。強いて挙げるとすれば、彼は領主として銃を生産し、近隣に売りさばいてはいるが、敵国、どころか同盟国と国内の地方政府にしか売っていない。これをもって背反の意図ありとは到底言えない。

 実際に、王太子も対抗のための裏工作で、重臣たちにそう言い聞かせている。

「王太子はまともな方で本当によかったですな」

「でも権力はそんなにないと自分で言っていたけどね。実際、謙遜ではなく本当にそうらしいし……」

「それでも王太子が擁護してくださるのは、少なからず追い風になりましょうぞ」

「そうだね。……いや、このことの本質は、多分そこじゃないな」

 ハウエルは渋い表情。

「勇者がそんなに強引な手段に出るほど、私たちを敵視している。これは由々しき問題だよ。節度、あるいは思慮を失った勇者が、次に何をしてくるか分かったものではない」

「確かに。少しばかり大胆過ぎて、危惧されるところではありますな」

「重臣とか国王陛下とかは止めないんですか」

 もっともなローザの疑問。しかし。

「カーティスはなにせ『勇者』の称号持ちで、その権威はすごく大きい。おまけに横柄で強引な手段にも出るようだから、お偉方もなかなか遮ることができないんじゃないかな」

「めんどくさい人ですね。カーティスはきっと女性に慕われませんよ」

「まあ、それはどうでもいいけどね。間者を少し、勇者の周辺に回すか」

「私が行きますか?」

「いや、ローザは立派な戦力だからね。他の人たちを回すよ」

「フヘヘ、立派な戦力なんですね、エッヘッヘ」

「気持ち悪い従者だね」

 ローザは、ハウエルの辛らつな言葉すら素通りして、「ウヘヘ」などと喜んでいた。

 トンプソンはもはや呆れることさえあきらめたようだった。


 一方、滝の砦で、勇者カーティスは荒れていた。

 なぜこうも上手くいかないのか。

 なぜ天運はハウエルにばかり味方するのか!

「くそっ!」

 彼は机を蹴る。ガンと音が鳴り、机が悲鳴を上げる。

 実際、ハウエルはこの砦から追放された件を除いては、幸運であることは確かである。百人に聞けば、九十人ぐらいは「あの伯爵は幸運に恵まれている」と答えるに違いない。

 一方、カーティスは不運である。特にハウエルの後任、ゼーベックの起用は、あまり良い判断ではなかったといわざるをえない。

 というより、そもそもカーティスの専門家主義自体、本当に正しいのかは怪しいところだ。

 この点、王都の中央政府では、三年ほどで部署を次々異動する人事方針が採用されているらしい。しかし滝の砦でそれをすると、部署固有の知識が身につかないまま配転に翻弄されることが目に見えている。カーティスがこれを採用しなかったのはおそらく正しい。

 しかし、彼の集めた人材では、専門家があまりに特化しすぎているのだ。

 合戦の要素は、それぞれが複雑に絡み合い、横断的な知見、とまではいかずとも、他の機能や部署のことにある程度理解がないと、効率的な軍事行動は起こせない。

 そのことはいままで、カーティスの軍事的な敏腕さにより目立たなかったが、時間が経つにつれて浮き彫りになってきている。

 いま考えるなら、専門家を採用しつつ、各部署の責任者はある程度他のことに理解がある人間を置いたほうが良かったのだろう。

 しかしいまから人事編制を変えることは、諸々の事情で不可能だった。

 ましてやハウエルを呼び戻すなど、カーティスは絶対に拒否する自信があった。たとえ国王や権力が許したとしても、勇者自身がそれを是としない。

 ――だから、ハウエルを討ち果たす必要がある。

 なにが「だから」でつながるのかは全く分からない。しかし彼の感覚においては、諸悪の根源はハウエルであり、謎の幸運に恵まれて分不相応な栄達をしている彼を、必ずもって討ち果たさなければならない、という確信があった。

 荒天伯ハウエルを討つ。ほかならぬ自分が必ず討ち果たす。

 それが使命というものだ!

 かくして彼の心は報復、もとい正義の天罰執行の色に染まった。


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