壱話 愛の告白
「以上を持ちまして、令和8年度第77回、七怪奇高等学校を閉式いたします。続きまして、卒業生の退場です。皆さま、卒業生の新たな旅立ちを祝し、盛大な拍手をお願いいたします」
青春のフィナーレとも呼べる最後。暖かい拍手が体育館全体を包みこむ。
卒業生全員が立ち上がっており、その中に『地名美南』が体育館で入り口にいる俺様を見ていた。まるで俺様は絶対にそこに現れるとわかっているかのように。
すでに卒業式の閉式も終わっているが、卒業生が退場するまでが青春だ。慌てることはない。……それにしても、退場の拍手も、卒業用のBGMも目障りだ。
「『絶対記憶支配』――この世の音は俺様の支配下だ」
音は一瞬にして消えた。それと同時に、俺様の声はこの体育館すべてに伝うことが可能だ。
拍手をしても音が響かない異常現象に、会場は騒ぎになりかけるが、俺様以外に音が通らないこの現状。騒ぎの音は一つもない。愚民どもはただ哀れに吃驚な顔を浮かべている。
その中で、俺様の支配を無効化する唯一の高校生が眼前にいる。
「『地名美南』、貴様を迎えにきた」
俺様の支配に動じることもなく、純然たる眼差しが俺様を射抜く。
「幻ちゃんじゃないんだよね?」
「ああ、そうだ」
特別少女は小走りで俺様に近づく。
周りの有象無象はその状況に興味をそそるどころか、自身のことでパニックに陥っている。
邪魔だな。
「『絶対記憶支配』——『地名美南』以外卒業式は終わった。ここを去れ」
その言葉一つで、まるでパニックは嘘のように消え、『地名美南』以外は体育館外に出始める。すでに卒業式は終わったという記憶に書き換えた影響だ。
そうこうしている間にも、『地名美南』は俺様のもとにたどり着く。
少女は真剣な眼差しを俺様に向けた。
「私、幻ちゃんに告白しないといけないの」
「……は?」
「幻ちゃんに変わってほしいの」
「…………」
俺様を『化物幻奇』ではないと理解している。
俺様は『地名美南』に何もいってない。それにも関わらず、ここまで俺様の正体に迫っている。
異質な感覚、異常な感性、異怪な完成。至高の特別に近い。
「幻ちゃんは貴方の心の……別空間に閉じ込められている? ううん、別空間に接続、同化されているんだね。きっと虚空ともいえる寂しい空間を彷徨っているんだよね」
「…………」
そこまで掴んでいるのか。同化は卒業式中に行っている。見られなかったはずのシーンを、少女は見抜いている。
ここまで特別な少女、やはり我が物にしたい。
「お願い、幻ちゃんに変わって!」
本来なら怒りに身を任せて力を振るう場面。
同化したはずの『化物幻奇』を外に出すなぞしたくない。だが、眼の前の少女は特別。ならば一度は許そう。
「貴様の無礼、一度だけ許そう。ただし五秒だけだ、それで決着をつけろ。『虚現替』」
僕の意識が覚めると、目の前には『地名美南』が悲しそうに立っていた。
しかしながら、僕が少女をじっと見つめると、笑顔を取り戻していた。
「私ね——」
身体が密着する。どくんと虚空の心臓が跳ねあがる。否、本当に心臓があるんだと思う。『化野現』と同化したことで、胸に手を当てるとドクンドクンと脈打つ心臓が確かにある。
だからこの想いは本物だ。
「貴方が大好き——」
片腕は背中に回されていた。そしてもう片手は僕と恋人繋ぎ。
……なるほどな、美南。やっぱり、告白するんだな。
「付き合ってください!」
「ああ、僕も大好きだ。ゲンとして付き合おう!」
「ありがとう、幻ちゃん!」
最上の特別——愛の告白。自身の正体が虚構だったしても、この愛は本物だと本能が訴えいている。
最高のキラキラ。最高の特別。この特別はここでしか味わえない。
だけど、その想いは僕の本当の存在、『化野現』によって引きはがされる。
「『虚現替』。さて、五秒経った。満足か?」
俺様はすでにこの感覚に充足感があったことを感じ取っていた。それは『化物幻奇』のいう愛の青春を味わったからだろうか。誰かに告白される経験は確かになかった。
だが、『化物幻奇』を通して知ったこの恋の感覚は非常に素晴らしいものだと感じ取れる。
そのうえで眼前にいる少女が、愛くるしく、いとおしいと思ってしまうのはどうしてだろうか。
ああ、やはり、この少女は我が物にする。傲慢といわれようがなんだろうが、関係ない。俺様はすべてを支配する存在。傲慢人間『青春・続』なのだから。
「ええ!」
そういって、少女は抱いている形をほどいて、立ちあがる。
「それじゃあさっさと俺様の物になれ。『絶対記憶支配』——」
右手を対象物に——『地名美南』にかざしていたはずが、瞬間にして消えた。
否、これは――!?
