肆話 学校不適合者のボクたち
2025年10月30日、夜10時。
僕はコンコンと正面の窓をノックした。窓ががらりと開くとそこにいるのは紫のなめらかな髪を伸ばした特別少女、地名美南。
少女は僕がいるとは思わなかったのか紫紺の瞳を輝かせている。
「相変わらず非常識だねー、幻ちゃん」
「そうだね、自覚はある」
それもそのはず、僕がいるのは地名家の二階。一階の屋根を足場にして、特別少女『地名美南』という女子高生の部屋をノックした形だ。非常識である自覚はあった。でも変態だとは思わないでほしい。これは緊急事態であり仕方のないことなのだから。
「こんな時間に現れたってことは、『七怪奇』絡み?」
「そうだ。入ってもいいか?」
「それ、玄関前でいう台詞だよー」
そんな会話がありつつも特別少女『地名美南』は僕を私室に入れるように手を差し伸べてきた。
軽く手を取りながらすたりと着地するとそこにはもちろん『地名美南』の部屋が広がっていた。
シンプルな白い部屋。ミニマムよりの物が散乱されてない部屋で、最低限の生活用品が置かれている。学習机の上には英単語帳、筆記用具がある。そういえば、明日は英語の小テストだったなと思う。とはいえ、地名美南の特別その弐――『絶対脳記憶』によって見るだけですべてを覚えて勉強もほぼ不要のはずだ。
そんな少女が小首を傾げて尋ねる。
「緊急事態ってことは『七怪奇』と出会えた?」
「そうだ。『七怪奇』が一つ、怠惰人間『冥界猫と迷回病』に遭遇した。今日の放課後、場所はテニス部の部室の扉を開けた瞬間だ」
「怠惰人間『冥界猫と迷回病』。たしか扉を開けることがキーになって出会える『七怪奇』よねー。私たちで探したときは出会わなかったけど、どうやって出会えたの?」
僕と地名美南は『七怪奇』を探している。そして当然、血眼にして探していた時期もあったのだが結局は見つけられなかった。『七怪奇』の怪談話はあるもののみずから出会おうとするのはほぼ不可能だった。だからこそ、青春を楽しんで『七怪奇』が僕たちの前に現れるまで待つというスタンスを貫くこととしている。実際、その流れで『冥界猫と迷回病』と出会えた。
「大地と部室に行こうとしたときに、部室が『冥界猫と迷回病』の私室に成り代わってた。もっとも、他の人間もいたけどな」
「他の人間?」
「ああ。ゲームを夢中でプレイしている人間だ。それで調べたんだが、彼ら彼女らは七怪奇高校の人間ではなく、どこからか連れてこられた人間だ」
地名美南は顎に手を当てて、下を向く。
「それって誘拐よね?」
「『冥界猫と迷回病』は監禁してないといってたから、誘拐もしてないんだろう。そして調べたら彼ら彼女らは不登校の人たちだということは突き詰めた」
誘拐といえるのは、学校に登校している人たちであれば誘拐なのだろう。だけど不登校の人たちであれば状況は変わる。それこそ、誘拐ではなくてゲームをやりたいからあの部屋に行きたいと能動的に思っている人もいるのだろう。
美南は紫紺の瞳を丸くしていた。
「相変わらず異常な情報収集よねー」
「ああ、怪盗だからな!」
胸にドンと手を当てて答える。この情報収集ばかりは僕の得意分野だ。僕は青春怪盗高校生だからな。
少女はふっと笑みを浮かべて僕を見つめていた。
「どうした?」
「幻ちゃんが怪盗をしようとしているときって、生き生きしてていいなーって思ったの。普段は少し無気力なところがあるから」
「そうかな……そうかもしれない」
うーん、自覚というか、その理由はあるにはあるんだけど、人にはばれてないと思っていた。少女の特別その壱『異常な観察眼』でばれたのだろうか。機微な動きでも読み取ってきそうだ。
そんな『異常な観察眼』で僕の心まで覗き込むような紫紺の瞳で少女は訊く。
「それで幻ちゃん。これからどうするのー?」
「美南、君と一緒に『冥界猫と迷回病』と出会って、復讐する。そして『冥界猫と迷回病』の青春を盗視取る!」
そこから僕は『冥界猫と迷回病』の情報を、今日の出来事を元に話した。
怠惰人間の『七怪奇』なのに全然怠惰そうではない少女の身軽さ。
『賭博遊戯』というゲームの特性。
『賭博遊戯』によって『七七七拒否』を渡してしまったこと。
そして、『冥界猫と迷回病』は復讐を受けて立つこと。
これらを話すと、特別少女地名美南はその場で質問した。
「『賭博遊戯』はどんなゲームでもいいのー?」
「比較的寛容な気がするな。あの部屋には将棋盤自体はなかったが、 『賭博遊戯』が始まったことで将棋盤は勝手に生成されたからな」
「そうなのね。それじゃあ実際にできるかはわからないけど作戦を一緒に立てようか、幻ちゃん!」
******
2025年10月31日、夜10時。
僕と美南はテニス部の部室前にいる。扉を開けるとそこには部室はなく、『冥界猫と迷回病』がいる部屋に成り代わる。
