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◆20

◆20


 終わった後、ローザとトンプソンが来た。

「トンプソン、参上しました」

「私だよー、様子を見に来ましたよ。もう村長たちは帰ったけど」

 呑気な二人。

「村長たち、だいぶ憔悴していましたよ。ビシッと言ってやったんですね。偉い偉い」

「それがしの見るところ、主様の言葉がかなり効いているようにみえました。もっとも、主様がどう折衝したのかは存じ上げませぬが」

 楽観的な二人に、しかしハウエルは表情を厳しくする。

「いや……あまり喜べる結果ではないよ」

「ほえ?」

「論破は非生産的だから、などでございましょうか?」

「いや、近いけどそうじゃない」

 伯爵はかぶりを振る。

「物の道理や経緯はどうあれ、村々は不満を抱いている。ディレク村は恩恵にもあずかっているし、もともと領主や代官への帰属意識が強いから、まあ心配ないだろうけど、他の三つの村、というか『勢力』は、間違いなくそれなりの不満を溜め込んでいる」

 そこへローザが、珍しく考え込んでいるような表情で反論する。

「だけど主様、そういうのは物の道理で弾いていかないと、キリがないですよ。私の感覚だと、政治家というものは誰かから嫌われる宿命にあると思いますけどね」

「確かにキリはないよ。けど、不平を大いに抱えているというのは、認識しなければならない。どこかで空気を抜くか、従属の意識を持たせないと、肝心な時に言うことを聞かないかもしれない。現状、あの三つの村は『こちら側』ではなさそうだ。とりあえずおおよその方針には従って、税も納めてはいるけど、そういう三つの『勢力』としてみたほうがいい。何かあっても、動員にも従うとは限らないしね」

 要するに彼らは、豪族、土豪の類ということである。

「獅子身中の虫だよ」

「でも主様、その状況をどうにかするために機動半旗を組織したんじゃありませんでしたっけ」

 ローザはなおも反論する。

「とりあえず軍事的に、自警団に頼りきりなのはまずいってとこから出発したはずですよ。なんかあれば機動半旗で制圧したらいいんですよ。とりあえず村々よりは大幅に、命令に忠実に思えますし。そのための領主直属の軍隊なんですよね?」

「最後はそうなるだろうね。でも最後の手段だ。それまでに政治的にどうにかこうにかしなければならない。……んだけど、人の心を変えるのは難しいからなあ。なんにでも反対の考えを抱く人々は、何かと難しい」

 先ほどから思考があちらへ行ったり、こちらへ行ったり、忙しい領主である。

 トンプソンがまとめる。

「とりあえず、村々の動きには気をつけつつ、その意識をゆっくりでも変えていかなければならない、ということですな」

「そうだね。これは長い仕事になりそうだ」

「主様、領主としての仕事は、通例、お亡くなりになるまで永遠ですぞ」

「そうだったね。それまでに村々問題が解消してくれればいいけどなあ」

「村々問題て。……まあとりあえず、ディレク村は近いうちにどうにかなりそうな気がします。いまの内政で一番恩恵を受けるところですし」

「そうならいいね。そうであることを願うよ」

 彼は再び、深く息をついた。


 数日後、かねてから約束していたラグリッチ商会がやってきた。

「領主様、支部設置のごあいさつに参りました」

 支部長となる人物が、丁寧に頭を下げる。

 ハウエルも最大限の礼節をもって応じた。

「遠路はるばるお疲れ様です。このたびは荒天領にいらしていただき、まことに重畳、恐悦の極みです」

「こちらこそ、商売の機会を認めていただき、大変感謝しております。見たところ、鉱山や製鉄、銃器工房は稼働を始めているご様子。きっと今後入用な物もたくさんございましょう。お力になれれば幸いです」