「てやぁ!!」
一瞬にして世界がひっくり返った。そんな感覚を受ける。
重力がひっくり返ったのではない。俺様がひっくり返った。服が引っ張られたことから、柔道の一本背負いのようなことをされたのだと推測する。
痛みは遮断しているから痛いとは思わない。だが、体育館の床が貫通し、穴が開くほどの威力。
普通ならあり得ない事象。俺様が見逃すほどの速さ。人体構造を凌駕する力。まさしく特別。
「やはり特別な少女だな。我が物にするのが楽しみだ。虚飾因子『七七七拒否』!!」
「————」
俺様の指示で『七七七拒否』から無数の怪盗道具と元『七怪奇』たちを使役する。
煙幕で体育館を煙だらけにする。さらには怠惰因子『迷彩皮膚』で俺様の視認を不可能にする。
俺様が唯一支配できないそこだけの、人型の空間。そこに『地名美南』がいることは簡単にわかる。特別少女は俺様の居場所など近くできない。見えないから『異常な観察眼』も無意味だ。
俺様は傲慢因子『愚行剣・下々』を両手で持って、『地名美南』に振るい落とす。
「っ——!!」
力の奔流によって、その場にあった煙は晴れ、少女の姿が露わになる。
『地名美南』は苦悶の表情を浮かべながらも、圧倒的な力に対抗する。
超過重の重力とともに地響きが発生し、床がめきめきと、めりめりと強力な奔流が重力に落とし込む。それでも、血飛沫が溢れることもなく、『地名美南』は俺様を睨め上げる。
「苦しいか。苦しいだろうな。だが、案ずるがいい。『七怪奇』になれば苦しいこともない。幸せだらけだ」
俺様はメリットを提示する。
「引きこもっていた少女も怠惰人間『冥界猫と迷回病』となりて学校で青春を謳歌できる。秘密を暴露した怪物少女も嫉妬人間『黒部愛』となりて青春を謳歌できる」
「…………」
「少なくとも怠惰人間『冥界猫と迷回病』は見ただろう。少女は『遊戯』の青春を謳歌し続けている。実際にやったテニスだけが『遊戯』の青春じゃない。ゲーム機器での『遊戯』も、ボードゲームでの『遊戯』だって、『七怪奇』という特別になれたからこそ可能なのだ」
特別少女にわかりやすいよう、『化物幻奇』の記憶を使って、『七怪奇』の思い出をつぶやく。
そのまま俺様は、反発する特別少女を誘う。
「俺様の支配下になれ。『七怪奇』として最高の特別少女にしてやる」
「——嫌だ」
「————っ!」
瞬間、突風が吹き荒れるほどの勢いで『愚行剣・下々』の重力過重範囲外へ移動する。
あり得んな。特別だとしても限度がある特別だらけだ。俺様の『絶対記憶支配』を無効化して、さらには『愚行剣・下々』の過重力からも抜け出す。『七怪奇』ならずしてここまでとは驚嘆し続けているといっていい。
そんな特別少女が攻撃に移らず口を開く。
「……あの二人の記憶は消えていたでしょう?」
二人? 『化物幻奇』の記憶では嫉妬人間に会ってはなかったが、『化物幻奇』に隠れて実際には会っていたのか。
まあ、記憶も嫉妬人間に裏であっていたことも、
「些事な問題だ。記憶が消えてようと青春は色褪せることはなく、むしろ本来の青春で味わうことのなかった特別な青春を味わうことができるんだぞ!」
「記憶を取り戻したら『七怪奇』になんてなりたくないといっていたら?」
「…………」