散乱したゲームの数々の中、不登校の人たちはゲームに夢中になっており、ブルーライトの光を浴びながら集中してゲームをしている。
そして猫耳少女、『冥界猫と迷回病』もゲームに夢中で僕たち来訪者にすぐに気づくことはなかった。
特別少女『地名美南』は僕の肩を触りながらきゃっきゃと興奮を抑えられずにいる。
「本当に猫耳が生えてるわ……!」
「僕も初めて見たときはびっくりしたね」
「聞こえているにゃ、ゲンキ」
ゲームが終わったようで猫耳少女はすたりと立ち上がると、半目で僕たちをじろじろと見た。
「リベンジしたいといってた割に……その姿はなんにゃ?」
僕たちの姿も異様だったのだろう。僕は白いマントとシルクハットを身に宿し、単眼スコープで猫耳少女を見ている。
そして特別少女地名美南は猫耳のカチューシャを被り、尻尾をつけ、肉球付きの毛皮付き長手袋を身に着けている。
「何ってそりゃあ、怪盗と猫のコスプレだが?」
「怪盗と猫のコスプレだが? じゃなくってー!! ボクはどうしてそんな姿をしてるかと聞いているにゃ!!」
怒りっぽく八重歯を向かせて、なんなら毛が逆立ちするような勢いで僕たちを凝視しているようだった。
僕はどうどうとなだめるように状況を説明する。
「今日はハロウィンだろ? 高校生のハロウィンなんて三回しかやってこないんだしさ。そりゃあ楽しむしかないよな?」
「そうよ『冥界猫と迷回病』。せっかくハロウィンだし、貴方も別の姿にならない?」
美南が紫紺の瞳を向けて『冥界猫と迷回病』に提案する。
『冥界猫と迷回病』は腕を組み、うんうんと少しうなったあとに、ぽつりと結論を出す。
「……『遊戯』が終わったらよいにゃ」
いいんだ。
隣からマイペースな口調の特別少女が『冥界猫と迷回病』に話しかける。
「それじゃあさっそくゲームしたいわ。ゲームってスポーツでもいいのー?」
「当然にゃ。勝負ごとであればなんでも受けて立つにゃ!」
猫耳少女のゲームに対する情熱は異常すぎると思う。どんなゲームもありと口でいうのは簡単だが実際は弱点のあるゲームだってあるはずだろうに。しかも『賭博遊戯』で自身の何かを差し出すほどだ。
「それじゃあ私とだけ勝負」
「それはボクの主義に反するにゃ。二人で来たんだから二人とも『遊戯』する。この前は見逃したけど、今回は復讐。ゲンキはボクの流儀は知ってるでしょ?」
「だよな。となると二対二の勝負にしたゲームを提案したいんだが、後ろの誰かも参戦するのか?」
僕は『冥界猫と迷回病』の後ろにいるゲームをしている人々に目を向けたが、彼らはこちらを見ることはしない。
『冥界猫と迷回病』は力なく首を横に振る。
「ただの『遊戯』ならそれでもいいけど、『賭博遊戯』をするなら参加はさせないにゃ。こいつらは……」
猫目の瞳孔をつむり、『冥界猫と迷回病』は思考を逡巡させているようだった。
そしてぽつりと怠惰な声を落とす。
「……ボクと同じ、学校不適合者にゃ」
ボクと同じ……。『冥界猫と迷回病』も学校不適合者――引きこもりだったということか。
そうなると彼ら彼女らがこの部屋にいるのは監禁しているわけじゃないのか。最初に出会ったとき「ゲームが大好きになってここから離れたくないだけ」といっていたがあながち間違ってないわけか。
学校に絶望していて、それを『冥界猫と迷回病』が拾ってゲームという楽しさを共有して学校での記憶を忘れるようにしている。『冥界猫と迷回病』なりの優しさなのだろう。ゲームに没頭しているのは『七怪奇』の影響はあまり関係なく、学校生活を忘れたいから。ゲームの世界が現実であってほしいから。
紫の髪をなびかせた特別少女『地名美南』はほころんだ笑みを見せていた。
「そうなんだー。じゃあ『賭博遊戯』にはあの人たちも観戦できるっていうのはどう?」
「いいけど、どうしてにゃん?」
空色の猫目が特別少女『地名美南』を捉え、キラキラを宿した紫紺の瞳が『冥界猫と迷回病』をじっと観察し、まじまじと観察し、特別その壱――『異常な観察眼』を極限まで発揮する。
そして特別少女はにこりと微笑しながら、怠惰人間に禁忌を口にする。
「――希望を与えるため。学校には私のような人もいるし、幻ちゃんのような人もいる――そんな面白い学校があるんだよって伝えるため」
「希望…………」
『冥界猫と迷回病』はその一言を聞いて呆然としていた。
その呆然は面を喰らったとか、想定外の言葉でフリーズしてしまっただとか、形容するとそのように見えていたが、それにしてもあまりにも長い、長い、長い。長すぎる呆然だった。
やがて、肩が震え、八重歯をがたがたと震わせ、こぼれ出た笑い声のような、泣き声のような、怒号のような、すべての感情を渦巻く轟いた声が部屋全体に響く。
「やってみせろにゃ!! 学校に絶望したボクたちに!! 希望を与えてみろにゃ!!」
「うん、希望を与える。ゲーム内容はテニス。それでいい?」
「『賭博遊戯』、分野――運動遊戯――テニスダブルス、開始!!」