 支部長のこの言葉は、きっとただの建前ではない。ハウエルは、その領主としての観察力で直感した。

 そしてそれは、ディレク村を中心とした、大いなる繁栄の兆しでもあった。

「我がラグリッチ商会の取引の計画を、現場でご説明しましょう。お時間はありますでしょうか」

「充分にあります。ぜひ現場でお聞かせ願いたいところです」

「かしこまりました。大工たちが縄張りを始めているはずですので、その様子を見ながらお話ししましょう」

「お願いします。……そうだ、内政参与のアントニーにも同席させましょう。彼は元代官で、現在も内政実務の多くを任せています。今後、貴商会との窓口は彼に任せることになるでしょう」

 ハウエルはそう話すと、アントニーを呼んだ。


 まだ建物の建築としては、始まったばかりで、言うとおり縄張りの途中であった。

 支部長が説明を始める。

「この地方で私どもが取り扱う商品は多岐にわたります。きっと領主様がご想像されているよりも多いことでしょう」

「ほう。どういったものです?」

「いくつかありますが、目玉となるものをご紹介しますと、一つには採掘の道具です。ツルハシや作業服といった比較的小さなものから、坑内貨車やその部品、昇降機といった大掛かりなものまで広く扱う予定です」

「なるほど。現状、採掘班は持ち出しのものと遠くの卸業者からまかなっているようですから、便利になりますね。どうだいアントニー」

「全くもって仰せのとおりです。現在の卸から調達するには制約が色々ございますゆえ」

「もちろん、採掘だけでなく製鉄設備や銃器製造のための設備の維持管理も、お申し付けくださればお助けします。……そしてもう一つは農機具です」

「農機具……なるほど。我々は農業を主要産業にするわけではないですけども、機動半旗が農兵であることを考えると、ぜひ取り扱っていただきたい品目ですね」

「農業は兵糧を得るための産業でもありますゆえ、その能率に関するものはそこそこ整備しなければならぬものでございまする」

「そうでしょう。また狭い意味の農具だけでなく、種苗や水車、風車、牛馬なども需要に応じて提供いたします」

 支部長はどこか自慢げに計画を説明する。きっとこの支部長は優秀な商人で、この隙のない構想を自分で立てたのだろう。

 若干鼻にはつくが、ハウエルはラグリッチ商会が気の利く人間を責任者として派遣してくれたことに、内心感謝した。

「ほかにも、生活の必需品や、特産工芸品の流通のお手伝い、時機をみて娯楽関連にも、広く取り扱う予定です」

 そういえば、一応、この地方にはコロクスという特産工芸品があるのだった。すっかり忘れていたハウエルは、自分の失念を恥じた。

 とはいえ、特産工芸品にあまり期待できないのは事実。もし売れる可能性を秘めているのなら、とうの昔にそれで繁盛していないとおかしい。仮にそれが言いすぎだとしても、これが売れるとすれば、そのきっかけは偶然に近いものだろう。必然として大売れするような案が思い浮かばない。

 その考えはアントニーも同じだったようだ。

「コロクス……流通網に乗っても、大繁盛は期待できぬものと存じますが……」

「しかし、その売上と知名度を少しは底上げするお手伝いはできます。もし仮にですが、その産業の主軸化をお望みでしたら、私どもも最大限ご協力できますので」

「いまは別にいいかな……アントニーはどうかな」

「私も、いま労力や資源を割くべきことには思えませぬな」

「そうですか。方針変更の際は、ぜひご用命ください」

 支部長はそう言って頭を下げた。どうやらそれなりの底上げをできる自信はあるらしい。

「しかし生活必需品とか娯楽か……貴商会にお話しすることではないかもしれませんが、他の商人も来るようになれば、この村も『城下町』にふさわしい賑わいになるかもしれません。もちろん、そのときも商業と物流の中心として、一層の活動をお願いすることになりますね」

「賑わいは私どもも喜ぶところです。人の多い場所には商機もありますので」

「なるほど。まあ、まずは目の前の課題ですね。私たちも採掘からの一連の流れには、国策事業として力を入れるつもりですので、大いに協力をお願いしたいところです」

「承りました。ともに良き取引相手として、末永くご愛顧をいただきたいところです」

 支部長は笑顔で応じた。


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