なんだその発言は。そういいたかったが、確かに記憶は支配している。『七怪奇』は本来、因子しか存在しなかった。人間性が特別性を薄める要因になり、『七怪奇』になれなかったからだ。
だが、近年は人間性を保ちつつも『七怪奇』を誕生させることに成功した。俺様がそれを可能にした。
それなのに少女は記憶が消される程度のデメリットを気にして――、
「記憶どころじゃないよね。貴方は、私を殺す。それが人間の『七怪奇』を作るきっかけ。暴力で『七怪奇』になると訴えてるんじゃなくて、殺すことで『七怪奇』にできる。違う?」
「………………………………そうだ。認めるさ、貴様の観察眼は素晴らしいな」
どこで読まれたかわからないがそのとおりだ。
殺して肉体から精神を剥がし、『七怪奇』にする。
肉体はすぐに朽ち果て青春を終える。ならば、精神の方はどうだ。青春性を持ったまま、保持、さらには進化することだって可能だ。経年劣化で崩れ落ちる肉体ではなく、力があれば膨れあがり続ける精神。その精神があれば支配を通して『七怪奇』として作り上げることができる。
死のショックは精神に甚大なダメージを受ける。だから、支配の力で死んだ記憶を削除する。殺して肉体から精神を引きはがし、『七怪奇』の器として、七怪奇高校に誕生する。
俺様と『学校喰い者』は死によるショックはなかった。『七怪奇』になるため、死んでもいいと思ったことが大きいだろう。
ただ、怠惰人間『冥界猫と迷回病』、嫉妬人間『黒部愛』はそうも行かないのは目に見えていた。だから殺して、記憶を削除した。
少女は真実を掴み取ったことを良いことに、まるでヒーローのように、俺様を悪役だといわんばかりに睨みつける。
「やっぱり、貴方は悪い人なんだね。幻ちゃんから、離れて。これは命令よ」
「同化したんだ。離れるわけが——」
瞬間、同化している『化物幻奇』の意識が呼び出されたのを自覚する。
「——は?」
理屈を超越していた。俺様の『絶対記憶支配』をもってして、完全に支配下となった『化物幻奇』が幽体のように、透明な姿で分離し始める。
シャム双生児のように顔が分裂するように離れていく。
あり得るはずない。あってはならない。俺様の支配下が解除されるなんて存在してはならない。
現世に存在するがなくなったはずの分身が、透明めいた『化物幻奇』の顔貌がにたりと笑う。
「『化野現』、君は『地名美南』を甘く見すぎだ。最高の特別少女ならば、この状況でも君に勝てる。君は『地名美南』の命令に逆らえず、消滅するんだ」
「ちっ——」
焦りを舌打ちで紛らわせ、俺様は必死に思考を凝らす。
少女の声とともに『化物幻奇』が俺様から離れようとしている。
『絶対記憶支配』――特別な力で同化した。絶対的特別だ。それと同等の、あるいはそれ以上の力で引きはがされようとしている。
記憶を掘り起こす。これまでの過程。その過程の、確かな違和感。
違和感——「ゲンとして付き合おう!」などと、俺様の名前を使いやがった。……俺様と付き合おうっていったと同義なのか? なんのためにだ?
あの、自然に演出されながらも怪しい言葉。まさか——、
「いつ鐘を鳴らした!? 色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』はどこだ!?」




